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Aaron Cupples

ExperimentalField RecordingSoundtrack

Aaron Cupples

Island Of The Hungry Ghosts (OST)

PAN

デンシノオト Apr 14,2021 UP

 本年2021年初頭に、ベルリンを拠点とするエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈PAN〉からリリースされたアルバムを紹介したい。ロンドンのプロデューサー/映画音楽作曲家アーロン・カップルズによる『Island of the Hungry Ghosts (OST)』という作品である。
 このアルバムはその名のとおり同名映画作品のサウンドトラックだが、いわゆる「映画音楽を収録したアルバム」とは趣が異なっている作品に仕上がっている。いわばドローン、環境音、そしてノイズなどが混然一体となった「映画音響作品」とでもいうべき作品なのである。「音による映画」とでもいうべきか。
 とはいえ映画の「音響そのものをサウンドトラックとしたアルバム」というものはこれまでもいくつかの作品がリリースされていた。音楽だけではなく環境音、俳優の声、ノイズなどを収めている、文字通り映画のサウンドのトラックである。この『Island of the Hungry Ghosts (OST)』はその系譜に連なる作品といえる。

 例えばデレク・ジャーマン監督の遺作である青画面だけの映画『BLUE』のサウンドトラック・アルバムを思い出しておきたい。この映画はスクリーンにイヴ・クラインの青のような色だけが映し出され、そこにサイモン・フィッシャー・ターナーによる多層的な音響が重ねられていく。イメージを欠いた映画は、その音響の豊穣さによって、観客の聴覚を通して無のイメージを生成する。1994年にリリースされた同作のCD版にはサイモン・フィッシャー・ターナーが手掛けた音響が丸ごと収録されていたのだ。「青画面に覆われたイメージを欠いた映画」を、さらに音だけで聴取することによって研ぎ澄まされた音響体験が可能になる。ちなみにブライアン・イーノやモーマスも参加していたことも記しておきたい。
 そして1997年に〈ECM〉からリリースされたジャン=リュック・ゴダール監督、アラン・ドロン主演の映画『ヌーベルヴァーグ』(1990)のサウンドトラックもそのような「音響映画」とでもいうべきアルバムである。音業技師フランソワ・ミュジーが手掛けた『ヌーベルヴァーグ』の音響トラックすべてをCD2枚に収録し、ゴダールとミュジーの「ソニマージュ」を音だけで鑑賞できるアルバムである。同じくECMから2000年にリリースされたゴダール『映画史』のサウンドトラックCDもゴダール自身が手掛けた全8章に及ぶ『映画史』の音響トラックすべてをCD5枚に収録した豪華なボックスセットだった。
 近年では(映画全編ではないが)、〈Sub Rosa〉からリリースされたアピチャッポン・ウィーラセタクン監督のサウンドトラック『Metaphors』もアピチャッポンの映画に用いられた音響と音楽が収録され、さながら映画の音を用いたアピチャッポンのインスタレーション作品のようなアルバムに仕上がっていた。ありがたいことに日本盤が〈HEADZ〉からリリースされている。

 ここで紹介するアーロン・カップルズによる『Island of the Hungry Ghosts (OST)』もまたこれら映画音響作品と同様にガブリエル・ブレイディー監督による同名ドキュメンタリー映画作品の音響的サウンドトラック・アルバムである。環境音と音楽の境界線を無化させるようなトラックを収録しているのだ。このアルバムを聴くことで「イメージを持たない映画」が、われわれ聴き手のなかに生成されていくことになる。
 映画『Island of the Hungry Ghosts』はオーストラリアのクリスマス島のセラピスト、ポーリンリーが、島にある亡命者収容所に収容されている亡命希望者たちと会話し、その活動を支援していくさまに加えて、島の自然や儀式も同時に写し取っていくというドキュメンタリー映画である。レーベルは同作を「自然界、人間界、精神界の間を移動するハイブリッド・ドキュメンタリー」と表現している。
 映画『Island of the Hungry Ghosts』は、2018年にトライベッカ映画祭で初公開され、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなどの高評価を得た。アーロンによるサウンドトラックも「超自然的なオーラ」「異世界的で実験的な」と高く評価され、英国のインディペンデント映画賞で「ベスト・ミュージック」にノミネートされた。

