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Post-Pandemic Memories

Post-Pandemic Memories

第10回 私にはずっとサイボーグ願望がある

文:Mars89 Jun 26,2023 UP

 同じ形の繰り返しで出来上がったビル群が作り出す蜃気楼のグリッチのような光景の上に、赤や緑に光る企業ロゴの花が咲いている。ビル群に近づいて各階層の細部が見えるようになっても、全身を覆い尽くす高密度な湿気を孕んだ夏の空気が、その光景は本当に蜃気楼なのかもしれないと私に思わせようとする。湿気に喘ぎながら少しでも澄んだ空気を取り入れようと顔を上げれば、忠誠だけが取り柄の騎士たちのように等間隔に並んだ監視カメラと目が合って別の息苦しさをおぼえ、歩道の中に居場所を見出そうと立ち止まれば、私のシャツの裾を掠めるように猛スピードで電動バイクが走り去ってゆく。そのバイクが吠えたてるクラクションのドップラー効果の余韻も、どこかで別の誰かに向かって吠えている別のクラクションにかき消されてしまった。

 約四年ぶりに訪れた深圳の街は相変わらずサイバーパンクものの舞台のような、猥雑さと支配の曖昧なバランスの上に成り立っていた。以前、重慶に行ったときに現地の友人から「ここは『ブレードランナー』の街の造形にも影響を与えたサイバーパンクの街だ」と言われ、街全体に降り続いていた雨と、排水溝から立ち上る水蒸気がその話に説得力を持たせていた。しかし深圳はシリコンの街であり、今世紀に入ってから急成長したという街の成り立ちや、海沿いに位置して横長に成長しているという形状も含め、深圳の方がギブスンの小説に登場するスプロール化したLAや、『サイバーパンク2077』の中のLAに近いような印象がある。至る所に生える椰子もそのイメージの形成に協力しているようだ。
 『ニューロマンサー』に登場する「チバ」ではあらゆるものが手に入るが、この街にもそんな印象がある。深圳のあるエリアには伊勢丹や東急のような、百貨店の形状をした建物が大量に並んでいるが、その中で売っているのはエルメスのスカーフやルイ・ヴィトンのトランクなどではない。ドローンや電子顕微鏡、あらゆる種類のディスプレイやチップなどである。深圳の友人から聞いた話だが、この街でそれなりのスキルを持っていれば、iPhoneを300ドル程度で作れ、さらにはカスタムまでできるらしい。この街にある程度のまとまった期間滞在して、自分でシンセサイザーやドラムマシンを作ることができたら楽しいに違いないと思い、いくつかのモールを少し徘徊し、店主が無造作に置いた茶器や、別の店の主と打ち合っている途中の碁盤の下で影になったガラス・ショーケースの中を覗いてみたが、ある種の実用品向けのものが多く、ピッタリ目当てのものはうまく見つけられなかった。どこかにはあるのだろう。

合理化と支配

 北京がファシズムの力を使って推し進めるDX化に、深圳の存在がどれほど重要なのかは知らないが、見たもの全てがそのふたつを一直線に繋いでいるように思えてならない。レジに1ダースほどの決済ブランドが並ぶ日本と違ってWechat PayとAli Payのふたつの決済システムが非常に高い利便性を提供しているが、同時に国が個人の経済状況を把握することを容易にしている。街路に並んだ監視カメラは顔認証システムで警察と連携し、行動や経済状況から個人を格付けするシステムが出来上がっている。日本もマイナンバーをあらゆるものに紐づけることで経済状況や行動から体内まで把握しようとしているが、いまのところ利便性も安心も提供されず、国の方もうまく支配できるシステムを構築できないでいる。
 中国の小学校ではスマートフォンのアプリを使ってやらなければいけない宿題が出るらしい。デジタルの時代に適応させるための教育の一環ではあるようなのだが、家にお年寄りしかおらず、スマートフォンがない家の子どもたちや、経済的な事情などでスマートフォンが買えない家庭の子どもたちには、その宿題をやる方法がないそうだ。家庭の経済格差が教育格差を生み、教育格差が経済格差の再生産に繋がるという話は前世紀から言われ続けているが、DX化でそれが目に見えて加速するとは全く思っていなかった。中国に限らず、この世界がすでにそうなっているが、健康状態についても同じことが言える。経済的に力のあるものはあらゆる医療にアクセスすることができ、スマートウォッチなどで日々の健康状態を管理し、時間の余裕の中でマインドフルネスなどを駆使して心身の健康の維持ができる。そしてまたビジネスに取りかかる。しかし、心身のいずれかにでも健康状態に困難を抱えていれば、経済的な力を得るまでの障壁も多くなり、負のループがそこに生まれる。

