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Glenn Astro

AmbientHouseNeo Soul

Glenn Astro

Homespun

Tartelet Records

Midori Aoyama   Feb 17,2021 UP

 「3ヶ月以内にアルバムを完成させるという「最後通告」を自分に設けてたんだ。上手くいかなかったら自分のキャリアを考え直して、音楽を趣味で続けていこうと思ったんだ」アルバムのイントロにこう綴られたグレン・アストロの想い。5年ぶりにリリースされたソロ・アルバムにはそれを言うだけの彼の熱意と進化を見ることができる。
 彼のデビュー当時、2013年頃まで遡ろう。当時のハウス・シーンの状況を振り返るといわゆるサンプリング・ハウスがある種のムーヴメントになっており、日本では「ビートダウン」というキーワードがひとり歩きしていた。オリジネーターでもあるムーディーマンやセオパリッシュ以降のモータウンではカイル・ホールやジェイ・ダニエルが新世代として台頭し、ヨーロッパではMCDE(モーター・シティ・ドラム・アンサンブル)やダム・スウィンドル(旧名:デトロイト・スウィンドル)、そしてアストロの盟友でもあるマックス・グリーフなどが頭角を現す。音が悪いのも「味」と捉えたスモーキーなキックやハイハットにソウルやジャズのフレーズをサンプリングして作るある種ヒップホップ的な制作スタイルは当時のクラブ・フリークを虜にし、時代のアナログ志向なマインドも追い風になってレコード・リリース・オンリーのレーベルや謎のエディット・レーベルが次々出ては消えていく、そんな時代だった。
 その後〈22a〉や〈Rhythm Section International〉がクラブ・サウンドとジャズを隣接させながらUKジャズ・シーンの火種になり、かたやロー・ハウスという括りでモール・グラブやDJボーリングなどが登場してくる。
 そのなかでもマックス・グリーフとグレン・アストロはライヴァルに差を付けるようなアイデアとスキルが光っており、2016年には〈Ninja Tune〉から2人のコラボレーションアルバム「The Yard Work Simulator」をリリース(同年には来日ツアーも果たしている)。このアルバムではサンプリングで使われる素材や実際のサンプリングをできる限り避け、ローなサウンドは残しつつイチから音作りと編集をしていくというテーマが存在しており、当時のシーンの状況から見るととてつもなく実験的かつ過激な内容に仕上がっている。いまではサンプリング・ハウス~生音回帰のような流れはスタンダードのように思えるが、DTM、ベッドルーム・ミュージック全盛期の時代を振り返ると2人の取り組みはかなり前衛的だった。同胞のデルフォリクそしてグリーフとともにレコード・レーベル〈Money $ex Records〉もユニークなサウンドが多く、どこか旧態依然のサウンドから脱却しようとトライし続けたようにも感じられる。

 今作にもフィーチャリングで参加しているアジナセントとは17年にミニ・アルバム『Even』をリリースし、サイケデリック/バレアリックなフュージョン・サウンドを展開、翌年には〈Money $ex Records〉で発掘したホディニとともに「Turquoise Tortoise」を発表、ヒップホップやベース・ミュージックを絶妙に混ぜ込んだ作風を披露している。
 振り返ると7年という短いキャリアのなかでここまで数多くのジャンルを跨いだプロデューサーは非常にレアな存在と言えるし、彼の多様なセンスとハードワークが成せる業に違いない。それを踏まえた最新作の『Homespun』、レーベルはデビュー・アルバム『Throwback』をリリースしたデンマークの〈Tartelet Records〉から。原点回帰と進化を同時に行ったアストロのサウンドが様々なジャンルを通過して美しくひとつに集約されている。

 メランコリックな雰囲気でスタートするアジナセントとのコラボ曲“Homespun”をはじめ、J・ディラのオマージュトラックという“The Yancey”など、過去の作品と比較すると十八番だったスモーキーなムードは若干の影を潜め、エレクトロニックでハイファイなサウンドも目立つ。全曲違ったテイストの曲を披露しながらも、アンビエント、ディスコ、ジャズ、テクノ、ベースミュージックとどれもひとつのジャンルで括れないような絶妙な塩梅でフュージョンされている。終盤の“Viktor's Meditation”では和のテイストを取り入れたような楽曲で思わぬサプライまで起こしてくれた。
 DJ的な目線で見ればこのアルバムをキッカケにどんなジャンルにも移動できるポテンシャルを感じるし、改めてこのアルバムを3ヶ月で組み立てた彼の才能が今後どんな方向に行くか非常に楽しみではある。結果どこに向かっても素晴らしい作品ができ上がるのは間違いないだろう。こんな卓逸した才能を持ちながら音楽を趣味でやろうか真剣に考えてしまうのはデビュー当時から「鬼才」と言われる所以なのだろうか。


Midori Aoyama