「KING」と一致するもの

interview with Amyl & the Sniffers - ele-king

憎しみでいっぱい
こんな壁は大嫌い
何もかも大嫌い
“Don't Fence Me In”

 必然というか、当たり前というか、パンク・ロック登場。日本というたいへんな国からではない。これはオーストラリアはメルボルンからの一撃。名前はアミル&ザ・スニッファーズ。火の玉のようなヴォーカリスト、エイミー・テイラー擁するパンク・バンドのデビュー・アルバムが2019年に〈ラフトレード〉からリリースされると、彼らの新しいとは言いがたいパンク・ロック・サウンドは、しかし瞬く間に欧米では評判となって、ことUKでは熱狂的なファンを生んでいる。

望んでいたのは公園を散歩することだけ
望んでいたのは川沿いを歩き 星を見ることだけ
どうかもう私を痛めつけないで
“Knifey”

 プロデューサーがアークティック・モンキーズの『AM』を手がけたロス・ロートンだったことも理由のひとつなのだろう。メルボルンのパブでやってきたことをただ続けているだけというこのバンドの荒削りなサウンドを有能な彼はうまくまとめている。だとしても興味深いのは、およそ10年前からはじまったインディーにおけるドリーミー路線とはまるっきり逆の、言いたいことを言いまくっては暴れるパンクの熱風とAC / DC譲りのハードかつなかば漫画的な勢い、そしてミソジニーから気候変動、資本主義の限界と自分への激励が込められた若さ全開の言葉が今日の欧米のインディー・キッズの心をとらえたということである。しかも、彼らはたんに熱くエネルギッシュというだけではない。エイミーが手がける女性の不自由さを代弁する歌詞は、新世代のフェミニスト音楽としての評価もある。ちなみに彼女は、今年の初頭にリリースされたスリーフォード・モッズのアルバム収録の“Nudge It”という曲で客演しております。

ただ資本のため
私は動物なの?
あくまでも資本のため
でも私が気にする必要ある?
“Capital”

 音楽文化が何かと世間で叩かれている日本で暮らすぼくは、いま、自分たちがどこから来たのかを確認する意味でも、小さなところからまたやり直すことは、それはそれでひとつのやり方として未来かもしれないと思う。アミル&ザ・スニッファーズは労働者階級を崇拝しているという批評家の指摘に対し、エイミーは2018年の『ガーディアン』の取材において「何も崇拝はしていない」と答えている。また、あるインタヴューでは「フェミニストを引用したいわけではない。ただ前向きにアップデートしたいだけ」とも話している。メディアからのカテゴライズを忌避しばく進をもくろむ彼らの『Comfort To Me』は注目のセカンド・アルバムだが、これがおそらく日本では最初にちゃんとプロモートされる作品になる。アミル&ザ・スニッファーズ、ぜひ注目していただきたい。質問に答えてくれたのはエイミー・テイラー、そしてベース担当のガス・ローマー。(※文中に引用した曲はすべて新作から)

あるとき知り合いが未成年や子供でも入れるハードコアのイベントに連れていってくれたの。会場には30人くらいのお客さんがいて、みんなすごく攻撃的で、イカってる感じで、汗だくだった。みんなクレイジーな踊りをしてたり、空をパンチしたり、フロアを走り回ったりしていた。それがすごいかっこいいと思って、自分はこの場所にいたいと思った。


Amyl & The Sniffers
Comfort To Me

Rough Trade/ビート
(歌詞対訳付き)

PunkGarage Rock

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オーストラリアはいまどんな感じでしょうか?(※取材をしたのは8月18日)

エイミー(以下A): いまオーストラリアはロックダウン中だから、午後9時以降は外出禁止令が出ている。メルボルンでは6回目のロックダウンだよ。でもロックダウンしていなかった時期はギグを5回やることができて、ヴィクトリア周辺の田舎町でライヴをやることができた。それは最高だった。それからメルボルンでもライヴを一度やることができて、そのライヴに関してはお客さんが2019年からチケットを持っていたものなんだ。今回のロックダウン開始が、その夜の12時だったからそれが最後のライヴ。だから最近はまったくやってないよ。

暇な時間は何をして過ごしていますか?

ガス(以下G):パブに行ったり、ベッドで寝っ転がってゴロゴロしたり……俺的にはよくベッドでゴロゴロしてるのが多いね。テレビ観て、リラックスする。俺は家でくつろぐのが好きなんだ。快楽主義者なのさ。

A: 私はその正反対。私はトレーニングしたり、音楽を聴いたり、走りにいったりするのが好き。最近は読書も少しするようになって、それも楽しんでる。それくらいかな。あとは絵を描くのも少しやってる。そんな大層な絵じゃないけど、趣味としてやってるよ。

いつ、何がきっかけでパンク・ロック出会い、どのような経緯でメルボルンのパンク・シーンのなかに入っていったんでしょうか?

A:私は幼い頃、小さな町で育って、その町はヒッピーっぽい感じのゆるい所だった。そしてライヴ音楽に関しては、未成年や子供でも入れるものがほとんどなかった。あるとき知り合いが他の町で行われている未成年や子供でも入れるハードコアのイベントに連れていってくれたの。会場には30人くらいのお客さんがいて、みんなすごく攻撃的で、イカってる感じで、汗だくだった。みんなクレイジーな踊りをしてたり、空をパンチしたり、フロアを走り回ったりしていた。それがすごいかっこいいと思って、自分はこの場所にいたいと思った。
 それ以降、未成年や子供でも入れるイベントがあるとどんなバンドでも観にいくようにしていたよ。ハードコアやパンクだけじゃなくてガレージ・ロックとかにも行っていた。ライヴ音楽で、エネルギーが感じられて、コミュニティがあればジャンルは何でも良かった。ライヴ音楽を取り巻くコミュニティが好きだったんだよね。メルボルンに移ってからは壮大なライヴ音楽の世界が開けて、週に6回くらいライヴに行っていた。それくらい夢中になっていたんだ。

パンクのどんなところがあなたがたを惹きつけたのでしょうか?

A:うーん、攻撃的な感じに惹かれたのかもしれない。でもはっきりとはわからないな。子供の頃はパンクの雰囲気が怖いと思っていたけど、それは良い意味であって、そこに興味を引かれていたんだよね。パンクの表現の仕方に共感したんだと思う。あとは単に楽しいから! すごくハイテンションで、私自身もハイテンションだから。

逆にいうと、あなたにはパンクを聴かなければならない条件が揃っていたということだったのでしょうか?

A:とくにそういうのはなかったよ。別にひどい環境で育ったというわけでもないし……。でも自分自身の中なかに怒りという感情がすごく溜まっていたんだと思う。私は若い頃から社会を批判してきたし、それは基本的な形で表現していたのね。例えば「なんでお父さんは週6日働かなくちゃいけないの?」とか「なんで生活がその日暮らしなの?」とか、そういう基本的な疑問を問いかけてた。それに自分が女だということもあって、この社会に対する批判的な感情があったんだと思う。

ではガスさんはいかがでしょう?

G:最初は13歳くらいのときかな、友だちにパンク・ミュージックを教えてもらったり、あ、俺はずっとスケボーをしてたから、スケボーのヴィデオにパンクが使われていたりしてパンクを知ったんだと思う。ガキの頃は身近にそういう音楽があったから、そういうのを聴いてた。その後は何年かパンクから離れたんだけど、またパンクを聴くようになって、アミルの活動をするようになったんだ。

A:私も音楽のスタイルやジャンルはとくにこだわっていなくて、自分たちのバンドも、最近までパンク・バンドだという自覚がなかったくらいなんだ。いま振り返ってみれば、私たちが作っていた音楽はパンクだったと理解できるけど、当時はただ音楽を作っているという認識しかなかった。ライヴをいろいろなところでやるようになってから、自分たちはパンク・バンドなんだと自覚した。でも私たちは音楽全般が好きで、私が一番大きな影響を受けたのはやっぱりロック。ガレージ・ロックやクラシック・ロックや、他にもたくさんのスタイルから影響を受けてる。本質的にアミルはパンクなのかもしれないけど、私たちはパンク以外にも大好きな音楽がいっぱいあるんだよ。

なんでこんなしつこくパンクについて訊いているのかといえば、質者は13歳のときにリアルタイムでラモーンズやセックス・ピストルズと出会ったことで人と違った人生を歩んでしまった現在50代後半のオヤジであると同時に、資本主義が人びとを追い詰めて、これほど社会が壊れてしまった(分断されてしまった)時代において、より必要な音楽だとも思うからです。スリーフォード・モッズのやビリー・ノーメイツのような音楽がもっと出てきて然るべきだと思うし。

A:(うなずいている)うん、うん!

だからスニファーズがラップでもフォークでも他のジャンルでもなく、パンクでなければならなかった理由を詳しく知りたいんですよ。

A: そうだよね。私のなかには、そしてガスもそうだと思うけれど、私たちのなかには何かに対して怒りを感じている部分があるってことなんだと思う。スリーフォード・モッズも同じで、私たちに共通するのはある特定の精神であり、私たちは別に「パンク」というサウンドを表現をしようとしているわけではないんだけど、結果として、そういうふうに聴こえてしまうんだと思う。

1976年にパンクが生まれて40年後の2016年にスニファーズは誕生していますが、ある意味、パンクのなかにもまだまだ変えていかなければならかなかった側面があるがゆえに、スニファーズの音楽はノスタルジックではなくリアルであると言えますか? 

G:リアルだと思うね。俺たちの音楽はいろんな解釈をされていて、ロックンロールという人もいれば、超パンクだという人もいる。でも俺たちは過去のパンクの人たちみたいになりたくて音楽をやっているんじゃない。だからアミルはリアルタイムのバンドだと俺は思うね。誰かへのオマージュとしてバンドをやってるわけじゃないから。

A:私とガスはアミルの音楽を現代的にしたいと思ってるんだけど、ギタリストのデックは「1974年以降の音楽は何も聴きたくない!」なんて言っている奴で、その時代が大好きでそこに留まっていたいんだ。だからアミルにはそういうノスタルジックな要素もあるけど、個人的には——もちろん過去のアーティストたちを尊敬しているけど——自分はいまの時代に生きて、この活動をやりたい。なぜなら過去のパンクにも現在のパンクに対しても批判できることはたくさんあるから。だから両方から良いものを残していけばいいと思う。

パンクにおいて変わっていかなければならないこととは、たとえばどんなことだと思いますか?

A:まわりの他のバンドを見ると、かなり男性がメインだということかな。もちろんそのなかには偉大で最高なバンドもいるけど、個人的にはもっと多様になってほしい。多様なメンバーがいる、最高なバンドもたくさんあるのに、そういうバンドは(男性メインのバンドと比較すると)あまり取り上げられない。アリス・バッグなど、女性や有色人種がいるパンク・シーンはあるのに男性だけのバンドと比べるとあまり注目されないことがある。他にも変えるべきところはたくさんあるけど、いま挙げたのが一番大きな課題だと思う。

女性のパンク・ロッカーとして挙げた方についてもう少し教えていただけませんか?

A:アリス・バッグはいまでも現役で活動している人で、最近は『Violence Girl』という本も出したんだよ。彼女はロサンゼルスのパンク・バンド、ザ・バッグズというバンドをやっていて、 素晴らしい、楽しい人。他にもそういう女性のパンク・ロッカーはたくさんいる。彼女たちはたしかに存在しているのに、パンクのシーンは女性を蔑視するところがあるからあまり注目されない。それは間違ってると思う。

ちなみに、メルボルンのパンクのシーンというのはどんな感じなのでしょうか?

G: 最高なパンク・バンドがたくさんいるよ! 若いバンドに関しては、俺はあんまり知らないけど、いると思うよ。自分がオヤジになった気分だ。昔みたいにそんなに出かけないし、最近のキッズのことも知らない。でもメルボルンのパンクのシーンは最高で、やばいバンドがファッキンたくさんいる。

A:最近はこの状況のせいでライヴ音楽のシーンがどうなっているのか分からないということもあるよね。でもクールなシーンがあるってことは間違いないよ! 日本では、パンクのシーンは盛り上がってるの? いまは難しいと思うけど……

通訳:いまはたしかに大変だと思いますね。正直なところ、私はパンクのシーンはあまり詳しくないのですが、若い人たちの間ではパンクやハードコアが人気なのではないかと思います。それにスケート・カルチャーも日本では人気ですからね。

A:それはクールだね!

