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冬にわかれて

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冬にわかれて

なんにもいらない

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柴崎祐二   Nov 13,2018 UP
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 「シティポップ」のリヴァイヴァルが2012年ころから喧伝され、沢山のミュージシャンがその呼称に含まれることに違和感を表明しながらも、結果として「都市の音楽」としてのシティポップを磨きあっていた頃から、寺尾紗穂はそのような時流などどこ吹く風といった風情で、軽やかにピアノを弾きながら自分の歌を歌っていた。そしてそれは、本来的な意味におけるシティポップの美しさ(都市に生き、考え、人を眼指す音楽の美しさ)が、彼女が血肉としてきた音楽と、今を見つめる視点によって、とてもみずみずしい形で息づいているものでもあった。
 しかし彼女にとって、きっと自分の音楽がどんな呼称で評されるか、そんなことはどうだっていいだろう。私はそれがとても嬉しかった。今、音楽を音楽のままだけにしておけるというのは、とっても稀有な才能だから。
 だから、アルバム『楕円の夢』で寺尾紗穂という稀代のシンガーソングライターとともに仕事をする機会を得た私は、彼女の音楽にある何者にも冒し難い清廉を、いかにしてそれが清廉であるまま人々の耳にとどけるかに努めた。早いもので、それから3年半が経った。『楕円の夢』の日々は、音楽制作者としての私の人生において、最も美しい時間でありつづけている。

 「冬にわかれて」は、寺尾紗穂と、これまでも彼女のソロ活動を支えてきたあだち麗三郎、伊賀航というふたりのミュージシャンによる「バンド」である。
 コミュニティの生まれる最小単位である3人というトライアングル、その形態を慈しむように、彼らはそれをバンドと呼んだ。シンガーソングライターとそのサポート・ミュージシャンというにはあまりに有機的な音楽表現主体になっていたこの3人の関係を素直に発展させたとき、自然とバンドという見えない紐帯が浮かび上がってきたのだろう。

 今作『なんにもいらない』は、そんな3人の間に流れる空気をそのままに閉じ込めたようなデビュー・アルバムだ。
 昨年 7 inch でリリースされたシングル“耳をすまして”を始め、寺尾作の曲では、歌と演奏の相関はより密接となった。あだちのドラムスは、寺尾のピアノにも増して全体を包み込むように駆動していく。ときに響く彼のサックスも、アレンジという枠を超えて、鮮やかな肉感を楽曲に与えていく。盤石であり、ときにトリッキーな伊賀のベース・プレイは、サポート・プレイの際の寺尾に付き従うような奥ゆかしさをかなぐり捨て、バンドとしての「合奏」を大胆に形作る。そして、彼らふたりによって提供された“君の街”と“白い丘”(伊賀作)、“冬にわかれて”(あだち作)では、寺尾紗穂の記名的歌声がこれまでと違った旋律、違ったリズムに乗ることで、バンド作品でしか生まれえない好ましい異化作用とでもいうべきものが引き出されている。特に、伊賀がギター演奏を披露する“白い丘”の新鮮さはどうだろう。ゲスト参加の池田若菜による流麗なフルートを交えた、あのカエターノ・ヴェローゾにも通じるようなエヴァーグリーンな和声感覚を湛えたこの曲は、緊張感あるメロディーを寺尾が切々と歌うことによって、小品ながらまったくもって素晴らしい楽曲となっている。

 そしてもちろん特筆すべきは、寺尾作の各曲の充実ぶりだ。モータウン・ビートを大胆に取り入れた躍動的な“月夜の晩に”は、珍しくコーラスも交え、清涼感溢れるシティ・ソウル。アブストラクトな演奏がかえって詩情を引き寄せる“なんにもいらない”と、暖色のフォーキーとも言うべき“優しさの毛布でわたしは眠る”の豊かさ。「君が誰でもいいんだよ ただ今伝えたいことは プリンの美味しいあの店の場所と それがどれほど美味しいか」というチャーミングな一節が、日常を生きる私とあなたの背中を優しく押してくれるような、終曲“君が誰でも”の零れるようなポップネス。そのどれもが、彼女がかつて私に「普通に生きていると歌が生まれてくるんですよ」と笑いながら語ってくれた通り、生活者としての寺尾紗穂の視線にしっかりと貫かれている。そういった意味で、各曲の詩作は、そのどれもがとても「今」であり、その「今」の匂いが聴くものの胸を温めたり、ときにはハッとさせる。

 音楽が音楽そのままでいるということ。「冬にわかれて」の3人は、そんな、貴くてこわれやすいことを得意とする、不思議な人たちだ。私たちも、届けられた音楽がこわれないように、大切にこの作品を聴き継いでいきたい。
 私たちが耳をすませば、この音楽は、音楽そのままの形のままでずっと、私たちに寄り添ってくれるだろう。

柴崎祐二