Home > Reviews > Album Reviews > Stick In The Wheel- Perspectives on Tradition
先日出た紙版エレキング「フォークの逆襲」号のディスク・ガイドのページでもちょこっと紹介したが、改めてレヴューしておこう。紙版まで手を伸ばさない読者も多いだろうし、何よりもスティック・イン・ザ・ホイール(SITW)こそは現在の英国フォーク・シーンにおける最重要バンドだから。
と言いつつも、最近出たばかりの本作は、SITW名義の正式なニュー・アルバムとは言い難い。ヴェアリアス・プロダクションというダブステップ・バンドで活動していたイアン・カーターとニコラ・キアリーによって2015年にロンドン下町で結成されたSITWは、これまでにスタジオ録音フル・アルバムとしては『From Here』(2015)、『Follow Them True』(2017)、『Hold Fast』(2020)の3作品をリリースしてきたが、それ以外にも実験的アイデア(エレクトロニクスの使用その他)を試す「ミックス・テープ」シリーズとして『This And The Memory Of This』(2018)、『Against the Loathsome Beyond Mixtape』(2019)、『Tonebeds For Poetry』(2021)などを出し、更にプロデューサーとしても、英フォーク・シーンの新しい才能を集めたコンピレイション・シリーズ「English Folk Field Recordings」をキュレイトしてきた。3人のミュージシャンとコラボレイトした本作『Perspectives on Tradition』は「ミックス・テープ」シリーズの4枚目としてカウントすることができるが、しかし同シリーズの過去作品とはまた別立ての特別企画アルバムだったりもする。
ここでのコンセプトは明快だ。ロンドンのセシル・シャープ・ハウスの民俗音楽ライブラリー(音源や映像のアーカイヴ)に眠る素材と今現在のフォークがどのようなつながりを持てるのか、その可能性を探ることである。セシル・シャープ(1859-1924)は20世紀初頭に英国民俗音楽の最初の復興運動を推進した民謡蒐集家/研究者/作曲家であり、彼が収集した素材は、50~60年代のトラッド・フォーク・リヴァイヴァル(イワン・マッコール、マーティン・カーシー他)の隆盛にも大きな貢献を果たした。1911年に彼が共同設立者となった「The English Folk Dance Society」は32年には「The English Folk Dance and Song Society」(EFDSS)に発展し、現在も伝統音楽の普及/教育機関として運営されている。その総本山たる建物のセシル・シャープ・ハウス内のヴォーン・ウィリアムズ記念図書館にあるのが、伝統音楽やダンスに関する44000枚ものレコードと58000以上のデジタル画像を収蔵する世界最大級の民俗音楽アーカイヴだ。民謡をめぐるセシル・シャープの活動に関しては、人種差別や性差別的スタンス、あるいは貴族主義的、帝国主義的視線が認められることもあって、SITWの2人は全面的に肯定しているわけではないと思われるが、そういった批評性も込みで、今回のプロジェクトにとりかかったようだ。
SITWに誘われてプロジェクトに参加したのは、ジョンファースト(Jon1st)、ナビアー・イクバル(Nabihah Iqbal/別名Throwing Shade)、オルグベンガ(Olugbenga)の3人。ジョンファーストは英国を代表するターンテーブリスト/クラブDJであり、SITWのイアン・カーターとはゴールズ(Goals)なるエレクトロニク・ユニットもやっている。エレクトロニク系ミュージシャン/プロデューサーにしてアフリカ史の専門家でもあるナビアー・イクバルはBBCでも番組を持つなどラジオ・プレゼンターとしても有名だ。そして、ナイジェリアとケニアの血を引くラゴス出身ブライトン在住のオルグベンガはポップ・ロック・バンド、メトロノミーのベイシスト。デーモン・アルバーンのプロジェクト「アフリカ・エクスプレス」の一員でもある。英国フォーク/伝統音楽との接点がなく、出自も文化的背景も異なる、しかしエレクトロニク・ミュージックという共通分母を持った3人がセシル・シャープ・アーカイヴの中から何を見つけ出し、それを元にしたSITWとのコラボレイションによってどういう世界を描き出すのか。その実験を通して、現代英国人としての自分たちの歴史的連続性を検証し、同時に、伝統音楽の持つ意味と機能性を問い直してゆく──まさに『Perspectives on Tradition』なるタイトルどおり、伝統への視点を巡る冒険である。
ペンタングルのデビュー・アルバム『The Pentangle』(68年)のオープニング曲としてよく知られ、アン・ブリッグスやシェラ・マクドナルド、ジューン・テイバーなどたくさんのトラッド系シンガーたちも歌ってきた5曲目 “Let No Man Steal Your Thyme” は、その起源を17世紀末にまでさかのぼれる有名なラヴ・ソングだが、霧の彼方から聴こえてくるようなリヴァーブたっぷりのニコラ・キアリーの歌唱はジョンファーストによるミニマル・テクノ風のビートと絡まりながら300年の時空を浮遊する。
1曲目 “The Milkmaid” と3曲目 “Farewell He” で英国南部ドーセット州の民謡をアンビエント・テクノ・マナーでドリーミーに解釈したのはナビアー・イクバル。
ケニアでのフィールド・レコーディング音源やナイジェリア民話を細かく接合して雄大なエレクトロニク・ワークに仕上げたオルグベンガによる4曲目 “Devil In The Well / Bright-Eyed Boy” も面白い。セシル・シャープが民謡の調査、採譜をおこなったのは英国と米国アパラチア地方だけだったはずだが、現在のアーカイヴには旧植民地の素材も収蔵されているということか。旧植民地の文化と現在の移民文化という英国の歴史全体を射程に入れているあたりにも、SITWの批評性を感じる。
紙版エレキングに掲載したSITWのインタヴューの中で、イアンとニコラは「我々は、薔薇色に彩られた過去の景色を創ったり、観光客の理想のようなものを助長したいわけでもない。私たちにとってフォーク・ミュージックは、過去の人たちと人間対人間として関わることに他ならない。それはリアルで、具体的な人間同士の繋がりであり、本物になることを意味する」と語り、旧来のトラッド・フォーク・シーンを支えてきた “偽りのノスタルジア” を厳しく糾弾した。その実証例としての最新の回答が本作である。彼らの本邦初のインタヴューは実に力強く、多くの示唆に富んでいるので、是非読んでいただきたい。
松山晋也