Home > Regulars > アナキズム・イン・ザ・UK > 第3回:レインボウと聖ジョージのはざま
ブライトンという街は、日本のガイド本などを見ると「海辺の保養地」と書かれており、それもある程度は本当のことだが、国内では「ゲイとアナキストの街」と言われる一面も持っている。
で、わたしの職場は、英国のゲイ・キャピタルと呼ばれるブライトンのゲイ街にあるのだが、ゲイの方々というのは美意識が発達している人が多いため、ストリートを占拠するとそこにセンスのいいカフェだの、アーティーなショップだのを次々と開くものだから、地域全体が「お洒落」と見なされることになり、そういう場所に住みたがるストレートも集まってきて住宅価格が高騰。ブライトンのゲイ街は市内随一の高級住宅街になっている。
んなわけで、わが勤務先なんかも、預けられている子供たちは圧倒的にミドルクラス家庭の子女が多く、同性カップルの両親を持つ子供たちがけっこういる。
だから、園のほうでは様々の気配りを行う。例えば、絵本なんかでも、男性と女性のカップルが両親として登場する本は置いてないし、子供たちをドールハウスで遊ばせる時にも、ダディ人形とマミイ人形のセットは使わない。ふたりのダディ人形や、ふたりのマミイ人形をそれとなく居間に座らせておくことはあったとしても。
「そういう真綿にくるんだようなやり方は、本当は子供のためにならない」
と、24歳のゲイの同僚Aは言う。
「現実の社会は、全く違うから」
という彼は、ヨークシャーの公営住宅地出身だ。
ヨークシャーは英国で最も失業率の高いエリアのひとつである。「ひたすらホワイト・イングリッシュで、貧乏でマッチョだった」と彼が言うような公営住宅地で、ゲイがゲイとして生きるということは大変だったろうというのは容易に想像できる。彼がブライトンに南下して来た理由もそれだったらしい。
実際、丘の上の公営住宅地から海辺のゲイ街に出勤しているわたしなんかも、毎日、両極端なふたつの世界を往復しているような感がある。
例えば、ジュビリーやオリンピックで盛り上がった今年の夏は、英国中でユニオンジャックの旗が翻っていた夏でもあったが、公営住宅地ではさらにフットボール的で右翼的な聖ジョージの旗が目立ったし、ゲイ街には国家とはまるで関係のないレインボウ・フラッグがはためいていた。みたいな話をランチタイムにしていると、ゲイの同僚Aは言った。
「英国全体がお祭りムードでなんとなくユニオンジャックを掲げていたときに、ゲイ・コミュニティと貧民街だけが違う旗を掲げていたっていうのは、面白いね」
「それはやっぱり、正反対のようで似たところがあるから? 例えば、排斥されている意識とか」
「そういう意識が強いグループほど、何かの旗の下に群れたがるからね」
「でも、この街でゲイが排斥されてるとは言えないでしょ。経済的にも、影響力的にも、はっきり言って主流じゃん」
「まあね。絶対数が多いから」
というAは、ブライトンに来てから、鎧で全身を固めて生きるようなゲイ意識。というものを失くしてしまったらしい。
彼はザ・スミスが涙ぐましいほど好きな青年なのだが、ヨークシャーの公営住宅地でマッチョなガキどもにいじめられながら身を固くして街を歩いていた頃、自室でガリガリ聞いていたのがモリッシーの歌だったと言っていた。
が、そんな彼も、最近はまったくザ・スミスを聴いてないらしい。
社会的にリスペクトされたゲイ街での暮らしは、その内部での人間関係などの問題はあるにせよ、総体的にはヘヴンだと言う。それはなんとなく、モリッシーの"I'm Throwing My Arms Around Paris"の中ジャケ写真の新宿2丁目的ムードを思い出させる。わたしの祖国の友人は、10年ぶりにモリッシーを見に行ったら、「さぶとマツコ・デラックスの世界になっていた。アイロニーだと思いたかったが、本人があまりに楽しそうだったので当惑した」と言っていた。
思えば、いまでもモリッシーについて「居場所のなさを歌い続けている」と語るのは、ちょっと無理がある。英国のゲイにしても同様だ。彼らだってガラの悪い貧民街にでも近づかない限り、あからさまな排斥を受けることはないし、それにしたってAのように自分で動きさえすれば、居場所は探せる。
「だいたい、僕は旗ってものが大嫌いなんだけど。旗を掲げるってのは、排他的な行為だ。レインボウ・フラッグにしても同じことだよ」
