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ポバティー・サファリ イギリス最下層の怒り

ポバティー・サファリ イギリス最下層の怒り

ダレン・マクガーヴェイ 著

山田文 訳 (序文:ブレイディみかこ)

集英社

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野田努   Dec 30,2019 UP
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 あなたの近くには、アルコールに依存しながら、自らの社会的正義を病的に信じ切って、こんな資本主義社会などとっとと崩壊してしまえばいいと願っている人はいないだろうか。俺(私)をこんな風にした社会が悪い。国が悪い。資本主義が悪い。だからこんな世界など壊れてしまえばいい。ぼくのなかにはそういう自分がいるし、この著者はかつてはまさにそういう青年だった。
 しかしながら、ストレスから逃げるためにアルコール(ないしはドラッグ)に依存し、所詮は誰かが考えたことの受け入れをあたかも自分の考えのように錯覚し、それが正義であり自分は間違っていないと頑なに盲信しているうちは、結局のところ現実をしっかり把握できないのだと、この本は勇気をもって主張する。
 あるいは、近年日本においても右でも左でもないとはよく聞くフレーズだが、その言葉の意味を底辺に生きる人間の切実な問題として捉えている本はそうそうないように思える。ダレン・マクガーヴェイの『ポバティー・サファリ』──訳せば「貧困探訪」とでもなるのだろうか──この本は下方からの散弾銃だ。グラスゴーの最下層階級育ちのラッパー(そして作家)である彼は、彼の経験からくる根拠と信念をもって、マルクス主義者に反論し、ありがちな自己責任論にも反論する。リスクを承知のうえで私見が述べられているが、これこそ真の意味における「絶望の淵からの挑戦状」といえる。
 『ポバティー・サファリ』は、いわゆる社会学書でも思想書でも批評書でもないが、テクニカルタームこそ使われていないものの、そのすべてだ。個人的な告白の形態をもって語られるこれは、短い文章が30話ほど収められた本で、各章には歴史上のさまざまな本の書名(罪と罰、審判、1984、オン・ザ・ロード等々)が冠してある。通奏するのは「貧困」というテーマである。
 「貧困」とは、左派も右派もお互いの立場で理屈では(理屈でのみ)認識している。とはいえ、このイシューが前面に出ることはまずないように思われる。日本では宇都宮健児さんのような方々ががんばってはいるものの、大雑把に見て、やはり「貧困」は、著者が言うように政治的な意見を言える立場の人たちにおいては扱いにくい、できれば突っ込みたくはないテーマかもしれない。
 たとえば、いま現在もさまざまな左派の活動家によるさまざまなイシューの運動がある。反原発、環境、反資本主義、レイシズム、LGBT関係……などなど。しかしながら、一連の運動において「貧困」はしばし周縁化され孤立する。なぜなら、貧困層には外国人嫌いがいるし、フェミニズムとはほど遠い男性も多いし、環境どころか政治になんぞなんも関心をもたない人も少なくなくないからである。
 つまるところ彼らは疎外され、自信を持てないでいる。そこにトランプのような代弁者が出てくる。一部の貧困者は、ようやく私たちの苦しみを理解できるリーダーが出てきたと感じる。すると左派はこれを右翼ポピュリズムといってほとんど反射的に批判する。「貧困」の難しさのひとつは、こうした「左翼」vs「保守」の構図においてさらにまた疎外されていくことにあると著者は分析する。その分析は専門家からみれば粗くみえるかもしれないが、マクガーヴィーは尻込みすることなく、あるいはリスクを承知の上で彼自身の思いのヒダに絡まっていることマルクス主義への疑問を次から次へと呈していく。誤解無きように言っておくと、彼の政治的スタンスは左派である。
 さらにまた、もうひとつ誤解無きように言っておくと、本書は、左派が陥りがちなセクト主義、我らこそが正しい(自分は間違ってない)とばかりのネット上での異論者つぶしやマウント合戦に心底げんなりしている立場からのメッセージである。つまり本書はおもいやりのある社会を望んでいるひとりの生活者からの提言であり、いまのこの世界の見方における手がかりを与えてくれるという点においても、そしてまたいままでの自分を省みながら考えさせられるという点においても、まったく優れた本である。教養として、いまのUKのきつい現状を知っておくという読み方もできるが、それ以上の内容で、とくにマーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』、オーウェン・ジョーンズの『チャブ』を興味深く読んでいる人には推薦したい。ブレイディみかこさんが熱い序文を書いているのだが、あまりにも手際よく書いているので、まだ読んでいない人は序文をすっ飛ばして,そこは解説として最後にとっておいて読むのが良いだろう。(本書はとくに中盤以降がすごい)
 なお、本書は2018年にオーウェル賞を受賞したというが、ラップがいま文化勢力として目が離せないのであるなら、ひとりのラッパーがこのような本を書いてしまうことは、うん、たしかにラップ文化はすごいかもと最後に追記しておく。(もうひとつ蛇足の蛇足。日本では何故か金持ちが住むことになっている高層マンション、これ、ぼくも知り合いが長いこと住んでいたので入ったことがあるけれど、イギリスで高層集合住宅とは下層階級の住むところでしかない。限られた面積に上から人間たちをずんずん積み上げていくわけだから、まあ、災害に弱いことはさておき、イメージが良いとは言えない)

野田努