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V.A.(MANMADE SCIENCE FT. JOHN THROWER, SOULPHICTION, PHLEGMATIC...)
Motorsoul Vol. 1
PHILPOT / GER / 2009/12/26
»COMMENT GET MUSIC
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『100%RAP』は怠け者による最高のサウンドトラックである
アルバム・チャートを作るのが楽しくて、ハマってしまった。CDを部屋中から集め、サンプル盤しかないものは新宿のタワレコに買いに行き、ついでにUSのヒップホップやR&Bを中心に結構な枚数を新しく手に入れた。そして、帰省していた年末年始を挟んで、昨年末から今まで聴きまくっている。僕は2009年も相変わらず日本のヒップホップをメインに追い続けたが、総合的にこのジャンルは1年を通して刺激的であり続けた。世の中の不安定な情勢をまるでエネルギーにするかのように、凋落するこの国の経済と反比例するかのように、進化を続けた。いまこの音楽を聴かないと何年か先に間違いなく後悔することになるだろう。もちろんすべてを完璧に追えているわけではないし、僕にも好き嫌いは当然ある。ただ、時間と気持ちとお金に多少でも余裕があれば、気になったものを聴いておいて損はない。
おそらく北米のインディ・ロック・シーンがそうであるように、ムーヴメントとしての面白さが現在の日本のヒップホップ・シーンにはあるのだろう。00年代後半、特に2009年の成熟ぶりには特筆すべきものがあった。それについてはこれから語ろう。ただ言っておくと、それは「最先端」とか、そういう言葉に納まる類のものではない。そんなスノビズムを拒絶するような泥にまみれながら輝く文化としてある。日本のヒップホップ/日本語ラップの魅力は、音と言葉で時代の変化や現実を克明に生々しく伝えるメディアとして機能している点にもある。だから、この国においてマイナーなジャンルであることに悲観することはないし、セールスとか、数値では計れない次元で目の醒めるような音楽的独創性と鋭い社会批評性を保っているこの文化に携わる人間には自信を持って堂々としていて欲しい。
批評家の矢部史郎は00年代初頭に言った。「マイナーを滅ぼすことはできない」と。そもそもこの国の経済そのものがガタガタなのだし、じたばたしてもはじまらない。SEEDAのリリックを引用するならば、「WE FUCKIN MAJOR インディーズだがメジャー WE DA OFFICIAL FUCKIN MAJOR」("Get That Job Done")ということになるのだろう。僕らは2009年も素晴らしい音楽とちゃんと出会えている。産業について考えることも大事だけれど、音楽を語る言葉を豊かにして、小さな蠢きをひとつの文化として活性化させることの方がよっぽど意味のあることだ。
さて、前置きが長くなったが、僕はアルバム・チャートの1位に鎮座DOPENESSのファースト・ソロ・アルバム『100%RAP』を選んだ。このユーモアたっぷりの43分あまりのアルバムをトップにすることにまったく迷いはなかった。ジェイ・Zの『ザ・ブループリント3』を押さえての1位というのにも意味がある。もちろん賛否両論はあるだろうが、これはひとつのメッセージだ。たしかに『ザ・ブループリント3』は圧倒的だし、これぞヒップホップといった、エネルギッシュなアルバムだ。音は古くて新しく、ヴィヴィッドな時代性があり、しかもグローバルに波及するパワーがある。それでも僕は、鎮座DOPENESSの、植木等のスーダラな楽天性をこの時代に引っ張り出してきた嗅覚と、ファンキーでソウルフルなラップ、この国でしか生まれ得ない素晴らしく雑食的な感性――ダンスホール、ファンク、ソウル、フォーク、歌謡曲から忌野清志郎まで――を支持したい。鎮座DOPENESSの世界観をうまく捉えた菱沼彩子のキュートなイラストもとても良かった。『ザ・ブループリント3』がオバマ大統領就任に胸躍らせるアフリカン・アメリカンによるヒップホップだとしたら(冒頭の"WHAY WE TALIKIN` ABOUT"を聴いて欲しい)、『100%RAP』は政権交代以降、いまや一国のトップさえ経済成長に疑問を呈する国の怠け者による最高のサウンドトラックと言える。ボブ・マーリー風に言えば、「EVERYTHING IT`S GONNA BE ARLIGHT」という感じか。朝寝坊と電話で上司に遅刻の言い訳をする"朝起きて君は..."を聴くと、自分の苦い過去を思い出しつつ、笑ってしまう。こういう可笑しみのあるストーリーを書けるのも鎮座DOPENESのオリジナリティだ。
[[SplitPage]]アメリカでは、ドレイク、キッド・カディ、ワーレイはギャングスタ・ラップを更新する新たな時代のスター(3人は、昨年、米『GQ』誌の「Gangsta Killers」という記事でフィーチャーされた)としても注目を集めている。鎮座DOPENESS、PSG、S.L.A.C.K.(PSGのメンバー。ラッパー/トラックメイカー)の登場はその動向との奇妙なシンクロニシティがあって、00年代、この国のアンダーグラウンドで市民権を得た、上昇志向をキーワードとする所謂ハスリング・ラップ/ハードコア・ラップとは別の流れを今後生み出す契機に間違いなくなるだろう。昨年末、鎮座DOPENESSが、MSCの所属するレーベル〈Libra〉が主催するフリースタイル・バトルの全国大会〈UMB〉で優勝したのもその予兆と言えるかもしれない。
マクロに視れば、今の日本(あるいは諸外国)はアメリカの金融危機の余波による不況といった景気循環のひとつの局面ではなく、資本主義というシステムが再考されるべきレヴェルに達していると言う学者もいるぐらいで、事実、自分たちのライフスタイルを根本的に変えないと生き残れない時代に突入しているとの実感をヒシヒシ肌で感じている。実際、昨年末、アメリカで黒人若年層の失業率が34.5%に達したというニュースが報じられた。日本はまだそこまで絶望的な状況ではないけれど、頭ではわかっていても、いつまでも右肩上がり幻想が体から抜けない人はこれから生き残るのは難しいだろう。元々のこの国のありように何の期待もしていなかった(社会に無関心というわけではない)僕は逆に気楽な気持ちでいる。むしろ期待に満ちている。鎮座DOPENESS、PSG、S.L.A.C.K.の低空飛行は、そんな気分にしっくりくるものがある。彼らへの期待も高まるというものだ。
PSGのデビュー・アルバム『DAVID』と、弱冠22歳のS.L.A.C.K.のセカンド・アルバム『WHALABOUT』は、本当にわくわくしながら聴いた。S.L.A.C.K. の甘いソウルの感性やトリッキーなビートは、スラム・ヴィレッジやマッドリブを彷彿とさせるが、団塊の世代や大人に毒づく"ANOTHER LONELY DAY"のドキッとするような物言いはパンキッシュですらある。これは僕の今年の1曲だ。まったく末恐ろしい若者が登場したものだ。『David』に破壊力のあるミキシングやマスタリングが施されればもっと良かったと言う人の意見には賛同するけど、とはいえ彼らのユニークなアイディアやSF的発想力には目を見張るものがある。また、ヒップホップ、ハードコア、レゲエが衝突するCIA ZOOのラッパー/トラックメイカー、TONOのファースト・ソロ『TONO SAPIENS』の、カッコ良い! という言葉が思わず口からついて出てくるような疾走感には痺れた。スピードという点においては、トゥー・フィンガーズと同じぐらいの速さがあっただろう。彼ら新世代のアクトは、前時代的な所謂海外コンプレックスを独自のやり方で克服しようとしているように見える。そんな彼らの試みはまだ過程にあるものの、邦楽や日本文化への偏重から来る閉塞とは明らかに別の次元で鳴っている。
[[SplitPage]]他にもいろいろあった。DJ BAKUによる日本語ラップ・オムニバス『THE 12JAPS』には強い変革の意志を感じたし、KILLER-BONG(K-BOMB)の日々の実験と奔放なサンプリング・センスの成果をまとめた『LOST TAPES』には相変わらず輝くものがあった。年末におこなわれた、K-BOMBが所属するTHINK TANKの、ダブやフリー・ジャズの感性をヒップホップ・ライヴに落とし込んだタイトな復活ライヴには興奮したが、あの黒く狂った息吹はより多くの人の耳に吸い込まれていくことだろう。(今年のイヴェントだが)先週末、プライヴェートのこんがらがった日々から来るであろう痛々しさと力強さを剥き出しにしたRUMIの『HELL ME NATION』の告白的なリリース・ライヴから目を逸らすことができなかった。RUMIの、女性の加齢について大胆に切り込むラップは特別なものだ。あんな風に女性が肌の小皺と弛み(!)について歌う姿を僕は他で聴いたことがない。マッチョ男を縮み上がらせる、あの勇気にはマジで恐れ入る。応援するな、という方が無理な話だ。