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パンデミックはアルバム制作に大きな影響を与えたよ。音楽を作る時間がたくさんできたから。音楽についてよく考える時間もたくさんあったし、どういうものを作りたいのかということもじっくり考え抜くことができた。すごくポジティヴなことだったよ。

2016年、バンドがはじまったとき、地元のシーンでのリアクションはどうでしたか?

A:バンドをはじめたのは、そもそもホームパーティでライヴをやりたかったから。活動をはじめて、バンドにとって少しでも喜ばしいことがあると、私たちは全員感激して、「これはものすごいことだ!」と言っていたよ。地元のどんなリアクションでもすっごく嬉しかった。地元のラジオ曲でアミルの曲が1回かかっただけで「すげー、私たち超ビッグじゃん!」って言って盛り上がっていたし、他のバンドの前座を務めることになったときも「オー・マイ・ファッキン・ゴッド! すごいことだよ!」って喜んでた。いま振り返ると、そういう地元のリアクションはけっこう普通のことだったのかなって思うけどね(笑)。

2019年に〈ラフトレード〉からアルバムを出したことによって世界中からリアクションがあったと思いますが。

A:そうね……(考えている)

G:何かあったかな……ファック……、すごく昔のことのように思えて、思い出すのがファッキン難しいよな?

A:私も何も思い出せないな。

世界からのリアクションよりも、地元のちょっとしたリアクションの方が記憶に残っているというのは面白いですね。

A:そういうちょっとしたものは、自分でも理解できる類のものだから。アミルをはじめる前に、私が普段行っていたライヴはせいぜい100人とか200人くらいのものばかりだったし、音楽雑誌を読み耽っていたわけでもなかった。レコード・レーベルの仕組なんかについても何も知らなかった。だから自分の理解できる範囲内で、バンドが活躍していたら、そのすごさが理解できたけど、海外で自分たちのバンドがすごいことになっているということを聞いても、それが良いことだとはわかるけれど、具体的に何なのかということが飲み込めなかった。自分との繋がりが感じられないから、そのことをリスペクトして「ファック・ヤー!(よっしゃー!)やばいね!!」と思うけど、同時に「これってなんのこと?」って思ってる(笑)。

『Comfort To Me』は、コロナ禍でロックダウン中に地元で制作されたわけですが、パンデミックというネガティヴな状況下においてポジティヴに思えたことがなにかあったら教えて下さい。

G:パンデミックはアルバム制作に大きな影響を与えたよ。音楽を作る時間がたくさんできたから。音楽についてよく考える時間もたくさんあったし、どういうものを作りたいのかということもじっくり考え抜くことができた。パンデミックが起きていなかったから、俺たちはツアーを続けていただろうし、そうなっていたら、いつ新曲を作ったり、レコーディングできていたかわからないからな。だから時間が有り余るほどあったということはすごくポジティヴなことだったよ。

A:私もガスと同感。ひとつの土地にずっといることで、自分の部屋というスペースもできたし、ツアーをするのは楽しいけど、定住して人間が普段の生活でやるようなファッキン・ルーチン的なことをやるのも悪くないなと思った。

私が見えている世界は、やはり男性が見ている世界とは違うものだと思う。その世界がいつも悪いとか良いとかという話ではなくて、私は夜、ひとりで外を歩くことに不安を感じる。それはフェアじゃないと思う。


Amyl & The Sniffers
Comfort To Me

Rough Trade/ビート
(歌詞対訳付き)

PunkGarage Rock

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アルバムとしてのひとつの大きなテーマがあったら教えて下さい。

A:バンドの最新の曲を集めたものって感じかな。アルバムを聴くと、ひとつのテーマがあるように聴こえるかもしれないけど、それは私の脳が、ある特定の期間に考えていたことだからだと思う。でも一貫したテーマがあるというわけじゃない。

なぜ『Comfort To Me(私に安らぎを)』というタイトルにしたのですか?

A: 『Comfort To Me』はアルバムに収録されている“Capital(資本)”という曲の歌詞の最初の一節。すごくニヒルな曲だよ。歌詞は「Comfort to me, what does that even mean (私にとって安らぎとは何?) / What reasons do we persevere (何のためにみんな頑張ってるの) / Existing for the sake of existing (存在するために生きている) / Meaning disappears (その意味が消えていく)」だから、このタイトルはアルバムに隠されたイースターエッグのようなものなの。それに、みんなに「タイトルの『Comfort To Me』ってどんな意味?」って訊かれるけど、曲では「それってそもそもどういう意味?」と訊き返している。曲の内容としては、すべてのことに意味はなくて、みんなそれぞれやっていることをただやっているだけで、私たちがわかるのはそこまでということ。
 また『Comfort To Me』のもうひとつの意味として、去年からロックダウンを経験したことで、典型的な安らぎとされているもの——つまりジャージを履いてベッドに入ることや、自分が悲しいときに誰かが夕食を作ってくれることなど——に対して感謝できるようになったという意味もある。でも私にとっての安らぎとは、汗だくのライヴでもあるし、車を高速で飛ばすことでもあるし、毎晩ホテルで寝泊りするということでもある。だからたくさんの意味があるんだ。

“Don't Need A Cunt”や“Knifey”といった曲で歌われている、ミソジニーや男性中心的な世界観への批判や恐怖というのはスニファーズにとって重要な主題のひとつだと受け取って良いのでしょうか? 

A:そう思う。経験上、私が本質的に感じているのはそういうことだし、私の経験からして、私が見えている世界は、やはり男性が見ている世界とは違うものだと思う。その世界がいつも悪いとか良いとかという話ではなくて、私は夜、ひとりで外を歩くことに不安を感じる。それはフェアじゃないと思う。自分が着たいと思うような服を着て、外を出歩くことに危険を感じる。私は別にセクシャルな意味でその服を着ているわけじゃない。その服を着たいから着てるだけ。すごく単純なことなんだけど、男性からの期待というものがあるから、すごく複雑なことになってしまう。私はその期待に強烈なまでに反抗して、過激な服を着たりする。そして、もしその服を着ている私でさえ気まずいと感じているのなら、男性陣はそれを見て気まずいと思うべきなんだよ! という主張をしているんだ(笑)。

ちなみに、エイミーさんにとって重要な女性パンクロッカーは誰でしょうか?

A:プラズマティックスのウェンディ・オーリン・ウイリアムズが大好き! アリス・バッグも好き! 彼女は最高だと思う。X・レイ・スペックスのポリー・スタイリーンも好き。あとは誰が好きかな……ちょっと思い出してみる! アップチャック(Upchuck)というアトランタ出身のバンドがいて、彼らのパフォーマンスも最高。いま思い出せるのはそれくらいしかないけど、ロックで好きな人もいるよ。ディヴァイナルズの活動で好きな時期もあったし、ザ・ランナウェイズがすごく好きな時期もあった。それに女性ラッパーもパンクな一面があると思う。ニューヨーク出身のジャングル・プッシーは私にとってもっともパンクでイケてる女性だと思う。

最初のほうの質問と重なってしまいますが、パンク・ロックには、サウンド面でもまだ開拓する余地はあると思いますか?

G:作れるノイズは無限にある。いつでも、何かしらのファッキン・サウンドは作れると思うんだ。だから余地はあると思うよ。パンクは平面的なサウンドとして捉えられることもあるけど、他の音楽と同じで、いろいろな方向に進むことができると思うんだ。だから今でも新鮮でオリジナルなサウンドを作り出すことは可能だと思うよ。

A:私はパンクは主に精神だと思うの。その人の精神や価値観。それはジャンルを超えることができるから、まだ成長する余地はあると思う。JPEGMAFIAもパンクだと思うし、スケプタもパンクだと思う。こういう人たちは精神がパンクだと思う。昔ながらのパンクの象徴であるモヒカンや革ジャンもたしかにパンクなんだけど、パンクは装飾でもジャンルでもなく、態度のことをいうのだと思う。私たちのサウンドがパンクと呼ばれるのは、みんながまだ楽器の演奏の仕方がよくわかっていないから。私たちみたいな人たちは、演奏よりも、その根底にある精神に駆られて音楽をやっているから。ギターとベースとドラムを使い、反復するコードの演奏が多いのは、みんな初心者だから同じようなコードを何回も弾いているからで、それが自分たちにとってはいい感じに聴こえる。それで十分なんだ。それ以上のことは後からついてくればいいと思う。

どうもありがとうございました。いつか日本でライヴをやってそのエネルギーをばらまいてください。

A:ぜひそうしたい! 私たちと話してくれてありがとう!

DJ Seinfeld - ele-king

 はじまりは、彼女に振られた傷を癒やすためだった。アメリカのシットコム『となりのサインフェルド』をビンジ・ウォッチしたのち、DJサインフェルドを名乗ったスウェーデンはマルメに住む音楽一家の青年、アーマンド・ヤコブソンが2017年に “U” をドロップすると、ロウな質感を伴ったメランコリックな響きを持つその4つ打ちはまたたく間に広まり、それは同世代のロス・フロム・フレンズ──不思議な偶然。彼もアメリカのシットコム(『フレンズ』)から名前を拝借している──、モール・グラブ、DJボーリングといった面々と並列されながら、主にユーチューブのレコメンド・アルゴリズムを契機とした、インターネット発のローファイ・ハウスなるタームを生み出した。

 しかし、そんなネット発でバズったジャンルにまとめられた彼らも、いまや、「悲しさ」や「メランコリー」といったローファイ・ハウスの陳腐なクリシェからの飛躍を試み、それぞれが自己のアーティスト性を高めようと動いている。それは、DJサインフェルドも例外ではなく、人気コンピ・シリーズ『DJ Kicks』へのミックス提供、エイフェックス・ツインが彼の “Sakura” をスピンしたことなど、彼がこのジャンルの枠組みに収まらないことは、これらの事実が端的に物語っている。

 〈Ninja Tune〉からの初リリースとなる『Mirror』でもローファイ・ハウス感は抑えられており、その代わり、UKガラージ、イタロ、ダウンテンポなどを援用した、彼の音楽的な多彩さを感じさせるダンス・ミュージックに仕上がっている。同ジャンルの文脈から語られることもあったフォラモアは、〈FHUO Records〉からリリースした『The Journey』ではポップス(売れ線)に寄りすぎて残念だったのだが、DJサインフェルドはその点において絶妙な着地点を見つけたように思う。つまり、誰にでも開かれたフレンドリーなサウンドでありながら、アンダーグラウンドなダンス・ミュージックの出自もきっちりと感じさせるようなアルバム。僕のようなミュージック・ナードが惹かれるような部分もありつつ、音楽に対して深く入れ込んでいないようなひとにも……たとえば、さまざまな趣味嗜好を持った友人たちとドライヴしているときにかけたってなんら不自然ではない、誰だって入り込めるようなアルバムにもなっている。

 テイラを2曲でフィーチャリングしたことをはじめとして、『Mirror』にはヴォーカルがあり、それが作品としての開かれた感覚に一役買っているのだろう。しかしそれは、DJがたくさんのヴォーカリストを招聘して歌を乗せるだけのポップス・アルバムなどではなく、ヴォーカルはサウンドのいち部分として、深いリヴァーブをかけ、ときにはサンプリングの作法に倣うような手法を用いつつ、声を中心に置くのでなく、あくまでDJサインフェルドによって創造されたサウンドスケープを軸に展開されている。また、「いまのダンス・ミュージックで興奮していること」、との問いに対して「UKガラージのリヴァイヴァル」と短く回答したのは、今作のムードを形作るひとつの要素として、UKガラージの存在があることもほのめかす。“Walking With Ur Smile” のビートがまさにそうであるし、R&Bのヴォーカルを乗せた “Someday” もこの手のジャンルが好きならばたまらない。これらの2曲だけでもリズム面において飽きさせない効果をもたらすし、さらにダウンテンポなインタールード “Home Calling”、イタロ調のサマー・アンセム “U Already Know” など、かつてないほどに作品としての充実を感じさせる。

