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interview with African Head Charge

interview with African Head Charge

私は11歳で学校をやめてアフリカン・ドラムをはじめた

——Mars89がアフリカン・ヘッド・チャージに話を聞く

取材・文:Mars89    写真:小原泰広   Oct 04,2023 UP

 DUB SESSIONS 2023にオープニングDJとして出演することが決まり、自分なりに解釈したダブやOn-U的な多文化共生サウンドについてつらつらと考えていたとき、ele-king編集部からAfrican Head Chargeのインタヴューをやらないかというメールが届いた。これまでインタヴューをされる側にまわったことは幾度かあったものの、する側にまわったことはなく、しかもインタヴューする相手が、私がとても大きな影響や衝撃を受けたAfrican Head Chargeとなるとプレッシャーは大きかった。彼らのドラムの洪水とディレイとリヴァーブの旋風によって意識を遠くまで飛ばされた経験が、私のプロダクションやDJの全てに深いところで影響を与え続けていると言っても過言ではないだろう。
 African Head Chargeは私が生まれるより前から活動しているグループであり、DUB SESSIONS 2023の会場に訪れた人のほとんどは私より年上のようだったが、初めて彼らの曲を聞いた時の私がそうだったように、彼らのサウンドは飢えて足掻いている若い人間にも衝撃を与えることができる。この時間と空間をねじ曲げ、過去と未来、遠いどこか彼方とここを同時に体感することを可能にする衝撃に、新しい魂たちが出会い、新しい何かが生まれるきっかけになることを願っている。
 African Head ChargeのBonjo Iyabinghi Noahはとてもクセの強い人だと人づてに聞いていて、これまでの作品を形容してきた言葉たちから感じられるような宇宙的サイケデリックさをもった人と対峙する覚悟でインタヴューに挑んだ。質問の意図とは違う答えが返ってきたり、時間が限られていたりで、用意していた質問の半分ほどしか聞くことができなかったが、彼の答えから見えてきたのは、とても素朴で優しいひとりのドラマーの姿だった。

家出を繰り返す子どもだった。学校も、音楽で身を立てたかったから11歳のときにやめた。両親は教会に行けと言ったけど、私はそれも嫌だったな。その反動もあって、アフリカのスタイルや伝統的なドラム、ありとあらゆることを学んだ。イギリスに渡ってから、フェラ・クティなどのアフリカン・アーティストに出会って、ボンジョという名前も彼に名付けてもらった。

Mars89:エイドリアン・シャーウッドが過去のインタヴューで、ブライアン・イーノとデイヴィッド・バーンのアルバム『My Life in the Bush of Ghosts』における「サイケデリックなアフリカのヴィジョン」からインスピレーションを得てはじまったと話していましたが、あなたも『My Life in the Bush of Ghosts』や「サイケデリックなアフリカのヴィジョン」から影響を受けていますか?

ボンジョ:私はそうしたものからの影響は受けていないが、7歳のころにジャマイカの民間信仰、ポコメニア教会(アフロ・クリスチャン教会)で伝統的なドラムの奏法を教えてもらうようになったことが大きかった。当時、私の大叔母がラスタの女王としてその教会をまとめていて、クラレンドンにキャンプを貼っていた。そこでナイヤビンギというドラムの奏法を教わり、ラスタの曲などもプレイするようになったんだ。それこそが自分にとって一番の影響だと思う。のちにロンドンでエイドリアン・シャーウッドとスタジオに入ったときにも、伝統的なドラミングやインドの伝統音楽などを演奏したよ。

Mars89:アフリカン・ヘッド・チャージという名前も、そのときに決まったんでしょうか。

ボンジョ:いろいろと名前の候補はあって、アフリカン・ヘッド・チャージもそのひとつにすぎなかった。私はジャマイカで生まれたが、先祖はアフリカから来ている。だからこの名前はすごく自分に響いたんだ。だから選んだ。

Mars89:スタジオでエイドリアン・シャーウッドとは、どのような共同作業を経て作品を作っていますか?

ボンジョ:まず、エイドリアンの最大の役割は私がプレイしたものをレコーディングしてミキシングすることだ。私の役割は、とにかくドラムを叩くこと。ドラムをずっとやっていて、時にはスタジオに8人のドラマーがいたりもするが、私はどの曲でもすべて演奏している。叩いたものをどんどんエイドリアンが重ねていくような流れだね。時にはパーカッションも。ドラムの後にベースやキーボードを足していくから、アフリカン・ヘッド・チャージのサウンドの要はドラムと言えるだろう。

Mars89:エイドリアンとはすごく長い間共同作業を続けていると思うのですが、そのなかでお互いの信頼関係をどのように築いていきましたか?

