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小林拓音   May 10,2017 UP
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 2016年の音楽シーンを特徴づけたトレンドのひとつに、ゴムがあった。南アフリカのダーバンで生み出されたその音楽はクワイトの影響を受けているとも言われるが、いわゆるハウスの文脈よりもむしろベース・ミュージックの文脈に位置づけた方がしっくりくるサウンドで、うなり続ける低音ドローンやダビーな音響、グライム的な間の使い方、それらによってもたらされる奇妙なもたつき感など、なるほどコード9が興味を持つのも頷けるというか、そこにはたしかに「これこそが新しいトレンドだ」と騒がれるに足るじゅうぶんな要素が具わっていた。その潮流の一端は、コンピレイション『Gqom Oh! The Sound Of Durban Vol. 1』にまとめられている。

 そんなゴムの盛り上がりに触発されたのだろうか。昨年リリースされたDJスポコとDJムジャヴァによるEP「Intelligent Mental Institution」は、まるで「ゴムの前には俺たちがいたんだぜ」と宣言しているかのような、自信に満ち溢れた1枚だった。自らの音楽を「バカルディ(=酒)・ハウス」と呼称するスポコは南アフリカのプロデューサーで、近年は〈True Panther Sounds〉やJクッシュの主宰する〈Lit City Trax〉といった米英のレーベルからも作品を発表している。興味深いことに彼は、シャンガーン・エレクトロのドンであるノジンジャとも親交があったらしい(なんでも彼からエンジニアリングを学んだそうだ)。そのスポコの相棒を務めたムジャヴァの方も同じく南アフリカ出身のプロデューサーで、10年ほど前に“Township Funk”で世界中にその名を轟かせたハウス・レジェンドである。『RA』によれば、その“Township Funk”でパーカッションを担当していたのがスポコだったそうだから、彼らの交流はかなり古くまで遡ることができるのだろう。そのふたりが久しぶりにがっつりと手を組んだ「I.M.I」は、強烈なドラムとメロディアスなシンセが絡み合う最高にダンサブルな1枚で(“King Of Bacardi”や“Sgubhu Dance”の昂揚感といったら!)、王者の貫禄とでも言うべきか、とにかく矜持にあふれたEPだった。
 そのスポコが次にパートナーに選んだのがマティアス・アグアーヨである。アグアーヨは、自身のアルバム『Ay Ay Ay』が出たのと同じ2009年に、ムジャヴァの“Township Funk”のリミックスを手掛けているので、今回のコラボには前兆があったということになるが、スポコと共同作業をおこなうのはこの「Dirty Dancing」が初めてのはずだ。〈Kompakt〉というブランドの名を耳にすると、ある特定のミニマル・サウンドを思い浮かべてしまう人もいるかもしれないが、アグアーヨはそういうイメージの束縛から自由なアーティストで、チリ出身ということもあってか、彼の作品からは独特の「辺境」性を感じ取ることができる。したがってわれわれは、スポコの「バカルディ・ハウス」がアグアーヨのその「辺境」性と衝突したときにいったいどのような化学反応が起こるのか、という期待に胸を膨らませて本作を手に取ることになる。

 結論から言ってしまえば、この「Dirty Dancing」では何か特別なミラクルが起こっているわけではない。“Something About The Groove”におけるエルビー・バッドの参加が如実に物語っているが、良くも悪くも本作は、「バカルディ・ハウス」と欧米のハウス/テクノとの「出会い直し」(あるいは「再会」)といった趣に落ち着いている。そりゃまあ奇蹟なんてそんなに頻繁に起こるものではないから、しかたがないといえばそうなのだけれど、とはいえタイトル曲“Dirty Dancing”で繰り広げられるふたりのシンセの応酬や、あるいは“Taxi Rank”の不思議な疾走感からは、まだ見ぬ新天地の雄大な景色を想像することができる。
 成功するかしないかはひとまず脇に置いておいて、こういう特異なもの同士の接続それ自体はこれからもどんどん為されていくべきだろう。周縁的なものと周縁的なものとが出会ったときに奇蹟的に発生するかもしれない、豊穣なる余剰を夢想すること――それは音楽を享受する愉悦のひとつである。きっとゴムの次に到来するトレンドも、そういう刺戟的な出会いのなかから生み出されるに違いない。

小林拓音