 先行シングルの “These Things Will Come To Be”、クローザーの “Song For The Lonely” など、彼の出自たるローファイ・ハウスの刻印は残っているものの、それはわずかばかりの残余であり、「より良いプロデューサーになりたい」と語るDJサインフェルドによって繰り出されるこれらの音は、すくなくともこのジャンルにはとうてい収まりきらない、より広い聴衆へのリーチを試みる進取の気性に富んだ作品に結実している。

 アルバムのタイトルは、アルゼンチンのフリオ・コルタサルによる詩から着想を得たという。「あなたはいつも私の鏡だった。私自身を見るために、私はあなたを見ている」(原題『Bolero』)と。「ベリアルの真似事」をやっていた青年が、傷心を癒やすためベッドルームで音楽を作り、それがローファイ・ハウスにおけるクラシックとしての、メランコリックで陰鬱な音を伴った “U” になったこと。そして、今作において多くの時間をマルメの実家で過ごし、家族や友人と幸せな関係を築くことの大切さに気づいたことで、来るものを拒まないフレンドリーな『Mirror』になったこと。そう、彼が作ってきた音楽は、彼を移す鏡のようなものだった。もはや傷心した青年の姿はもうなく、『Mirror』がそこに映し出しているのは、これからもっと大きくなることを予感させる、素晴らしい才能に満ちたアーティストの姿なのだ。

Maarja Nuut - ele-king

 これは世界を明るく照らす音楽だ。しかも、素晴らしいことにこの音楽は、押しつけがましさの微塵もない。ある記事のなかで彼女は言う。「世界の誰も私の音楽を待ってはない。ただ私は私のために作っている」 
 民謡(フォーク・ミュージック)や民俗音楽とエレクトロニカとの融合といえばビョークが有名だが、バルト海に面した小国、エストニアのマーヤ・ヌート(Maarja Nuut)はその系譜におけるもっとも眩しい才能のひとりである。本作は最新作だが、彼女はこの6年で共作を入れると5枚ほどのアルバムを発表している。そのほとんどがレーベルなしの自主リリースで、積極的にプロモーションされたという形跡はない。それでも2016年に発表した『Une Meeles』なるアルバムは、ただその音楽の魅力によって彼女の名前を欧州諸国でバズらせて、昨年はあのサン・アロウとの共作を1枚出しているということを、たまたまこの新作に巡り会えたぼくは最近になって知った。
 
 サン・アロウとの共作のタイトルが『ヴァイオリンとギターのためのファンタジア(Fantasias For Violin And Guitar)』というように、マーヤはヴァイオリニストだ。かなりの腕前なのだろう。バルト海から数マイル離れた小さな町ラクヴェレで生まれた彼女は、指揮者である母親を持ち、7歳からヴァイオリンのレッスンを受け、ストックホルム音楽大学ほか3つの大学で音楽を学んでいる。同時に、彼女は早い時期から古来から村々に伝わる民謡(フォーク・ミュージック)に興味を持ち、それをエレクトロニカと接続することを試みていたという。この機会に彼女の過去作も聴いてみたが、そのどれもが魅力的で、とりわけ先に挙げた『Une Meeles』におけるオーヴァーダブされたヴァイオリンの共鳴、それから2018年の『Muunduja』におけるエレクトロニクスとの美しい融合、2020年の『World Inverted』におけるポップと静寂の絶妙なバランスなど、この人の音楽が北ヨーロッパから西へと伝わっていったのもうなずける。 
 
 本作『ヒンジ(Hinged)』は彼女のキャリアにおいて初めての、リズムの躍動を前面に打ち出したアルバムだ。曲によっては、ニコラス・ストッカーというパーカッショニストが参加している。表題曲の“Hinged”はキラキラしたドラミングと小躍りするブリキの合唱で、続く“On Vaja”は後期CANの遊び心と共振しする。“Kutse Tantsule”は電子の鼓動と遊び心ある子守歌、“Mees, Kes Aina Igatses ”は木管楽器と民謡風のメロディがのどかに重なり、そしてオルガンのロングトーンが印象的な“Vaheala Valgus”、ミニマルな電子のパルスがじょじょに高揚する“Subota”、草むらのなかで耳にするミニマル・テクノのごとき“A Feast”、小宇宙にこだまするダブの饗宴“Jojobell”、英語で歌う透き通ったポップ・ソング“A Scene”、で、アルバムの最後はエーテル状のアンビエント“Moment”。

 この作品を知ってぼくはまず、エストニアという国について調べてみた。最初はそこからはじまった。旧ソビエトの一部で、北ヨーロッパのバルト三国のひとつ。多くの島々を擁する海に面した多様な地形、インターネットで見れるその景色は、いかにも北ヨーロッパの美しい田舎といった風情で、彼女のスタジオも海の近くにあるというが、きっと美しい土地に違いない。本作は、彼女の祖母が残した農場を受け継ぎ整理するかたわら、スタジオでモジュラーをランダムに配線し、いろいろ試しながら録音されている。タイトルの『ヒンジ』とは英語ではつなぎ目/ものごとをつなぎ止めるリンクで、エストニア語では離れた精神(split)と魂(soul)を意味しているという。

Jun Togawa - ele-king


■ヤプーズ / ヤプーズ計画(原盤1987 年テイチク- BAiDiS)
Yapoos / Yapoos Keikaku

PLP-0000 ¥3,850(税抜¥3,500)

ヤプーズを語るうえでは外せない1987年のヤプーズ名義で発売された1枚目のオリジナル・アルバム。ポップなサウンドに戸川純の歌詞がエグイ。エロ、グロ、イノセンス。各曲が物語性を持っていて、短編小説、短編映画のような味わい。「バーバラ・セクサロイド」「肉屋のように」収録。



■戸川純 / 昭和享年(原盤1989 年テイチク)
Togawa Jun / Syowa Kyonen

PLP-0000 ¥3,850(税抜¥3,500)

戸川純が芸能生活10周年記念に出したアルバムで、「星の流れに」から「リボンの騎士」まで戸川純のなかの『昭和』を歌ったカヴァー曲集。その選曲と歌唱は戸川純ならではの絶品。何といってもあの野坂昭如/桜井順の名曲「バージンブルース」が最高。初アナログ化。



■ヤプーズ / CD-Y 
Yapoos / CD-Y

PLP-0000 ¥3,300(税抜 ¥3,000)

1999年の東京・大阪ツアーのライブ会場と一部のネット上でしか販売されなかった幻の作品。「シアー・ラバーズ」「ヒト科」他「羽虫」は朗読、「something extra」は戸川純が一人三役をこなすラジオドラマで、ファンにはたまらない異色作にして初の12インチ45回転でアナログ化。戸川純にしか作れない世界観。

ショック・ドゥ・フューチャー - ele-king

 未来の衝撃。そう題されたこの映画の舞台は、40年以上前のパリだ。ある特定の世代の懐古趣味と捉えられかねない側面がないわけではない。けれどもこの『ショック・ドゥ・フューチャー 』は、2010年代が終わりを迎えようとしている「現在」──フランス本国での公開は2019年──だからこそ、大きな意味を持つ作品だと思う。

 ときは1978年。当時のシンセサイザーは巨大だった。ゆえに部屋ごと機材を借りている主人公の若手音楽家アナは、依頼されたCM曲がうまくつくれず悩んでいた。とうに〆切は過ぎ、自身の立場を危うくしたくない男性担当者が押しかけてくる。そんなせっぱ詰まったタイミングで機材が故障、泣きっ面に蜂の状況に陥るも、修理に訪れた技術屋がたまたま持っていたリズムマシンにアナは天啓を得る。その後CM曲を歌うことになっていた歌手クララが部屋を訪れ、意気投合したふたりはその場でセッションを開始、名曲誕生の予感に胸を躍らせる。今夜のパーティにはレコード会社の大物も顔を出すらしい──
 ストーリーはいたってシンプルだ。フランス古典主義の「三単一」よろしく、ひとつの場所で、一日のあいだに、ひとつの筋が進行していく。主題をぼかさないための工夫だろう(序盤のカフェや終盤のセーヌとおぼしき川など、一部舞台は変更されるものの)。
 さりげなく画面に映りこむテリー・ライリー『A Rainbow In Curved Air』やブライアン・イーノ『Before And After Science』(当時出たばかりのぴちぴちの新譜)、ジョルジオ・モロダー『From Here To Eternity』(1年前にリリース)などの輝かしきエレクトロニック・ミュージックの重要盤、シャンソンやロックと対比的に流されるスロッビング・グリッスル “United” やスーサイドの “Frankie Teardrop”、それとわかるように明確に映しだされる SYSTEM-700 や CR-78 といった機材──パンフレットで野田編集長が指摘しているように、それら細部を確認することもまたこの映画の楽しみ方のひとつではある。
 しかし、ではぼくのように遅れて生まれてしまった者、かかっている曲をパッと答えられないような後追い世代の人間は、この映画をどう享受したらいいのだろう?


 作中では、あからさまな偏見やいやがらせが何度も挿入される。ほのめかされていた主題は、エンディングにおいて明確になる。「電子音楽の創生と普及を担った女性先駆者たちに捧ぐ」との献辞につづいて掲げられる、12人の音楽家たちの名前。そこにはウェンディ・カルロスをはじめ、近年再評価されているローリー・シュピーゲルやスザンヌ・チアーニ、ポーリン・オリヴェロスやベアトリス・フェレイラらの名が並んでいる。直接エレクトロニック・ミュージックとは関係のないパティ・スミス『Horses』が映り込んだり、アナがジャニス・ジョプリンのTシャツを着ていたりすることにも、意味がこめられていたのだ。

 2010年代のエレクトロニック・ミュージックの動向のひとつに、女性音楽家たちの著しい擡頭があった。ローレル・ヘイローをはじめ、インガ・コープランドマリー・デイヴィッドソンホーリー・ハーンダンコリーンジュリアナ・バーウィックソフィーグライムスファティマ・アル・カディリジェイリンガゼル・トゥインジェニー・ヴァルケイトリン・アウレリア・スミスクラインラファウンダカテリーナ・バルビエリピュース・マリーニディアキシアフロドイチェアースイーターヤッタムーア・マザークララ・ルイスルクレシア・ダルトフェリシア・アトキンソンビアトリス・ディロン、サラ・ダヴァーチ、Cuushegalcid、ユウコ・アラキ、直近でいえば2021年の台風の目たるロレイン・ジェイムズヤナ・ラッシュ、以前から活動していたひとたちのさらなる躍進という意味ではコージー・ファニ・トゥッティPhew、パメラ・Zやエレン・フルマン、上述の献辞には登場しないがおなじく再評価されている例としてポーリン・アンナ・ストロームなどなど、枚挙にいとまがない。
 彼女たちの音楽が高く評価されたのは、彼女たちが女性だったからではない(もちろん、女性でなかったからでもない)。単純に、その音が尖鋭的だったり独創的だったり強度を持っていたりしたからだ。2010年代とは、エレクトロニック・ミュージックがつくり手のジェンダー(や人種や年齢)に左右されず正当にサウンドで評価されるジャンルだということに、多くの人びとが気づくようになった時代なのだ。

 映画には二重の苦難が描かれている。ひとつは、ポピュラー・ミュージックにおいて電子音楽が異端でキワモノ扱いされていた時代に、それをやるということ。もうひとつは……本作にはアナが、「歌手になれば?」とアドヴァイスされる場面が出てくる。いまそんな助言をするやつはいない。「女性=ヴォーカリスト」という固定観念が失効するまでに、40年近くかかったということだ(似たような偏見に「女は機械に弱い」というのもある)。「未来の衝撃」の意味を、ぼくはそう解釈した。
 過去へのリスペクトに満ちたこの映画はじつは、今日においてまたべつのかたちの偏見と闘っているひとたちへのエールなんだろうと思う。オバマが大統領に就任したとき、ローザ・パークスの「拒否」から50年以上が経過していた。いまの苦労や試行錯誤が報われるのは半世紀後かもしれない。でも、あなたがやっている尖鋭的な試みはけっして間違ってはいないと、『ショック・ドゥ・フューチャー』は、現在見向きもされず、トレンドから遠く離れたところで実験に明け暮れている、野心あふれるチャレンジャーたちに激励を送っているのだ。

予告編

ISSUGI & DJ SHOE - ele-king

 さまざまなタイプの楽曲を収録したミックス・アルバム『Both Banks』が話題の ISSUGI & DJ SHOE。同作収録曲の、DJミックスされていないヴァージョンを集めたEP「Both Banks EP」が、本日配信にてリリースされた。タイトル曲や MONJU 名義の曲、PUNPEE のリミックスなど、『Both Banks』のなかでもとくに要注目の曲たちがコンパイルされている。
 またこのタイミングで、新たなパフォーマンス映像も公開となった。仙人掌と Mr.PUG も登場するところは胸が熱くなります。合わせてチェックを。

[2022年1月6日追記]
 配信でリリースされていた上述「Both Banks EP」が、なんとアナログでも発売されます。2022年1月26日リリース、完全限定生産。ジャケも変わっています。
 また、 ISSUGI & DJ SHOE『Both Banks』と、MONJU『Proof Of Magnetic Field』、MASS-HOLE『ze belle』のトリプル(!)・リリース・パーティが1/22(土)福岡にて開催されます。詳しくは下記より。

ISSUGIとDJ SHOEによるミックスアルバム『Both Banks』からprod.Gwop Sullivanによるタイトル曲やMONJU名義の楽曲、PUNPEE"Pride" feat.ISSUGIの16FLIPリミックスなどの新録曲をコンパイルしたアナログ盤が完全限定プレスでリリース!