ボンジョ:45年以上の仲だね。少し質問からは外れた回答になってしまうんだけど、私はそもそもクリエイション・レベルというバンドをやっていて、エイドリアンもメンバーのひとりだったから、そこで出会ったんだ。クリエイション・レベルでも私がドラムを叩いて、エイドリアンがエンジニアリングという体制だった。バンドを続けるうちになにか違うことをやりたくなって、というのもアフリカのスタイルをもう少し押し出したいと思うようになって、それは私の先祖が南アフリカからやって来ていて、離れて暮らしていても自分のなかに流れているアフリカのスピリットを常に感じていたからだよ。
 アフリカにもカトリックが多くて、私の親族もそう。音楽に興味を持ちはじめた幼少期、「聖歌隊で歌ってみたらどうか」と勧められたことがあったんだけど、ポコメニア教会に通いはじめてナイヤビンギと出会い、伝統的なドラムを演奏したいと強く思うようになった。それが1950年代のことだよ。当時はラスタファリ運動が人びとに認められておらず、アフリカに出自のあるものもすべて否定されていた時代だったんだ。そういった背景もあってカトリックだった親類や家族とは折り合いが悪くて、家出を繰り返す子どもだった。学校も、音楽で身を立てたかったから11歳のときにやめた。両親は教会に行けと言ったけど、私はそれも嫌だったな。その反動もあって、アフリカのスタイルや伝統的なドラム、ありとあらゆることを学んだ。
 イギリスに渡ってから、フェラ・クティなどのアフリカン・アーティストに出会って、ボンジョという名前も彼に名付けてもらった。それが70年代後半ぐらいのこと。そこからは、ジャマイカ出身、アフリカ出身のアーティストとたくさん出会って、そこで学んだすべてをアフリカン・ヘッド・チャージというプロジェクトに込めようと思ったんだ。エイドリアンは私がやりたいようにやった表現をすべてレコーディングして音楽に落とし込んでくれて、彼にはとても感謝しているよ。

Mars89:話のなかで何度も幼少期の宗教に関係する体験が出てきたと思うんですが、前作のアルバム『Churchical Chant Of The Iyabinghi』はそれ以前の作品と比べると、ヴォーカルやメロディの比重が大きくなっているようにも思えます。幼少期の教会での経験からくるものもあるのでしょうか。ヴォーカルやメロディが増えた理由についてお聞かせください。

ボンジョ:私のチャンティング(詠唱)はいままでの音楽には無かったものなんだ。自分の声が歌に適していないと感じていたけどラスタの歌にはマッチするかもしれない、と思っていた。ただ、クリエイション・レベルの音楽にはフィットしなかった。私にはデニス・ブラウンのような歌い方はできないし。もちろん自分自身としては歌について何年もかけて少しずつ磨き上げてきた。例えるなら子どもが断乳して離乳食を食べる練習をするようにね。80年代に入って、ナイヤビンギに影響を受けた自分のドラムを演奏してレコーディングするようになって、以前はそういうものをプレイする人はいなかったんだ。エイドリアンも、ほかには無い実験的なレゲエを作りたいという思いが強くあって、じゃあ一緒に作ろうじゃないか、とスタートしたんだ。そのなかで、商業的なヴォーカルは自分には適していないと考え、それでもドラムだけではない形で自分を最大限に表現するためにチャントを鍛えたんだ。たとえばヨーロッパでナンバーワンを獲った曲にも参加していたけど、それはあくまでセッション・ミュージシャンとしての仕事だった。そういうものではなく、自身を最大に表現した音楽を作るために、ヴォーカルにも挑戦するという境地に到達したんだ。

いわばドラムは薬のようなものとして、人の持つ問題を治療する効果を持っているものだと考えている。アフリカのドラムはいろいろな言語を持つもので、だからこそ私は生涯をかけてアフリカン・ドラムを学び、理解し続けたいと思っている。

Mars89:今回のアルバムについてなのですが、これまでの作品と比べるとサウンドだけでなく、ジャケットのアートワークにも変化が現れていますよね。以前はモノトーンに近い質感でしたが、今作はサウンドもアートワークも共にビビッドな色合いでエネルギーに溢れているように感じました。前作から今作に至るまでの変化の要因は何なのでしょうか。ライフスタイルの変化やコロナ禍を通過したことと関係はありますか?

