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近年アンダーグラウンドのエレクトロニック・ミュージック・シーンにおいてもっとも尖鋭的かつ批評的な実践を試みているのは、2015年にンキシ、エンジェル・ホ、チーノ・アモービの3人によって起ち上げられた〈NON〉だろう。世界じゅうに散らばったディアスポラを「ノン=非」という否定の形で繋ぎ合わせることによって新たな共同体の可能性を探るという彼らのコンセプトは、徐々に当初の「ブラック・ディアスポラ」から幅を広げ、今日ではより多彩なアーティストたちを招き入れるにいたっている。その横断性はたとえば今春リリースされた3部作『NON Worldwide Compilation Trilogy Volume 1 - 3』にも表れているが、そんな彼らの未来的なイメージの背後にはアフロフューチャリズムとドレクシアが横たわってもいる。そしてここへきて、そのコンセプトやバックグラウンドを一手に引き受けるかのような強烈な作品が現れた。
アフロドイチェことヘンリエッタ・スミス=ローラは、マンチェスターを拠点に活動しているプロデューサーである。彼女は上述の〈NON〉のコンピにも“I Know Not What I Do”というトラックを提供しているが、その活動は10年ほど前まで遡ることができる。彼女はなんと、かつて808ステイトのグラハム・マッセイが4人のオルガン奏者とともに結成したシスターズ・オブ・トランジスターズなるグループの一員だったのである(同グループは2009年に〈ディス・イズ・ミュージック〉からアルバム『At The Ferranti Institute』を発表している)。またそれとはべつに彼女は、同じくマッセイとともにサン・ラーのトリビュート・バンドにも参加している。
コーンウォールの隣に位置するデヴォンで育ったヘンリエッタは、マンチェスターへ移り住んだのち自身のアイデンティティを探りはじめ、音楽制作を開始したのだという。彼女の父親はガーナ人で、その先祖にはロシア人やドイツ人も混ざっているそうだ。「アフロドイチェ(アフロ=ジャーマン)」なるステージネームにはその複雑なルーツが織り込まれているわけだけど、そのようにディアスポリックな背景を持つ彼女が〈NON〉と接続したのはほとんど必然と言っていい(彼女は5月にNTSラジオにてンキシとともにパフォーマンスをおこなってもいる)。
そのアフロドイチェのデビュー・アルバムがこの『Break Before Make』だ。リリース元が〈スカム〉というのがまた象徴的で、これは〈ウォープ〉が今年再始動させたサブ・レーベルの〈アーコラ〉でンキシをフックアップしたことと対応している。つまり、かつてテクノ~エレクトロニカを牽引した大御所レーベルまでもが、いま〈NON〉の動きを無視できなくなっているということだ(ちなみに、彼女を〈スカム〉へ繋いだのはおそらくグラハム・マッセイだろう。彼はマソニックス名義で2006年に〈スカム〉から深海をテーマにしたアルバムをリリースしており、〈ビート〉から日本盤も発売されている)。
冒頭の冷ややかなシンセの響きから、アフロドイチェがドレクシアから多大な影響を受けていることがわかる。2曲目の“And!”は、昇降しながら反復するゲーム音楽のようなそのシンセ音をもって、はやくもこのアルバムのハイライトを提示している。5曲目“Now What”や7曲目“Blanket Ban”、あるいは先行公開された8曲目“Filandank”などに漂うSF感とダークネスは、かのデトロイトのデュオほど過激ではないものの、まず間違いなく彼らのサウンドに範をとったものだろう。
ドレクシアといえば、件の〈NON〉のコンピと同じころに〈ラッキミー〉からリリースされたスティーヴン・ジュリアンのLPにもその影響が色濃く滲み出ていたけれど、アフロドイチェのこのアルバムはそのようなドレクシア再評価の波を決定づける強度を具えている。
亡霊のように現代へと回帰してくるドレクシア、深化と拡張を続ける〈NON〉、その背後に横たわるアフロフューチャリズムという想像力――それらの交錯に関しては紙エレ最新号で濃厚な特集を組んでいるので、ぜひそちらをご一読いただきたいが、この『Break Before Make』はまさにその三者の結節を見事に体現しているという点において、いまもっとも注目すべき1枚と言える。
小林拓音