 DOGEAR RECORDSの中心的存在MONJUやSICK TEAMのメンバーであり、BES & ISSUGIを始めとする様々な名義でも楽曲をリリースし続ける東京のラッパー、ISSUGIと福岡~九州を拠点に活動し、ISSUGI作品にも度々参加してきたDJ SHOEとのジョイントで昨年リリースされたミックスアルバム『Both Banks』。同作に収録されているGwop SullivanやCRAM、EL moncherie(弗猫建物)のプロデュースによるISSUGIとしての新曲やMONJU名義の楽曲(MONJUの新作EP『Proof Of Magnetic Field』には未収録)、さらにはPUNPEE名義で2017年に発表された"Pride" feat. ISSUGI(Prod by Nottz)の16FLIP Remixの新録5曲をコンパイルしたアナログ盤『Both Banks EP』が完全限定プレスでリリース! アートワークをSPECDEE(SOUL NEWS PAPERZ)が担当し『Both Banks』とは違うデザインに仕上がっており、こちらもファン必携のプロダクトとなるはずだ。
 またISSUGI & DJ SHOE『Both Banks』とMONJU『Proof Of Magnetic Field』、MASS-HOLE『ze belle』のTRIPLE RELEASE PARTYが1/22(土)に福岡The Voodoo Loungeにて開催! 会場にてこのアナログ盤『Both Banks EP』を数量限定で先行販売する予定です。

[作品情報]
アーティスト: ISSUGI & DJ SHOE
タイトル:  Both Banks EP
レーベル: P-VINE, Inc. / Dogear Records
発売日: 2022年1月26日(水)
仕様: EP(完全限定生産)
品番: P12-7177
定価: 3.300円(税抜 3.000円)

Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/6grb2z

*ISSUGI & DJ SHOE / Both Banks
https://youtu.be/DLGHcDnuF-A

[トラックリスト]
Side A
1. Both Banks - ISSUGI & DJ SHOE
 Prod by GWOP SULLIVAN
2. Woowee ft Vany, MASS-HOLE - ISSUGI & DJ SHOE
 Prod by EL moncherie
3. D.OGs - ISSUGI & DJ SHOE
 Prod by CRAM
Side B
1. Pride (16flip Remix) ft ISSUGI – PUNPEE
 Remix by 16FLIP
2. In The City – MONJU
 Prod by 16FLIP

MONJU「Proof Of Magnetic Field」
ISSUGI & DJ SHOE「Both Banks」
MASS-HOLE「ze belle」
TRIPLE RELEASE PARTY in FUKUOKA

presented by DARAHA beats & G.E.R.U

2022.01.22 (SAT)
at The Voodoo Lounge
OPEN 21:00 CLOSE 5:00
ADV: 3,500yen (1D ORDER) *LIMITED
来場先着100名限定プレゼント: DJ GQ & DJ SHOE MIX CD

■RELEASE LIVE:
MONJU
ISSUGI & DJ SHOE
MASS-HOLE

■SPECIAL GUEST:
EL moncherie
DJ I.D.E
FREEZ
DJ GQ

■DJ:
GERMM
KAYO
DBK
YMG
QICKDUMP & KRZT

■LIVE:
LAF feat. PMF
REIDAM
EVIL ZUUM

[TICKET SHOP]
DARAHA beats 福岡市中央区今泉1-23-4 remix天神 406 / 092-287-5880
2DC BASE 筑紫野市二日市中央6-2-18 浪花通り2F 121-2F号室
ALCO/HOLIC 福岡市中央区大名1-15-15 092-751-4040
APPLE BUTTER STORE 福岡市中央区薬院2-4-13 / 092-791-8837
FAT POCKETS 福岡市中央区大名1-11-25 駒屋ビル 1F / 092-791-3949
FRESH&HAPPINESS 福岡市中央区今泉2-3-19 トキワビル501
LATITUDE 福岡市中央区赤坂1-10-16 ソピア赤坂ビル 5F / 092-406-4997
SEXTANS 福岡市中央区舞鶴1-3-11リフレ庵2F
SQUASH DAIMYO 福岡市中央区大名1-12-36 ニューアイランド大名 206 / 092-724-9552
SQUASH IMAIZUMI 福岡市中央区今泉1-2-8 ANDON 1E / 092-734-3037
Stockroom 福岡市中央区大名1-8-42-412 / 080-8359-3051
TICRO MARKET 福岡市中央区大名1-15-30 天神ミーズビル203 / 092-725-5424
& 出演者, 会場

*会場の感染症対策にご協力をお願い致します。

[the Voodoo Lounge]
福岡市中央区舞鶴1-8-38第19ラインビル4F
092-732-4662 // thevoodoolounge.fukuoka@gmail.com
https://voodoolounge.jp

 以下は、2021年9月1日時点での情報です。

ISSUGIとDJ SHOEによる最新ミックスアルバム『Both Banks』からMONJU名義の新曲やPUNPEE "Pride" feat. ISSUGIの16FLIPリミックスなどの新録曲のNo DJヴァージョンをコンパイルしたEPが本日より配信開始! また両者をフィーチャーしたニューコンテンツ「SKILLS」でのパフォーマンス映像も公開!

DOGEAR RECORDSの中心的存在MONJUやSICK TEAMのメンバーであり、BES & ISSUGIを始めとする様々な名義でも楽曲をリリースし続ける東京のラッパー、ISSUGIと福岡~九州を拠点に活動し、ISSUGI作品にも度々参加してきたDJ SHOEとのジョイントでリリースされた最新のミックスアルバム『Both Banks』。同作に収録されているGWOP SULLIVANやCRAM、EL moncherie(弗猫建物)のプロデュースによるISSUGIとしての新曲やMONJU名義の新曲、さらにはPUNPEE名義で2017年に発表された "Pride" feat. ISSUGI(Prod by Nottz)の16FLIP Remixといった新録5曲のNo DJヴァージョン(DJミックスされていないヴァージョン)をコンパイルしたデジタルEP『Both Banks EP』が本日より配信開始!

そのISSUGIとDJ SHOEをフィーチャーしたニューコンテンツ「SKILLS」でのパフォーマンス映像も公開! こちらは気鋭のビデオプロダクションユニット「Kook Film」が新たにスタートさせたコンテンツで、MONJUのメンバーである仙人掌とMr.PUGも登場し、同作に収録されているBoth Banks、In The City、Now o r Neverを披露しています。

また『Both Banks』のタイトル曲である "Both Banks" を始めとするISSUGI関連のミュージックビデオが本日よりApple Musicにて解禁になりました。こちらも合わせてチェックしてみてください。

"SKILLS" Vol.1 ISSUGI & DJ SHOE | Show Case
https://www.youtube.com/watch?v=g4MjqSVOQj0

[EP 作品情報]

アーティスト: ISSUGI & DJ SHOE
タイトル:  Both Banks EP
レーベル: P-VINE, Inc. / Dogear Records
発売日: 2021年8月31日(火)
仕様: デジタル
Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/6grb2z

[トラックリスト]
1. Both Banks - ISSUGI & DJ SHOE
 Prod by GWOP SULLIVAN
2. Woowee ft Vany, MASS-HOLE - ISSUGI & DJ SHOE
 Prod by EL moncherie
3. D.OGs - ISSUGI & DJ SHOE
 Prod by CRAM
4. Pride (16flip Remix) ft ISSUGI – PUNPEE
 Remix by 16FLIP
5. In The City – MONJU
 Prod by 16FLIP

[アルバム 作品情報]
アーティスト: ISSUGI & DJ SHOE
タイトル:  Both Banks
レーベル: P-VINE, Inc. / Dogear Records
発売日: 2021年7月28日(水)
仕様: CD/デジタル
CD品番: PCD-94042
CD定価: 2.640円(税抜2.400円)
Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/wYKZsER6

Lee Perry - ele-king

 リー・ペリーの初来日は1992年6月、バックバンドは当時の〈ON-U〉が誇るダブ・シンジケート(スタイル・スコットにスキップ・マクドナルド、そしてルーベン・ベイリー)だった。忘れられないライヴのひとつだが、ぼくはその来日時に編集者として取材にも立ち会っている。インタヴューの最後にライターは「日本のルード・ボーイ、ルード・ガールにメッセージをお願いします」という申し出をした。記事の締めとして「俺も昔はルード・ボーイだったんだよ」みたいな共感を喋って欲しかったのだろう。しかしペリーはじつにシンプルに、笑みを浮かべてこう答えた。「良い子になりなさい」
 それから30年近く過ぎたいまでもぼくはこの答えが忘れられないでいる。
 
 8月29日、リー・“スクラッチ”・ペリーはジャマイカの病院で息を引き取った。85歳だった。死因はまだ明らかにされていない。
 1936年にジャマイカのケンダルで生まれ、1961年に歌手としてデビューしてから長きにわたって活動を続けてきた本名レインフォード・ユー・ペリーは、もちろん、いまさら言うまでもなくレゲエ史におけるもっとも偉大な開拓者であるが、同時にフィル・スペクターやジョー・ミークのように大衆音楽における録音物の可能性を広げたアーティストでもあった。あるいはまた、UKのダブ詩人リントン・クエシ・ジョンソンが言ったように、「レゲエにおけるサルヴァドール・ダリ」だった。1992年の来日時に自身の最初のソロ・アルバムのために共同作業をしたこまだ和文氏もまたペリーのことを「音楽家というよりも芸術家」と言ったことがある。「ピカソ級のアーティスト」だと。
 