ボンジョ:私はいま家族とガーナに住んでいて、4人の子どもと2人の孫がいるんだ。この25年はずっとそうで、それはCOVID-19の頃も同じだ。ガーナにはたくさんの部族がいて、それぞれ異なる言語や表現のスタイルがある。たとえばドラムをひとつ取っても、ダンスをひとつ取ってもすごく多様性がある国なんだ。北ガーナのボルガタンガという街にも、パンテ、ガーといった部族がいて、それぞれが異なる伝統的な演奏手法を持っている。その街のまた北にあるバタカリというところで行われているバタカリ・フェスティヴァルでプレイしたことがあって、そこでボルガタンガ出身のシンガーたちに出会った。彼らは元々エイドリアンと友人だったんだけど、私もそこで親交が生まれ、エイドリアンと一緒に2曲をレコーディングしたことが(今作の)はじまりになったんだ。それをロンドンに持っていってエイドリアンと一緒に聴いて、そこから作業を開始して次のレベルに押し上げたような感じだね。
 アフリカン・ヘッド・チャージのすべてのアルバムに共通することだが、まず強い土台を作って、それをもとにいろいろなものを乗せていって、遊びを出すような作り方をしているよ。ちなみに、今回のアルバムのドラムはガーという部族のドラミングに強く影響を受けている。

Mars89:アフリカン・ヘッド・チャージのこれまでの作品に共通することとして、昔からアフリカン・ヘッド・チャージの音楽を形容する言葉として「サイケデリック」というフレーズが使われることが多いですよね。自分たちの音楽は、サイケデリックだと思いますか? もしそうだとしたら、あなたにとってサイケデリックとはなんでしょうか。

ボンジョ:サイケデリックという言葉は音楽を表現するフレーズのひとつだと思うが、私はあくまでも聴き手がどう感じるか、どう受け取るかが音楽だと考えていて、自分がどういう音楽かを規定するわけではなく聴き手のフィーリングとしてそういう言葉が出てくるに過ぎないのではと思っている。質問からは逸れるが、ドラミングというものは肉体的なものでもスピリチュアルなものでもあると思っている。昏睡状態に陥っている人のそばでドラムを叩くと、その人の手足が反応して動くということがあった。プロジェクトとしてワークショップを行ったこともある。たとえば身体的な問題を持つ人が一生懸命ドラムを叩くことで自分の身体的な問題を忘れるような効果もあるんだ。いわばドラムは薬のようなものとして、人の持つ問題を治療する効果を持っているものだと考えている。アフリカのドラムはいろいろな言語を持つもので、だからこそ私は生涯をかけてアフリカン・ドラムを学び、理解し続けたいと思っている。
 ジャマイカのキングストンに住んでいた頃には、両親がカトリックの教会へ行くことを強く勧めてきたが、それは私の声が力強く、聖歌隊に非常に向いていたからだろう。母は教会に行って、カトリックの聖歌隊に入って歌いなさいと言われていたね。たとえば、川で泳いでいて溺れたことがあるんだけど、自分の声の力強さに助けられたこともあった。だけど、カトリックの教会にあった銅像が少年時代の自分にとってはすごく怖いものに見えていて、教会に足を運ぶのは嫌だったな(笑)。家出をして、3週間ほど家の軒下や洞窟で過ごしたんだけど、その過程で勧められポコメニア教会に行って、そこでラスタのキャンプを通じてドラムを学んだ。私は11歳から学校に通わなくなったが、ポコメニアでドラムを学ぶこと自体が自分にとっての教育で学校になったんだ。

Mars89:次が最後の質問になります。これまでにいろいろな文化圏、いろいろなカルチャーの人びととコラボレーションしてきたと思いますが、そうして異なる文化とクロス・オーヴァーを続けていくなかで、たとえば近年懸念される文化の搾取や盗用といった事態が起きていないか、ということがしばしば問題になりますよね。日本でも相手に金銭を払っていることなどを理由に植民地主義的行為を正当化するような例を見ます。そうした異なる文化圏と接するなかで起こりうる文化盗用などの諸問題についてどう接していますか。

ボンジョ:私にとって、ドラミングにおいては、異なる文化というのはあまり大きな意味を為さない。もっとも大切なことは、いろいろなものを包摂的に取り込み、それらをどう次のレヴェルへと押し上げるかということなんだ。

取材・文:Mars89(2023年10月04日)

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