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The Unity Sextet

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Legere Recordings/Pヴァイン

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野田 努   Jan 23,2012 UP
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 マイルス・デイヴィスの作品では僕は、〈プレスティッジ〉から出ているアルバムが好きだ。1956年に録音された『ウォーキン』や『スティーミン』のような、その若さと情熱にまかせてセッションをやっている感じが好きなのだ。ジョン・コルトレーンやレッド・ガーランドの演奏も、若々しくリズミカルで、ときに軽やかで、美しい躍動感を持っている。レッド・ガーランドなどは当時はカクテル・ピアニストなどと誹謗されたそうだが、いま聴けばむしろお洒落で、実に格好良く決まっている。ザ・ユニティ・セクステットのデビュー・アルバムも若々しく、スタイリッシュで、洒落た作品である。

 これはマッドリブによるイエスタデーズ・ニュー・クィンテットのUKヴァージョンというか、つまり折衷主義で、彼らのレコード・コレクションを得意げに見せつけているようでもある。60年代のパリのサンジェルマンでホレス・シルヴァーとクルーダー&ドーフマインスターが共演したかと思えば、スウィンギング・ロンドンというか、まるで初期のピンク・フロイドがトリップホップをループさせながらジャズを演奏しているような汗ばむいち面も見せる。50年代のハード・バップへの回帰があるし、70年代のスピリチュアル・ジャズめいたいち面も見せる。激しいダンス・ナンバーもあるし、リラックスしたラウンジーな展開もある。よりグルーヴィーで、ダンスフロアの興奮がにおってくる。彼らの好みの範疇――モダン・ジャズからデヴィッド・ホームズまで――においてはやりたい放題のフリースタイルとも言える。
 この6人組のバンドを指揮(プロデュース)するのは、UKのエクセター出身のアダム・ギボンズ、Lack of Afro(アフロの欠落)という名義で作品を出している青年だ。ギボンズはその名義で昨年『This Time』というアルバムを出しているが、これがまたいかにも英国風なジャズの展開、すなわちモッズ的センス、要するにめかし屋の文化によって脚色されている。めかし屋の文化とは、服に金をかけることではない。着ることにおける快楽であり、たとえ「大量生産されたものを認める場合があるにしても、それを修正するなりして、その服のもっている本来の意味を取り去ってしまうなり、何か厳格な条件を主張する」(ジョージ・メリー)ことだ。

 ザ・ユニティ・セクステットにもそれがある。とくに真新しいわけではないが格好いい。洒落ている。そして、ジャズという音楽の複雑さを理解するだけではない。1950年代からイギリスの白人がジャズを演奏する場合につねに問題視されたところ、そう、バップへの忠誠心、誠実さ――この音楽を生んだ精神に対する誠実さに関しては疑う余地はないだろう。
 もちろん英国特有のドープなセンスも活かされている。先日、僕は『エリックを探して』について触れたが、あれを読んだ友人から「おまえ、あの映画で最高の場面は、カントナと主人公が何かとあれば一緒に吸うところだろ」と怒られた。まあねー。グローバリズムが言われて久しいが、実はグローバルにならない文化はたくさんある。それぞれの国にはそれぞれの良さがある。こうして英国風のめかし屋の音楽は、まだまだ我々を惹きつけるのである。

野田 努