 リー・ペリーの有名な曲のひとつに1968年の“ピープル・ファニー・ボーイ”がある。レゲエの時代の幕開けと言える力強いリズムをもって展開する曲で、「なんで、なんで、人はおかしいのか」と怒りを込めて日々の苦しみが歌われているこの曲には、赤ちゃんの声もミキシングされている。つまり、ここにはスカやロックステディとは違った攻撃的なリズムがあり、ジャマイカの土着性があり、ゲットー・リアリティとそしてオーヴァーダブ(ミキシング)がある。70年代ジャマイカ音楽における進化の起点だった。
 この曲以降のリー・ペリーがどれほど偉大な仕事をしてきたのか……、彼のバンド、アップセッターズの魅力たっぷりの『リターン・オブ・ジャンゴ』をはじめ、初期のダブにおける金字塔『14ダブ・ブラックボード・ジャングル』、レゲエの抽象性を高めた『ミュージカル・ボーンズ』、人気作のひとつ『スーパーエイプ』……、プロデューサーとしても初期のボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの不朽の名作『アフリカン・ハーブズマン』をはじめ、ジュニア・バイルズ『ビート・ダウン・バビロン』、ジュニア・マーヴィン『ポリス&シーヴス』、マックス・ロメオ『ウォー・イナ・バビロン』、ヘプトーンズ『パーティ・タイム』、そして魔術めいた『ハート・オブ・ザ・コンゴス』などなど……ほかにも個人的に好きなアルバムはいっぱいあるし、紹介しなければならない作品の数はあまりにも多い。(彼の膨大な作品については、鈴木孝弥氏が監修したディスク・ガイド『定本リー“スクラッチ”ペリー』をぜひ参照して欲しい)
 リー・ペリーは1973年12月、自宅の裏庭に〈ブラック・アーク〉を建てている。そこでの彼は楽器としてのスタジオをフル活用し、数々の名作を作っているわけだが、ペリーのミックス学はコンソールの操作とエフェクトの処理だけにとどまらなかった。近くに生息していた牛の鳴き声のミックスもこの時期の彼のトレードマークだし、サウンドに霊感を与えるためにはマスターテープに大麻の煙を吹きかけたりもしたという。〈ブラック・アーク〉時代のペリーの思想は、ノアの箱舟をもじったその名から察することができるようにサン・ラーのアフロ・フューチャリズムとも似ているが、しかし1983年の夏、ペリーは〈ブラック・アーク〉をおそらくは自らの手によって焼失させてもいる。ジャマイカの状況に失望し、孤独になって欧州に渡ると、ある時期からは自分は小便であり糞だと言うようにもなった。
 
 リー・ペリーは寓話的な話し方を好んだ。「(ダブを発明したのは)アフリカのジャングルに住むライオンがダブを通して復讐を企てた」とか、「ダブとは赤ん坊。赤ん坊には愛と正義を知って欲しいが、金や銃について教えたくはないだろう」とか、そんな具合だ。2019年に〈ON-U〉から出した『レインフォード』のある曲では、自分は「月にいるコオロギだ」と歌っている。なぜコオロギなのですか? と訊いたら、「コオロギは人間よりずっと前から地球に存在しているからだ」と彼は答えた。
 彼の作品のように、ライヴで見るリー・ペリーもまた、いつだって超越的だった。彼の発言や、木の枝や小さな玩具のフィギアまで服として身体にまとったステージ上での振る舞いを見ていると、この人は永遠に生きるんじゃないかとさえ思ってしまう。2019年末にインタヴューしたときには、「(将来的には)驚きでいっぱいの、新しい3Dみたいな音」のアルバムを出すだろうと話していたが、じっさいペリーは2020年も複数枚アルバムを発表しているし、今年に入ってからもUKの〈プレッシャー・サウンド〉から〈ブラック・アーク〉時代のダブプレート曲を加えたレアトラックス集が出ている。だからどうにも、いまだに彼が死んだことが信じられないでいる。
 「私はこの宇宙の赤ん坊として楽しむためにここに存在しているからだ。成長して大人にならない。いつまでもずっと赤ん坊でいる」、2019年の取材で、なぜそんなに精力的なのかと訊いたらペリーはこのように答えた。宇宙の赤ん坊——、たしかにある時期から、もはやこの宇宙そのものが彼のスタジオだったのかもしれない。そう思えるほどにリー・ペリーとは音の宇宙の、大いになる探求者に違いなかった。そしていまとなっては、たとえいつかコロナが終息したとしても、ステージ上の、あたかも妖精のようなあの姿をぼくたちはもう見ることはできないのだ。

野田努

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 リー・ペリーの訃報に触れ、驚く。が、訃報は大体いつも突然で、その突然さの驚きであって、物故の驚きではない。死は最も純粋な平等であり、かつ誰の死であれ〝死の意味〟を等しく放擲する。人間の苦悩の源が死なら、死ぬことで苦悩を根源から打ち捨てるのであり、よって弔いはその意味において祝いでもある。
しかし、そうした思いがまるで湧いてこない。ペリーの訃報から、結局のところ本当の驚きを感じるのはそこであった。

 親しみを抱かせ、楽しませ、何十年聴いても興味の尽きないリー・ペリーが、いくらチャーミングとはいえここまで人の心をつかんだのは、誰もリー・ペリーの心がつかめなかったからである。その深部を窺い知ることができなかったからである。我々の目で見通せるようなスケイルの存在ではなかった・・・的な陳腐な表現はピントがずれている。ペリーは最初から全部をさらけ出し、引き寄せられて接近した我々は、それが巨大過ぎて全貌を視界に収めることのないまま、ペリーのおなかに飲み込まれていたのである。本人もこっそり(聖書に記された神の言葉のように重々しく)漏らしている——「(ペリー自身をシンボライズしている)スーパー・エイプの腹の中を見ると、世界が存在している」(『ミュージック・マガジン』97年11月号、インタヴュアー/工藤晴康)のだと。

 このペリーが率いたのは、ちゃちな黒船ではなく、黒箱船である。新しい人類の祖〝黒いノア〟としてそのブラック・アークを率い、自分のスタジオとした。そのサウンドは強大な重力を持ち、磁力を放ち、すべてを引き寄せ、飲み込み、また、邪悪をしりぞけた。ブラック・アークは理性を獲得したブラック・ホールだった。超猿のおなかの中の宇宙。そこに反響する、ねじれた時間軸のような、あるいは太古から連綿と伝わる信号のように不思議に心地よい揺らぎは、黒い箱船が聖なる大洪水の波をクールにたゆたうグルーヴに他ならない。

 リー・ペリーは、概念であり、宇宙である。これまで我々の目に映っていた彼の、肉体と呼ばれる有機物が消滅することに、どれだけ重大な意味があろう?

 2日前からの世界中のメディアの報道を見ると、天才プロデューサー、エキセントリックなパフォーマー、ダブのパイオニア、サンプリング手法の発明者、ボブ・マーリーのメンターでプロデューサー、その与えた多大なる影響はレゲエの枠にとどまらず、うんぬん、という記述に溢れている。確かにそういう即物的記述によればペリーは〝死んでしまった〟のだ。でも、次々にアルバムを聴き返していると、ペリーの偉大さを報じようとするそうしたジャーナリスティックな総括が、いかにもペリー的ではないことを思い知る。レゲエはあらゆる角度から見て思想の音楽だが、その中でもひとつひとつの音の質にまで自分の思想を投影することを考えたクリエイターである。その概念は、宇宙は、遠巻きに望遠鏡で観察して寒々しい〝データ〟に矮小化できないのである。

 パフォーマーとしてのペリーのステイジを何度観たか分からない。晩年はだんだん音楽的につまらなくなっていくのと反比例的に、その、エネルギッシュなのに欲がなく、ビッカビカに輝いているのにギラつかず、卑近な表現をすれば、俗物のけがれを払い切り、洒脱は遥かに通り越した解脱の芸術家として存在のアートを完成させていくさまに、鳥肌を立てて感じ入ったものだ。そのたたずまいは無邪気の権化でもあった。ペリーが散々忌み嫌い、曲の中で叩きまくった邪気(evil spirit)を浄化した末の清廉たる無邪気。正直なところ、心の中で合掌し、拝むような気分になったことさえあった。

 普通、人は死ぬことによって生の苦悩を投げ捨てることが叶い、残した人々に対しては死の具現としてレッスンを施す役目にあずかることと引き換えに、自分の人生を勝手に、往々にして爽やかに小綺麗に総括されてしまう宿命にあるが、リー・ペリーには、ゆえに、そのすべてが当てはまらず、ふさわしくない。自分の知る(もとい、まあまあ学んだつもりになっている)〝小市民的〟な死の感覚とはまるで引き合わない。ジャマイカの生まれ故郷に戻って深呼吸ひとつ、三次元の浮世から、別の次元にひょいと半歩ズレた程度……そんなところではないか。

 そんなことは意にも介さず、分身のスーパー・エイプは、好物の焼き魚とコーンブレッドを貪り食い、極太のスプリフを吸いまくり、元気にこの世をアップセットし続けるだろう。で、我々は、ずっとその腹の中にいるだろう。


Lee Perry
『Roast Fish, Collie Weed & Corn Bread』


The Upsetters
『Super Ape』

鈴木孝弥

interview with Takuma Watanabe - ele-king

 1日のなかで音を奏でる時間はどんどん減っていると渡邊琢磨はいう。本文では割愛した一節だが、その前段で私たちは仕事における知識と経験の蓄積、それが導く予想と結果について話しており、1日でいかほどの時間を仕事に割くか話題にしていた。冒頭はそのとき渡邊琢磨の口をついたことばであり、以下の発言がそれにつづく。
 「昔のように四六時中楽器を弾いていることは少なくなりましたが、頭のなかで音楽をつくる行為はどんどん肥大化していてその占有率たるやものすごいものなんです」
 イギリスの新興レーベル〈Constructive〉がリリースする渡邊琢磨のソロ・アルバム『Last Afternoon(ラストアフタヌーン)』には上の発言を音で裏打ちする趣きがある。2014年の『Ansiktet(アンシクテット)』で生楽器を素材に字義どおりのコンポーズをやってのけた渡邊琢磨は映画音楽での実践と並行するかたちで、ストリングス・カルテット──ときに十人を越える規模に拡大することもある──で挑戦的な試みにのりだしていく。なかでも弦楽器の旋律の動きと関係という対位法の側面は中心的な課題となり、課題そのものを変奏するように音響や質感といった生理〜感覚との統合的な領野へ横滑りしはじめる。トランスフォームした弦の響き、電子音、椅子が軋むような、ものが落ちるような、小物がカタカタ鳴るような現実音や、ささやく人声──無数の音のイベントからなる『ラストアフタヌーン』はそのとりくみが実を結んだものだが、耳につくのは探究の深まりより生成変化する音のひろがりである。渡邊琢磨が日々の暮らしでもおそらく似たような出来事が起こっており、傍目にはたんにブラブラしているだけでも、内面には音があふれ、いまさまに閾値を超えそうになっていることもなくはない。終止形を迂回するかのような楽想は表題がしめすとおりで、もとより意図のうちだろうが、観念的であるばかりかこの想像的な音のあり方はあらゆる感覚を横切り、聴き手に多面的に作用する。新たな動きがはじまっているのはまちがいない。

結局、ヨハン・セバスチャン・バッハが何かしらの起点になっているのかもしれません。いまも音楽はいろいろ聴きますが、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』は分析しだしたら一生かかるんじゃないかと思うくらい、あの曲集には音楽の基礎的な部分と和声学の極地のような部分があると思います。

『ラストアフタヌーン』は〈SN Variations〉の姉妹レーベルにあたる〈Constructive〉からのリリースになります。

琢磨:はい。レーベルオーナーのエイドリアン・コーカーと僕のタイトルのみの新進レーベルです。

レーベルとしては2作目ですか。

琢磨:カタログ番号的にはエイドリアンがサントラを手掛けたドラマ『Tin Star (Liverpool)』が「00」番で、『ラストアフタヌーン』が「01」になります。

エイドリアン・コーカーと琢磨さんの出会いを教えてください。

琢磨:アルバムのミックスが佳境に入ったあたりで、クリス・ワトソンとジョージア・ロジャースという電子音楽家のスプリット版(Chris Watson Notes From The Forest Floor/Georgia Rodgers Line of Parts)LPを偶然買ったのですが、内容はもちろんのことパッケージングのコンセプトなどもおもしろかったので、ジャケットに記載されてあった〈SN Variations〉というレーベルのサイトをチェックしたところ、実験音楽やケージなどの現代音楽にサントラまでリリースしていて、カタログがすくない一方、独自のポリシーやアイディアがあっておもしろいなと。自分のアルバムに限らず、制作全般に関していろいろ提案できる余地もあるなと思って、マスタリング前のアルバムのデータをおくったのですが、すぐにおりかえしがあって話しがまとまりました。

絵に描いたような話ですね。

琢磨:当初エイドリアンとは、Skypeを通してリリースの話しなどを進めていたったのですが、そのながれでおたがいの国のことやパンデミックの状況のこと、好きな音楽や映画音楽の制作プロセスのちがいなどいろいろと話しをしたのですが、その際とてもポライトで話しが合う人だなという印象をもちました。エイドリアンがどう思ったかはわかりませんが(笑)。

琢磨さんはレーベルもやっているし自分でも出すこともできたのになぜそうしなかったの?

