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Daedelus

Daedelus

Bespoke

Ninja Tune/ビート

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野田 努   Jun 02,2011 UP
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 アルフレッド・ダーリントンは知識をひけらかす気取り屋タイプではないが、90年代の〈ワープ〉と〈ニンジャ・チューン〉から大きな影響を受けたロサンジェルスを拠点とするこのアメリカ人は、IDM/エレクトロニカにおいて貴族趣味めいた方向性を最初から打ち出していた。先日、ダーリントンの新作が下北沢のジェットセットの新譜コーナーの壁に飾ってあるのを見たとき、そのキャプションに記された気合いの入った言葉からは、彼のファンが確実にいることを読み取ることができたが、果たしてデイダラスのファンがどんな人たちなのかまだよくわからない。彼はこの10年、音楽的に見て、あまりにも一貫性を欠いた活動をしているからだ。

 デイダラス......ギリシア神話の登場人物のひとりとして、日本語ではダイダロスの発音で通っている名前を作家名に使っているダーリントンは、DJシャドウがレア・ファンクやレア・ソウルではなく、クレタ島の文明を研究した挙げ句に作ったような、なんともユニークな音楽を作っていた。ある時期はアブストラクト・ヒップホップにも括られもしたが、ダーリントンはビートに命をかけるようなヘッズ系という感じではない。どうにも根無し草で、ゆえに特定の音楽スタイルを追求するのではなく、作品ごとコンセプチュアルであることを志向している。
 僕がダーリントンのアルバムで好きなのは、まずは2002年の『インヴェンション』、それから2005年の『エクスクイジート・コープス(優雅な屍体)』だ。ビート好きからは人気のある2003年の『ザ・ウェザー』もたしかに魅力的だし、〈ニンジャ・チューン〉からの最初のアルバムとなった2008年の『ラヴ・トゥ・メイク・ミュージック・トゥ』が酷い作品だとは思わないけれど、処女作にはその作家のすべてが凝縮されているという論に従うなら、(正確にはセカンド・アルバムにあたるのだけれど)『インヴェンション』における木管楽器とIDM、グランドピアノとブレイクビーツ、フランク・シナトラとアンビエントといったある種の古典的なエレガンスと最新の音楽テクノロジーとの対比のようなもののなかから聴こえる、気まぐれだが潔癖性的な叙情性がこの男の音楽の大きな魅力でのひとつだと思えるし、それは同時期のクラウデッドのドロドロしたビート、あるいは昔から同類に思われがちなプレフューズ73の神経質なビートとの明白な違いでもあった。派手なディスコにまで手を伸ばした『ラヴ・トゥ・メイク・ミュージック・トゥ』は、ダーリントンがもっともやるべきではない低俗さを無理してやった印象が否めない内容で、まぬけなアルバム・カヴァーの、こだわるべきところのない、ずさんな作品だと『ピッチフォーク』に酷評されたのも無理もない。

 そういう意味では昨年〈ブレインフィーダー〉から出した「ライテウス・フィスツ・オブ・ハーモニー」にはダーリントンにしか出せない、エレガントで、潔癖性的な叙情性が展開されていた。中国史に登場する義和団の乱を主題としたというその作品には、ボサノヴァがあり、ドリーミーなダウンテンポがあり、異国趣味的なラウンジ音楽というか、僕は時代のチルウェイヴな気分とあいまって気持ちよく聴けたものだが、『ピッチフォーク』はまたしても困惑し、すり切れたアストラッド・ジルベルトだと言わんばかりに厳しい評価を与えている。それはダーリントンにとっての最高の仕事がバスドライヴァーやレディオインアクティヴのようなラッパーと共作したヒップホップ作品『ザ・ウェザー』だと見る立場、あるいは"フライロー以降"としてその作品をとらえる向きからの評価で、そうし見地から言えば、7人ものゲスト・ヴォーカリストを起用した最新作の『ビスポーク』は下手したらさらに混乱を招きかねないアルバムだと言える。が、ダーリントンのそうした周囲の評価を意に介さない、赴くままの貴族趣味を楽しめるリスナーにとっては、あるいは〈ニンジャ・チューン〉を信じるファンにとっては、そしてIDMポップを好む人にとっては、最高の1枚になりうるアルバムでもある。

 オーダーメイドのスーツの注文を意味するタイトルが冠せられたこのアルバムは、3年前の『ラヴ・トゥ・メイク・ミュージック・トゥ』の悪夢を蘇らせるように、アップテンポのダンスからはじまる。しかしそれは「誰かがラジオのダイヤルをいじっているときに聞こえる音楽のような、楽しい混乱である」と、さすがに今回ばかりは『ピッチフォーク』も認めている。その言葉はひとつの喩えとして『ビスポーク』を実にうまく言い表している。
 ヴィクトリア朝時代のヴィンテージ・ファッションをテーマとしたこの音楽は、ノスタルジックな歌とゴージャスなオーケストラがもつれ、絡みあいながら、ざわついたドラムブレイクのアッパーなある種痛快なノリとともに進行している。昨年、〈アンチコン〉からデビュー・アルバムを発表したバスが歌う"フレンチ・カフス"は場末のキャバレーで演奏するジャズ・バンドのドラマーが突然暴走しだしたような、いわば分裂的でもっとも実験的な曲だが、そこにも魅力的なユーモアがある。基本的に音数は多く、賑やかな音楽で、そして冗談があり、虚構を面白がるという点においても〈ニンジャ・チューン〉らしいと言えばらしいし、それは気の向くままに音を鳴らしてきたようなダーリントンにおいておそらくはゆいつ一貫していることでもある。
 この音楽をどんなリスナーが聴いているのかよくわからないが、『ビスポーク』がジェットセットからわりと早く売れていったことは僕にも理解できる。

野田 努