ぶっちゃけて言うと、最近なんとなく気づいたのだけど、僕は00年代に一度、音楽が「必要ない」生活を知らず知らずのうちに送っていたのだと思う。曲がりなりにも音楽ライターという肩書きの人間が何を言っているんだと思われる方もいるだろうが、当たり前の話、音楽を追いかけるよりも優先しなければならないことや不意に訪れるアクシデントや熱狂が時に人生には起こるし、だからこそ音楽を強く欲することもできる。さらに言えば、つまらない「ミュージック・ラヴァー」とか「音楽ファン」には絶対になるものかという妙に捻くれた気持ちと既存の窮屈なシーンなるものへの違和感から生じた性急な音楽への愛の表現は、町中で大騒ぎしたり、踊りまくるエネルギーへと変換されていたのだ。まあそこには政治的な動機やもっと様々なモチヴェーションがあったのだけど、細かいことは原稿のテーマとずれるので書かない。今でもそんな一方的な音楽へのむちゃくちゃな想いは心の底にあるものの、ここ1、2年、もう少し素直に音楽ファンとしての気持ちを大事にしようと思えるようになった。
だからというわけではないが、2009年はここ数年でいちばんCDを買った年だった。他の年と比較してもダントツに買った。メジャー/インディともに面白いものがたくさんあった。配信への移行が進み、CDが売れないと言われる時代に逆行するようにレコード屋によく出かけた。CD/レコード文化を守ろうとかいう大それた使命感などはないが、前よりCDを買う経済的余裕が出てきて(たいした余裕じゃないけど。2、3年前はあの経済状況でよく生活できてたなぁ)、しかもこれまで以上に音楽を聴くのが楽しかった。単純に音を求めていたし、新譜を聴くことに喜びを感じていた。
[[SplitPage]] 正月の帰省中、高校時代にレディオヘッドやニルヴァーナのコピーまでしていた結婚間近の地元の男友達が、婚約者の運転する車の中で流行りのアイドル・グループの曲を「セクシーだよねー」と何気なくかけていて、音楽との付き合い方も変わるものだなと思ったのだけど、それが良い悪いとかじゃなくて、彼との関係も含め、あぁ、お互い随分変わったなと感慨深かった。僕が生きている社会と彼の社会はまったく別のところにあるという当然の事実を、ブラコン歌謡風の軽快なダンス・チューンを車内で聴きながら感じていた。突き詰めれば、そういう距離感や現実認識の中で僕は音楽について考えている。
そこでKREVAの『心臓』は、このチャートの中で唯一あの車の中で鳴っていても違和感なく聴けたはずだなと思った。『心臓』は絶妙なバランス感覚を有していて、密室的なラヴ・ソング集としても、ある意味ブラコン歌謡の最新形としても、R&B寄りのヒップホップ・アルバムとしても聴ける。つまり、大衆音楽として強度のあるアルバムだ。去年、家で繰り返し聴いた1枚だ。他方、KREVAが参照したのと同じUSアーバン・ミュージックやスタジアム・ロックばりの派手なギターを消化してオリジナルなサウンドを作り上げたSEEDAの通算7枚目のアルバム『SEEDA』は、自民党と民主党の固有名を挙げてストレートな政治批判を展開する "DEAR JAPAN"がいい例だが、SEEDAの内省と外(社会)に向かう気迫が融合したアヴァン・ポップな作品だった。騒々しく飛び交うシンセ音には圧倒されっぱなしだったが、今にも安室奈美恵がセクシーに歌いだしそうな"FASHION"のキャッチーさにもやられた。どちらが知名度の意味でポピュラーかと言えば、もちろんKREVAだが、どちらにポップ・ミュージックとしての突破力を感じるかと言えば、僕はSEEDAに軍配を上げたい。
S.L.A.C.K.やKREVAやSEEDAらのメロウでスウィートなテイストを持った楽曲はソフトな耳ざわりと裏腹に挑戦的な試みでもある。年末、オリコン・デイリーチャートで最高5位を記録したSEEDAの復活シングル「WISDOM」はその路線におけるひとつの結実だろう。シングルでは、七尾旅人とやけのはらの甘く切ない「ROLLIN` ROLLIN`」も最高だった。00年代中盤、MSCやSEEDAがファッション化していたストリートという概念に対抗的で野性的なニュアンスを注入して、ストリート・ミュージックとしてのヒップホップを再定義して以降の次なる展開の予感さえ感じる。昔はストリートなんて言葉は白々しくて使いたくなかったけど、彼らの出現以降、その言葉を使うことにそこまで躊躇しなくなった自分に今さらながら気づいたりもした。
まだまだ書きたいこと、突っ込むべきことは山ほどあるが、時間切れ。ムーヴメントと言うにはまったくてんでばらばらなこのシーンが10年代に果たしてどんな展開をみせるかは予測がつかないが、僕はアンビバレンツな、一筋縄では行かない気持ちを抱きながら、この国の大きな情勢から見れば、ほんの小さい、マイナーなムーヴメントをいまはどこまでも肯定しよう。それは去年1年間で熟成された気持ちで、2008年までは言えなかったことだ。2010年も刺激的な年になるに違いない。
■Top 20 Hip Hop albums of 2009 by Shin Futatsugi
1. 鎮座DOPENESS/100%Rap(W+K東京LAB /EMI)
2. Jay-Z/The Blueprint 3(Roc Nation/ユニバーサル)
3. PSG/David(ファイルレコード)
4. Seeda/Seeda(Concrete Green)
5. S.L.A.C.K./Whalabout(Dogear Records)
6. Drake/So Far Gone(October's Very Own)(mixtape)
7. Kid Cudi/Man On The Moon:The End Of Day(G.O.O.D/ユニバーサル)
8. Tono/Tono Sapiens(CIA REC)
9. Two Fingers/Two Fingers(Big Dada/Paper Bag Records)
10. Rumi/Hell Me Nation(Popgroup)
11. Mos Def/The Ecstatic(Downtown/Hostess)
12. ECD/天国よりマシなパンの耳(Pヴァイン)
13. Killer Bong/Lost Tapes(Blacksmoker)
14. Skyfish/Raw Price Music(Popgroup)
15. Shafiq Husayn/Shafiq` En A-Free-Ka(Rapster)
16. Keri Hilson/In A Perfect World...(Mosley/Interscope/ユニバーサル)
17. Kreva/心臓(ポニーキャニオン)
18. DJ Baku/The 12Japs(Popgroup)
19. Killa Turner/B.D.&Roverta Crack/Nipps/the sexorcist presents Black Rain(Tarpit Records)
20. Raekwon/Only Built 4 Cuban Linx... Pt.2(Ice H2O/EMI)
次点
The-Dream/Love VS. Money(Def Jam/ユニバーサル)
Wale/Attention Deficit(Interscope/Allido)
Rihana/Rated R(Def Jam/ユニバーサル)
Pitbull/Rebelution(RCA/Jive)
Ghostface Killah/Ghostdini Wizard Of Poetry In Emerald City(Def Jam)
Common/Universal Mind Control(Geffen/ユニバーサル)
Dudly Perkins/Holy Smokes(SomeOthaShip/E1)
スチャダラパー / 11(エイベックス)
Issugi/Thursday(Dogear Records)
O2/Stay True(Libra)
鬼 /獄窓(赤落PRODCUTION)
Juswanna/Black Box(Libra)
SD Junksta/Across Tha Gami River(Yukichi Records)
V.A/Chocolate Factory#2(Ing Records)
Zen-La-Rock/The Night Of Art(Awdr/Lr2)
般若/Hanya(昭和レコード)
サイプレス上野とロベルト吉野/Wonder Wheel(Almond Eyes/Pヴァイン)
整合性というのはつねづね僕のテーマのひとつである。が、気が変わるのは人間の性分であるし、だいたい雑誌というのはせっかちだ。2009年のベストを選ぶのに、早いところでは11月前半にその締め切りを言い渡される。12月初旬に売られるからだ。だから下手したら最後の2ヶ月はその年から除外されることになる。2ヶ月もあれば、人間、恋に落ちることもあるだろうし、死にたくなることだってある。運命を変えるには充分な時間だ。こういうとき、webは良い。本当に年末になって、それを書くことができるのだから。
2009年は自分にとって、僕の長いようで短い人生の平均値を基準に考えた場合、ずば抜けて最低レヴェルの経験をするという忘れがたい年となった。非常ベルは鳴りだし、事態は臨界点に達した。デヴィッド・クローネンバーグの映画に放り出され、未知の絶望を感じするほか術がなかった。事態が信じられなかった......なんて惨めな! ときに自虐的で、まるで『地獄の季節』の最初の10ページのような呪いに満ちた茫洋たる暗黒大陸においても、僕にとって幸いだったのは、信じるに値する友人知人が何人もいたことだった。ありがたいことだ。
