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Album Reviews

Goku Green

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泉智   May 18,2015 UP
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 まるでジャクソン5時代のマイケルが鼻歌混じりにラップしているかのような甘い歌声。精鋭プロデューサーたちによるレイド・バックしつつもタイトなビート。天衣無縫でフレッシュな感性が、すぐれた音楽的な洗練とともにパッケージされている。あえて名前をつけるとすれば、平成生まれの悪童による「ヒッピー・ラップ」。
 16歳でデビューし、すでにこれまで2枚のフル・アルバムをリリースしている北海道、旭川市在住の19歳、GOKU GREENの最新EP『ACID & REEFER』は、収録された5曲すべてが、ウィードによる酩酊感を表現した、いわゆる「ストーナー・ラップ」。太巻きのブラントを吹かす、童顔のスヌープ・ドッグ? けれども、ギャングスタ的な悪ぶりやハスリングの焦燥はまったく感じられない。そこで、タイトルの「ACID & REEFER」を文字通りに解釈してみるなら、むしろこれは「ヒッピー・ラップ」だ、ということになる。
 伝わってくるのは、酩酊をもたらすハーブの煙への、ただただ純粋な愛。ともすればハードコアで間口の狭いものになりがちなテーマが、天性の音楽的センスによって、希有なポップネスを獲得している。たった5曲のEPとはいえ、驚くべきことだ。

 本作についてまず目を見張るべきは、その音楽的な進化/深化だろう。ジャズ・スタンダード”CRY ME A RIVER”を歌う女の声に導かれるオープニング・トラック、“OVER”からして破格の出来だ。不穏なベースラインともたつくビート、ピッチを落としたスクリュード・ヴォイスがダウナーな酩酊感を誘い、濃い紫煙の世界に一気に引き込まれる。続くのは、トリップへの愛情を「きみ」への清楚なラヴ・ソングとして昇華させた“LOVELY”、雪深い北国の不良高校生たちのストーナー・サークルの部活動を描く“STONED CLUB”。どちらもPRO ERA以降の90’Sリバイバルを意識したビート・メイク。LiL OGI、WATT、OMSBのプロデュースするトラックのうえで、歌のような、ラップのような、子音や母音を気まぐれに、だが正確なタイミングで抑揚させる独特のヴォーカルが心地よく耳をくすぐる。秘密基地をつくる少年じみた無邪気さと、初恋に似た高揚感、そのすべてがハーブの煙へと注がれるリリックの内容もなるほど衝撃的ではある。しかし、真に驚嘆すべきは、この怖いもの知らずな感性が、熟練と呼んでいいほどの音楽的な洗練を伴って表現されていることだ。若さを売りにした勢いまかせのギミックはここにはない。散りばめられたソウルの断片がトリップをもたらし、自由自在に跳躍する歌声がこのうえないユーフォリアを演出する。この音楽そのものが、まるでアムステルダムのコーヒー・ショップに並ぶチョコレート菓子のようだ。甘くて、濃厚で、体に入れるとくすくすと笑いがこみ上げて、こわばった意識をリラックスさせる。

 だが、満ち溢れる多幸感とは別に、このEPには確かに、「ここではないどこか」への逃避願望が忍びこんでもいる。当然だ。もしもアメリカの一部州やヨーロッパの都市ならば、ちょっとした冒険に過ぎないはずの火遊びも、ここ日本では大事を招きかねない。
 自分の心から愛する生の形式が、社会や国家から徹底して拒絶されていること。誰かへの純粋な愛が、そのまま同時に、自分と周囲の世界とを隔てる壁になってしまうこと。だから、これは決して若気の至りでも、青春の過ちでもない。異人種間の婚姻が禁止されていた時代に、肌の色の違う恋人を愛してしまった人間や、同性愛が強く抑圧された社会で、同性愛者として生きる人間と同じ、孤独な愛を知る者の表現だ。彼の声にはどこか、亡命者の感覚がつきまとう。

 その意味で素晴らしいのは、雪深い北日本の地方都市に生まれ育った少年の夢想と逃避願望が見事に凝縮された、"まるでCALI"。地元旭川の短い夏の気候が、湿度の低いカリフォルニアに似ている、との話を聞いて執筆したというこの曲で、制作時点ではカリフォルニアを一度も訪れたことがなかったGOKU少年は、「まるでカリフォルニア」と繰り返し口ずさむ。旭川の何気ない夏の一日が流れるようなフロウで描写され、想像上のカリフォルニアに重ねられる。ネオンカラーの多幸感とともに、切なさが押しよせる。好きな相手ができて、だけどその恋は許されない。だから少年は秘密を持つ。暗号を織り込んでラヴレターを綴り、それでも才能ゆえの大胆さで、やっぱり本音を喋ってしまう。禁じられている相手への愛を、煙にまかれた美しい歌にして告白してしまう。
 ヒッピーの聖地、カリフォルニアの地を踏んだことのないGOKU GREENが口にする「まるでカリフォルニア」というフレーズは、ひどく無邪気で、だからこそ胸を打つ。足がもつれるまで煙に酩酊して見つけた、夢の場所。北海道の地方都市と、アメリカ西海岸のあいだのどこか、たぶん太平洋上に浮かぶ雲のなかに存在するユートピア。まるでカリフォルニア。でも、ここはカリフォルニアじゃない。