とAは言う。
たしかに、貧民街からゲイ街に入って来るとき、バスの窓から見るレインボウ・フラッグは、「さあここからは、ゲイとインテリが住むヒップな街ですよ。リベラルの概念がわからない人は来ないでね」と宣言しているようにも見える。
逆に、ゲイ街から貧民街に帰るときに、公営住宅の窓から覗く聖ジョージの旗は、もう他には誇るものなど何もなくなったホワイト・トラッシュと呼ばれる人びとが、自分たちはイングリッシュであるという最後の砦を張り巡らせ、他者を威嚇しているようである。
排除されている意識のある者に限って、旗を掲げて他者を排除しようとする。
英国社会の階級は、もはや職業や収入だけで語れるものではなく、性的趣向や人種などの要素も入って来て著しく複雑になっており、例えば、ミドルクラスのストレートのパキスタン人とワーキングクラスのゲイのイングランド人はどっちがどっちを差別する側なのか。という風にぐちゃぐちゃになっているにも拘わらず、それでも階級が済し崩しにならないのは、人間の線引き願望というか、せつない旗揚げ願望のせいなのかも知れない。
「そう考えると、レインボウ・フラッグも聖ジョージの旗も、なんかサッドだよね」
わたしが言うと、Aは言った。
「っつうか、バカだよね」
レインボウ・フラッグをバカだと言い切るゲイには、わたしは他に会ったことがない。
が、80年代に戦った世代のゲイと、現代の若いゲイには、明らかに温度的隔たりがある。時代は変わったのである。少なくともブライトンには彼らにとっての"ヘヴン"があるし、そこには、わたしたちの職場のような同性愛者の子女向け保育園さえ存在する。
「とはいえ、そのバカな旗を揚げているグループの決定的な違いは、聖ジョージのほうの子供たちは、誰も真綿でなんかくるんでくれないということだよ」
「・・・・・」
「ヨークシャーでは、アンダークラスな地域の保育園で働いてたんだけど、あそこの子供たちは、現実を現実として直視しながら育って行くしかないもの」
「わたしもそういうところで働いていたから、それは、わかる」
聖ジョージ旗とレインボウ・フラッグの世界に一本ずつ足を入れて生きてきたようなAが、心情的に着地するのは聖ジョージのほうなのだろうか。と思う。クラビングとダンス・ミュージックに明け暮れるゲイ街ライフを満喫しておきながら、ジェイク・バグがいい、いい、とわたしの耳元で囁き続けたのも、彼であった。
ブライトンに移住して以来、"There Is A Light That Never Goes Out"が聴けなくなったと嘆くので、「そんなに聴きたいなら、うちに来る?」と誘うのだが、ぶんぶんと首を振る。公営住宅地には、強いラヴ&ヘイトの想いがあるようだ。
2度と戻らない。と覚悟を決めている人ほど、そういうところがある。
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英国では10月最後の週末から冬時間に切り替わっている。
だから、1日の仕事を終えて職場を出る頃には世のなかは真っ暗だ。とはいえ、カフェやバーの灯りが揺れるゲイ街は明るい。そのにぎやかな灯りのど真んなかに戻って行くAに手を振り、バスの終点にあるわが貧民街に辿り着けば、そこには本物の暗闇が待っている。あまりに辺りが暗過ぎて車に轢かれた狐が路上に転がっていることもあり、動物にとっても危険なシーズンの到来だ。
"There Is A Light That Never Goes Out"が似合うのは、こんな世界だ。
市街の明るみの果てにある、闇の濃度が急に上がる世界。
街灯が切れていても、地方自治体が取り替えにすら来てくれない、見捨てられた世界。
There is a light and it never goes out
頭上に生き残っている光はごく僅かであり、じーっ、じーっと不気味な音をたてている街灯は、あれはまた消え行く前兆なのだろう。
There is a light and it never goes out
じーっ、じーっと音をたてている街灯ではなく、安定感のある光を放っていた街灯のほうが、ぶつっと唐突に切れた。
街灯がひとつ消えるたびに街の温度も下がって行き、今年の冬はのっけから底冷えがする。
ちなみに、公営住宅地の灯りを消えっぱなしにしているこの国の首相は、2年前、ジョニー・マーからザ・スミス好きを禁止された男である。