Home > Regulars > アナキズム・イン・ザ・UK > 第7回:仮想レイシズム。現実レイシズム
職場では月1回の頻度でインハウス・トレーニング(職場内研修)というのがあり、さまざまなテーマの研修(という名の夜間残業)がある。
んで、このテの研修でわたしがもっとも恐れているのが「ワークショップ」と呼ばれる形態のものである。この「ワークショップ」は、演劇的色彩が濃く、要するに、例えば「保護者との関係構築」というテーマでワークショップがあったとしよう。すると、ある者は保護者の役を、またある者は「良い保育士」または「悪い保育士」の役を演じさせられるわけであり、それでなくとも人一倍ノリの悪い東洋人のおばはんであるわたしなどは、いったいどうしてこの人たちはこんなことをするのか、シェイクスピアの国だからなのか。と呆れることも度々で、実に疲労困憊する研修なのである。
ほんで。先日もそういうのがあった。
研修のタイトルは「EAL(English as an additional language)」。英国の保育施設では、英国を母国語としない子供が激増している。で、そうした子供たちへの効果的な指導法と保育法を学ぶという主旨の研修だったわけだが、その後半部分に、問題のワークショックが組み込まれていた。
「Inclusion」(要するに、人種、性的嗜好、障害の有無などとは関係なく、全ての人々を平等に社会に受け入れよう、というアレだ)を考察する目的で、出席者をふたつのグループに分け、一方は英国人チーム、もう片方は外国人チームになって、それぞれの立場から議論せねばならぬらしい。
外国人チームといっても、うちの職場では外国人はわたしだけである。それとなく、しかし有無を言わさず外国人チームに入られれたので、やっぱりね。と思っていると、早速ワークショップが始まった。英国人チームは「保育園でのInclusionの推進に抵抗感を持つペアレンツ」として、なりきり外国人(+リアル1名)チームは「英国の保育園に子供を預けている移民ペアレンツ」として、ディスカッションをしろという。
「では、まず、英国人保護者の方々にお聞きします。Inclusionの推進に抵抗を感じておられるのは、何故ですか? 理由を挙げてください」
と講師が言った。
暫くざわざわしていた英国人チームから、ためらいがちに意見が出て来た。
「まず、言葉ですね。自分の子供が、外国人の子供たちと混ざって、妙な英語を覚えて帰って来たりすると困ります」
「あと、英語が喋れない子供って、どうしても先生たちの時間を取りがちですよね。その間、自分の子供は誰が見てるんだろうって」
ありきたりの意見が出た後で、講師が言った。
「では、外国人保護者にお聞きします。自分や自分の子供たちが、英国の保育施設にオファーできる、ポジティヴな点とは何でしょう」
「実際、この国はこれだけ外国人が多いのだから、幼児のうちからミックスした状態で育った方が良いと思う。慣れる、っていうか」
「それから、言葉や文化の多様性というのは、子供たちの世界を広げますよね」
「そうそう。海外旅行に行かなくとも世界を体験できる環境って素晴らしいことです」
同僚のひとりが、インド・パキスタン系の人々の英語のアクセントを真似てそう言うと、どっと笑いが起きた。「エクセレント!」と親指を突き上げて、講師までウケている。
と、英国人チームのKが言った。
「価値観とか、文化とか、そういうことじゃなくて、もっと目に見える形で、外国人は英国人に迷惑かけてると思うけど」
和気藹々となっていた室内の雰囲気を一変するような、尖った口調だった。
「だいたい、園で運動会だの何だのイヴェントがある度、中心になって手伝っているのは、いつも英国人の父兄だ。外国人はそういう時に参加して来ない」
レトロな髪型をした20代前半のKは言う。といっても、彼女の場合、アデルのようないま流行りの女の子レトロではない。ポール・ウェラーのような髪をして、水玉のシャツにモッズコートを着て出勤してくるKには、レズビアンだという噂もある。
「英語が喋れないとか、外国人の親はすぐ言い訳するけど、喋れないなら英国にいるべきじゃないと思う」