 映画『Island of the Hungry Ghosts』のサウンドトラックはガブリエル監督とアーロンによって「島」自体を主人公として音響化していくコンセプトで設計された。まずアーロンたちは13フィートに及ぶ自作の弦楽器を自作し、それが発するワイヤー・ドローンと、フィールド・レコーディングされた環境音によって、音とノイズの境界線を溶かすようなサウンドを生み出した。
 ちなみにフィールド・レコーディングを手掛けているのはサウンド・デザイナーのレオ・ドルガンだ(彼は本作におけるアーロンの共作者に近い存在である)。レオ・ドルガンの仕事は完璧に近く、島の自然が発する音を見事に捉え、さながら森林の交響楽のような音を実現している。あのフランシスコ・ロペス的なフィールド・レコーディングのハードコアとでもいうべき録音だ。
 環境音とドローンの豊穣かつ深遠な交錯。『Island of the Hungry Ghosts (OST)』のサウンドにはそのようなミュージック/ノイズの領域が越境していくような感覚が横溢している。その意味では坂本龍一の名作『async』(2017)に近い作品かもしれない。『async』はサウンドトラックではないが、音(ノイズ)と音楽が交錯し、存在しない「映画」の「音響」のようなアルバムであった。

 『Island of the Hungry Ghosts (OST)』のノイズや環境音もまた同様である。ここでは環境音が音楽の中に融解し、音楽が環境音の中に溶け合っている。アルバム冒頭の1曲目 “Night” では島の自然が奏でる(発する)環境音のシンフォニーのような音響が、まるでオーケストラのアダージョのようにしっとりと鳴り響く。続く2曲目 “The Understorey” でやわらかいワイヤー・ドローンがレイヤーされ、環境音と持続が互いにゆっくりと浸透する。私見ではこの1曲目と2曲目に「間」に起きる変化こそが、『Island of the Hungry Ghosts』特有の「音の霊性」のようなものを象徴する瞬間ではないかと思う。
 3曲目 “Blowholes” では雨や波の音のような音が鳴り、対して4曲目 “The Long Walk” では世界から不意に解離した人の心の中のようなワイヤー・ドローンが鳴る。静謐な持続音がまるでオーケストレーションされるように音量を増していくだろう。このコンポジションはアーロンの作曲家としての力量を示しているように感じられた。音が浮遊するような緊張感に満ちている。
 5曲目 “Trapped Air” では儀式の始まりを告げるような鐘の音を収録している。その背後には透明な音の霧のように鳴っていることにも注意したい。6曲目 “The Hungry Ghost” では微細な鐘と響くような鐘の音が折り重なり、儀式それじたいの音響のように音響空間を支配する。アルバムのクライマックスのひとつともいえよう(アナログ盤ではここでA面が終わる)。
 7曲目 “Fire & Jungle” では文字通り火を燃やす音から始まり、島の森林に鳴る大自然の音(虫の音の大合唱!)へと変化を遂げていく。8曲目 “The Protester” ではその森林の音響が次第に消え、再びやわらかな絹のようなドローンが生成する。
 9曲目 “Ocean & Prayers” では海の音(波)が鳴り、やがて人の声(祈りか朗読のような)へと変化する。そしてアルバム最終曲10曲目 “Sand Return” ではドローンの折り重なりからオーケストラの序曲のような音の積み重ねを聴かせることで、アルバムは終わりを告げる。

 『Island of the Hungry Ghosts (OST)』の全10曲を通して聴くと、ノイズとドローンの反復によって、映画の重要なテーマである「セラピー」と「儀式」の問題を音から浮かび上がらせてくれるかのようだ。まるで心身に浸透する「儀式的音響」のようにも聴こえてくるのである。
 映像から音響へ。音響から環境へ。環境から身体へ。そして身体から心理へ。心身に「効く」音の織物がここにある。そう、『Island of the Hungry Ghosts (OST)』は、稀有な音響設計を誇るサウンドトラックであり、繊細にして豊穣な音響空間を誇る見事な音響作品なのである。

デンシノオト