いまこれを書きながら、僕はイギリスのプロト・パンク・バンドとして知られるザ・デヴィアンツのリーダーであり、『NME』の名物ライターでもあったミック・ファレンの著書『アナキストに煙草を』を読んでいる。ちなみにこの素晴らしい本を、こともあろうかこのご時世に刊行している「メディア総合研究所」は、他にもここ数年、『アメリカン・ハードコア』や『ブラック・メタルの血塗られた歴史』といったとんでもなく喜ばしい本を出している。このように、政権が代わっても思ったよりアッパーにはならない世のなかにおいて、貴重な光を届けてくれている稀な出版社だ。で、そう、60年代のカウンター・カルチャーから70年代のパンクにいたるまでの現場感覚に満ちたその『アナキストに煙草を』読みながら、僕はどこの国においてもいつでも同じことは同じなのだなと確認したことがある。そのひとつ、60年代の回想の下りだ。「特筆すべきは、我々全員の頭の中を独占していたひとつのこと、すなわち自分の人生がこれからどうなっていくのか、何が起こるのか、そういう類のことはほとんど話題に上がらなかったことである。地球の未来について語ることはあったかもしれないが、自分個人の未来について話すことはめったになかった。この点において我々は、十年以上経って出現するパンクと似ていた」(赤川夕起子訳)
まったく......僕のまわりにいる連中はたいがいそうだ。個人の人生の未来など、考えていないわけではないだろうが、まず語らない。それがゆえに勝ち負け社会の確固たる敗者として生きているのかもしれない。我々は結局のところ「政治理論などほとんどどうでもよかった。それが我々の魅力であり同時に没落した原因」(前掲同)だった。
しかし......、ところが僕はこの夏、自分の将来――といっても半年後だが――についていろいろ考えた。せこい未来だけれど、事態は思ったより深刻だった。さすがに考えざる得なかった。ど、ど、ど、どうしようか? と妻に訊いた。し、し、静岡に帰ろうかな? 僕は焼き鳥を焼いている自分を想像した。臆病な僕はしばらく妻の顔を直視できなかった。が、妻は、考えてみれば僕のようなデタラメな人間と結婚するくらいであるから、それなりの覚悟はできていたのかもしれない。まあ、そんなわけで、ずーっと家にいるようになって肩身の狭い思いをすることはなかったけれど、とりあえずできる仕事はぜんぶした。5歳の息子は「なんで仕事いかないの?」と訊いたが、「これが仕事だ」と言った。
河出書房新社の阿部さんのおかげで1冊の本を作ることもできた。三田格、松村正人、磯部凉、二木信というひと癖もふた癖もあるライターと一緒に作った『ゼロ年代の音楽――壊れた十年』という本だ。「壊れているのはお前だろ!」と言われそうだが、それはまったくその通りで、しかしそうした個人の属性とはまた別の次元で、我々はこのゼロ年代の音楽ついて語り、書いた。150枚のアルバムも丁寧に紹介した。僕は編集者としてバランスを整えようと努めたが、結局はいくぶん偏ってしまった。それは二木信がネプチューンズやミッシー・エリオット他3枚のレヴューを辞退したからではなく、まあ著者全員が偏執的といえばそうだし、言い訳すればそもそも時代がそういう時代である(断片化されている)、と僕はその本のなかで解説した。欠点もあるが、それを補うほどの長所もある本が完成した(1月末に刊行します!)。
つまりそんな事情もあって、僕は12月のある時間を集中的に、ゼロ年代というディケイドについて頭を使い、スケジュール管理に神経をすり減らしていたので、クリスマスのこの時期、正直言えば2009年という1年についていまさら強い気持ちがあるわけではない。たしかに2ヶ月前まではあった。が、いまはもう薄れてしまったのだ。
僕は11月上旬に『EYESCREAM』誌でまずそれをやって、半ば過ぎに『CROSSBEAT』誌でアンケートに答え、続いて『SNOOZER』誌の特集に参加した。ところがこの2ヶ月は年末ということもあってやけにバタバタしていた。清水エスパルスは悪夢の5連敗を喫して、坂道をゴロゴロ転がった。僕はそれにいちいち打ちひしがれている暇もなく、原稿を書いて書きまくって、そして音楽を聴いていた。
10月30日にユニットでiLLのライヴを見終わった後そのままクワトロで湯浅湾のライヴに行って、11月に入って2本のトークショーをこなし、静岡でDJ(もどき)をやって、七尾旅人のライヴに行って、新宿タワーレコードでXXXレジデンツの発売記念トークショーを宇川直宏とやった。12月は〈ギャラリー〉に踊りに行って、中原昌也のライヴに行って、で、その数週間後に毛利嘉孝の司会で中原昌也と東京芸大で話した。そしてそれから......久しぶりに"締め切り"という名の絶対的概念に苦しめられた。もちろんこの2ヶ月、僕はこの「ele-king」に情熱を注ぎつつ、と同時に、いま平行して作っているアーサー・ラッセルの伝記本の編集もしている(これがまた面白いのよ)。ここに記したすべてが僕にとって刺激的で、思考の契機となる。
そしてこの数ヶ月というもの、僕は自分でも信じられない量の音楽を聴いている。まだ文字にしていないものを含めると自分の限界まで挑戦したと言っていい。寝ている時間と人と会っている時間以外は、ほとんど聴いていた。僕の長いようで短い人生の平均値を基準に考えた場合、ずば抜けて最高レヴェルの密度だろう。もうそうなると、2009年を回想することなど、ホントにどうでもよくなってくる。
せっかくなので、いくつか気になったことを書き留めておく。2009年の最高の曲のひとつは七尾旅人+やけのはらによる"Rollin' Rollin'"だ。奇しくも、東京NO1ソウルセットとハルカリが90年代のバブルな感覚を懐かしむように"今夜はブギーバック"をカヴァーするかたわらで、"Rollin' Rollin'"は"現在"を表現した。この曲の良さは水越真紀さんがレヴューで書いている通りだと思う。つまりこれは、この10年、バブルな思いとは無縁だった世代の素晴らしい経験が凝縮されたアーバン・ソウルだ。
RUMIの3枚目の『HELL ME NATION 』もこの2ヶ月で好きになったアルバムだ。彼女は、このハードタイム(厳しい時代)を生きる女性のひとりとしてのリアリズムを追求する。30歳という自分の年齢まで歌詞にしながら、彼女の意気揚々とした姿はこの国の女性アーティストたちが手を付けてこなかった領域に踏み入れているように思える。とても元気づけられる作品だ。もしクレームを入れるとしたらジャケのアートワークだけ。それ以外はほぼパーフェクトだ。ラップものでは、他にも何枚か素晴らしいアルバムに出会えた。『EYESCREAM』にも書いたが、S.L.A.C.K.は最高だ。言葉も音も良い。そこには不良少年の毒と清々しさの両方がある。2009年に彼は発表した2枚、『MY SPACE』と『WHALABOUT』はどちらとも良い作品だ。出勤や登校で異様なテンションを発する朝の駅に、遊び疲れた身体を引きずりながら友だちや恋人と一緒にいた経験がある人ならこの音楽を身近に感じるだろう。疎外者たちのメランコリアだ。ファンキーという点ではTONO SAPIENSが良かった。嗅覚の鋭い連中が集まる下高井戸のトラスムンドやSFPの今里君、あるいは磯部涼が絶賛するSTICKYはまだ聴いていない。
SFPも、4曲だが新録を発表した。リリース元の〈Felicity〉は、もともとはポリスターでフリッパーズ・ギターやコーネリアス、〈トラットリア〉をやっていた櫻木景という人物だ。例の「Rollin' Rollin'」も〈Felicity〉からのリリースで、いわば90年代前半の渋谷系に思い切り関与していた人間がいまこうして七尾旅人やSFPを出しているところが"いまの時代"を物語っていると言えよう。
とまれ。僕は、いまこの日本にはふたりの強力なパンクがいることを知っている。真の意味での反逆者と言ってもいいし、彼らはこの国の"自由"の境界線を探り当てているという点においてパンクなのだ。そのひとりは中原昌也。彼はいわば、映画『If...』のマイケル・マクドウェルで、グレアム・グリーンが『ブライトン・ロック』で描いた17歳のピンキーだ。いずれ校舎の屋根に上って散弾銃をぶっ放すかもしれない。そしてもうひとりがSFPの今里。SFPの「Cut Your Throut」は興味深い作品で、ここがイギリスなら〈リフレックス〉や〈プラネット・ミュー〉から出ていてもおかしくない。SFPのハードコアは、いまとなっては誰もが思い描けるようなハードコア・サウンドで統一されていない。ポスト・モダン的にスキゾフレニックに展開されている。「Cut Your Throut」にはラウンジとサイケデリックとノイズコアが同居しているが、そういう意味でSFPはこのシングルで新しい領域に踏み入れたと言える。当たり前だがハードコアやパンクとは様式(スタイル)ではない。サム・ペキンパーの『ワイルド・バンチ』もまたハードコアであるように。
電気グルーヴが彼らの20周年を祝うアルバムを発表したのも2009年だった。これを書いているたったいま(12月25日)も、僕の5歳になる息子は電気グルーヴの「ガリガリ君」を聴いている。僕が奨励したわけではない。能動的に、しかも繰り返し何度もだ。「2番がちょっと恐いんだよね」と感想を言っている。ちなみに「2番」とはオリジナルの次に入っている別ヴァージョンのこと。まあ、電気グルーヴにしてもクラフトワークにしても、何が素晴らしいかと言えば、あの罪深きトランス性によって3歳児から40歳児までをも興奮させるところだ。この年代になってわかることだが、それはエレクトロニック・ミュージックの"強み"のひとつだ。石野卓球からは、90年代に彼が体現した危うさはなくなってしまったけれど(誰も彼を責められない、あのまま突っ走っしることなんか誰にもできない)、彼の芸は円熟の領域に入ろうとしている。『20』を聴きながら、僕はそう思った。
