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橋元優歩   Nov 13,2012 UP
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 ダンス・ミュージックといっても、アイタルの場合はまるで首根っこを押さえて踊らされるような抑圧的なものがあって、それが身体的な快楽へと結びついていくのは先のことになる。解放するビートではなく、制圧するビートと言えばよいだろうか。筆者にはダブル・バインドの感覚に近いように思われる。ビートは踊れと言ってくるが、音全体としては踊るなと言う......深刻な精神の危機に結びつくともされるこの二重拘束のプレッシャー、そのなんとも消耗的な抑圧ののちには、わあっと叫びながら踊り出してしまいたいような危険な快楽が待っている。
 実際にブラック・アイズからミ・アミまで、彼アイタルことダニエル・マーティン-マコーミックの異様なヴォーカル・スタイルには、一貫して同種の分裂が感じられる。女性かと思うほど高く、カンの強い声でけたたましく叫びまくる彼のヴォーカルは、けっしてハードコア由来のものとばかりは言えない。もっと彼の存在そのものに根ざすような、スタイルを超えた衝迫がある。ライヴにおいても感じたが、それは唐突にはじまって止む。制御のきかない、彼自身の精神のいち部であるようにきこえる。ゆえにあらゆる形式性から逃れ、シャウトでもスクリームでもない、未確認のノイズとして鮮やかな印象を頭に焼きつける。
 今作ならば、たとえば"エンリケル"後半の掻き傷のような高音ノイズがその代理だ。殺伐としたドローンとインダストリアルなビートが、相反する信号を発しながら二重拘束を強いてくる。その割れ目から漏れ出すキリキリと不快なノイズは、嫌がらせるようにじりじりと音程を上げ、なかなか止まない。
 あるいは"ホワット・ア・メス"。今度は冒頭からうんざりするようなファルセットの嘆願――嘆願かどうかは知らないが、しつこくねちねちと、リヴァーブで増幅しスクリューで減速しながら、何事かしゃべりつづけている――に圧迫され、すっかり滅入りながらも身体はダンス・ビートでハイに刺激されるという、逃れたくてたまらないダブル・バインドが襲ってくる。これをヘラヘラとクールに聴けるほど筆者はタフではない。だが、"ディープ・カット"の冒頭までには、その不快さから去りがたいほど骨抜きにされて、ぐったりしながらも音に身をもたせざるを得ない。

 こうした感覚については、マーティン-マコーミックは自覚的な発言を残している。「身体的な嫌悪についてよく考えていて、その表現を自身のなかや他人に見つけたように、精神にあるむき出しの神経に直接触るような、そんなプロジェクトをはじめたいと思った」。これは彼がソロ・プロジェクトとしてセックス・ワーカーを名のりはじめるにあたって考えたことだというが、アイタルにおいてもじゅうぶんにその性質を語るものである。つづけて彼は、それらが彼自身のなかの嫌悪に対するアート・セラピーだとも述べる。薄気味が悪いほど冷静な自己分析だが、おそらくそのとおりなのだろう。こうした分裂によって、彼は何かを縫合しているのかもしれない。
 そうすると"ディープ・カット"における救いが見えてくる。強すぎない4つ打ち、ノイジーだがどこか抜けのある音響。ライヴ・エディットが用いられているのは、適度なチルアウトによって、この「治療」を完結させるためではないだろうか。じつに巧妙な構成をしている。

 彼は〈タッチ・アンド・ゴー〉から〈ノット・ノット・ファン〉、そして〈プラネット・ミュー〉を渡ってきた。彼のなかの異形のハードコアは、〈タッチ・アンド・ゴー〉の象徴的な幕引きとともにバンドのスタイルを解かれ、ダンスに、ハウスに、ドローンに、ダブに拡散し、また凝縮していった。〈ノット・ノット・ファン〉や傘下の〈100%シルク〉は、こうした不定形のハウスを受け止めて発信する柔軟さと先鋭性とでインディ・シーンを大きく動かした。本人も言うように、ベッドルーム・ミュージックを作るプロデューサーと、DJと機材オタクとがいっしょにいるような、ゆるやかなコミュニティであることがこのレーベルの性格をよく表している。そしてポリシックのサイケデリアやルーディ・ザイガドロのクラシック趣味とR&Bなど、今年も幅を広げている〈プラネット・ミュー〉にも冴えがあった。彼は狙ったわけではなく、自然に時代のモードと併走している。この数年における重要なレーベルをつなぐ数奇な精神/身体として、アイタル名義で2作めとなる本作には説得力ある完成度が宿っている。OPNなどとの共通性も強くうかがわれるが、マーティン-マコーミックには粗野で抑制のきかないカルマがあり、それが方法においてはラフでありながらも強い魅力になっている。インディ・ダンスと言わず、この数年のインディ・シーンを見渡したときに、ぜひとも捉えておくべき1点である。

橋元優歩