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Nils Frahm

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デンシノオト   Jun 01,2015 UP
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 バンドキャンプなどでモダン・クラシカル(ポスト・クラシカル)な曲や音楽家を探索していると、明らかに「ニルス・フラーム以降」とでもいうべき音楽家に遭遇し、彼の影響の大きさを痛感することになる。
たとえば、フランス・ボルドーのジュリアン・マーシャルや、ニュージーランドのリーヴァイ・パテルらの楽曲を聴いてみよう。彼らの音楽からは、間違いなく「ニルス・フラーム以降」の刻印を聴きとることができるはずだ(彼らの創る音楽は十分に美しい)。
 もちろん、「ポストクラシカル」という言葉じたいは広く知れ渡っているし、すでにひとつのシーンも出来上がっているのだから、その立役者ともいうべきニルス・フラームから影響を受けた音楽家がいても、まったく不思議ではい。
しかし何より重要なのは、それら音楽家たちがニルスの曲調のみならず、彼独特のサウンドに影響を受けていると思える点である。音楽性のみならず、録音・音響にも影響を受けていること/影響を与えていること。そこにニルス・フラームという音楽家と、その影響力の新しさがある。

 ニルス・フラームのピアノ・サウンドといえば、ピアノの内部にむけてマイクを極端に近づけて録音したような音がまず思い浮かぶ。ピアノの打鍵と連動して、細やかに動くハンマーの音。それはピアノが鳴っているという気配の音だ。ピアノの内部でピアノの音を浴びるような顕微鏡的な音の横溢と、すぐそばで彼がピアノを演奏しているような気配。
この二つが、ニルスの瞑想的なピアノのインプロヴィゼーションと交錯するとき、ニルス・フラームの音楽は私たちの心に深い感情を生み出すことになる。ポストクラシカルの世界を超えて、彼の音楽/録音が聴き手にも音楽家にも強い影響を与えているのは、サウンドが引き起こすイマジネーションの強さゆえだろう。

 本作『ソロ』は、2015年のニルス・フラームの新作である。このアルバムは、まず彼が定めた「ピアノ・デイ」に特別サイトから配信され、その後にLPとCDがリリースされた。ちなみにピアノの鍵盤が88鍵であることから毎年88番目の日を「ピアノ・デイ」としたという(今年は3月29日)。そしてアルバムの曲も「8」にちなんで「8個」のモチーフを元に即興で演奏した曲が収録されている。
 しかし、本作を聴いた人は、何よりその音の質感や雰囲気に驚くのではないか。この音は本当にピアノの音なのか。それとも何か別の弦楽器の音なのか。いや、しかしこの響きの芯は、まさにピアノの音だ……というように。聴いたことがあるようでない音。ピアノが弦楽器であることを、チェンバロではなく、モダンピアノで改めて確認するかのような独自の聴取体験がここにある。

 種明かし(?)をすると、この作品の楽曲は「世界最大のピアノ」とよばれる「クラヴィンス M370」で演奏されているのだ。巨大な理由は、普通のピアノより低音弦を長くしたから。横に設置するのではなく、パイプオルガンのように壁に面して作られている。この構造・形状は、低域も含めて、ピアノが本来持っている音を実現するためのものという。本作特有のサウンドは、「クラヴィンス M370」によるところが大きい(むろん、ニルスの録音の力もあるはずだが)
 そして、このピアノを作った人が、知る人ぞ知るピアノ製作者デヴィッド・クラヴィンスである。彼はニルスと友人であり、このアルバムの収益はデヴィッドが制作している究極のピアノ「クラヴィンス M450」の制作に当てられるという。つまり「夢のピアノ」実現のためのプロジェクトであり、音楽の夢を共有する音楽家とピアノ製作者との友情の証のような計画でもあるのだ。
しかし、これは単にプロジェクトやコンセプトだけの問題だけではない。この友人への深い敬意と親密さは、ニルスの音楽の重要なコアに思えてならないのだ。そもそも彼の出世作『ザ・ベルズ』(2009)も、友人ピーター・ブロデリックとともに作られ、アートワークにはニルスの父によって撮影されたニルスの写真(満面の笑み!)が使われてはいなかったか。
 ニルス・フラームの音楽・演奏には、どんな場所(教会であろうとスタジオであろうとコンサート会場であろうと……)でも自宅の居間でくつろぎながら、家族や友人たちをもてなすような深い親密さがある。じじつ、この巨大なピアノで演奏される音楽・音響もまたとても優しげで、親密ではないか。私は、まずその点に感動する。

 1曲め“オード”の冒頭、わずかな沈黙の後、深い祈りのように弾かれる和声。そのコード・モチーフは繰り返しながら聴き手の心にゆったりと浸透していく。ピアノ、弦の響きに耳も潤う。2曲め“サム”以降も、モチーフを繰り返しながら、そこに微かなインプロヴィゼーションが加味され、リスナーの感情の襞に浸透するように、ときにドラマチックに、ときにミニマルに音楽は展開する。感情と静寂の往復でもいうべき楽曲たち。ニルスは旋律と和声という言葉を用いることで聴き手の心に語りかけてくる。その音楽を包み込む空間と音響の素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。
そして6曲め“ウォール”で音楽は大きく変わる。力強いミニマル・ミュージックが展開するのだ。光が点滅するような演奏・音楽・音響には、彼のエレクトロニクス・ミュージック作品的な側面ものぞかせる。つづく7曲め“イマース!”は強烈な全曲を受けて、彼にしては珍しいジャジーな演奏を展開。これがゆっくりと熱を覚ますような曲でじつに良い。
ラスト8曲め“フォー・ハンズ”の華麗な花びらのようなミニマリズム! この曲/演奏は、まるでピアノと音響の別領域とでもいうべき素晴らしさ。軽やかな羽毛のような、春の日差しのような、夢の中のような、柔らかい祈りのような音楽。ドラマチックでいて静寂であり、エモーショナルであり、同時にスタティックでもある。

 そう、ニルス・フラームの音楽は、家族や友人たち、そして私たち聴き手たちとの「奇跡のような遭遇」に向けられている。本作も同様だ。なんという安らぎ。なんという親密さ。彼の音楽/音響が、音楽家にも観客も強い魅力を放つのは美しい演奏も、録音も、その音楽すべてが、聴き手への深い信頼に捧げられているからではないか。だからこそ私たちリスナーは彼の音楽を愛し、親しい友人から送られてくる手紙のように、その新作を待ちわびているのだろう。

デンシノオト

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