琢磨:こういう(パンデミックの)状況下で海外に行くことも難しいので、エイドリアンも僕も国外のことが気になっていたのかもしれません。それでお互い素性がよくわからないまま、Skypeで長々と議論するという……。

『ラストアフタヌーン』をつくろうと思い立ったのはいつごろできっかはなんだったんですか。

琢磨:14年頃から活動を継続してきた弦楽アンサンブルがありまして、そのアンサンブルでのライブやレコーディングがアルバム制作の契機になっています。アンサンブル結成の土台にあったのはパーソナルなことなのですが、対位法の独習をおしすすめたいという思いでした。

ユニゾン的な求心力ではなく、それぞれを自律的に動かしていくニュアンスを主体にして曲を書いた?

琢磨:縦の響きがきらいなわけではないのですが、それぞれの音の動きがまちまちである状態は好きですね。

仮に作家を縦と横の志向性でわけるなら、琢磨さんは後者だろうね。

琢磨:結局、ヨハン・セバスチャン・バッハが何かしらの起点になっているのかもしれません。いまも音楽はいろいろ聴きますが、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』は分析しだしたら一生かかるんじゃないかと思うくらい、あの曲集には音楽の基礎的な部分と和声学の極地のような部分があると思います。バッハのフーガのようなものは書けませんが、こういう音楽のナゾにとりくむことは作曲上の基点にもなります。

対位法の探究の先に『ラストアフタヌーン』はあると。

琢磨:対位法を独習していく過程でなにが起こったのかを言葉にするのはむずかしいのですが……各々の線の響きを譜面上で伸縮させたり緩慢にしたりする実験を重ねた結果、ポリフォニーが薄れていって、音色やテクスチャーに興味が推移していったような感じです。そこから、ひとまとまりの弦の響きがコンピュータによってジェネレートされたとき、どのような音が生成されるのかという、いわゆる「音響作曲」的なことに関心をもつようになりました。逆に対位法の独習の成果は、映像の動きやムードを、旋律や和声進行などでフォローする映画音楽の仕事にスライドしていきました。

いまおっしゃったジェネレートされた音というのはあらかじめ録音した弦の音を事後的に処理するということですか。

琢磨:本作に関しては先に弦の録音を行い、後日、その演奏内容をもとにコンピュータによるサウンドの生成を行いましたが、このプロセスはライブでも可能です。基本的には、オグジュアリー(AUX)に原音を送ってエフェクトをかけるようなことと一緒なので、弦の音自体を処理するというよりも、弦の演奏にコンピュータがどのような反応をするかが趣意になっています。ただ、そのプロセス自体はさほど重要ではなく、弦楽と電子音が合奏している音のイメージが元々あって、それを具体化する上で用いたアイディアのひとつに過ぎません。

生演奏とコンピュータと相互作用までふくめた作曲なんですね。

琢磨:テクノロジーと生演奏の諸関係という課題は、IRCAMやGRMなどの研究機関で昔から試みてきたことですし、真新しいものではありませんが、そういった構想をアカデミズムや様式にとらわれず、自分なりの方法で試行錯誤していきたいと思っています。

その場合ストリングスのスコアは事前に用意するんですよね。

琢磨:事前に用意します。ただ不確定な音が譜面上に混在していることが多々あって、たとえば、特定の小節内にリズムや音価が記されていない音があったり微分音があったり。そういうセクションの解釈は演奏者にゆだねています。演奏上の指標を部分的にオミットすることで、摩擦のある雑然とした演奏になるのですが、そういうセクションを設けることで、演奏するたびにちがった結果を得ることができますし、コンピュータの反応も変わるので、作曲上のねらいとも合致します。

ねらいというのは不確定性ということですか。

琢磨:エラーみたいなものですね。不確定な小節と厳密な記譜が混在していると、エラーが楽曲全体に侵食してくるという。ジャズでいうところの「ロスト」した状態のような、どこをやっているのかわからない状態ができてくるんですね。

あの瞬間はいいですよね。

琢磨:ええ(笑)、あのザワザワとした感じ、あれがほしいという(笑)。

意地悪だな(笑)。

琢磨:いえいえ(笑)。スコアから大きく逸脱することはありません。僕がジャズを演奏するとたいていロストして、どこを演奏しているかわからなくなってしまうのですが、そういうザワザワ感とは違います(笑)。

となるとスコアはアンサンブルへの宛て書きでもあったということになりますね。

琢磨:メンバーや編成も可変的なアンサンブルではありますが、演奏者同士が旧知の仲ですし、弦奏者各々の音のニュアンスも自分なりに把握していますので、作曲時にその音をイメージしていることもあります。あと、楽曲の初演会場などを念頭に置くこともありますね。

数年おきにくりかえしみる夢がありまして、住み慣れた家のなかに隠し扉を発見して、そこを開けてなかを覗くと壮大な図書館があるとかいう感じの内容なのですが、こういう日常と非日常の連続性というのは自分に限ったことではなく、今日的なテーマではないでしょうか? 

さきほどおっしゃったコンピュータ上のジェネレーターは演奏中に具体的にどのような動作をおこなっているんですか。

琢磨:Maxで組み立てたユーザーインターフェイスがあって、先述のとおり弦の音が送受信されるたびに作動して結果を生成するというだけのことですが、プログラミングと生演奏の作曲の決定的なちがいは、個人的にヴァイオリンという楽器の制作方法や工程は詳細にはわかりませんが、そのことが作曲上のデメリットになることはほとんどありません。しかじかの音色を出すにはどういう演奏をすればよいのかとか、どういう音域の楽器なのかとかそういった知識があれば、ある程度結果を予測することができます。しかしコンピュータ・プログラミングの場合、その制作方法を知る必要がある一方、結果が未知数なことが多いと個人的には思います。自分の技術上の問題も多々ありますが……。特定の動作を実行するプログラムを組むことはできても、それによって事前に想定していた音を得ることができるかは、また別の問題です。だからこういう手法でイメージ通りの結果を出すには、多少の時間と試行錯誤をくりかえす必要がありますし、弦楽の演奏内容によってインターフェースの反応も様々なので、デバイス自体を作り直すこともあります。なので、わりと出たとこ勝負の方法かもしれません。

たがいに干渉し合っているということですね。作品の中身では物音やフィールド録音の音も使用されていますよね。

琢磨:フィールド・レコーディングの音に関しては、ミックスの際、特定のレンジ(音域)に音を補足する上で、虫の声や外気の音が適宜に思えたので取り入れましたが、具体音以外でイメージしている音像やバランスをつくれるのであれば、シンセの音でもデジタルノイズでも構いません。なので、ミュージック・コンクレート的な着想というよりはミックスダウンをする上で必要な音素材ということですね。

微細に聴いているとほんとうにいろんなことが起こっている作品ですよね。

琢磨:とっちらかっていますよね……

とっちらかっているというよりは出来事があちこちで派生しているといいますか。聴くたびにいろんなイベントが方々で起こっていて、発見の多い作品だと思います。

琢磨:ありがとうございます。アルバムに収めた8曲は録った時期もまちまちで、あとから似た傾向や雰囲気の作品を8曲分あつめたので、コンセプトに一貫性があるわけでもないんです。弦楽アンサンブルでの公演やレコーディングのたびに初演曲を用意してきた結果、アルバム1枚分くらいの曲が揃った感じです。そういう機会があるごとに新曲をつくって発表していかないと、つくるだけつくって忘れてしまうことも多々あるので。なので、未収録曲も30曲以上あると思います。室内楽編成の曲やルネッサンス期の声楽曲を弦にアレンジして録音し、そのデータをアキラ・ラブレーが彼独自のソフトウェアでドローン化した作品もありますが、アルバムへの収録はみおくりました。

アキラさんは5曲目の“シエスタ”に参加していますね。アキラさんとは昨年の染谷将太監督の映画『まだここにいる』のサウンドトラックを再構成したEPでも共演されていますが、継続的にやりとりしているんですか。

琢磨:その“シエスタ”という曲は18年くらいには完成していました。アキラさんとはたまに連絡とっています。わりとフランクなやりとりが多いですね、「最近どう?」とか(笑)。

ただの友だちじゃないですか(笑)。

琢磨:そうですね(笑)。アキラさんはけっこうナゾなひとで、彼がどういうことに関心があるのかという片鱗にふれるだけでもおもしろい。かなり固有の時間のなかで音楽やソフトウェアをつくったり生活したりしている方なので、話しているとパラレルワールドにいる気分になります。

独自の時間がながれているんですね。

琢磨:ちょっとプルースト的といいますか。現在の話しなのか過去について語っているのかわからなくなることもあります。アキラさんは南テキサス出身で、ジャズ・トランペッターのビル・ディクソンに師事していたこともあります。

ビル・ディクソンでジャズの十月革命は想い出しても、プルーストと関係なさそうだもんね(笑)。

琢磨:でも彼のノスタルジーとリアルが交錯すような話しは、なにもかもがネット内時系列的であるような今日においてはとても貴重だと思いますし、実際タイムトラベラーなのかもしれませんよ(笑)。

彼はソフトウェアをつくっているんですよね。

琢磨:以前ele-kingでインタヴューしたのですが、C言語、C+も使っていてソフトウェアの開発も行ってます。既存のアプリケーションは使わずに、独自のソフトウェアを使って音楽制作をするアーティストです。おそらく米国のパーソナル・コンピュータの黎明期にインスパイアされた方だと思います。GRM所縁の個々のアーティストとは交流があるものの、あくまでインディペンデントなスタンスで活動しているのも興味深いです。

ほかに『ラストアフタヌーン』のゲストでいえば、ジョアン・ラバーバラさんがクジレットされていますね。

琢磨:僕が昔リリースした『Agatha』というアルバムがありまして。

2004年のアルバムですね。あの作品にもラバーバラさんは参加しています。

琢磨:今回のアルバムに入っているジョアンの曲は『Agatha』制作時に録音したアルバム未収録の音声データを使って作りました。パンデミックになって予定が全部飛んだので、家の掃除や資料の整理をしていたのですが、そのさい古いHDDを発見しまして、なかをみたら「Joan」と書いてあるフォルダに、アルバム未収録のジョアン・ラバーバラの音声データがまとめてあって、一通り聴いてみたらとても良かった。2002年の録音だったので、タイムカプセルを掘り起こしたような気分になりましたよ。それで、当時収録しなかったトラックデータは削除して、ジョアンの声だけを元に新曲をつくり直しました。

『Agatha』の録音は2002年だったんですね。

琢磨:前年にレコーディングする予定だったのですが、セプテンバー11で延期になりました。

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某アーティストによる『ラストアフタヌーン』のリミックスEPを近々リリースする予定で、8月下旬にはレーベルが詳細をアナウンスすると思います。いまは、イギリスの弦楽奏者にあてた新作にとりくんでいます。こちらはアルバムとは対極的な内容になると思います。

コンボ・ピアノの『Agatha』は〈イーストワークス〉のリリースなのでキップさんの参加はわかりますが、ラバーバラさんはどのようないきさつで参加されたんですか。

琢磨:ジョアン・ラバーバラを知ったのはたしか、モートン・フェルドマンのアルバム『Only』で、それでお声がけしたと思うのですが、どうやってコンタクトをとったのかその経緯を思い出せないですね。オフィシャルな窓口に連絡を入れたと思うのですが、当時はインターネットがいまのようではなかったので、FAXでやり取りしたのかもしれません。

『Agatha』にラバーバラさんはそれなりに参加していますよね。

琢磨:3~4曲ほど。リラックスして楽しかったおぼえがあります。その前後のキップ・ハンラハンのミュージシャン仲間との録音が慌ただしかったもので。

一服の清涼剤だったと。

琢磨:淡々と穏やかな録音ではありました(笑)。キップたちとはレコーディング後も飲みに行ったり、ライブハウスにジャムセッションに行ったり目紛しくも楽しかったです。

私としてはあの感じでまたやってほしいですけどね。

琢磨:去年の3月くらいに動けない感じになって大掃除をしていた際に、NYの録音時の写真なんかも出てきて感慨深かったです。パンデミックになった直後に彼らと久々に連絡をとりました。キップやブランドン・ロスにロビー・アミーンとか。お互いどうにかこうにか元気にやってますねと。