 支配のシステムがうまく働けば、ある程度の利便性は確実に提供されるだろう。しかし、安心と安全が監視の強化によって提供されるかといえば全くそうではない。伊藤計劃が『虐殺器官』の中で書いたように、あるいはフーコーがアウトローと権力の構造的な蜜月関係について書いたように、それはまやかしなのである。市民にとってアウトローたちは危険な存在であるが、権力にとって危険な存在はアウトローではなく、その政敵である。治安が悪化すれば権力の側は「安心安全のために」というスローガンのもとで監視権力を強化でき、その監視は政敵に対して使われるのである。陰謀論のように聞こえるかもしれないが、日本共産党が公安の監視対象であるという事実が、この説を非常に説得力のあるものにしている。そして逆に完全にアウトローであるはずのカルトが権力の中枢にまで深く入り込んでいる。こうして権力は恣意的な善悪の空気を市民の中に作り上げていく。

 少し前に、このコラムを載せているele-kingの編集長である野田さんに誘われ、ジェフ・ミルズの作品に合わせて洗脳をテーマにしたDommuneの番組に出演し、トークに参加した。内容は大雑把にまとめればミクロ、マクロ、あらゆる角度から洗脳を検証し、脱洗脳へ向かうために音楽がどう機能できるのかというものだった。話の文脈上、私はそのときに洗脳を「自律心を奪い、恣意的に操作すること」と定義づけようとしたが、それに従えば先に書いた支配の形は洗脳と呼ぶに相応しいものだろう。
 私はこの番組にサイキックTVのTシャツを着て行ったのだが、これは「自律」を重要視しAnti-Cultを掲げるTemple Ov Psychick Youthの思想が、私を支えるバックボーンのひとつであり、私にとってのパーソナルな「自分だけの身体」「自分だけの精神」そして「自分だけの魔術」がとても重要で、ダンス・ミュージックをやる上で不可欠な要素だからである。

私の肉体

 私にはずっとサイボーグ願望がある。それは幼少期にキカイダーやターミネーターなどへの憧れから生まれ、成長した後も塚本晋也の『鉄男』や、石井聰互とアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの『1/2 Man』、そしてクローネンバーグの諸作品などを経て、『攻殻機動隊』の草薙素子や『ニューロマンサー』のモリーへと引き継がれた。そこには冷たい金属が持つ生々しさや、クローム仕上げの眼窩へのフェティシズムと、自己決定あるいは自律の象徴であるサイボーグへの憧憬が同居している。先天的な要素でなく、純粋な自身の選択によって自分自身を形作りたいという願望である。身体的な部分では、この願望を少しでも埋めるために私はタトゥーを入れ、ピアスを着け、ネイルをしている。カリフォルニアのサイボーグ・コミュニティであるGrinderや、サイボーグ化によって色を聴くことができるようになった色盲の青年ニール・ハービソンにまつわる記事などを読んで希望を感じ、サイボーグ化が普及する未来を夢想していた。

 身体の気軽な改造は、フィクションの世界ではもちろん可能である。冒頭でも少し触れたゲーム、『サイバーパンク2077』の中で「もう少し身体のベースにいろいろなヴァリエーションがあれば」とか「男/女の性別の境界をもっとグラデーションにしてほしい」など、要望はいくつかありつつも、私は大いに身体の改造を楽しんだ。ヘアスタイルやタトゥー、ピアス、ネイルはもちろん、眼球のデザインまで変えることができたし、モジュール化した身体を改造して、理想の戦い方を追い求めることができた。しかし、その過程で私は思わぬ気づきに頭を打たれることになった。理想の身体を手に入れるためにはお金が必要であり、お金のためにはあらゆる仕事をしなければならず、仕事のためには仕事を効率的にこなせる身体にならなければならなかった。『サイバーパンク2077』の世界は企業が支配するデフォルメされた極度の資本主義世界だが、いまの私たちが生きるこの世界にもその兆しのような事象は多々見受けられる。

