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パスピエ

J-PopJ-Rock

パスピエ

幕の内ISM

ワーナーミュージック・ジャパン

初回限定盤
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通常盤
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矢野利裕   Jul 07,2014 UP

 パスピエといえば、そのニューウェイヴ/テクノポップ性が特徴的だ。実際、リーダーの成田ハネダ自身、ジューシィ・フルーツやビブラトーンズなどの名前を出して語っている。なるほど、ファースト・フル・アルバム『演出家出演』収録の“フィーバー”は、背後のキーボードがニューウェイヴ・ポップ的で、たしかにジューシィ・フルーツやノー・コメンツ“東京ガール”なんかを思わせる。あるいは、『わたし開花したわ』あたりのシンセサイザーやヴォコーダーは、YMO周辺か。とくに“電波ジャック”“あきの日”なんかを聴くと、テクノ歌謡のような郷愁も感じられてよい。そう考えると、“チャイナタウン”“はいからさん”などは、YMO“東風”や矢野顕子“在広東少年”のような、テクノ・オリエンタリズムの系譜に置くことができるか。いずれにせよ、テクノ歌謡の香りが感じられるのがよい。ちなみに、ヴォーカルの大胡田なつきについては、「やくしまるえつこっぽい」とか「YUKIっぽい」といった声が多いようだ。それなりに同意するが、僕は「椎名林檎っぽい」と思った。いくつかの曲の歌い方と言葉の割り方が、とても椎名林檎っぽい。これもよく言われているようである。

 それにしても、この「~っぽい」の参照先が、国外でなく国内になったのはいつ頃だろう。90年代はどうだっただろうか。ミスチルはたしか「オアシスっぽい」とか言われていた気がする。ナンバーガールは「ソニック・ユースっぽい」だったか。単純化した議論は禁物だが、個人的な印象として言わせてもらえば、2000年代のなかばあたりから、とくにロック・バンド系の参照先が、いよいよJ-POPになっていた気がする。そうか、2000年代のなかばともなれば、べつに洋楽を参照しなくとも、J-POPがJ-POPとして自給自足できるようになっていたんだなあ。そんなことを考えながら、パスピエの過去作を聴いていた。
そして、新作の『幕の内ISM』だが、これがすこぶる清々しい。多彩なサウンドを追求しつつも、一方で、なんと堂々とJ-POP然としていることか。「堂々とJ-POP」とか言うと、嫌味を言っているように思うかもしれないけど、もちろんそんなことはない。堂々とJ-POPでいることは、先鋭的なバンドであることと同じくらい、たいへんな創意と工夫が必要なのだ。多彩なサウンドは、ニューウェイヴ/テクノポップという枠にとどまらない。パスピエの新作はこれまで以上に、J-POPであろうとしているように思える。
たとえば“七色の少年”がジュディ&マリーっぽい。そうかと思えば、“とおりゃんせ”冒頭、鋭いギターに4つ打ちのバスドラが重なる展開は、ここ数年のJロックと足並みを揃えているようでもある。もっともこの4つ打ちの潮流は、音楽ライターの柴那典がしばしば指摘するように、フェスへの対応という側面があって、ロック・フェスに感銘を受けた成田ハネダの趣向が反映されているのかもしれない。この鋭いギターと4つ打ちに、シンセサイザーのサウンドが加わると、どことなく最近のザゼンボーイズを思わせる“トーキョーシティ・アンダーグラウンド”になる。そして、そのシンセの音がさらに存在感を増すと、今度はモーニング娘。‘14とまではいかないが、少しEDM寄りになって“MATATABISTEP”となる。この多彩なサウンド。これぞ、同時代のJ-POPを貪欲に並べた、堂々たる「幕の内ISM」だ! 本誌インタヴューで成田が言う「POPの中のJ-POPバンド」というコンセプトが、いま書いたようなことを指すのかどうかは心許ないが、ともあれ、アルバムを通して、このハイブリッドなJ-POP感は心強い。ナンバーガールやザゼンボーイズは見え隠れするが、ピクシーズは見えない。EDMの感じはあるが、ニッキー・ミナージュやLMFAOを思い出すわけではない。サウンドへの野心はあるが、J-POPであることを手放さない。そのバランス感覚がとてもいい。だから、確信した。パスピエに対しては、ふるき良き80年代ニューウェイヴ/テクノポップの郷愁のみを感じ取るべきではない。彼らは、80年代のテクノ歌謡と00年代の4つ打ちロックを同時に見据えているバンドなのだ。ここを見誤ってはいけない。テクノ歌謡とJ-POPの高度なハイブリッドとして、パスピエは堂々たるJ-POPのたたずまいを獲得しているのだ。
 鋭く響くギターとダンス・ミュージックを融合させるセンス。ここには、マーク・スチュワートとアーサー・ラッセルを通過した向井秀徳の姿が、どうしても見える。パスピエが向井秀徳をどのくらい意識しているか/していないのかは知らないが、ジャケット・ワークや詞世界も、少し向井秀徳的である。そもそも、現在J-POPのフィールドで活躍するロック・バンドが、少なからずナンバーガールやザゼンボーイズの影響下にあったりする。とくに、00年代のJ-POPの潮流を築いたと言ってもいいだろうアジアン・カンフー・ジェネレーションは、“N・G・S”(Number Girl Syndrome)という曲を歌っていた。ああ、そういえば、「~っぽい」の参照先が国内のバンドに向けられるようになったと僕が思ったのは、他ならぬアジカンが登場したときだったなあ。00年代が終わりを迎えようとする時期に登場したパスピエは、そういうJ-POP史の流れのなかにいるのだ。

 だとすれば、本作のハイライトは、間違いなく“アジアン”という曲である。とくに出だし、「超高速 画期的な三原色 原則は相対感覚 どうしても気になるのクオリア」という抽象的な歌詞が、アジカンっぽい。と思ったら、途中、今度は歌い方が椎名林檎っぽくなる。椎名林檎の古風なセンスを経由して、さらにはナンバーガール的な五線譜縦並びのビートを駆使して、大胡田が「いろはにほへとちりぬるを~♪」と歌い上げる。ここにおいて“アジアン”は、“はいからさん”や“とおりゃんせ”などと同様、テクノ・オリエンタリズムの系譜に接続される。J-POP史を串刺しにした、めまいがするような情報量だ。
 つまり、この曲の題名である“アジアン”とは、00年代を代表するロック・バンドの表象(「アジアン」・カンフー・ジェネレーション)と、テクノ歌謡の表象(オリエンタリズムとしての「アジアン」)が合流した地点なのである。80年代テクノ歌謡と00年代4つ打ちロックを同時に見据えるパスピエは、J-POPの「幕の内ISM」である本作において、この場所――すなわち、「アジア」にたどり着いた。テクノ歌謡への郷愁だけでも、J-POPへのおもねりだけでも、駄目なのである。両方を見据える試みでこそ、パスピエの「アジア」は見出されるのだ。したがって、本稿の結論は、すでに大胡田が歌っている。

   未来と原始 遺伝子なら合わさって輪廻 ずっと探していた答えは たぶんアジア!

矢野利裕