コロナ・パンデミックで過去の整理に割く時間ができたんですね。

琢磨:片づけをしつつ、アルバムのTD(トラックダウン)をする時間もできました。思索の時間をもうけて、発見がいろいろありました。

それはご自分の現在とりくまれていることや、これからやろうと考えていることについての思索ですか。

琢磨:そうですね。レーベル〈SN Variations〉との新しい出会いなどから、新たな可能性が生まれました。こういう状況下で、一方の扉は閉じてしまいましたが、また別の扉が開いたような感じです。

具体的にすすめていることを教えてください。

琢磨:某アーティストによる『ラストアフタヌーン』のリミックスEPを近々リリースする予定で、8月下旬にはレーベルが詳細をアナウンスすると思います。いまは、イギリスの弦楽奏者にあてた新作にとりくんでいます。こちらはアルバムとは対極的な内容になると思います。あとは、アルバムのリリース記念をかねてストリーミング・コンサートをやろうという提案がレーベルからきているのですが、イギリスのミュージシャンの演奏を収録して、後日その音を組み合わせて配信しようと思っています。

組み合わせるというのは具体的にどういうことをやるんですか。

琢磨:本来であれば欧州でプロモーションを展開したかったのですが、現状は難しいので、イギリスのミュージシャンにこちらから新作のパート譜をお送りして、後日その音データをこちらで編集で組み立てて、音楽映像作品にまとめるという計画です。なので、配信といってもリアルタイムではなく、収録した内容を映像も含めて編集して公開する予定です。

エイドリアンさんはレーベル運営者としてもいろいろ仕掛けていくタイプなんですか。

琢磨:エイドリアンは、テレビドラマや映画のサントラ制作も手がける音楽家ですが、興味関心が広範囲なので、よい意味でとらえどころがなく、彼が主催しているふたつのレーベルも、なにを主旨としているのかわかりにくいと思いますが、もう少しカタログが揃ってきたら、レーベルのイメージも明確化すると思います。先ごろ、エイドリアン自身の『9 Spaces』というアルバムがデジタルのみでリリースされまして、このアルバムに山本達久くんと参加したのですが、エイドリアンから僕らへのオファーというのが、クリス・ワトソンが集音したフィールド・レコーディングを土台に音をつくるというもので、なかなか抽象的かつ有意義なやりとりでした。それから9月には、〈GRM〉や〈Modern Love〉から次々と興味深い作品をリリースしているイギリスのチェリストで音楽家、ルーシー・レイルトンと、ECM専属アーティストでもあるパイプオルガン奏者キット・ダウンズのデュオ・アルバム『Subaerial』がリリースされます。いま上げたイギリスのミュージシャンたちは、エイドリアンの映画音楽の仕事などにも携わっていて、彼は大規模オーケストラと身近な音楽仲間を編成上組み合わせて、付随音楽などの仕事も行なっています。

日本の現場ではなかなかそこまでは望めなさそうですね。

琢磨:時間もタイトですからね。ただ、イギリスではサントラの仕事はパートごとに分業することもあると思いますので、そういう制作過程の違いも関係しているかもしれません。イギリスもアメリカと同じく作曲と編曲は分業ではないかと思います。個人的には、編曲も作曲のうちだと思っているので、そのことについては少々懐疑的ですが、海外の映画音楽にはオーケストレーターという部門がありまして、作曲家が書いた曲をオーケストラに編曲することが主な仕事なのですが、楽曲の音色設計などはオーケストレーターが担っている部分が多々あると思いますし、作曲家の作業量は軽減するでしょうね。もちろん組合システムであるとか、製作ラインの構造的なちがいもあると思いますが、スタッフ各々が相互にコンプリメントしながら映画作品のクォリティを上げていくというのは、一考の余地はあると思います。

仕事を分け合いつつ質を高めると。

琢磨:そうですね。個人的には、音効や整音部の方々と連携が取れると、音楽もより実験的な試みが可能になると思います。

いまなにか映画音楽でとりかかっているものはありますか。

琢磨:詳細はまだお伝えできませんが、来月から作業に入る新作映画の準備を進めています。あと音楽を手がけた、横浜聡子監督の『いとみち』が先日公開になりました。パンデミックになった直後の仕事でしたので、いろいろ試行錯誤がありました。

具体的には?

琢磨:最近は状況次第で慣習化してきましたが、横浜監督との音楽打合せもzoomでしたし、もろもろの都合で整音の立会いもできなかったので、整音に先立って完成した音楽を全シーンに当て込んだオフライン・データを作ってお送りし、相対的なバランスのレファレンスにしてもらいました。あとは演奏者とスタジオで作業することが難しかったので、単独で録音していただいた弦の音を編集でひとつのアンサンブルにまとめたり、弦の代わりにムーグのパッドを入れたり。ただ『いとみち』は、主演の駒井蓮さんと、祖母役の西川洋子さんが演奏する三味線が映画のキーになっていますので、こちらで担当する音楽は、映画の雰囲気や演出を補足するくらいでちょうど良いと思っていました。

状況に対応していますね。

琢磨:データのやり取りなどはパンデミック以前から行っていたことなので、さほどのことではありませんが、とにかく状況の変化が激しいので、今後も周囲とコミュニケーションを取りつつ柔軟に試行していこうと思います。

琢磨:話変わりますが、今回自分でミュージック・ヴィデオをアニメでつくったんですよ。

あれおもしろかったですね。でもあれってなんなんですか。

琢磨:イタリアの音楽雑誌のアルバム・レヴューでは「ミュージック・ヴィデオは完成度が低い」と書かれましたが、実際そうなので反論はしませんよ(笑)。これもパンデミック以降予定が飛んだので、3DCGの研究をはじめたことがきっかけとなっています。あの感じのアニメが7作品くらいありまして、今年の10月には大分県の湯布院にある美術館で、そのアニメーション・フィルムの展示を行う予定です。

どうやってつくっているんですか。

琢磨:制作にはゲームエンジンなどを使ってます。適切な使用方法かどうかいまだにわかっていませんが....

琢磨さんは自分なりのやり方をみつけるの得意だよね。

琢磨:それ以外のやり方ができないともいえますが(笑)。最初は『ECTO』の次に撮ろうと思っていた映画の絵コンテというかVコン的なものを、3DCGで作ろうと思っていたのですが、人気の無い風景を作ったりするうちに面白くなってきて、アニメーション単体で作品化する予定です。しかし、3DCGの書き出しにはなかなか時間がかかるもので、20分くらいの尺になると半日以上要するので、なかなか作業が捗りませんね。

たいへんですね。

琢磨:爆速のコンピュータを使えば作業時間を短縮できるのかもですが、その緩慢さが自分のアニメーションの特色になっているような気もしてまして。実際、半日くらいかけてレンダリングが終わっていざ動かしてみると、まったく予想していなかった破壊的な動きをキャラクターがすることもあるのですが、やり直すのも面倒ですし、そのまま完成ということにしています。出来上がったアニメを眺めていると虚無感に駆られることもありますが、釈然としない時間を経てみないと、電撃的なことは起こりませんからね……。

何作か拝見しましたが、琢磨さんの脳内の対位法がみえるようで興味深かったです(笑)。

琢磨:昔からみている夢とか、こんな場所があったらおもしろいなとか、そういうイメージを具体化しているだけですけどね。

『ECTO』にも幾分かそういうところはあったと思うんですね。動きや空間の認識において、無意識下にあるものを映像化したいと考えていた節があったと思うんですね。

琢磨:数年おきにくりかえしみる夢がありまして、住みなれた家のなかで隠し扉を発見して、そこを開けてみると壮大な図書館があるとかいう感じの内容なのですが、こういう日常と非日常の連続性というのは自分に限ったことではなく、今日的なテーマではないでしょうか?詳細に考えたことはありませんが、何がしかのフォーマットでそのイメージを具体化していきたいです。『ECTO』の植物園が冥界に通じているのも、もしかするとその主題の変奏かもしれません。なので、いまつくっているアニメと『ECTO』はコンセプト的には通底しているかもしれません。こういってしまうと『ECTO』に出演いただいた、佐津川さんと染谷くん川瀬さんにはもうしわけないですけど。

とはいえ彼らが作中でもとめられていた演技は今回のアニメとかさなる部分がありますよね。

琢磨:そうかもしれません。表情も分からないようなルーズショットが多かったので。いまは第7話をつくっているところです。『トワイライト・ゾーン』のように、オムニバスでつながっていく感じで、7話目もまた幽霊性がテーマです。キャンプ場で焚き火をしている男に幽霊が取り憑く話です。弦楽器の弱音と雨音が、薄っぺらな世界に臨場感を与えていると思います。

そういえば『ラストアフタヌーン』でも擦過音というか、微弱な音を効果的にもちいている場面は多々ありました。

琢磨:弦楽器の弓の圧を最低限にとどめてかつゆっくり弾くと、サーッという擦れるエア音のようになるのですが、そのエア音が実音に変わるか変わらないかのギリギリの狭間の音はいいですね。レコードをかけたときに聴こえてくるクラックルノイズ(パチパチ音)のような感じで。

電子音のグリッジ、接触不良音、エラー音と弦楽器のサワリのような音は作品に欠かせないものですか。

琢磨:しかしクラックル音やグリッチなどの音は少々食傷気味ですね。ああいう粒子系の音は、最近のエクスペリメンタル・ミュージックのある種の傾向かもしれません。最近は、Pヴァインから再発されたライトニン・ホプキンスの『ライトニン・アンド・ザ・ブルース』と、マイケル・スモールの『The Parallax View』のサントラを聴いていました。ちなみに『Parallax View』のLP盤スリーブには、ジム(・オルーク)さんのコメントがついてますよ。話しが逸れましたが、そういう粒子系の音というのはテクスチャー生成に寄与しますし、ある意味では機能的な音です。そういう音楽的傾向や方法論とは無関係に、自分がイメージする音をどのように具体化するかを考えたいですね。粒子系の音はグラニュラーシンセで簡単につくれますが、手からこぼれ落ちる砂の音をマイクで録った方が、作品により適当な音になるかもしれません。本作に関して言えば、生楽器と電子音による不可分な合奏を考える過程で、そういった音の使用に着想したのではないかと。ただそれは、弦奏者の方々の解釈や多面的なアプローチによるところも大きいです。

顔ぶれを拝見するとうなずけます。

琢磨:特殊奏法や演奏記号も音楽史上のコンテクストから派生していますし、聴いてきた音楽や演奏者によって解釈に違いがでると思います。

そこまで含めた微細な表現が『ラストアフタヌーン』の聴きどころだと思います。

琢磨:今回はLPも出しましたが、ジム(・オルーク)さんに、マスタリングを手がけていただきました。

サウンドはたしかにジムさんのマスタリングの感じがありましたね。

琢磨:弦や曲のダイナミクスを保つのにマスターリミッターを最小限にしていたり、透徹したマスタリングにいまさらながらうなりましたよ。

最初のほうでももうしあげましたが、くりかえし聴けるアルバムだと思います。近年の活動が凝縮した作品とも思いましたが、『ラストアフタヌーン』は純粋な自作アルバムとしては2014年の『アンシクテット』以来なんですよね。

琢磨:そうですね。

サントラも何作かありますが。というより『アンシクテット』自体が琢磨さんの映画音楽制作の起点でもありましたよね。

琢磨:映画音楽のようなアルバムをつくるきっかけになったのも、映画音楽の仕事をはじめてからですし、映画音楽に携わるようになったのも、友人の自主制作映画が発端だったので、自発性はあまりないですね......。身近に起きる出来事を、自分なりにとらえていければと思います。

渡邊琢磨映像作品展『ラストアフターヌーン』

会 期 2021年10月23日(土)〜 10月31日(日)
時 間 10:00 〜 17:00
会 場 由布院アルテジオ(https://www.artegio.com/
住所/大分県由布市湯布院町川上1272-175
入場料 1,500円(企画展1,200円+常設展300円)
問合せ oitaartcollective@gmail.com