「そういう言い方、ひどくない?」
外国人チームのSが言った。
「でも、これワークショップでしょ? 外国人嫌いの保護者の視点で言ってるんだけど」
とKが言うと、講師もうなずく。
「だいたい、移民の子供はお金がかかるしね。英語が喋れなきゃ通訳も雇わなきゃいけないし。勝手にこの国に来ちゃった人たちを、どうして英国人のコストでケアする必要があるの」
脇に座っているSが、わたしの方をちらりと見る。真っ直ぐな気立ての子だから、リアル外国人であるわたしに気をつかっているのだろう。
「困ってる人たちを助けるのは道理でしょ。自分が外国人の立場に立って考えてみなよ」
「でも、私は外国に行って住んだりしないし、そこの国の人たちに迷惑かけたりしないもの」
と言っているKも、実はわたしにとっては仲が良いほうの同僚だった。
園のスタッフ休憩室のテーブルには、ゴシップ誌の山と、『NME』の山とふたつあるのだが、Kとわたしは後者を順番に買って持ち寄るグループに属している。
「うちの姉の子供は、家の周辺に外国人がたくさん引っ越して来たせいで、近所の小学校に入れなかった。バスに30分乗って、街の反対側にある学校に通ってる。こう言っちゃ何だけど、ムスリムとかバングラ系の家族は子供の数が多いでしょう。外国人の子供が増えたせいで、英国人の子供が学校に入れなくなるなんて、おかしい」
と言うKは、わたしと同様、スペシャル・ニーズを持つ子供たちの担当チーム員だ。現在はガーナから来た自閉症児を1対1で見ている。
「それから、これはファクトとして、生活保護を受けている移民も多い。よその国の福祉システムにぶら下がって生きてるぐらいなら、自分の国に帰るべきじゃないの?」
Kが面倒を見ている自閉症児の母親も、そういえば、生活保護を受けているシングルマザーだった。と思う。
「だいたい、政府が食わせてくれると聞いて英国に来る外国人も多いらしいし。英国は、とんでもないお人好しの国だ。趣味でチャリティーやれる金持ちならいいけど、最低保証賃金で働いている私たちのような人間には、働かない外国人まで税金で養ってる余裕なんかないでしょ」
と彼女が言う頃には、英国人チームも外国人チームも一様にしーんとなっていた。
「......私たちみんなのなかにそういう部分はあるんだよ。Get real!」
とKは言って口をつぐんだ。
その後をうまくまとめるのは、経験豊富に見える講師にも大変そうだったが、どうにかワークショップは幕を閉じ、研修が終わった頃には8時過ぎになっていた。
ロッカールームに忘れ物をしていたので戻ると、Kがいた。夜遅くなったので、みんな制服のまま帰ったが、彼女は服を着替えている。
「遊びに行くの?」
と声をかけると、彼女は言った。
「ああいう、マジョリティー目線でのリベラル講座には超むかつく。これから飲みに行く」
「ははは。モッズの姿を借りたナショナル・フロントかと思ったよ」
「いや、意外とね、マジ右翼の連中のほうが、日常的にはマイノリティーに優しかったりして。ふわふわした野郎どもが一番始末に終えない」
「うん。近所にBNP(英国国民党)のブライトン支部長が住んでるけど、わたしと息子にやけに親切だもん。元スキンヘッズみたい。いまは単なる禿げたおっさんだけど」
「元スキンヘッズは、同性愛者にもわりと優しいよ」
と彼女が言ったので、へ? これってカミングアウト? と思いながら、わたしは黙って自分のロッカーから荷物を出した。
「スキンヘッズっていえば、『This Is England』のサントラ持ってる?」と彼女が言うので「うん」とわたしは言った。「貸して」というので、「いいよ」と言うとKは言う。
「私は生まれて来る時代を間違ったと思う」
そんなことを若い頃に言ってた友人が、日本にもいたな。と思いながら、わたしは老眼鏡を外してケースに入れた。
結局、音楽を聴いたりするのは、今も昔も、こういう類の違和感を持つ若者なのかもしれない。
鏡に向かって髪を直していたKは、めちゃくちゃハンサムなモッズ・ボーイになって職場から出て行った。彼女のロッカーの扉には、「KEEP CALM AND DRINK」と記されたステッカーが貼られている。