 いまや世界的な企業となったAPPLEの創業者スティーヴ・ジョブスが、アイデアの重要な源泉のひとつとして若き日のLSD体験をあげていたのは有名な話だ。そもそも、ヒッピーの源流である1960年代末の「サマー・オブ・ラヴ」は、LSDやマリファナの使用を通じてオルタナティヴな社会を求める世界的な運動だったわけだし、80年代末、エクスタシーという新種のドラッグの出現をきっかけにイギリスで勃興した「セカンド・サマー・オヴ・ラヴ」は、レイヴ・カルチャーという若者たちによるアンダーグラウンドなムーヴメントを生み出した。これに対してGOKU GREENが歌うのは、「おれ」と「きみ」だけの、あるいは気心の知れた仲間たちとだけ共有される、プライベートなユートピアだ。それでも、まだ10代の少年が作り出す、この濃い煙にまみれた音楽を、日本の新聞社やテレビ局が「地元愛を歌うラップ」だとか「10代の心の声」だとかの紋切り型の視点で取り上げることは、やはり難しいだろう。ここは世論調査で成人の過半数が大麻の合法化を支持し、実際にいくつかの州で合法化され、オバマの高校時代の大麻吸引のエピソードが半ばジョークとしてシェアされるアメリカではない。

 ひるがえって、現在の日本のラップ/ヒップホップを取り巻く社会状況をみてみれば、たとえば学校指導要領にヒップホップ・ダンスが取り入れられたり、現役の中高校生たちのあいだでフリースタイル・バトルが人気を博したり、こうした現象は、多くのアーティストおよび関係者による地道な啓発のたまものだ。時代遅れの風営法への抵抗としてプロモートされた「健全な遊び場」としてのクラブのイメージ刷新も、不当な法律の運用に抗議するための必然のプロセスだった。これまでアンダーグラウンドな性格が強かった日本のクラブ・カルチャーが、ビジネス面でも社会的な責任の面でも、大きな転換を迫られているのは間違いない。
 だが、ラップ/ヒップホップがそもそも、レコードからの勝手な盗用=サンプリングによってそのビートを作り出したことを忘れてはならない。グラフィティ・ライターたちは警官に追われながらスプレー缶によるヴァンダリズムで街の壁をイリーガルな美術館に変え、ダンサーやラッパーたちは、しばしば暴力と隣り合わせの路上のバトルのなかでそのスキルを磨く。このカルチャーはやはり、マリファナの煙が漂うサウス・ブロンクスの公園の非合法なブロック・パーティで生まれ、ギャングのボスだったアフリカン・バンバータによって哲学化されたものなのだ。決してこの国の官僚や政治家たちの好む、ご都合主義の健全さに回収されてしまうものではない。いまはネクタイを締めたかつての不良たちは、そのジレンマを誰よりもよく知っているはずだ。
 そう考えると、最終曲に客演としても参加している、〈BLACK SWAN〉、〈9SARI GROUP〉の強面の後見人たちの姿は、ちょっと感動的ですらある。GOKU GREENは、昨年3月に志半ばで急逝した、〈BLACK SWAN〉の創設者であり、名だたるA&Rだった故佐藤将氏が最後に発掘し、育て上げようとしていたアーティストだった。カーリーヘアをなびかせるこの少年は、先行する開拓者たちのバトンを引き継ぐ、最年少の走者でもあるのだ。

              *

 いまを生きる若い世代にとっては、きっと最高なドキュメンタリーのようなEPで、とっくの昔に青春を終えて仕事や家庭を持った大人にとっては、忘れたはずの危険なノスタルジーを刺激する、ちょっとあんまりな作品かもしれない。GOKU GREENはもうすぐ、 かねてからの望みを実現させて、カリフォルニアに移り住むそうだ。 新天地で新たなキャリアをスタートさせることになった彼にとっても、このEPはたぶん特別なものになるんじゃないかと思う。才気ばしった10代にとっては少しばかり窮屈な環境が、この美しい白昼夢のような、空想上のカリフォルニアを生んだ。世の中でも身の回りでも、色んなことが起こる。誰かが死んだり、友達が逮捕されたり、突然の別れ、遠い国やすぐ近くから飛び込んでくる災害や戦争、嫌な事件のニュースに疲れて、息が詰まりそうなとき、この音楽はそっと、その孤独な背中によりそう。まるでカリフォルニアのようで、カリフォルニアじゃない。現実には存在しないからこそ、永遠に輝く極秘のユートピア。甘い声が導く。時計が止まる。煙のなかに美しい恋人の顔が浮かぶ。どんなときでも呼吸ができる。

泉智