Home > Reviews > Khadija Al Hanafi- !OK!
シカゴで生まれたフットワークがいまや世界各地でさまざまな展開をみせていることは、あらためて指摘する必要のないことかもしれない。このストリート発のダンス・ミュージックをオンライン上で知り、旺盛な実験精神でもってひとつ上の段階へと押し上げた功労者にジェイリンがいるが、水道や電気のごとくインターネットがインフラ化してしまった今日、見すごせない成果がベッドルームからもたらされることも珍しくない。数年前、颯爽とわれわれの前に姿をあらわしたノンディ_なんかはそのいい例だろう。シーンの外部からフットワークにアクセスするハディージャ・アル・ハナフィもまた、そうしたネット時代ならではのプロデューサーといえそうだ。
およそ1年前、『Slime Patrol 2』なるカセットテープ音源で一部のリスナーから注目を集めたアル・ハナフィ。彼女のホームがチュニジアなのは注目しておくべきポイントで、かのフットワークはヨーロッパや日本のみならず、いつの間にかアフリカ大陸北部にまで根を広げていた、と。他方で彼女は2020年、最初のカセットテープ『Slime Patrol』の時点でテックライフのDJアールをフィーチャーしてもいて、けしてこの音楽が生まれた土地への敬意を忘れているというわけでもないようだ(ちなみに意外なつながりとしては、ピンク・シーフの最新作で彼女は1曲手がけてもいる)。
ジャズやソウルからヴィデオ・ゲーム・ミュージックまで、おそらくはネットの大海原からかき集められたのだろう数々の素材を駆使するアル・ハナフィの持ち味は、なんといってもその聴き心地のよさにある。初のアルバム作品と呼べそうな尺をもつこの『!OK!』も例外ではない。甘いサンプルが疲れたからだをほぐしてくれる冒頭の表題曲。あるいは、爽やかな風が吹きこむ初夏のビーチを連想させる “Eat That Pussy”。BPMは高いはずなのに、この非常にリラックスしたムードはいったい、どうしたわけか──
そんな彼女の音楽をひとことでいいあらわすのに、「フットワークのラウンジ化」なんて形容はベストではないのかもしれない。が、これまで同様かわいらしさを追求したアートワークの効果も小さくはなく、いってしまえばロウファイ・ヒップホップのごとく作業BGMとして消費されるポテンシャルを本作はそなえてもいるのだ。
といっても一本調子ではない。ブリープ音を導入した “Bounce It On The Flo” のようにフロア・オリエンテッドなトラックもあるし、“Borders” が出現させるキュートなジャングルの世界も魅力的だ。キャッチーな声ネタが耳に残る “Always Treat U RiTE”、ラップをフィーチャーした “Let It Bump” など、随所で聴き手を飽きさせない工夫が凝らされた本作は、どこかちょっぴりなつかしい雰囲気をたずさえてもいて、そこに新世代によるレトロフューチャリズムを見出すことも可能だろう。
激しさ、もしくはいかがわしさをもとめる向きには少々もの足りないサウンドかもしれない。が、逆にいえばここには、フットワークの新たな展開の可能性が秘められてもいる。というわけで、まあとりあえず、風呂上がりにでもお気に入りの椅子に腰かけながら、肩肘張らずに聴いてみてほしい。至福のひとときが味わえるはずだから。
小林拓音