 私たちのほとんどはスマートフォンを外部記憶装置として機能させ、インターネットに繋がることと社会的なつながりを持つことをほぼ同義とし、テクノロジーなしには生きていけない身体になっている。これをある種のサイボーグ状態と呼ぶことは的外れではないだろう。テクノロジーによる身体の改造という点では、レーシック手術や美容整形も近いポジションに置くことができる。「もっと良い視力を手に入れたい」「もっと好きな顔にしたい」、こう書けば「先天的な要素でなく、純粋な自身の選択によって自分自身を形作りたいという願望」に合致するように思えるかもしれないが、パイロットが仕事を続けるためにレーシックをしたり、社会が持つルッキズムに劣等感を煽られての美容整形や、企業のルッキズムを抱えた審査をパスして仕事にありつくための美容整形をするとなったら、話は全く変わってくる。自分が望んだのか、何かに望まされたのか。

 社会は「売春」を悪とし、売春をおこなっていない者は汚れがないかのように振る舞っているが、ゴダールが「全ての職業は売春である」と語ったり、マーク・フィッシャーが「生きることの不可避な売春性」と語ったように、自身を物として売ることが避けられない社会になっている。アンディ・ウォーホルが「誰でも15分は世界的な有名人になれるだろう」と言った世界から55年が経ち、SNSが支配する「スマートフォンひとつで稼げる、誰にでもチャンスがある時代」になったらしいが、これは自身を物として売ることがさらに簡単になったというだけの話なのではないか。そして買う側の基準に見合わなかった人の困難が「自己責任」で片付けられるようになっているように思えてならない。この市場の原理が身体をも支配するのが現代のサイボーグである。これは私が理想とし、憧れたサイボーグ像とは全く異なったものだ。私が憧れたサイボーグはいつ自律を獲得することができるのだろうか。

そして私の精神と魔術

 17世紀に世界から魔術が失われ、純粋理性は悩みを抱える人間に対して「太陽光に当たってセロトニンを分泌させましょう」あるいは「この薬を飲めばそんなことは忘れて働けます」と説くようになった。私は以前、自身の抱える問題の解決の一助になればと臨床心理士のカウンセリングにかかったことがある。人選を間違えたのかもしれないが、話の行き着くところは「仕事ができるか」だった。私の精神が物質と経済活動における有用性へと分解され、全く自分のものではないかのような経験をすることになった。痛みを取り除くためにはシステムに身を委ねるか、寝そべり族のように太陽光を浴びながらシステムの崩壊を待つかしかないのだろうか。しかし、私は確実にその痛みを取り除き、束の間ではあるが私の精神に解放をもたらす場所をふたつ知っている。ひとつは多くの人が経験があるだろう利害関係に依らない人と人の愛情の中であり、もうひとつが暗闇に鳴る重低音の中である。「低音とエコーの向こう側」というのは私も所属するBS0Xtraのコピーであり、Protest Raveでもセッティングのときに低音を重要視している。「ONLY GOOD SYSTEM IS A SOUND SYSTEM」という言葉があるが、サウンドシステムという祭壇が放つ重低音という魔術は、何度も私の精神を救ってきた。私の精神が救われたことに対して、純粋理性や再魔術化後の世界がどういう説明をするかは知らないが、私はあくまで重低音と私の精神との関係の中に、自分だけの魔術を見出したいのである。

Temple Ov Subsonic Youth

 行動を支配し、肉体を支配し、そして精神を支配する。徐々に伸ばされてきた支配の触手。私はサイボーグとしてそれらに抵抗し、自身を守り、一時的にでも自律を感じたい。「自分だけの身体」「自分だけの精神」そして「自分だけの魔術」を手に入れるための儀式として、私は自分が望んだ装飾で身を覆い、ドラムマシンやシンセサイザーを外部の臓器とし「半分人間」の状態から重低音を響かせてみることにした。その儀式の名前は「Temple Ov Subsonic Youth」。このプロジェクトは、私が持つ解放へのパトスとポスト・ヒューマン的フェティシズムが絡み合った欲望のために始まった。願わくはこの欲望が、ダンスフロアを共にした者たちそれぞれの欲望に火を着けんことを。

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