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我時想う愛

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野田 努   Feb 25,2011 UP
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E王

 インディ・ロックという言葉にならって、欧米ではこの1~2年でインディ・ヒップホップという言葉がよく使われるようになった。巨大娯楽産業と化したヒップホップやお馴染みのギャングスタ・ラップに対抗するカタチで、1990年代以降に登場した〈ソウルサイズ〉や〈ディフィニティヴ・ジャックス〉、〈ロウカス〉や〈ストーンズ・スロウ〉......DJシャドウ、ブラッカリシャス、MFドゥーム、フリースタイル・フェローシップ、マッドリブ、あるいはデンジャー・マウス......などなどをインディ・ヒップホップと呼んでいる。それにならえば、日本のインディ・ヒップホップはブルー・ハーブとシンゴ02によって本格的にはじまったと言えるだろう。その後も数々のユニークなアクトが出てきて(中略)......。そしてスラックは、その最前線にいるひとりである......などという白々しい書き出しが心底バカバカしくなる。そんな愛らしいアルバム『我時想う愛』だ。

 ラップにおいて、いまにもスピーカーからツバが飛んできそうな、やたら滑舌の良いフローというのが主流にあるけれど、スラックのそれはむしろ逆、舌足らずの発音を活かした独特のフローを見せる。滑舌の良さとは言葉を正確に伝えたい、韻(ライム)を聴いて欲しいという強い気持ちから来るのだろうけれど、そう考えるとスラックは、正確に伝わらなくてもそれは大した問題ではない、むしろ言葉の押しつけがましさを忌避したいとでも言わんばかり。『我時想う愛』は例によって歌詞カードはない......いや、それどころか曲名のクレジットすらない。表1のアートワークすらない。実に愛想のないパッケージだが、大袈裟な態度を好まないスラックらしい出し方だと言える。
 そしてCDはこうしてはじまる。「あーあー、マイクチェック、マイクチェック、これはスラックのCD。キーワードは......なんだろう......」、彼は自嘲気味に笑う。そしてつぶやく。「まあ、いつも通りか、"テキトー"」
 "テキトー"という言葉を敢えて口にするのはデビュー・アルバム『My Space』以来のことで、『我時想う愛』はいまのところもっとも多くの人に好かれている『My Space』の日常感覚をもった作品だと言える。あるいは、ひと言で言えば『我時想う愛』はメロウでソウルフルなアルバムだ。スラム・ヴィレッジの『ファンタスティックvol.2』のように。
 そしてこれは、RCサクセションの『シングルマン』めいた叙情をもったアルバムで、そういう意味では七尾旅人の昨年のアルバムとも決して遠くはない。ある種のボヘミアニズムが描かれているのだ。彼がいう"テキトー"とはまさにそれのことで、生き方があらかじめきっちり決められたこの疲れる社会で、しかしなるべく多様に生きること――だと言い換えることができる。スラックにしても、あるいはSFPのような連中にしても、とにかく生き方の多様性を阻む力に抵抗しているように思える。東京という都市にはとくに、テキトーな人たちを許さない冷酷さがある。正社員になるしか生活がないように思わせている。彼らが経済活動(ビジネス)に関してどこか無頓着なのも、そこに起因しているとしか思えない。話を戻そう。

 1曲の"But Love"は心地よく沈んでいくような、メランコリックなラヴァーズ・ラップ。最初のスネアの入り方からして格好いい。そして洒落たピアノをバックにPSGのメンバーのひとり、ガッパーが共演する"Noon Light"が続く。問題は3曲目の"東京23時"だ。シーダとコージョーが参加したこの曲のセンチメンタリズムは、アルバムにおいて際だっている。夜の11時の荒涼とした東京を目の当たりにしたときのあらゆる感情が頭をめぐる。魅力あるラッパーたちによるこの強力な曲を聴いてしまうと、その余韻すらも惜しくて、それに続く内省的な"いつも想う"がなかなか耳に入ってこない。それほど"東京23時"にはずばぬけたものがある。
 ブダマンキーがトラックを提供した"Come Inside"では日々の不安と恋の喜びを、ダウン・ノース・キャンプのタムが参加した"We Need Love"では彼らなりの表現で愛を賞揚する。ワッターによるイルなトラックの"タワ言"では仲間への言葉を綴り、ヤヒコが参加した"方の風"では夏の日の気怠い愛の時間を描写する。
 イスギのラップをフィーチャーした"My Hood My Home"からアルバムはゆっくりとアップリフティングする。スウィート・ソウルの"Can Take It"は歌詞の内容的にはRCサクセションの"ぼくとあの娘"、スカッシュ・スクワッドが参加した"何もない日に"は、その題名が物語るように彼らのボヘミアニズムが謳われている。それは『我時想う愛』においてもっとも美しい曲かもしれない。そしてクローザー・トラックの"Had Better Do"は不吉な響きを擁しながら、中途半端に、実にあっけなく、尻切れトンボのように、フェイドアウトする......。その肩すかしなエンディングは『我時想う愛』への評価をぼやけたものにするかもしれない。しかし、これは間違いなくマスターピースだ。格好の付け方をわきまえたエレガントな音楽で、ある意味ディアンジェロのように、そしてハートのこもった美しい作品だと思う。

野田 努