オープニングイベント
10月23日(土)同会場
開場/開演:14:30/15:00
出演:千葉広樹、渡邊琢磨
料金:2,500円

渡邊琢磨(音楽家)
宮城県仙台市出身。高校卒業後、米バークリー音楽大学へ留学。帰国後、国内外のアーティストと多岐に渡り活動。07年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー、28公演にバンドメンバーとして参加。自身の活動と並行して映画音楽を手がける。近年では、冨永昌敬監督『ローリング』(15)、吉田大八監督『美しい星』(17)、染谷将太監督『ブランク』(18)、ヤングポール監督『ゴーストマスター』(19)、岨手由貴子監督『あのこは貴族』(21)、横浜聡子監督『いとみち』(21)、堀江貴大監督『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(21年9月公開予定)、ほか。https://www.takumawatanabe.com/

8月の終わりのサウンドパトロール - ele-king

 齋藤飛鳥と山下美月の会話をぼんやり聞いていたら、そういえば、ここ数年、誰かが自分を見ているときに「(自分が)見られている」とは言わずに「(相手が)見てくる、見てくる」という言い方をするなーと。行動の主体が相手にあることは同じなのだけれど、「見られている」という言い方をすると自意識も一緒に発動してしまうので、相手の行為を自分がどう受け止めているかはわからなくするために「見てくる」という言い方になっているのかなーと。自意識を隠すということは「自分がどう見られているかは気にしていない人に見られたい」という自意識が複雑に折りたたまれているということだから、結局は「見てくる、見てくる」と嬉しそうに騒ぐ時点で、「(自分は)観られてる~」と喜んでいるのと同じだと思うんだけど、それでもやはり相手が見ているのは相手の問題意識のなかで完結していることだとアピールしておかないと自意識を発動させざるを得なくなってしまい、そのような事態はどうしても避けたいということなんでしょう。マウントを取りたがる人が嫌がられることの裏返しかなとも思いますが、孤独に音楽を聴いている人には関係ない話でしたね。


01 | Bendik Giske - Cruising (Laurel Halo Remixes) Smalltown Supersound Norway

この春、バッテクノことパヴェル・ミリヤコフと不気味なジョイント・アルバムをリリースしたばかりのベンディク・ギスケ(いま流行りの遠心顔)が8月27日にリリース予定のセカンド・アルバム『Cracks』から “Cruising” を先行カット。両サイドと共にローレル・ヘイローのリミックスをフィーチャーし、これが『Pavel Milyakov & Bendik Giske』の、とくに “Untitled 4” を複雑にしたような素晴らしいダブ・テクノに。クラフトワークをスクリュードさせたようなビート・ダウンにプロセッシングされた管楽器が幻のように咲き乱れる。たったの6分で終わりかと思っていると、Bサイドでは左右でエフェクトの種類が分けられた、さらに桃源郷のようなビートレス・ヴァージョンが長尺で控えている。サイケデリック・サマーはこれで決まり。


02 | Quixosis - Micropótamo Eck Echo Records

エクアドルのベース・ミュージックからダニエル・ロフレード・ロータによるデビュー・アルバム『Rocafuerte』の2曲目。オープニングからハープなどの幻想的なメロディが重層的に響き渡り、一気に未知なるトロピカルへと連れ去られる。ハットやタムがしっかりとしたビートを刻んでいるものの、リズムはなぜか途切れがちで、それが妙に良かったり。タイトルは「小川」の意。アンディ・ウェザオールのリミックスを聴いてみたかった感じでしょうか。アルバム・タイトルのロカフェルテというのはエクアドルの都市キトの中心部にある通りの名だそうで、ラテン・アメリカとヨーロッパの音楽を古いも新しいもごった煮にした音楽性と関連づけたものらしい(キトは玉井雪雄『オメガトライブ』でイブ・L・ホークスが幼児期に虐待されていた街というイメージしかないんだけど……)


03 | Faye Webster - I Know I'm Funny Haha Secretly Canadian

2年前に『Atlanta Millionaires Club』(メッシー・テイストのジャケはかなり苦手)で頭角を現したシンガーソング・ライターによる4作目『I Know I'm Funny Haha(=私がヘンなのは知っているわよ草)』のタイトル曲。全体に前作とは異なったサウンド・メイキングで、カーペンターズみたいだったりもしつつ、いくつかの曲でコード進行などがけっこうフィッシュマンズを思わせる。佐藤伸治が生きていたら “A Dream With A Baseball Player” とかつくりそうじゃないですか。あー、ダラダラする。実に夏向き。10曲目の “Overslept(寝坊)” には〈カクバリズム〉からメイ・エハラが参加。今年、フィッシュマンズTを売り出したジャーナル・スタンダードが早くからコラボ・アイエムを手掛けていたり。


04 | Ground - Ozunu Chill Mountain

セカンド・アルバム『Ozunu』からタイトル曲。一時期のデリック・カーターを思わせるファニーなアシッド・ハウス。アルバム前半の8曲は荒廃したレイヴからクラウドをクラブへ呼び戻したイギリス産のアシッド・ハウス・リヴァイヴァル(=アンダーワールドの原液)を現代に着地させたような曲が並び、“追湯” 以降の4曲はその限りではない広がりを感じさせる。前作『Sunizm』(https://www.ele-king.net/review/album/006580/)と比較して明らかにスキルが上昇しまくりで、軽妙洒脱な展開にどんどん引き込まれる。聴けば聴くほど……的な良さが全開。南大阪の言い伝えや伝承にインスパイされたアルバムらしいけれど、それは一体どんな内容なのだろう。役小角とは何か関係があるのだろうか。


05 | Advanced Audio Research - Klɪŋ(ɡ)ɒn Not On Label

ミラノのブレイクコア、ジョルジオ・ディ・サルヴォによるニューEP「High Resolution Music」から2曲目。アシッドでドロドロに溶けてしまった陽気なダブ・テクノ。昨年のセカンド・アルバム『Top Secret』もブレイクコアからはかなり逸脱していたけれど、もはやその残響すら散見できず、後半でビートを刻んでいることさえ奇跡に思えてくる。“Ghost In The Shelter” とかタイトルもすでに溶け始め、バカなものの向こうにホーリーなものが立ち上がってくる境地はなんとも赤塚不二夫っぽい。


06 | Haile - Stay High With You Not On Label

オレゴンのインディー・フォークからセカンド・アルバム『The Bedroom Album』の5曲目。インスタグラムには雪景色の投稿が多く、ダークで閉鎖的な曲調がそれにぴったりマッチしているなか、これはさらにじっくりと陰キャを満喫したアシッド・フォーク。完全にトリップしていて、どうやって録音しているのかナゾだけど、プロセッシングは一切おこなっていないというのが信じられないほどエフェクティヴなオーガニック・サウンドに仕上がっている。グルーパー “Soul eraser” が極悪ノイズに思えてくる柔らかさ(それは言い過ぎ)。


07 | Mori-Ra - Lyon Forest Jams

大阪からマサキ・モリタによるリエディットもののデビュー・アルバム『Japanese Breeze』から12曲目(タイトル通りアルバム全体はシティ・ポップをダンス化したニューディスコがメイン)。Dサイドの3曲は少しコンテンポラリーな感触が強いなか、エンディングにあたる “Lyon” は爽快なトロピカル・ムードがなんとも感動的。ツルンとしてシャキッとしながらメロウにまみれた質感がなかなかです。サンプリング元はすべて日本のもののようで……(なので資料ナシ)。


08 | Fausto Mercier - Overcorp Infinite Machine

ハンガリーのオウテカによるニューEP「I’m Too Sentient」から1曲目。昨年、リリースしたフル・アルバム『FULLSCREEN』とはまったく別次元の内容に驚きつつ、オウテカやエイフェックス・ツインがかつて発揮していた幼児性を存分に楽しませてくれる。ドリルンベースというよりマーチのリズムをとにかく細かく刻んだというか(フィボナッチ数列を応用したとか)。なんでこういうのって飽きないんだろう。メキシコのレーベルから。


extra | 山口百恵 - 夜へ… Sony

なんか、この夏はサイプレス・ヒルと山口百恵ばかり聴いてしまう。山口百恵が77年にレゲエをやっていたり、矢沢に負けじとバリー・ホワイトを取り入れてたのねといったことを再発見しつつバック・カタログをすべて聴いていて、ジャズ・ベースが印象的な “夜へ” が頭から離れなくなってしまった。当時は “夢の恋人” のような甘酸っぱいポップスの方が好みだったのに、いつのまにか趣味は変わっているもんだなと。

メシアTHEフライ - ele-king

 2006年、I-DeA や MSC 作品などへの客演を経て初のEP「湾岸 SEAWEED」を〈Libra〉から発表、2009年にファースト・アルバム『BLACK BOX』をリリースしたヒップホップ・ユニット、JUSWANNA(ちなみに「湾岸 SEAWEED」には、ISSUGI が 16FLIP として最初に世に発表したトラックが2曲含まれている)。
 その JUSWANNA のMCのひとり、メッセージ性の強いリリックで知られるメシアTHEフライが JUSWANNA 活動休止後にリリースしたソロ・アルバム『MESS - KING OF DOPE-』が、10年以上のときを経てついにアナログ化される。嬉しいことに、CDも同時にリイシューされるとのこと。LPのほうは完全限定生産なので、早めに予約しておこう。

JUSWANNAのブッ飛んだ救世主ことMESS a.k.a. メシアTHEフライが2010年にリリースした傑作ファースト・ソロ『MESS -KING OF DOPE-』が帯付き2枚組/完全限定プレスで待望のアナログ化! 同時に入手困難だったCDもリイシュー!

メッセージ性の強いパンチラインを最大の武器に独自のスタンスで常に斜め45度から世間を騒がす反逆者であり、MEGA-G、DJ MUTAとのユニット、JUSWANNAのブッ飛んだ救世主ことMESS a.k.a. メシアTHEフライ。そのJUSWANNAとして2006年に1st EP『湾岸 SEAWEED』、09年に1st Album『BLACK BOX』をリリースした後の10年5月にグループとしての活動を休止し、同年12月にファースト・ソロ『MESS -KING OF DOPE-』をリリース。サグライフでも、ハスリングライフでもない、実は一番ぶっ飛んだ「日常」の疑問をもう一度エグり返して出てきた問題作であり、メシアTHEフライが現実を色濃く模写した全13曲を収録した傑作中の傑作としてリリースから10年以上の時を経てもまったく色褪せることのないその『MESS -KING OF DOPE-』が帯付き2枚組/完全限定プレスで待望のアナログ化! 同時に入手困難だったCDもリイシュー!

[LP情報]
アーティスト: メシアTHEフライ
タイトル: MESS -KING OF DOPE-
レーベル: Libra Records / P-VINE, Inc.
発売日: 2021年12月2日(木)
仕様: 帯付き2枚組LP(完全限定生産)
品番: LIBPLP-001/2
定価: 4.950円(税抜4.500円)

[CD情報]
アーティスト: メシアTHEフライ
タイトル: MESS -KING OF DOPE-
レーベル: Libra Records / P-VINE, Inc.
発売日: 2021年9月15日(水)
仕様: CD
品番: LIBPCD-013
定価: 2.640円(税抜2.400円)

[LP:トラックリスト]
SIDE A
1. Intro
 Produced by DADDY VEDA a.k.a REBEL BEATZ
2. MESS
 Produced by DADDY VEDA a.k.a REBEL BEATZ
3. 東京 Discovery 3 feat. PRIMAL (MSC)
 Produced by HardTackle_66
SIDE B
1. 鉞-マサカリ-
 Produced by KAMIKAZE ATTACK
2. ビルヂング
 Produced by T.TANAKA
3. MONKEY BUSINESS feat. TAKUTO (JPC band)
 Produced by T.TANAKA
SIDE C
1. マンダラ
 Produced by I-DeA
2. POPS feat. 仙人掌 (MONJU)
 Produced by 16FLIP
3. 東口のロータリー
 Produced by DJ OLD FASHION
SIDE D
1. Skit
 Produced by KAMIKAZE ATTACK
2. No More Comics feat. BES (SWANKY SWIPE)
 Produced by DADDY VEDA a.k.a REBEL BEATZ
3. Wonderful World
 Produced by The Anticipation Illicit Tsuboi
4. Outro
 Produced by MUTA (JUSWANNA)

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