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Yui Onodera

AmbientElectronicTechno

Yui Onodera

Sinkai

Arctic Tone

Tower HMV Amazon

デンシノオト   May 26,2015 UP
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 まるで深海の底にゆっくり沈みこむようなディープなアンビエント・ダブだ。霧のような音響の層がいくつも折り重なり、聴き込んでいくにつれて意識がゆったりと遠のいていく。同時にその音はシェルターのように私たちを包み込む。深く鳴り響くキックの音は、鼓動に包まれるような安心感すらもたらすだろう。音の海へと沈み込んでいくことへの畏怖、そして安堵。まさにアルバム名「深海=Shinkai」そのもののような壮大な音響の連鎖。
 本作はアンビエント/サウンド・アーティスト小野寺唯、8年ぶりのソロ・アルバムである。そして小野寺の決定的な「変化」を刻印している記念すべきアルバムでもある。リリースは注目の国内アンビエント・ダブ・レーベル〈アークティック・トーン〉から。

 小野寺唯はソロ・アルバム/コンピレーション・アルバムや建築空間などのサウンドデザイン(音響建築設計)などを通じて、ブライアン・イーノ直系の環境音楽=アンビエント・ミュージックの概念を現代的な環境への問題意識によってアップデートしてきた音楽家である。ここ数年も、世界中の電子音響作家などを召還し、ローカリズム(地域性)と音響作品との関係性を考察するコンピレーション・アルバム『ヴァナキュラー』をリリース、サウンド・アートと環境音楽の現代的な問題意識を提出し、BJニルセン、クリス・ワトソン、エックハルト・イーラーズなどと共に都市と環境の問題を思考する書物『ジ・アコースティック・シティ』にも参加するなど、まさに多方面から人・環境・音響の問題に切り込んできた。

 小野寺はソロ・アルバムのリリースに加え、コラボレーションも多く行っている。中でもアンビエント・アーティスト、セラーとの競演作『ジェネリック・シティ』(2010)は近年のアンビエント作品の傑作である。
 自分と他者という関係から生まれるコラボレーションという創作は、彼にとって、もっともミニマムな環境の創出でもあったのだろう。個人(自分自身)の内面の追求よりは、その個人が存在する環境を考察することで、人と社会との関係を、彼特有の優雅な音の連なりによって表現していくこと。その穏やかなアンビエントの向こうには、そのような強い意志も感じられた。

 だが、昨年あたりから音楽家、小野寺唯の作風に変化(の兆候)を感じることが多くなってきた。というのもこれまでのアンビエントな作風に加え、世界的な潮流でもあるインダストリアル/テクノへと接近しつつあるように聴こえるのだ。
 その最初の成果が昨年にリリースされたMizkami Ryuta(mulllr)とのユニット、Reshaftのアルバム『Decon』であろう。この作品は00年代後半を代表する日本人アンビエント・アーティストとエレクトロニカ・アーティストの競演作であると同時に、日本から世界の同時代的潮流であるインダストリアル/テクノへの応答とでもいうべき驚嘆すべきアルバムに仕上がっていた。ダークな雰囲気は、現在の暗い予想を見事に反映し、同時にそこに彼ら本来の資質ともいえる「優雅さ」が見事に加えられている。個人と世界のアンバランスを、硬質な音で疾走するかのようなトラックたちはじつにクールだ。このアルバムはオーストラリア・ウィーンのレーベル〈コンフォートゾーン(comfortzone)〉からリリースされた、エンジニアリングをラディアン/トラピストのメンバーであるマーティン・シーヴァートが手がけたことでも話題になった。いわば2000年代的な音響・エレクトロニカの文脈の交錯点にある現代的なインダストリアル/テクノなのだ。
 ソロ新作である『Sinkai』は、その『Decon』のダークな要素を引き継いでいる。本作には彼特有のワビサビのアンビエント感に加えて、まるで海外の〈モダン・ラブ〉などのインダストリアル/テクノの潮流と合流するような感覚のダークなアンビエント・ダブが交錯しているのだ。ここに小野寺の変化と新境地を聴くことは可能だろう。

 この変化は何を意味するのか。私見だがそこに「環境から個人へ」というドラマチックな視点(聴点)の変化が起こっているように思えてならない。事実、本作には個人の内面にある光を深く見つめるような音楽が横溢しているのだ。まるで後期マーラーのアダージョのようにロマンティックな色彩とでもいうべき何か……。
 1曲め“Sigure”の朝霧のような音の層と、インナースペースに遡行するような淡いビート。心臓の鼓動のようなキックとシンセのオーケストレーションが見事な2曲め“Syakkei”。荒涼とした光景を描写するような3曲め“Mon”。その光景から逃走するかのようなキックの4つ打ちが響く4曲め“Matou”。微かな光が刺しこむような5曲め“Akatsuki”。どこかオリエンタルなリズムに水の音などが細やかにレイヤーされ聴き手の意識を深海の底へと連れていく6曲め“Sinkai”。そして、7曲め“Kasumi”においてアルバムはクライマックスを迎える。アンビエントな電子音/持続音は、まるでロマン派の交響曲の管弦楽のようにオーケストレーションされ、雄大にして個の内面に光を与えるような圧倒的な音楽が展開するのだ。ドラマチックな前曲を引き継ぐかのように8曲め“Kaori”では、穏やかにアルバムのコーダを奏でる。深海の底から宇宙の光までを一気に内容・解凍するかのような、じつに見事な構成と終局だ。

 本作はコンセプト・アルバムのように構成されているが、私はアルバム1枚で電子音楽の交響曲のように聴いた。つまりサウンド・アーティストである小野寺唯の「音楽家」としての側面が、これまで以上に濃厚に、前面化している印象を受けたのだ。環境から個人へ、である。
 この変化は、彼が時代の無意識を鋭く感じとった結果ではないかと思う。いま、世界は途轍もない変化の只中にある。それはこれまでの社会構造を根本から変えていく変化だろう。常に環境を思考してきた小野寺が、この変化に鈍感なはずはなく、むしろ変化の只中にあるからこそ環境と個人の関係を問い直し、それらをより密接なものとすることで音楽へと変換する作品が必要である、と考えたとしても何ら不思議ではない。
 だからこそ、この壮大なパーソナル・スペースのような音楽/音響は、2015年の「新しい環境音楽」とはいえないか。つまり環境音楽はよりパーソナルな心理に効く=聴く必要があるのだ、というように。ほぼ同時期にリリースされたアルヴァ・ノトの新作『ゼロックスVol.3』とも呼応するアルバムであり、まさに世界的な無意識や潮流とリンクする作品といえよう。

 最後に小野寺の、さらなる新リリース作品についてもひとこと。ロシア・マリインスキー劇場管弦楽団のクラリネット/ピアノ奏者ヴァディム・ボンダレンコとのコラボレーション・アルバムがデジタル/フィジカルがリリースされている(CD盤の国内入荷はもう少し先か?)。この作品は、ピアノとアンビエント融合によって「新しいアンビエント・ミュージック」を追求しているように思える。ヴァディム・ボンダレンコの澄んだピアノの音色が、どこまでも耳に涼しい。このアルバムも素晴らしいので、ぜひとも聴いていただきたい。

デンシノオト