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Laurine Frost

Future JazzIDM

Laurine Frost

Lena

LYKA

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三田格   May 11,2020 UP
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 エディプス・コンプレックスとは男の子が母親との仲を裂かれまいとして無意識に父を敵視することで、フロイトはこれを誰にでもある普遍的な概念として定義した(女の子と父親の場合はエレクトラ・コンプレックス)。しかし、子どもが(年齢とは関係なく)そうした感情を自覚できないうちに父が病気になったり、死んだりすると、父が倒れたのは自分自身の敵意が原因だという罪悪感を持ってしまったり、悪くすれば「対象喪失」という感覚に陥るなど場合によっては生きる意欲を失ってしまう可能性もある。自分を「完璧な子ども」に育てようとした「父」を題材に、初めて本人名義のアルバム制作に乗り出したローリン・フロストはその途中で実際に父を失うこととなった。「半分まで完成したところで父が自殺した。このプロジェクトのことは知らずに」。死後ではなく、その前から制作を進めていたことで、彼は「対象喪失」に陥ることはなく、むしろ完成度の高いアルバムに仕上げられたのだろう。ヒーローだった父親が日に日に信念や尊厳を失っていく──その姿を描こうとしたのだから。

 ペトレ・インスピレスクがルーマニアン・ミニマルの「表の顔」ならローリン・フロストは「裏の顔」だろう。ルーマニアで〈オール・イン・レコーズ〉を立ち上げ(後にハンガリーに移動)、ロシアや東欧のプロデューサーを広くフック・アップし、〈オール・イン〉を逆から読んだサブ・レーベル、〈Nilla〉でもフランスのアフリクァ(Afriqua)や最近ではスウェーデンのアルカホ(Arkajo)など素晴らしいリリースを続けている。フロスト自身は13年にコールドフィッシュ名義でリリースしたアルバム『The Orphans』がブレイク作となり、同じ年に本人名義のシングル「Metafora Of The Wolves」や、とりわけ「Swings Of Liberty」では作風もミニマルにジャズを取り入れるなど『Lena』への大いなる助走は早くから始まっていた(『The Orphans』は孤児という意味で、やはりチャウセスク政権下で軍事訓練を受けていた子どもたちのことなのかしらと思いながら、いまだにどうなのかわからない。険しい表情で何かを睨みつけている少年の表情が印象的なジャケット・デザイン)。

 父を題材にするといいながら『Lena』のコンセプトはかなり複雑である。ベースとなっているのはドストエフスキーの短編「おかしな人間の夢」で、自殺しようとしている男を彼の父に置き換えたという。男は夢を見る。そして、「真理を発見」して自殺はやめにするというストーリーで、実際には起きなかったことがシュールリアリスティックに展開されている。これを音楽に移し替えたとフロストは解説している。現実には父は自殺しているわけだから「起きなかったこと」とは、父が夢を見て啓示を得ることである。そのようにして父に生きていて欲しかったということかもしれないし、あくまでも弱さを認めなかった父の存在を否定しているとも考えられる。どちらの解釈であれエディプス・コンプレックスの克服を通り越して作者が「成熟」に至ったことは確かである。テクノに美学が持ち込まれることは頻繁にあったかもしれないけれど、ここまで文学趣味を作品に押し被せた作品は珍しい。うがった見方をすれば、父はソ連(現ロシア)で、連邦体制が崩れなかった場合の東欧がフロストたちルーマニアン・ミニマルとして投影されていると見なすことも可能だろう。ルーマニアン・ミニマルの異常なまでの暗さは「対象喪失」に由来し、それは計画経済が破綻したという「歴史」を受け入れるプロセスだというか(いつのまにか話がユング的になってしまった)。

 ここまで書いたことは忘れて虚心坦懐に『Lena』を聴いてみよう。ドラムン・ベースを簡素化したようなジャズ・ドラムとヴィラロボス流ミニマルの衝突。ハットとベースが絡みつき、ドラムでアクセントをつけた退屈ギリギリの2コード・ミニマルと獰猛なベース・ライン。不協和音を響かせるピアノのループと緊張感のあるホーンに無機質なダブと、フロストが醸し出す雰囲気にはいつも「余地」が確保され、それこそ息がつまるような交響曲の暗闇へと引きずりこむペトレ・インスピレスクとは対照的である。「このアルバムはクリシェに逆らい、単なる過去の再生産に抗っている」「最も大事なことは過去に学び、未来へ繋げていくこと」とフロストは力強く書き記し、ポップ・カルチャーにおける歴史意識を強調する。そう、できることなら彼にザ・ポップ・グループ『Y』のリミックス・アルバムをつくらせてみたい。

三田格