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For Tracy Hyde

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For Tracy Hyde

New Young City

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柴崎祐二   Sep 06,2019 UP
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 もちろんこれまでの作品も音質/テクスチャへの強いこだわりを感じさせるものだったが、本作を一聴してまず感じるのは、それにもまして断然音がいい(整頓されている)、ということだ。時に出現するシューゲイザー的ノイズの中にあっても、そのノイズは丁寧にコントロールされ、理知的に配置されているふうだ。これはエンジニアリングやアンサンブルにおける音域統御が精度を増したことによるものであろうが、もっと根源的なレベルにおいてのことにも思える。J-POPまでをもパースペクティヴに収められながら、それぞれの音が文化的所与物としての性格を完全に把握された上で、そこにあることを統御されている感覚。いわゆるバンド・サウンドであることに違いないのだが、本作でそれを駆動する志向/思想は、60年代以来敷衍されてきた、ロック・バンドたるものメンバー各人が個性的存在として偶発的にパッショネイトしあうべし、という前提とすれ違うようなのだ。それはしかし、いま一番味わってみたい類のスリルにみちたすれ違いでもある。

 For Tracy Hyde は、2017年に夏bot (メンバーの名前です)の宅録プロジェクトとして U-1 (メンバーの名前です)とともに始動した。2014年には、現在はソロ・アーティストとしても大活躍のラブリーサマーちゃんをヴォーカルに迎え、女声をフィーチャーしたバンドとしての形が整った。その後ラブリーサマーちゃんの脱退を経て、新たに女性ヴォーカリスト eureka が加入、さらには前ドラマーの脱退に伴い、今作から草稿(メンバーの名前です)が加わった。いわゆるドリーム・ポップやシューゲイザー・サウンドに根ざしつつも、近作では、一見すると同時期に勃興してきた2010年代シティ・ポップの潮流に呼応するようなアンサンブルを取り入れたりもしたのだった。かといって、同時期の少なくないバンドがそうしたようなアップリフティングでストレートな都市生活礼賛に陥ることはなかった。前作『he(r)art』に色濃く反映されていた、周囲で沸き起こるムーヴメントを内側からクールに指弾するようなそうした手つきは、したたかでそこはかとない批評性を匂わすものだった。その時期から、このバンドが一筋縄ではいかない(好ましい)ねじれを孕んでいることに強く興味を惹かれたのだった。

 そして本作に至り、その好ましいねじれはさらに洗練を究めたように思われる。3本のギターが音域とフレージングを分け合うアンサンブルや、Alvvays をレファレンスとしたというそのサウンドメイクは、ドリーム・ポップ/ギター・ポップの系統を深く消化したものながらも、楽曲構造自体、特にメロディーが極めて確信的にJ-POPめいているのだ。(私のような)古式ゆかしいオルタナティヴ・ロック・ファンの感覚からすると、本来J-POP性からの逃避こそがオルタナティヴ・ロックの金科玉条だったはずであって、その逃避度合によってそのアクトが「本物」かどうかを決されるという死活的要件だったはずだ。しかしここには、そういった大前提すらがまず存在していず、ほとんどの曲で90年代のJ-POP黄金時代を彷彿とさせる(ごくウェルメイドでポップ極まりない)メロディーが横溢しているのだ。その驚き。そしてその新鮮さ。

 思えばこの10年ほどで、オルタナティヴ・ロックの他のシーン、例えば DTM と言われる小さくない文化圏ではこうした傾向は珍しいものでなくなっている。tofubeats らの活躍をみるまでもなく、例えばブックオフの280円コーナーに埋もれている過去のCDに収められたメジャーなポップスを自らの音楽の側へ主体的に引き寄せるという価値逆転的行き方は、いまでは既に珍しいことでなくなっている。For Tracy Hyde というバンドと本作は、そうした心性をオルタナティヴ・ロックというフィールドに持ち込んだとすると分かりいいかもしれない。いや、持ち込んだというよりはむしろ、ごく自然に彼らの中に胚胎している心性なのかもしれない。それを指して「インターネット世代的」とひとくくりにしてしまうことも可能かもしれないが、そういう大づかみの理解から漏れ出る魅力も本作は湛えてもいる。
 ロックが時代の先頭ランナーから脱落して久しいいま、さらには「新しい」音楽はもうこれ以降生まれえないのではないかという考えが多くの人に憑依しているいま、こうした心性をもって退行だとか保守化だとか指摘するのはたやすいかもしれない。しかしながら、ポップ・ミュージックがその前進を止めたようにみえるいまだからこそ、いま一度ポップ・ミュージックの歴史の中で前提とされていた事柄(例えば、J-POP性を嗅ぎ取れるロックは唾棄すべきものだ、とすることとか)を、自覚的かつ無垢な興味をもって相対化することは、決して保守的な仕草ということはできないだろうし、むしろドラスティックに批評的でもある。
 はっきりいっておくと、オルタナティヴ・ロックを含めたロック一般は、ポストモダン以降の状況に十分に対応できてこなかったのかもしれないのだ。相対主義が席巻して以降のいまにあって、J-POP性と(確信的に)はつらつと戯れる最新のオルタナティヴ・ロックが登場したということは、ロックの延命にとってのカンフル剤にはならぬにせよ、相当に痛快なことなのではないか。ロマン主義的なロックンロール個人主義から離れ、過去のアーカイヴに即時的にアクセス可能な環境の中でアンサンブルとサウンド全体を文化的構築物として強く統御せんとする心性は、こうした状況下によってさらに強くドライヴするし、インターネット空間的コミュニケーションの中でさらに強く純化されうるし、実際この作品はされているように思う。

 ところで本作のタイトルは『New Young City』である。「ニュー」と「ヤング」というのは同義反復でないかしらと一瞬思うわけだが、これまで論じてきたことに照らすと、律動する若い肉体を祝祭するロック用語としての「ヤング」(かつてグループ・サウンズに氾濫した「若い」という形容詞を思い起こして下さい)のその先へ、と読むこともできる(はちゃめちゃに壮大に読むなら、「New Young」とは、アーサー・C・クラークの名作『幼年期の終り』における「新しい子どもたち」のことなのかしら、とも思ったりする……)。いずれにせよ、このニューヤングたちは、甘み(J-POPも含めたポップス文化)を厳しく統御し、この連作短編めいたアルバムにまとめたのだった。青春の群像を物語ろうとする細やかな歌詞も含め、きわめて精緻な楽曲の組み上げぶりから、オルタナティヴ・ロック風のシンフォニーめいたなにかを作り出そうとした強い意志も感じる……とここまで書いて、(M5のように直接的な影響を感じさせる曲もあるし)ザ・ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』を思い起こしたのだが、実際バンドのプロフィールに「21世紀のTeenage Symfony for God」を作り出す、と書いているのを見て、得心。そういう意味で、前段までを費やしつらつらと述べてきたような現在における状況論的な価値を超え出て、未来にわたって聴くものの青春を寿ぐ音楽作品としてエバーグリーンな魅力も備えているのだった。極めて2019年的であると同時に、無時間的。この先どんなふうにこの作品が聴き継がれていのか、それを考えるのもまた楽しい。

柴崎祐二