Home > Reviews > Album Reviews > Further Reductions- Woodwork
シンセの波にゆられることを目的とした、ただ夢心地なエレクトリック・ミュージックを奏でるには少々シリアスで、そうかといって、ダークでインダストリアルな意匠をまとうには幾分ポップな躍動感をもつ男女デュオ=ファーザー・リダクションズ。こういうと、何だかどっちつかずで中途ハンパな印象を持たれてしまうかも知れないが……なかなかどうして。しかつめらしくも美しいこの絶妙なおぼろ具合こそが彼らの音楽を特異なものにするゆえんであり、〈ミニマル・ウェイヴ〉傘下のレーベル〈シティトラックス〉からリリースされたこのファースト・アルバムは、じつに鮮烈なのである。
〈キャプチャード・トラックス〉から7インチをリリースしているシンセ/ダーク・ウェイヴ・トリオ、レッド・エル・エスト(LED ER EST)のキーボーディストであり、アンダーグラウンド・ハウス・レーベル〈L.I.E.S〉からVAPAUTEEN名義での作品をリリースするなど、ブルックリンの地下シーンで注目を集めるプロデューサー、ショーン・オサリヴァン、そして、ニュー・ウェイヴィでどこまでもゆらめくヴォーカルが官能的な、紅一点ケイティ・ローズからなるファーザー・リダクションズ。80年代後半〜90年代初頭を駆け抜けたロウでレトロな質感をもつハウス〜テクノのヴァイブレーション、そして、チル〜アンビエントへの憧憬を包み隠すことなく露わにした彼らのサウンドは、ただ歓喜や郷愁を誘うといった懐古趣味ではなく、それらの一種のパロディのようでもあり、夢のあとのぼやけた時間のごとく無性に尾をひく余韻と空虚感を残す——それは、まるで誰もいない遊園地で、メルヘンチックな音と光を放ちながらミニマル回転するメリーゴーランドのように空っぽだ。
反復するビートの上を漂い遊ぶダビーでスローモーな電子の装飾。時おり、断片的に、現れては消えゆくざらついたメロディが楽曲に淡いフックを与える1曲め“ハイ・エンド・ベーシックス”。遠いところから、しんと降り積もるように降りてきて、瞬く間に景色を変えてしまうケイティの歌声がやたらとカッコいい。続くタイトル曲“ウッドワーク”は一転して工業的なテクノ・ビートが押し寄せ、じわじわと体を衝き動かされる。とはいえ、それは、過激に錆びついた鉄の匂いがするのではなく、薄雲のようにたなびく陰影がさり気なくインダストリアル情緒を醸し出していて、新しい感覚を呼び覚ましてくれる。そして、『テクノ・プリミティヴ』(1985)の頃のクリス&コージーを彷彿とさせる、アルバム中もっともポップでプログレッシヴなチューン“スペクタクル・ディゾルヴド”、ボディ・ミュージックのように野太いベースのシーケンスがアシッディーに蛇行する“ヴォイド・オブ・コース”、沈みこみそうなずぶずぶのキックと、刻みどころを押さえまくったハイハットの抜き差し、くぐもったメロディとハウシーなリズムがエコーの向こうでバウンドし、無闇に昂揚感を誘う“デス・トゥ・ザ・ビート”など、隅から隅までエッジを効かせつつも、混沌から静寂にまでジャストフィットする柔軟なトラックがバランスよく配されている。
自らを「最終処分」と名乗る彼ら。安売りされるにはゴージャスで、ありがたく祭り上げられるには、いささかチープなリズムとアナログなエレクトロニクスがじつにうまく混ざり合う。薄明るい光線が90年代の夢をちらつかせ、しかし、あざとさのまったく見えない耽美な熱は、NYのマンホールの隙間から立ち上がる蒸気のように、ゆよ〜んと妖しく、緊張と緩和をくり返しながら絶え間なく湧き出して、四辺を濡れ光る白い恍惚で包みこんでしまう。
久保正樹