2010年にはマッシヴ・アタックの5枚目のオリジナル・アルバムが待っている。ヴァンパイア・ウィークエンドのセカンドも控えている。自分たちがいまどの方向性を選べばいいのか理解しているという意味において、どちらも良い内容だった。時代の空気は変わろうとしている。日本の音楽も面白い方向に転がっていくかもしれない。
■Top 25 Albums of 2009 by Noda
1. Atlas Sound / Logos(Kranky/Hostess)
アニコレがビーチ・ボーイズならこちらはビートルズ。毒の詰まったポップ。
2. S.L.A.C.K. / Whalabout(Dogear Records)
21世紀の薬草学におけるビートと日常生活のささやかな夢。
3. Girls / Album(Fantasy Traschcan/Yoshimoto R and C)
素晴らしきバック・トゥ・ベーシック。ここにも夢と星がある。
4. Volcano Choir / Unmap(Jagjaguwar/Contrarede)
ポスト・ロック時代の山小屋のロバート・ワイヤットといった感じ。
5. Major Lazer/Guns Don't Kill People...Lazers Do(V2 /Hostess)
ダンスホールにおけるスラップスティック。
6. Animal Collective / Merriweather Post Pavilion(Domino/ Hostess)
サイケデリック・ポップとエレクトロニカの華麗な融合。
7. The XX / XX(Young Turks/Hostess)
アリーヤとヤング・マーブル・ジャイアンツとの出会い。
8. V.A. / 5 Years Of Hyperdub(Hyperdub/Ultra Vibe)
アンダーグラウンド・サウンドにおける最高のショーケース。
9. Mortz Voon Oswald Trio / Vertical Ascent(Honest Jon/P-Vine)
『ゼロ・セット』から26年。1曲目を聴くだけで充分。
10. Grizzly Bear / Veckatimest(Warp /Beat)
ポール・サイモンが『キッドA』をやった感じ。"Two Weeks"は最高。
11. Micachu / Jewellery(Accidental / Warnner Music Japan)
批評精神に満ちたポスト・モダン・ポップのレフトフィールド。
12. Flying Lotus / L.A. EP CD(Warp/Beat)
レフトフィールド・サウンドにおける期待の星。
13. Rumi / Hell Me Nation(Pop Group)
リアリズムと世俗的だが素晴らしいファンクネス。
14. Bibio /Ambivalence Avenue(Warp/Beat)
エクスペリメンタル・ヒップホップの甘い叙情詩。
15 鎮座DOPENESS / 100% RAP(W+K東京LAB /EMI)
植木等とラップとダンスホールの出会い。
16. Moody /Anotha Black Sunday(KDJ)
アンダーグラウンド・ブラック・ジャズ・ファンク・ハウスの底力。
17. Dominic Martin / The Annual Collection(BeatFreak Recordings)
ジャングルの知性派によるエレクトロニカ・ポップ。
18. Toddla T/Skanky Skanky(1965)
モンティ・パイソンによるダンスホールといった感じ。
19. Speech Debelle / Speech Theory(Big Dada/ Beat)
取材してがっかりしたが、良いアルバムだと思う。
20. Fuck Buttons / Tarot Sport(ATP/Hostess)
スタイリッシュかつダンサブルに変貌。次作で化けるでしょう。
21. Dirty Projectors / Bitte Orca(Domino / Hostess)
NYのアート・ロックのお手本のような1枚。
22. Antony and the Johnsons / The Crying Light
(Secretly Canadian / P-Vine)
現代のディープ・ソウル。EPのみの"Crazy In Love"も最高。
23. 2562 / Umbalance(Tectonic /AWDR/LR2 )
ダブステップにおけるフューチャー・ファンク。
24. Juan Maclean / The Future Will Come(DAF / P-Vine)
ヒューマン・リーグ・リヴァイヴァルを象徴する作品。
25. Beak> / Beak (Invada /Hostess)
ポーティスヘッドによるクラウトロック賛歌。
いよいよゼロ年代も終わろうとしてる。あっという間すぎて、とりとめがなさすぎて、消化しきれてないこの10年。その様相をギュッと凝縮したようにまったくもってカオスで行く末もなにも不明瞭だった今年。いろいろ話していく中で"テクノはNGワード"というショッキングなトピックすら出てきたが、こうなったら行くとこまで行ってしまえという思いも湧いてきたのだった。
そもそも40すぎのおっさん一個人が体験できることなんてたかが知れてるし、「それで総括なんてちょっとおこがましいだろ」わたしの中のガイアがそう囁く。実は去年も某ではなく亡R誌の総括企画でいろいろ違う立場、違う世代のひとたちと語らって結構収穫があったのを思い出し、さっそく身近で現場にいちばん近いひとたちに声をかけた。ひとりは〈ageHa〉で積極的に旬のアーティストを招聘し、日本のDJたちもバシバシ登用してるパーティ〈CRASH〉のオーガナイザーの荒木くん、もうひとりは貴重なアナログを試聴して買える店舗として渋谷でがんばっている〈Technique〉のテクノ担当バイヤー佐藤くん。ふたりとも、それぞれの視点でなかなか外からは見えないことを語ってくれた。その貴重な発言を織り交ぜながら、09年を振り返ろう。
今年意外だったリヴァイヴァル現象のひとつは、ハード・テクノが復活の兆しを見せたこと。ちょっと前までは"最も需要のないジャンル"とまで言われたハードテクノ/ミニマルが、息を吹き返した。
「自分がテクノを好きになるきっかけのアーティストのひとりで、ルーク・スレイターは毎年呼んでるんですけど、今年はPlanetary名義のアルバムも出て、ヨーロッパでも評判が良くて調子も戻ってきてるって話を聞いて、すごい嬉しかったですね。一時低迷してる感じもあったでしょう。実際好調だっていうのを反映するように、DJプレイ自体すごく良かったし。このあいだ〈Drumcode〉のパーティで来たAdam Beyerもハードだったけどテクノ! って感じのプレイで、燃えました」(荒木)
ベルリンで"世界一"との称号を得るクラブ〈Berghain〉が核となったこの動き、ルークのPlanetary Assault Systems名義のアルバム『Temporary Suspension』 が〈Berghain〉の運営するレーベル、〈Ostgut Ton〉からリリースされ、またWIRE09のハイライトになったLen Fakiが同クラブの公式盤としてリリースしたミックスCDも素晴らしかった。両者とも、クリック~ミニマルの流れは意識しつつも、図太いキックを響かせハードなサウンドの復活を象徴していた。
「レーベルだと〈Blueprint〉とか〈Downwards〉が復活して、リイシューも含めると結構な数がリリースされる状況です。硬質なテクノはきてますね。ただ、シーンがハウス的なものばかりになってしまった反動で、30歳前後のかつてのハード・ミニマルの隆盛を知ってる層がまた聴きだしたという印象で、若いひとが新鮮に感じてるということはないんじゃないかなぁ。このあいだのSurgeonのDJでもフロアの年齢層高かったし」(佐藤)
昨年のリーマン・ショック以降の世界恐慌一歩手前という経済状況は、もちろんクラブ/音楽業界にも寒風を吹かせた。特に欧州では意識変革や時流とも相まってアナログ盤のセールスの激減という事態に結びつく。Native InstrumentsのDJ用ソフト開発に関わっている人物によると、ドイツでのヴァイナルの販売数は今年1/3にまで落ち込んだそうだ。しかし、日本の状況はどうかというと、意外に市場全体の規模としては急激に縮小してるわけではないという。
「レーベルだと〈Cadenza〉、もしくはリカルド(・ヴィラロボス)絡みのものだと、100~200枚売れることもありますが、それが最大。昔はウチだけで数百なんてよくある数字だったんですけどね。普通のものは10~30枚とかですよ。ただリリースの数がものすごく増えて、だから全体としてはそこまでセールスが落ち込んでない。ドイツのディストリビューターのひとと話したら、やはり多くのレーベルがアナログは全世界で300枚くらいしか売れないと言ってますね。そうなると日本はマーケットとしてすごくでかいし、次の展開としてアジアをどうにかしようと考えてるみたいです。ただ、そこまでプレス枚数が減ると値段上げて売り切りでもペイできないだろうし、DJとしてブッキング増やすためのプロモーション・ツールになってきてる」(佐藤)
