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The Weighing of The Heart

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野田 努   Sep 25,2013 UP
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E王

 松村正人はひどい男である。次出る紙エレキングで「ワールド・ミュージックの小特集」をやることになったので、僕は早いうちから紹介したいアルバムが2~3枚あるから書かせてくれと直訴していた。一度だけではない、念を押して何度か訴えていたのだが、スペースは与えられなかった。このまま黙っているわけにはいかないので、ここに取り上げさせていただくことにしよう。今年の初夏にリリースされた、疑いようのない傑作だ。

 コリーンの名で知られるスペイン在住のフランス人、セシル・スコットの、イギリスのレーベルから出たこの作品は、欧米のメディアではアーサー・ラッセルを引き合いに出されて説明されている。彼女自身がその影響を認めてもいるが、それは彼女にクラシックの素養があり、ポップスと前衛の境界を軽々と越えながら、何かその先にある響きに向かっているからだろう。音数は少なく、基本アコースティックだが多彩な音響、リズミックな残響のなかにも、歌がある、という点もラッセルと共通する。
 しかし、実際のところ、「心の計量(The Weighing of the Heart)」と題された4年ぶりの彼女の新作をアーサー・ラッセルに重ねるのは音的に無理がある。ムーンドッグの無邪気な遊び心、ブリジット・フォンテーヌの原始的響き......そして「そして中央アジア、インドネシア、南アメリカ、アフリカの伝統音楽」からの影響を取り入れているとレーベル資料には書かれているが、さらに僕なりの説明を加えるなら、ジュリアナ・バーウィックがパソコンを使わずに(アコギで)作った作品のようでもあり(つまり生で、上品なのだ)、全編にわたるアコースティックな音響(ギター、クラリネット、ピアノ、ガムラン、打楽器)とラテンの旋律は、マウロ・パガーニの『地中海の伝説』をも彷彿させる。
 こんな風に、偉人たちの固有名詞を挙げていくと、いかにも偉そうな作品に思えるのだが、『The Weighing of the Heart』の魅力は、少なくとも僕にとってだが、夏の記憶というコスモロジー、ある種の郷愁的感覚にある。2013年の夏のあいだ、僕はこのアルバムばかりを聴いていた。
 彼女は、空、貝、岸、風、熊、鳥......について歌っている。いつもの空がいつものように広がっている。毎年夏になると僕は坊主を連れて川に行く。泳いだり、釣りを教えながら、魚を釣ってみせ、時には焼いて食べる。今年、いつもの川辺に行ったら、肌の色の濃い男が4人、いつもなら僕と坊主が荷物を置いている木陰を陣取っていた。
 彼らは発泡酒を飲みながら、たまに川に入っては、何気ない時間を過ごしていた。平和的な雰囲気だった。どこから来たんだと尋ねるとフィリピンだと答えた。ひとりが持ってきたガットギターを弾いて、何時間も歌っていた。故郷を思って歌っていたに違いない。静岡の工場で働いているフィリピン人が人気のない真夏の川辺で歌っていた音楽と『The Weighing of the Heart』は繋がっている。牧歌的というよりも、この黄金の音楽には無心な時間のあとに広がる、普遍的な、ノビノビとした響きがある。とっておきの1枚になりうる。
 紙エレキングのvol.11は、トーフビーツが表紙で、内容もデザインも写真も良い感じだ。唯一、嘆かわしいのは、(ジュリア・ホルターやジュリアナ・バーウィックの文脈にも重ねることのできる)このマスターピースが、載っていないことである。

野田 努