ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  2. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  3. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  4. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  5. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  6. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  9. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  10. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  11. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  12. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  13. 『成功したオタク』 -
  14. Politics なぜブラック・ライヴズ・マターを批判するのか?
  15. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  16. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  17. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  18. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  19. interview with Fat White Family 彼らはインディ・ロックの救世主か?  | ファット・ホワイト・ファミリー、インタヴュー
  20. Royel Otis - Pratts & Pain | ロイエル・オーティス

Home >  Reviews >  Album Reviews > 初音家賢次- 旅立て俊徳丸

初音家賢次

初音家賢次

旅立て俊徳丸

歌舞音曲

Amazon

春日正信   Aug 03,2010 UP

 長かった梅雨も明け、あちこちで盆祭りが行われている。私も先日、近所の神社のお祭りに行ってきた。やぐらの上では小学校高学年ぐらいの女の子が、スピーカーから流れてくる"東京音頭"や"ドラえもん音頭"にあわせてどんどこ太鼓を叩き、所作もバッチリ決まっている。出音に合わせてリズムを刻むのがうまい。DJみたいだ。耳がいいのだな。ところが、次のおじさんに交代したとたん、太鼓のリズムが遅れはじめた。うう、なんだか気持ちが悪い。神社の粗悪なラッパ型スピーカーの割れた音も耳によろしくない。サウンドシステムで音頭を鳴らすような、酔狂なクルーは現れないものだろうか......。

 などと考えているうちに、10年ほど前に岡山の有漢というところで体験した盆踊りのことを思いだした。CDやテープなどで出来合いの楽曲を流す昨今のお祭りと違って、ここの盆踊りは、オケこそテープだが、そこに歌い手が即興のフレーズを入れながら延々と歌い、語り続けるというホットなもの。夜もふけて子供たちが家に帰り、踊りの輪が大人だけになってくると、だんだん歌の内容も男女のアレやコレを扱った艶っぽいものになってくる。午前1時を過ぎ、宴もたけなわとなった頃、なおもやぐらの上で歌って語り続ける五十がらみのいなせなオヤっさんは、完全に踊りの場をつかさどっていた。
 これは自分にとってけっこうなカルチャー・ショックだった。それまで知っていた盆踊りよりは、むしろダンスホール・レゲエに近い。これぞ日本のレイヴ! こういうの、もっと都会の若い奴らに伝わんないかなー、などと思ったものである。
 そんなわけで、盆踊りやそこで歌われる音頭には以前から関心はあったのだが、このたび、首都圏河内音頭推進協議会「イヤコラセ東京」からじつに興味深い音源が届いた。この面妖な組織を率いる音頭のエヴァンジェリスト・鷲巣功は、かつては伝説のロック・バンド「静岡ロックンロール組合」で活躍、その後は音楽プロデューサーとしてランキン・タクシーらの作品を手がけていたという経歴をもつ人物。それがなぜいま「音頭」なのか?

 このイヤコラセ東京、昨年は河内音頭・江州音頭の歌姫、月乃家小菊のデビュー作『踊れ大阪総踊り』をプロデュースしている。カリプソやアフリカン・ポップスにもあい通じるトラックに乗せて「河内の平野はダンスのフロア~♪」というフレーズが飛びだす、なんとも愉快な浪花のレイヴ・アンセムである。さらにCD後半にはスティーヴン・スタンレー(80年代にはトム・トム・クラブ、90年代には全盛期のシャバ・ランクスを支えた名エンジニア)によるダブ・ミックスを収録。「大阪とキングストンから時空を超えて宇宙へ飛翔する河内音頭」といった趣であった。

 さて本題。今回紹介する初音家賢次『旅立て俊徳丸』、歌い手の初音家賢次は河内音頭の宗家「初音家」で活躍した音頭の名手。オリジナル・トラックは1959年もしくは60年に私家録音されたというヴィンテージもので、これに「全関東河内音頭リズム隊」による演奏と「全関東河内音頭ハヤシ隊」による囃子が加わり、この2010年という「初音ミク」の時代に「初音家賢次」が燦然と復活とあいなったのである。
 物語のテーマとなる「俊徳丸」の物語は、寺山修司の戯曲"身毒丸"のモチーフとなったことでも知られる民間伝承。継子いじめ、貴種流離譚、癩病、遍路といったモチーフには、芸能と穢れや差別、信仰の関係について考える契機が含まれており、興味が尽きない。
 冒頭に収録されている2010年ヴァージョンは、現代版にアップデートされた最新型のエレクトリック河内音頭。ころころとよく転がるパーカッションや女声の囃子もたいへん小気味よい。
 次に収録されている"原録音"には驚かされた。太鼓と囃子だけの伴奏で延々語り続けられる50年前のオリジナル・ヴァージョンは、卓越したスキルによる語り芸が冴える、これぞまさに芸能といった代物。背筋がゾクゾクッとする。控えめだが正確なリズムで鳴らされるパーカッションもあいまって、まるでジャマイカの宗教音楽ナイヤビンギのような崇高な響きさえ感じさせる。
 さらにはクオシモードの松岡"matzz"高廣によるクラブ・ミックス、速水直樹によるダブ・ミックスも収録。とくに後者はオリジナルとがっぷり四つに組み、巧みな職人仕事がなされた逸品。サウンドシステムで大音量で聴いてみたい。

 聞くところによると、よさこい祭りの本場、高知の現場では、町中でダンス・パレードがおこなわれ、若者たちはヒップホップやフラメンコを取り入れたオリジナルのよさこいダンスを踊っているそうではないか。けっこうなことである。そして願わくば、もっと祭りに音頭を! 路上のあちこちでサウンドシステムが鳴り響き、あっちではラガ音頭、こっちではダブステップ音頭、老いも若いも踊って踊って、ええじゃないか。ソラヨイトコサ、サノヨイヤサッサ♪ これが日本のレイヴだよ! 私は、そんな光景を夢見てやまない。

春日正信