実際のところアナログ盤を買うというのは、ある種の贅沢行為もしくは奇特な趣味になりつつあるのかもしれない。今年はまったく面識ない若い子と一緒にDJする機会が何度かあったけど、PCかCD-Rでやってるケースが大半で、ターンテーブルはもう物置場と化してるわ、カートリッジもついてないわ、隅のほうに縦置きされてるわで、なんとも悲しいブースだった。もっと名の知れたメジャーな箱でプレイしてるDJたちにしても最近は「アナログ使いますか?」と事前に確認されるとか、そうでなくてもデジタル・ソースで良く聞こえるようにPAが調整されていてアナログだとイマイチというケースも増えているそうだ。そして、11月末にはついにオーストラリア発で「パナソニックがテクニクスのターンテーブルの生産を中止する!」という噂までネット中を駆け巡り大騒ぎになった。ひとまずそれはガセと否定されたが、いつそんな状況になってもおかしくない、というのが現実か。
09年の最大のフロアヒットがリカルドのレーベル〈Sei Es Drum〉から出たRebootの"Caminando"もしくはルシアーノが半年以上かけてプッシュし続けたMichel Cleis"La Mezcla"であることは疑いないだろう。両方とも、フォルクローレ・ミニマルという今年の一大潮流となったトレンドを規定するような仕上がりで、実際南米の楽曲をもろにサンプルしたトラックだが、目の付け所やループの組み方など絶妙でまさに時代にフィットした感があった。リカルドは現在もアナログ・オンリーでDJしているし〈Sei Es Drum〉はデジタル・リリースをやってない。ルシアーノは現場ではPCを使っているが〈Cadenza〉は大半のリリースでアナログ重視の姿勢を貫いている。日本でも石野卓球や田中フミヤといった影響力のあるプレイヤーがいまだアナログにこだわっているといったように、ロールモデルになるトップDJたちの姿勢によってなんとかまだ最後のエリアは死守しているという状態だろうか。なにせ、Loco DiceやChris Liebing、Josh Wink等の例を持ち出すまでもなく、ほとんどのインターナショナルDJはすでにデータでのプレイに移行しているからだ。
「でも例えばDaniel Bellとか、Sascha Dive、Cassy、それとレーベル〈OSLO〉周辺のアーティストなんかはみんなアナログが大好きで、影響力あると思います。うちにも来るけど、ユニオンで中古盤買うのが楽しみみたいですね。ドイツだといい中古盤はあまりなくて、値段も高いからって。DBXなんて、ユニオンに行くために東京をツアーに組み込んでるんじゃないかな(笑)」(佐藤)
さらに09年は、完全にインプロビゼーション的な手法を持ち込んだライヴを行うアーティストが成果を見せ始めた年だったとも言える。テクノのライヴというと、ラップトップとにらめっこというのが普通だったが、ついにそこから大きくはみ出すことをテクノロジーとアイデアが可能にした。例えば、年明け早々に日本でも見られるMoritz Von Oswald Trio(モーリッツ翁とマックス・ローダーバウワー、ヴラディスラヴ・ディレイのユニット)が数々のステージでの実験を発展させて素晴らしいアルバムに結実させたし、ルシアーノはレーベルの若手Reboot、Lee Van Dowski、Mirko Loko、Digitaline、そしてアルバムにも参加したハン・ドラムのOmri Hasonがそれぞれ演奏する音の要素、さらにはシンクロする映像をMac上のソフトで自在に操り、誰の音が流れているか一目でわかるように光でアイコン化するという画期的なステージAEtherを展開。世界中をツアーして驚かせた。ラップトップを使いながらもその場で自由に音を組み立て、多人数で空間を作りあげるという実験はほかにもRichie Hawtinが多くのプロデューサーたちと積極的に行っている。
[[SplitPage]]さて、ele-king的にはあまり注目されない部分ではあると思うが、無視できない人気と勢力を維持しているのがエレクトロのシーンである。ベルギーで毎年行われている巨大テクノ・フェス"I ・ Techno"の公式コンピCDで、昨年Boys Noize、今年はCrookersがミックスを担当しているのは衝撃的だ。"テクノ"と銘打ってはいるが、実際のところメインどころで鳴っている音は巷でいうところのエレクトロが大半という事実。ある意味行くところまで行ってしまった"テクノ"のストイックすぎる音の対極にある派手で下世話でエネルギッシュなこの手の音が、昔でいうならレイヴ、ハードコアと同じような文脈で若いクラバーに支持されているのはよくわかる。〈WOMB〉が幕張メッセに出張して行う大規模イヴェント〈Womb Adventure〉は、2年目となる今年も、Richie HawtinとDubfireのユニットClick 2 ClickとDigitalismやDexpistolsが隣り合ってプレイするという普段のクラブ・イヴェントではなかなかお目にかかれない取り合わせを実現していた。
「DEXのやってるレーベルの若いアーティストでMYSSっていう2人組がいて、まだ22歳くらいですっごい若いんです。ここ数年でDJはじめてガーッと人気が出てきたっていうヤツらなんですが、去年の〈Womb Adventure〉に行ってリッチー知らなかったですからね! でも、かけてる曲聴いてると結構テクノなんですよ。あれは衝撃的だったな。僕らとは全然成り立ちが違うんだなと思って。曲は耳で聴いて採り入れてても、それをテクノとは認識してないんでしょうね」(荒木)
レコード店に足を運ぶのも、テクノのパーティで踊るのも、30歳から下というのが極端に減っているという。一方で、どんどん若い世代が飛び込んで育ち始めているのがエレクトロだと。極端ではあると思うが、同じ音でもテクノとラベルづけされるといきなり「暗い・難解」的なイメージで、人が呼べないという危惧があるからだって。なんたることだ! 今のエレクトロのDJやアーティストすべてが敬ってもいい"I'm a Disco Dancer"と"Popper"の生みの親であるChristopher Justさんなんて、いつのまにか「エレクトロの人気アーティスト」と宣伝されるようになっていたからなぁ......。
では、テクノの文脈でまったく新しいひとたちが出てきてないのかというと、そんなことはない。ロンドンとベルリンを拠点とする世界最高峰のエレクトロニック・ミュージックのサイト「Resident Advisor」が先日発表した読者投票によるトップ100DJのリストをみれば、多くの大御所たちを押しのけてたくさんのフレッシュな名前を見つけることができる。Marcel Dettmann、Magda、Ben Klockといったミニマル勢、Dixon、Nick Curly、Omar-Sといったハウスを新しいカタチで提示する連中も元気だ。では、日本のアーティストは......?
「海外でレコードでてるアーティストはたくさんいるんですよ。でも、日本のリスナーやDJはあまり日本人の作品プッシュしない印象ですね。メディアも取り上げないし、レコード出たからといって人気に火がつくわけでもなく、積極的にリリースしてるレーベルも〈Mule〉くらいですからね」(佐藤)
う~ん、たしかに。〈Poker Flat〉からもリリースするRyo Murakami、〈Minus〉や〈Immigrant〉などからリリースするRyoh Mitomiなどポツポツと新しいアーティストはいるが......。「ベルリンでプレイと言ってもギャラもあまり出ず、帰ってきてからのプロモーションになるかなという感じでやりに行くというケースも多いですよね。自費でいいなら来いよ、みたいな。やはり向こうに住むくらいでないと、難しいかも」(佐藤)。Akiko KiyamaやDen等のように拠点をベルリンに移すアーティストも中にはいるが、やはり距離と言葉の問題、それはITがこれだけ発達して、世界が狭くなったと言っても20年前と変わらず大きな壁なのだ。「ただ、店という場所があるし、アーティストのサポートしたいんで、どこのレーベルにアプローチしたらいいかとかいろいろ相談にものるし、レコードが出たらバックアップできるように多めにストックして在庫切らさないようにするんです。そうやってうまくリリースにつながったり、少しでも活動しやすくなれば嬉しいですよね」(佐藤)
今冬は気候も懐もずいぶん寒さが厳しい感じ。ついつい引きこもってぬくぬくしてても楽しいかもなどと自分をごまかしてしまいがちだ。特に今年後半一気に日本でもブレークしたTwitterのようなひととひとのつながりをうながす属人性の高いウェブサービスのおかげで、再会やあらたな出会いそんなもろもろが楽しい(テクノに限らずDJやクラブ音楽関係者もたくさんいる!)けれど、それでなにかを「わかった」気になってしまうのはいちばん危険。最後に、先日アルバムのリリース・ツアーを終えたDJ Tasakaがつぶやいていたツイートを転載しておこう。
「各地で会った皆さんありがとう。どこもそれぞれかなりの手応え。特に印象的だったのは神戸と大分。09年の日本のテクノ・パーティに関しては"東京が中心でその他の都市はそれを追う地方"的図式で見てしまうと、本質を完全に見誤るだろうことがよくわかりました」
「各地でパーティに熱意を持っている人達同士がリンクできる余地、まだまだありそうです。伝えて、広めて、続けるための環境作りに関して、みんな同じベクトル向いてる」
※ 月イチで国内外の旬なDJをフィーチャーする日本最大規模のテクノ・パーティ〈CRASH〉、来年一発目のオススメは2月に、〈Yellow〉や〈Unit〉を揺らし続けてきた〈REAL GROOVES〉との共催で、アルバムをリリースしたばかりのサンフランシスコのClaude VonStrokeなど多数のゲストを迎えてのフェス仕様で行うパーティ。詳細情報は〈ageHa〉もしくは〈REAL GROOVES〉公式サイトでチェックを!
