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Autre Ne Veut

Autre Ne Veut

Anxiety

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橋元優歩 Feb 19,2013 UP

 オート・ヌ・ヴの音楽、そして彼のR&Bの前に、性愛が肉体的なものか精神的なものかという問いはじつに粗暴に感じられる。アーサー・エイシンが歌いたいのは、肉の表面に宿る彼の心である。多くのレヴュワーが女性器ではないかと解釈した『ボディ』のアートワークを、それでも誰も単純なポルノグラフィとしてとらえなかったのは、それが肉体的なものであると同時に彼の心そのものの表現だと感じたからだろう。「圧倒的でグロテスク、しかしそれと同じだけ繊細で美しく、優しいもの」とエイシンは表現しているが、それはおそらく彼にとってのR&Bと同様のものだ。肉であり心、そのように聴くとき、エイシンの歌のエロティシズムは音楽というボディ自体の強度となる。そして今作『アンギザエティ』は、そのダイナミズムをシンプルに取り出すことに成功している。

 昨年のハウ・トゥ・ドレス・ウェルのセカンド・フル、今年に入ってすぐのトロ・イ・モワのサード・フル、そしてもうじき発表されるインクのファースト・フル。少なからずインディ・ミュージック・ファンには意識されていることだろうが、ポスト・チルウェイヴやその傍流にある音などの一部が、ストレートなR&B志向を強めている。挙げればもう少しあるが、アンダーグラウンド・シーンから誕生したシンガーたちによるポップス回帰の流れは、一種のノスタルジーを巻き込みながらも、確実に新しくリアルな息づかいを感じさせている。オート・ヌ・ヴによる本作も、まずは同種の傾向を深めている点を指摘しなければならないだろう。ティンバランドや、もしくはケシャやケイティ・ペリーを手がけるドクター・ルークなど、ヒットチャートを参照するかのようなリッチでクリアなプロダクションが手にされ、スムーズな手触りのソング・ライティングが行われ、アンダーグラウンドなムードを紙一重のところで抑えている。

 だがオート・ヌ・ヴは、そもそもはインディ・ロックとインディ・ダンス、シンセ・ポップなどの混交点に忽然と湧きあがり、チルウェイヴのムードと併走しながら思い思いにアンビエントやドローンやノイズ・ミュージックなどへと散開していった、2010年前後の大きな流れを背景に登場してきたアーティストである。2010年のデビュー・アルバムは〈オールド・イングリッシュ・スペリング・ビー〉から、2011年のEP『ボディ』は〈ヒッポス・イン・タンクス〉から、2011年には、〈ロー・レコーディングス〉主宰ジョン・タイが参加するバレアリック・デュオ、シーホークスとのスプリット・シングルを発表していることも記憶に新しく、今作は〈ソフトウェア〉だ。これらの名称からも彼が活動してきた文脈や背景がアンダーグラウンドなシーンに根ざしていることは明らかだろう。

 だから〈ソフトウェア〉からリリースされていることは、本作から彼らを聴きはじめる人にとっては最大の紛らわしさかもしれない。エイシンは、主宰のフォード&ロパーティンの片割れ、鬼才ダニエル・ロパーティン(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)とは大学時代のルーム・メイトであり、少なからぬ影響を受けているようである。だが、彼らのように硬質で冷たい批評性を光らせたエイティーズ・レトロスぺクティヴとエイシンのそれはまったく違う。そして今作のストレートなポップ志向も、ロパーティンらの諧謔とはまるで異なるものだ。それはもっと衝動的で、同時にそれを抑圧しようとするような奇妙な苦しさが漂っている。両者はともに知的な存在だが、ふたりの盟友の間のこの熱と冷気の対照には、思わずぐっときてしまう。

 ひりひりと胸をしめつけるようなエイシンの熱情(とその苦しさ)は、アルバムすべてを細く強い糸となって結んでいる。その糸の名を「アンギザエティ」と呼ぶことができるだろう。エイシンが慢性的なうつ病であるというだけでなく、このタイトルには彼がここ数年抱いてきた対人不安や家族不安、社会不安などが反映しているという。エイシンの音楽に暗さは感じられないが、彼のヴォーカルからはそのエモーションのありったけを受け取ることができるだろう。その過剰なエネルギーとエモーションが不安の裏返しであることは想像に難くない。緩急をつけながらも音数を少なくしていく後半の展開は、メロディの肉感的な美しさをむき出しにしていく。プリンスのようにウォーミーなシンセ・サウンドも健在だ。
 "エゴ・フリー・セックス・フリー"というタイトルにはまた彼の身体観がよく表れている。肉体を自由にすれば、精神も自由になる......通りすがりの男性が話していた言葉から拝借したということだが、それは肉と精神がほとんど不可分なものとして捉えられているということだ。この曲はきわめてエモーショナルでありながら激しいシンコペートによって身体的な吃音を揺さぶり出す、当世最高のボディ・ミュージックでもあるかもしれない。

 蛇足ながらアート・ワークについて。本来この額縁のなかにはエドゥアルト・ムンクの『叫び』が収められていた。サザビーでのオークションにかけられた模様を再現し、現代人の不安(=『叫び』そのもの)を取り出して、現代の資本家たちのフレームのなかに収めてしまえという意味をこめたものだそうだ。奇妙なところでとんちをきかせるのも彼らしい。
 それから、国内盤の価格はここまできている。価格の決定には努力だけではままならない事情が様々にあるとはいえ、1600円台には頭が下がる。

橋元優歩

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