ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Ryuichi Sakamoto | Opus -
  2. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  3. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  4. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  5. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  6. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  9. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  10. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  11. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  12. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  13. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  14. interview with Fat White Family 彼らはインディ・ロックの救世主か?  | ファット・ホワイト・ファミリー、インタヴュー
  15. Fat White Family ——UKインディ・ロックの良き精神の継承者、ファット・ホワイト・ファミリーが新作をリリース
  16. 『成功したオタク』 -
  17. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  18. Columns 3月のジャズ Jazz in March 2024
  19. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  20. Columns 坂本龍一追悼譜 海に立つ牙

Home >  Reviews >  Album Reviews > Bladee- Exeter

Bladee

Cloud RapExperimental

Bladee

Exeter

YEAR0001

YEAR0001

三田格   Apr 27,2020 UP

 ヒップホップが異形のサウンドだった頃が懐かしい。本当に懐かしい。いまとなってはそうは思えないだろうけれど、ランDMCでさえ「大丈夫なのかな、これで」と思うほど曲になっていないというか、途中で放り出したような音楽に聴こえたし、中村とうようではないけれど、最初は僕もとても長続きする音楽だとは思えなかった。初めてTVで観たのがファット・ボーイズのライヴだったせいで、余計にイロモノに思えてしまい、僕が本気になったのはLL・クール・Jを聴いてからだった(記憶が定かではないのだけれど、初めて観たラップはやはりTVで「サラリーマンが会社帰りに円陣を組んでその日あったことを思い思いにリズムをつけてマイクで順番に歌っています」というニュースの方が先だったかもしれない←このニュースのせいで、ラップの起源は長い間、ニューヨークのサラリーマンが始めたのかと思っていた)。

 途上国を見渡せば異形のサウンドを聴かせるヒップホップがまったくないわけではないし、ヒップホップの影響がないものを探す方が難しいと思うほどあらゆる音楽にヒップホップは浸透しきっているとは思うものの、異形のヒップホップはあきらかにメインストリームとは断絶していて、フィードバックの関係をつくりだすことはないこともわかっている。枝分かれしすぎてしまうと、もはや繋がりようはないということか。それこそメインストリームの新人に「新しさ」は感じても、初めてヒップホップを聴いた時の「異形さ」に想いがぶっ飛ぶことはない。オーヴァーグラウンドな音楽として認知されてしまうということはそういうことだろうし、ましてやロックよりも消費量では上回ったというのだから。それでもヒップホップに「異形さ」を求めてしまうのは……自分でも? ちなみに僕のオールタイム・ベストはそれぞれ1作目で、1にニッキー・ミナージュ、2にサイプレス・ヒル、3・4がアトモスフィアと4にTTCで、5がアール・スウェットシャーツで~す!(次点でスクーリー・D)。誰にも共感されなさそー。

 ブレイディー(またはブレイドと発音)のサード・ソロ・アルバムが、そして、どこにも辿りつかないクラウド・ラップと化していた。ファッション・デザイナーとしても知られるベンジャミン・ライヒヴァルトはミックステープがサウンドクラウドで注目され、スウェーデンではオート・チューン使いの代表格のようなものになったらしい。同じく2010年代のスウェーデンだと(冗談のようだけれどブレイディみかこが反応していた記憶があるスウィング・ヒップホップのモーヴィッツ!はなかったことにして)ディプロがプロデュースしたギャングスタ・ガールズのエリファント(Elliphant)とは好対照をなし、それこそブレイディーは彼女たちと入れ替わるようにして出てきた感もあり、初めからクラウド・ラップを志向しているぐらいで、まったく力強さはなく、抒情性に重きが置かれ、そこは素直にカーディガンズやトーレ・ヨハンソンの国だという感じではある(頻繁にコラボレイトしている同郷のヤング・リーンはノンクレジットでディーン・ブラント『Zushi』にも参加)。正直、だらだらし過ぎていて、弱さとフラジャイルを混同しているタイプだったと思うし、マンブル・ラップでさえもっと覇気があると思うようなものが、いきなり突き抜けて「異形」なトーンを醸し出すまでになってしまった。徐々にではなく、いきなり。

『Exeter』は冒頭からネジが緩んでいる。続く“Wonderland”でお花畑度は一気に上がる。クニャクニャと擦られるスクラッチ音にポワンポワンと浮かんでは消えるベース・シンセ。『Good Morning』や『Now Is The Happiest Time Of Your Life』をつくっていた時期のダヴィッド・アレンがもしもアシッド・フォークではなくヒップホップをやっていたらこうなったかなと。”Rain3ow Star (Love Is All)””Every Moment Special”“DNA Rain”と続く3曲はあまりにもスモーカーズ・デライトで、電子音のお風呂で体ごと溶けてしまいそう。前作にも参加していたグッド(Gud)が全曲でプロデュースにあたったことで、ここまで一気に変化したのだろうか。よくわからない。スウェーデンといえば昨年のベスト・ソングが僕はオートチューン全開のタミー・T“Single Right Now”であった。クィアーたちに局所的な喝采を浴びたタミー・Tも切実な思いをチープな曲にのせるという発想は同じで、スウェーデンのアンダーグラウンドでは何かクネクネとした音楽性が静かに押し寄せてるのだろうか。そんなことはないか……(ちなみに2010年代の個人的なベスト・ソングはアジーリア・バンクス“212”で、ベスト・ポップスはロード”Royals”です!)。

 時代を超えて存在するタンブリマンたちに『Exeter』は1曲も期待を裏切らないだろう。ブーツの踵がさまよい出すのを待っている。魔法の船に乗って旅行に行きたいね。自粛要請も出ていることだし、その場から一歩も動かずに旅をするとなると……(イギリスやニュージーランドで買い占められたのはトイレット・ペーパーだそうだけれど、オランダで買い占められたのはマリファナだったそうで……)。

三田格