■hot techno releases 2009
(ALBUM)
Moritz von Oswald Trio / Vertical Accent (Honest John's)
Planetary Assault Systems / Temporary Suspension (Ostgut Ton)
Len Faki / Berghain 03 (Ostgut Ton)
Mirko Loko / Seventynine (Cadenza)
Luciano / Tribute To The Sun (Cadenza)
Josh Wink / When A Banana Was Just A Banana (Ovum)
DJ Tasaka / Soul Crap (Ki/oon)
Laurence / Until Then, Good Bye (Mule Electronics)
Telephone Tel Aviv / Immorate Yourself (Bpitch Control)
Shakleton / Three EPs (Perlon)
Crookers / Put Your Hands on Me (Southern Fried)
Reboot + Sascha Dive / From Frankfurt to Mannheim (Cecille)
Mihalis Safras / Cry For The Last Dance (Trapez)
Tiga / Ciao! (Last Gang)
Peaches / I Feel Cream (Warner)
La Roux / La Roux (Polydor)
Jesse Rose / What Do You Do If You Don't? (Dub Sided)
Ben Klock / One (Ostgut Ton)
2000 and One / Heritage (100% Pure)
(SINGLE)
Cesar Merveille & Pablo Cahn Speyer / Descarga (Cadenza)
Mistress Barbara / Dance Me Till The End of Love (Iturnem)
Depeche Mode / Wrong (Magda's Scallop Funk Remix) (Mute)
Laurent Garnier / Gnanmankoudji (PIAS)
Nick Curly / Series 1.1 (8Bit)
Timo Maas / Subtellite (Cocoon)
Radio Slave / Koma Koma (No Sleep Part 6) (Rekids)
Electric Rescue / Devil's Star (Cocoon)
Sis / Mas O Menos (Titbit Music)
Felipe Venegas & Francisco Allendes / Llovizna EP (Cadenza)
Orlando Voorn feat. Obama / Yes We Can! (Night Vison)
Michel Cleis / La Mezcla (Cadenza)
RV feat. Los Updates, Reboot / Baile, Caminando (Sei Es Drum)
La Pena / 004 (La Pena)
Steve Bug / Two of A Kind (Pokerflat)
Markus Fix / It Depends On You (Cecille)
Bloody Mary / Black Pearl (Contexterrior)
Gavin Herlihy / 26 Miles (Cadenza)
DJ T / Bateria (Get Physical)
Sebo K & Metro / Saxtrack (Cecille)
Click Box / Wake Up Call (M_nus)
Chris Liebing, Speedy J / Discombobulated , Klave (Rekids)
The Mountain People / Mountain People 08 (Mountain People)
Deetron / Zircon+Orange (Music Man)
Tiga / Beep Beep Beep (Soulwax+Loco Dice Remixes) (Different)
Paco Osuna / Lemon Juice (Plus 8)
Proxy / Who Are You? (Turbo)
Adam Port / Enoralehu (Liebe Detail Spezial)
Jesper Dahlback / Roda Rummet EP (Acid Fuckers Unite)
Massimo Di Lena / Gypsytown (Cadenza)
■ドラムンベースは、リアル・アンダーグラウンド・ミュージックそのものだった
2009年を代表する作品といえば『Sub Focus』だ。このアルバムがシーンにもたらした功績は計り知れない。プロディジーが先導した初期レイヴ・シーンの影響をフラッシュ・バックさせるかのような"恍惚的な"インスピレーション、類まれなるプログラミング技術によるダンス・ミュージック本来の軸、まさに"あるべき姿"を体現しているサブ・フォーカスは現代のプロデューサーの最高峰に位置すると言っても過言ではない。そう、これが皆が思い描いた現代のレイヴ・ミュージックの夢であり、すなわち、それが"エクストリーム・レイヴ・ドラムンベース"なのだ。
そのサブ・フォーカスと双璧をなすかのようにアルバムを待望されていたダーク・サイバーの伝道師、エド・ラッシュ&オプティカルがダーク・サイドという名の観点を貫く大作『Travel The Galaxy』を発表した。前作『Chameleon』から3年ぶりとなる今作もエレクトロニック・ダーク・ドラムンベースの最先端を走る話題の作品となって、近年のダーク・サイバー/ニューロ・ファンクの急先鋒として捉えられていたオーストラリア/ニュージーランドのアーティストたちにも多大な影響を及ぼすことになった。
オセアニア地区ではドラムンベースのシーンが年々活発化している。オーストラリアのパースが誇るモンスター・ドラムンベース・バンド 、ペンドラムが世界を席巻しているのは記憶に新しいが、同じくパース出身のショック・ワン(SHOCK ONE)やフェスタ(PHETSTA)、レギュラ(RREGULA)などの才能溢れる若手プロデューサーも台頭している。オセアニアは2009年のエレクトロ/ニューロ・ファンク、ドラムンベースのムーヴメンにおける主要拠点にまで成長しているのだ。
ちなみに2009年は、ショック・ワンのメイン・リリースでもあるリバプールのレーベル、フューチャーバウンド(FUTUREBOUND)の主宰する〈VIPER〉が、エレクトロ・ドラムンベース・コンピレーション『Acts Of Mad Men』をリリースしている。すでにこれは最高傑作の呼び声高い。『Acts Of Mad Men』には、ショック・ワンの他に〈BREAKBEAT KAOS〉から傑作『Act Like You Know』を発表し、ダブステップ・アーティストとしても知られている奇才ネロ(NERO)、ブルックス・ブラザーズ(BROOKES BROTHERS)との共作『Drifter』が記憶に新しいリキッド・ローラー、ファーロング(FURLOUNGE)、〈VIPER〉におけるエレクトロの異端児メトリック(METRIK)、オーストリアの新世代カモ&クルックド(CAMO & KROOKED)等々、こうした若手プロデューサーを起用したところにレーベル未来が見える。そして200年は、レーベル主宰者であるマトリックス&フューチャーバウンドマスターが「Fallin'」などの素晴らしいシングルで、プロデューサー並びリミキサーとして大活躍した年でもあった。
ドラムンベースの本国UKでは様々なジャンルとの交流が活発した年でもあった。ドラムンベースが初期から持っているハイブリッドかつフレキシブルに交感し合うタクティクスが再燃したのだ。ダンス・ミュージックの固定観念に一石を投じる"付加価値"がより多く見受けられた。それは、UKアンダーグラウンド・ミュージックの最先端をひた走り、リードするダブステップとの交流によってより顕著に表れている。ドラムンベースが共存の道を選ぶことはシーンの活性化を思えば必然的行為で、ダブステップのほうでもまたドラムンベースの背中を追いかけている。このように、影響を互いに吸収しあって、グローアップしたからこそ、ふたたびビック・ムーヴメントに発展しようとしているのだ。
そもそも、このふたつには互いに"雑食性"としてのリレーションシップがある。そしてその雑食性こそ、UKアンダーグラウンド・ダンスミュージックの特性だ。だから当然の成り行きとも言える。ドラムンベース界のビッグ・レーベルである〈RAM〉や〈BREAKBEAT KAOS〉、あるいは〈DIGITAL SOUNDBOY〉や〈HOSPITAL〉までもがダブステップのリリースを活発化させている。これによってチェイス&ステイタス(CHASE & STATUS)やネロ(NERO)、ブリーケイジ(BREAKAGE)などいったふたつを行き来する新しいタイプのスター・プロデューサーも数多く生まれたのである。
ドラムンベース界のトップ・リキッド・ファンク・レーベル〈HOSPITAL〉からもエレクトロ色をふんだんに盛り込んだニュー・コンピレーション、『Sick Music』が世に送り出されている。これは時代性を見据えた内容によって大ヒットとなった。ロジスティックス(LOGISTICS)のニュー・アルバム『Crash Bang Wallop!』も驚異的なクオリティだった。〈HOSPITAL〉は相変わらず、素晴らしく刺激的なリリースを続けている。
