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Iron & Wine

Iron & Wine

Kiss Each Other Clean

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木津 毅   Feb 15,2011 UP

 昨年のアカデミー賞でジェフ・ブリッジスが主演男優賞を獲得した『クレイジー・ハート』は、落ちぶれたカントリー・シンガーがゆっくりと再起する物語――それは本当に幾度となく語られてきた物語だ――で、その映画を思い出すときに頭に浮かぶのは、ジェフ・ブリッジスのだらしない身体と逞しい歌、そしてそこに映されていた広大なアメリカの田舎の風景......ワインディング・ロードだ。アイアン&ワインの音楽を聴いているとそんなアメリカの風景が広がる......変化のない眺めが延々と続くような、ひたすらだだっ広いだけのアメリカ......。サム・ビームのあの髭面のせいで、アイアン&ワインにも巡業するシンガーというイメージがついて回るが、彼が歌う景色はいろいろある。荒廃していく郊外を思わせるものもあるし、耳を澄ませばたくさんのアメリカがある。
 アイアン&ワインことサム・ビームは、風景描写で世界を見せるタイプのシンガーだ。それは彼が画家を目指していたということとも関係しているのかもしれない。素朴なコーラスが鮮やかに響くフォーク調のナンバー"ツリー・バイ・ザ・リヴァー"はこんな風にはじまる。「マリアンヌ 覚えているかい/川岸のあの木を/ぼくらは17才だった/暗い峡谷、呼びかける声とこだま、牧草地の真っ黒な雌馬が歯を剥いていた」
 若き日の記憶が、瑞々しい川岸の景色とともに蘇ってくる。それこそまるで映画のような......ちなみにサム・ビームは、フロリダの大学で映画を教えていた経歴の持ち主だ。

 サム・ビームにとって通算4枚目のアルバムとなる『キス・イーチ・アザー・クリーン』はシンセ・ドローンからはじまる。リード・シングルでもあったこの曲"ウォーキング・ファー・フロム・ホーム"は、同じメロディを繰り返しながらしかしヴァースごとに大胆にサウンドを変え、エレクトロニックな意匠も交えながらゴスペルへと向かっていく。歌の主人公は「家から遠くを歩いていた」と、目にしたものを語り続ける。映画のように場面はどんどん変わっていく。「ハイウェイを見た/海を見た/法の館で寡婦たちを見た/都会の裸のダンサーたちはぼくたちみんなのために喋っていた」
 彼は放浪者であり、そして、サム・ビームもまたアルバムで多様な音を放浪する。ジャズにブルーズにアフリカンにソウル......それらはごちゃ混ぜではなく、きちんと曲ごとに使い分けられ、乗りこなされている。ルーツ・ミュージックとモダンが戯れるように、カントリー調の曲の背後ではエレクトロニック・ノイズが囁いている。
 アルバムはとくに中盤、大胆な展開を見せる。8分の6拍子の"ラビット・ウィル・ラン"は鍵盤打楽器と笛の音色を生かしたトライバルなダンス・トラック、かと思えば続く"ゴッドレス・ブラザー・イン・ラヴ"はギターとピアノとコーラスだけで引き込む美しいバラッド。一転、管楽器が活躍するファンキーで茶目っ気のある"ビッグ・バーンド・ハンド"は......フュージョンだ。バック・バンドと衣装を変えながら、しかしフロントマンはそのままにショウは進む。
 アルバムの根幹にあるのは彼の穏やかな歌だ。それは初期のアシッド・フォークから繋がっているものだが、ここでは形を変え、ずいぶん洗練された姿になっている。本人によれば、70年代のカー・ラジオ・ヒット曲を念頭に作ったそうだ。84年生まれの僕がそれを連想することは難しいが、この音楽が70年代のレイドバックしたアメリカを向いていることはわかる。つまりまだデジタル文化に支配されていない時代の、埃っぽいアメリカ。もちろん、『キス・イーチ・アザー・クリーン』が強調するのは郷愁などではない。過去から学ぶことの前向きさだ。ラストの"ユア・フェイク・ネーム・イズ・グッド・イナフ・フォー・ミー"の後半のブルーズで、サムは「同時に現在と過去になろう/何度も何度も」と歌ってアルバムを終わらせている。

 多くのインディ・バンドやソングライターが集まったコンピレーション『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』にアイアン&ワインは1分少しの穏やかなフォーク・ソングを提供している。そこでの彼は、現在のUSインディの充実を示すことに貢献しているようでもあった。が、自身のこの新作では、彼はそのたんなるワン・オブ・ゼムではないと主張してもいる。アメリカ的な歌うたいとして、その土地が生んだ音楽を自分こそがさらに前進させてみせるのだと......そう、それはメッセージでも政治性でもなく、あくまで"歌"のためにある。その情熱が、ここではさらに露になっているのだ。そして彼の歌の瑞々しさに、僕はいま鮮やかな興奮を覚えている。

木津 毅