2009年は、メインストリームのドラムンベースとは一線を画したもうひとつの"トレンド"も生まれた。ディープでアトモスフェリックで知的なそのシーンは、いまやまるで成熟した果実のようである。その代表は、カリバー(CALIBRE)による『Shelf Life Vol.2』(Signature)、リンクス(LYNX)による『Raw Truth』、コミックス(COMMIX)や〈SHOGUN AUDIO〉クルー......。かつてLTJブケムが提唱した"アートコア"という異端的な感覚は、レイヴ・ジャングル/ハードコア・ジャングル全盛のいまではそのサブジャンルとして展開しているのだ。こうしたシーンは、どちらかと言えば、お決まりのパターンに陥りやすい作曲や、DJのスキルばかりが評価されがちなドラムンベースにおいて、マンネリズムを免れるべく、つねに刺激的なアイデアを出している。いわばシーンの陰の功労者的な動きである。
すっかり停滞してしまったクラブ・ミュージックにあって、ドラムンベースはいまだに変化や展開が起きているシーンだ。このジャンルがいまでもまだ、まるで終わりなき道をひた走るように走っていることを再認識させられた1年でもあった。ドラムンベース/ジャングルの革新者たちが訴え続ける一体感がもっといろんな場面でもその意義が認められて、またさらなる発展を求め、いつかまた初期のレイヴ・シーンのように劇的に躍動することを願っている。
■DRUM&BASS 2009
SUB FOCUS/Sub Focus(RAM)
ED RUSH & OPTICAL/Travel The Galaxy(VIRUS)
V.A./Acts Of Mad Men(VIPER)
AGENT X FT.MUTYA & ULTRA/Fallin -MATRIX & FUTUREBOUND RMX/SHOCK ONE RMX- (VIPER)
CONCORD DAWN/Take It As It Comes(UPRISING)
DJ FRESH FT STAMINA MC & KOKO/Hypercaine(BREAKBEAT KAOS)
ZARIF & DANNY BYRD/California(FULL ENGLISH)
V.A./Sick Music(HOSPITAL)
DRUMSOUND & BASSLINE SMITH/10 Years Of Technique(TECHNIQUE)
GOLDIE & COMMIX/Envious(METALHEADZ)
CALIBRE/Shelf Life Vol.2(SIGNATURE)
SPOR/Aztec(SHOGUN AUDIO)
LYNX/Raw Truth(SOUL:R)
ORIGINAL SIN/Grow Your Wings(PLAYAZ)
SERIAL KILLAZ/Mash You Down(GANJA)
■"プログレス"こそ、いまのダブステップを象徴するキーワードだ
南ロンドンで産声を上げたシーンは現在、もっともホットで最先端なジャンルとなった。当時これほど大きなムーヴメントになると誰が想像してただろう。
2009年のダブステップにおける、ミニマル・サイドには2枚の大きなリリースがあった。2枚とも革新と確信の両方を秘めたエポック・メイキング的なものだった。マーティン(MARTYN)による『Great Lenghs』、2562による『Unbalance』だ。マーティンは、元々はドラムンベースのプロデューサーだった。マーカス・インタレックスが主宰する〈SOUL:R〉のサブ・レーベル〈REVOLV:ER〉や〈PLAY:MUSIK〉からのリリースを重ねているが、いまではすっかりダブステップのアーティストとして人気が出てしまった。実際、彼の才能を遺憾なく発揮したのが『Great Length』だった。それはパーカッシブかつハイブリッドな次世代のダブステップで、『MIXMAG』誌の「TOP50 ALBUM OF 2009」にも選出されるなど、実に広く賞賛されたアルバムとなった。
2562=デイヴ・ハイスマンス(DAVE HUISMANS)、この空間音響処理系天才オランダ人にはいくつかの顔がある。2562ではミニマル・ダブステップ、ア・メイド・アップ・サウンド(A MADE UP SOUND)名義では漆黒のビートダウン、ドッグデイズ(DOGDAZE)名義ではブロークンビーツ/ブレイクビーツ。彼はこのように、自分の音楽性を面白いように使い分けている。彼はそのメイン・プロダクションである2562は、ベルリン・ダブとダブステップの融合を実現したと評された1stアルバム『Aerial』から1年後の2009年に発表されたセカンド・アルバムで、さらに研ぎすまされた硬質なビートスケープを見せつけた。まさに2009年の象徴的存在のアーティストだ。
ミニマル・ダブステップもうひとりの異端者、ダークヒーローことシャックルトン(SHACKLETON)も忘れてはならない。彼はアップルブリム(APPLEBLIM)とともに〈SKULL DISCO〉レーベルをスタートさせ、クリック/ミニマル界のスターリカルド・ヴィラロボスによってリミックスされた「Blood On My Hands」で異例のカルト・ヒットを実現し、そして瞬く間にファンを増やしている。その後レーベルを〈MORDANT MUSIC〉に移すと同時に、活動の拠点もベルリンに移している。そして、あのクリック/ミニマルの最重要レーベル〈PERLON〉から驚愕のダーク・ベースラインが唸る独創的ミニマル・ビーツ・アルバム『Three Eps』をリリースしたのである。
数年前のダブステップのシーンはまるで初期ドラムンベース/ハードコア・ジャングルのシーンのように大きくふたつに分類するに過ぎなかった。そう、ダークサイバー・ドラムンベースとアートコア・インテリジェンスのふたつのように。だが、そこからサブジャンルがいくつも生まれたのは周知の通りで、ダブステップにも同じことが起きている。いまはすごいスピードで多様化しているのだ。2009年の傾向のひとつに、4つ打ちを取り入れた作風が目立った。その象徴がスキューバ(SCUBA)の「Aesaunic EP」(HOT FLUSH)やラマダンマン&アップルブリム(RAMADANMAN & APPLEBLIM)の「Justify RMX」だ。また、ジョイ・オービジョン(JOY ORBISON)などのUKガラージから派生したポスト・ガラージ・アンセムの「Hyph Mngo」やアントールド(UNTOLD)による「Gonna Work Out Fine EP」のようなミニマルの静寂性とUKガラージの高揚感を混合し、効果的にハイブリッドさせたまったく新しいサウンドも生み出された。マーラ(MALA)の〈DEEP MEDI MUSIK〉からは美しくも繊細なシルキー(SILKIE)の『City Limits Vol.1』がアーバン・アートコア・ダブステップとしての歴史的傑作となった。
ダブ・カルチャー/ジャングル・シーンにおいての聖地ブリストルでもダブステップは発展を遂げている。ロブ・スミスがRSD名義で『Good Energy』(PUNCH DRUNK)をリリース。ピンチ(PINCH)が自身のレーベル〈TECTONIC〉から発表した『Tectonic Plates Volume 2』も話題となった。フライング・ロータス、マーティン、2562......はたまたスクリームやベンガといったメインストリームの怪人たちや、ブリストルのウォブリー・マスターであるジョーカー(JOKER)、あるいはベルリンのミニマル・レーベル〈OSTGUTーTON〉のシェド(SHED)といった幅広いメンツが参加している。そして〈PUNCH DRUN〉を主宰するペヴァーレリスト(PEVERELIST)が満を持して1stアルバム『Jarvik Mindstate』を発表。スライトリー・ダブとしての観点からきらびやかなコズミック感覚やミニマル感覚を注入し、なんとも素晴らしい先品が誕生したものだ。
ウォブリー・ダブステップに話を移そう。スクリームがドラムンベースのビック・レーベル〈DIGITAL SOUNDBOY〉から、まるでロブ・プレイフォードの2バッド・マイス、そう、〈MOVING SHADOW〉さながらの初期レイヴ・ジャングルなアーメン・ビートを用いた「Burning Up」をリリースしている。もちろんこれはダンス・アンセムとなった。いっぽう、ベンガは「Buzzin'」(TEMPA)をリリース、ウォブリー・アンセムとなり、その健在ぶりを知らしめた。この両雄の活躍がシーンの生気を確認させ、また、ふたりの底力をみせつけたとも言えるだろう。
その両雄とも並ぶとも劣らない活躍を見せたのがブリストルのジョーカーだった。ミニストリー・オブ・サウンド主宰のレーベル〈DATA〉やメジャー・レーベルのリミックス・ワークを立て続けに発表したジョーカーには、今後も大注目である。そして、忘れてはならないのがコード9(KODE 9)の〈HYPER DUB〉からレーベル5周年を記念してリリースされた12インチのシリーズ「Hyperdub 5.1~5.5 EP」だ。その先進的サウンドは、縦横無尽に動き回るダブステップ本来の雑食感が詰まっている。いわばダンスフロア・シンフォニーとしてのオルタナティブ・ダブステップだ。
2009年は、さまざまなドラムンベースのアーティストがダブステップへと転身した。数年前、その先駆けとなったのが、もともと〈RAM〉でリリースしていたサイバーステッパーのエディ・ウー(EDDY WOO)である。彼は現在、セヴン(SEVEN)名義でダブステップ・プロデューサーとして良質かつキャッチーなトラックで、フロアヒットを飛ばしている。他にも、自らドラムンベースのレーベル〈DEF COM〉を主宰し、ダークコア・ステッパーの区リプティック・マインズ(KRYPTIC MINDS)、アーメン・マスターであったブリーケイジ(BREAKAGE)、〈NON PLUS〉のインストラ:メンタル(INSTRA:MENTAL)らも、現在トライバル・ステップ・リーダーとして活路を見いだし、その存在意義を証明している。
そして〈RAM〉からの大ヒット・アルバム『More Than Alot』も記憶に新しいドラムンベースのプロデューサーとしてはトップに君臨するチェイス&ステイタス(CHASE & STATUS)やネロ(NERO)が、ダブステップ・アンセムからリミックス・ワークまでをもこなし、なおかつビック・チューンを生み出せる数少ないマルチ・プロデューサーとして注目されている。
UKレイブ・カルチャーの象徴であるドラムンベースの雑食性を見事に受け継ぎ、90年代初期から中期にかけてのレイヴ・ジャングルさながらの熱狂と凶暴性も兼ね備えた、まさに21世紀の代表的クラブ・カルチャー/ムーブメントに成長したダブステップ。先進的エレクトリックなプログラミング、他の追随を許さない圧倒的な雑食性を武器に、すべてを飲み込む貪欲さが他との類似性を拒み、柔軟な思考回路とともに歩む最先端サウンド。この先も予想不能なミステリアスに包み込まれた、誰も想像できない可能性に満ちた音楽性でもある。これが現在のダブステップのすべてだ。この魅惑的なリズムは音を変え続けていく。未来である明日にも、すぐに。
■DUBSTEP 2009
MARTYN/Great Lengths(3024)
2562/Unbalance(TECTONIC)
SHACKLETON/Three Eps(PERLON)
SCUBA/Aesaunic(HOT FLUSH)
RAMADANMAN & APPLEBLIM/Justify(APPLE PIPS)
ELEMENTAL/Messages From The Void(RUNTIME)
JOY ORBISON/Hyph Mngo(HOT FLUSH)
UNTOLD/Gonna Work Out Fine EP
PEVERELIST/Jarvik Mindstate(PUNCH DRUNK)
PINCH FEAT.YOLANDA/Get Up -RSD RMX-(TECTONIC)
SILKIE/City Limits(DEEP MEDI MUSIK)
INSTRA:MENTAL,BREAKAGE/Futurist,Late Night(NAKED LUNCH)
KRYPTIC MINDS/One Of Us(SWAMP 81)
SKREAM/Burning Up(DIGITAL SOUNDBOY)
V.A./Hyper Dub 5.1~5.5 EP(HYPER DUB)
BENGA/Buzzin'/One Million(TEMPA)
LEE PERRY WITH SAMIA FARAH vs KODE 9/Yellow Tongue(ON-U)
■ベース・ミュージックにおける色気、UKファンキー
ファンキーはUKガラージから派生し、変容を遂げたコンテンポラリー・ソウル・ダンス・ミュージックである。それはラテン、アフロビート、コンテンポラリー・R&Bを吸収したニュー・ガラージ・サウンドだ。この目覚ましい発展のフロントラインには、コード9が仕掛けた「Black Sun」がある。そして同じく〈HYPER DUB〉のフィメール・プロデューサー、クーリー・G(COOLY G)によるドリーミーかつムーディーなアトモスフェリックが心地よいトリッピーな「Narst/Love Dub」。この2枚がシーンの拡大に多大な貢献を果たすこととなる。
新星ロスカ(ROSKA)による「Twc EP」のリリースも忘れがたい。彼はゼド・ビアス(ZED BIAS)の「Neighbourhood -ROSKA 2009 RMX-」の成功によってシーンの代表的なアーティストとしてすでに認知されている。そしてドネーオー(DONAE'O)がUKアーバンにおける至高のガラージ・アルバム『Party Hard』でUKファンキーとしてのデビューを飾った。さらにUKガラージ/2ステップ界のスター、MJコールがUKファンキーを本格化させるなど、フレッシュな話題が続いている。
大御所のジンクがドラムンベースを離れて早数年が経過し、現在、"Crack House"と銘打ったモダン・アーバン・エレクトロ・ハウスの提唱者として各地での布教活動に勤しんでいる。タイトル名「Crack House EP」は、もともとは初期の〈BINGO BEATS〉のアーティストたちがトラック・メイクしていたハーフ・ステップ主体のベースライン・サウンド直系のもので、現在のクラブ・シーンのトレンドであるエレクトロ、フィジット・ハウス、ダブステップ、ブレイクスなどをハイブリッドにミクスチャーしたファンキーなダンス・ミュージックだ。ブレイクステップのテイストまで取り入れた4つ打ちのダンスフロア・アンセムとして、UKファンキー/ガラージ界から、さらに広くエレクトロのシーンにまでその名を轟かせているジンクはやはり生粋のベース・マスターであり、いつかまたドラムンベースに復帰することを願っている。
■UK FUNKY/CRACK HOUSE 2009
ZINC/Crack House EP(BINGO BASS)
FLORENCE & THE MACHINE/You Got The Love -JAMIE XX REWORK FT THE XX- (FLOXX)
COOLY G/Narst , Love Dub(HYPER DUB)
KODE 9/Black Sun(HYPER DUB)
ATTACCA PESANTE FT SHEA SOUL/Make It Funky For Me(DIGITAL SOUNDBOY)
ROSKA/Twc EP(ROSKA KICKS & SNARES)
V.A./Fantastic 4 EP(FANTASTIC 4)
ZED BIAS/Neighbourhood -ROSKA 2009 RMX-(SIDESTEPPER)
DONAE'O/Party Hard(MY-ISH)
MJ COLE FT.DIGGA/Gotta Have It -MJ'S FUNKY DUBB-(PROLIFIC)
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2009年はダブステップの多様化をさらに強く印象づけられた年だった。2008年に発表したベンガの『Diary Of An Afro Warrior』(Tempa)にはジャジー・ヴァイブやハウスのビートが注がれ、2562の『Aerial』(Tectonic)にはミニマル・テクノのグルーヴが脈打っていた。2009年にはマーティン(Martyn)の『Great Lengths』(3024)やフェルティDLの『Love Is A Liability』(Planet Mu)といったデトロイト系ダブステップもあったし、ジョーカーやジェイミー、グイードといったブリストル新世代によるGファンクとの融合もあった。ハウスへの接近という意味で言うなら、何よりもブリアルの「Moth」(Text)があった。ブリアルの学校の先輩にあたるフォー・テットのレーベルから出されたその真っ黒なヴァイナルは、ガラージ/2ステップから派生したUKのアンダーグラウンド・ミュージックの、地下数100メートルからのダンス回帰のように感じられた(個人的には今年のベスト)。
ダブステップはここ数年、ずっと好きで聴いているのだけれど、ハウスやテクノやジャングルなどと比較するまでもなく、それが踊りやすい音楽だとは思っていない(DJミックスを聴いていると決してそんなことはないんだけれど......)。レイヴ・カルチャーの発展型でありながら、むしろ孤独を好むようなところがこの音楽からは感じられ、その倒錯した感覚を僕は気に入っている。が、この2年における著しい多様化とハウスやテクノとの接合のなかで、ダブステップもその孤独に背を向けようとしているようにも思える。ハルモニアとイーノの曲のシャックルトン・ミックスの12インチ、やっぱ欲しいでしょう!
〈ハイパーダブ〉レーベルにとって初めてとなるコンピレーションは、多様化するダブステップを見事に見せているが――いや、多様化というか、正確に言えば、この編集盤の音源はもはやダブステップとは言えないのだけれど、同時にその孤独さも際だたせている。その意味において、奇妙な輝きを放っていると言える。キング・ミダス・サウンド(ザ・バグによるダブ・プロジェクト)の濃い霧に包まれたスモーカーズ・サウンド"Meltdown"で幕を開けるこのCD2枚組、全32曲の地下旅行は、1枚がレーベルの新局面、もう1枚がレーベルのクラシック音源で構成されている。冒険的なのは、もちろん1枚目のほうだ。"Meltdown"が終わると、レーベル主宰者であるコード9のメランコリックなファンクへと続く。それから注目株のひとり、ダークスターによる美しいテクノ・サウンドが聴こえる。
フライング・ロータスはこの素晴らしいディストピア・サウンドの編集盤に1曲提供している。彼の個性的なビートの余韻が残っているうちに、日本人アーティストによるダークR&B、ブラック・チャウの"Purple Smoke"がはじまる。そして多くのファンが聴きたいであろう、ブリアルのイクスクルーシヴ音源"Fostercare"がはじまる。1枚目のクライマックスだ。この曲を聴いていると、かつてマッシヴ・アタックに期待してきた音楽をいまはクロイドンのこの秘密主義者がやっていることがよくわかる。
昨年、レーベルから12インチ2枚組を発表しているゾンビーは(今年は〈Ramp〉から奇妙なミニ・アルバムを出している)、出来損ないでがらくたのドラムンベースを披露する。『XLR8R』によれば「たくさんのジョイントとチキン」が彼の日課だそうで、彼のつかみ所のない作品にはその怠惰な感じがよく出ていて面白い。1枚目のCDの最後を飾るのはジョーカーで、パワフルなエレクトロ・ファンクを披露する。
もう1枚のCDには、コード9の素晴らしい"9 Samurai"や"Ghost Town"、ブリアルの決定的な"South London Boroughs"や"Distant Lights"といったクラシックが収められている。そしてゾンビー、ザ・バグ、ジョーカーといったいま勢いのある連中の曲に混じって、コード9のダブ/レゲエ趣味がところどころで顔をのぞかせる。「1日1本のspliff(意味は調べよ)は魔除けとなる」、手の付けられないスモーカーであるゾンビーの"Spliff Dub"は、そう繰り返して主張する。コード9は大学で教鞭を執るほどのインテリだが、レーベルにはチンピラやオタクも一緒に混じって、この新時代のアンダーグラウンド・サウンドを楽しみ、変化を与えているようだ。
『ピッチフォーク』はこのアルバムを1992年の〈ワープ〉による『アーティフィシャル・インテリジェンス』に比肩するものだと評しているが、僕も賛同する。思い出して欲しい、あの作品が出たときもみんなが言ったものだ。この音楽では踊れないと。だが、それは確実に時代を切り拓いたのである。