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Beirut

Indie Rock

Beirut

Gallipoli

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木津毅   Feb 06,2019 UP
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 タイトルの『ガリポリ』はガリポリの戦いで知られるトルコのガリポリ半島かと思っていたら、イタリア南部に位置する海沿いの街のことらしい。ガリポリに関する知識がまったくないのでグーグルの検索に入れてみる。美しい地中海沿いの風景、城塞都市であるという旧市街、美味しそうな地中海料理の写真。なるほど、行ってみたくなる場所だ。あるいは、『ガリポリ』のタイトル・トラックを聴いてみる。ベイルートらしい8分の6のゆったりしたリズムに合わせて叩かれる柔らかい太鼓の音、大らかなブラス・セクションとともに伸び伸びと歌うトランペット、ザック・コンドンのバリトン・ヴォイス。地中海の街に立つ即席の楽団を想像してみる。どちらのほうが僕たちはより豊かに「ガリポリ」を感じられるだろう?

 ベイルートことザック・コンドンの音楽に無条件で親近感を覚えてしまうのは、彼が映画館でアルバイトしていたときに観たエミール・クストリッツァの映画を観て東欧の音楽に興味を持ったエピソードのせいかもしれない。日本にもクストリッツァの映画の影響でバルカン音楽を好きになったという人間は多いが、つまり、コンドンの東ヨーロッパ音楽への関心はとても素朴な場所から始まっている。彼はその憧憬の純度を保ったままヨーロッパを旅し、そして自分の音楽にとても素直に取り入れた。それが素晴らしいはじめの2枚になる──僕のお気に入りは哀愁がとめどなく迸るセカンド・アルバム『ザ・フライング・カップ・クラブ』(2007)だ。その終わり3曲を聴けば、いつか東ヨーロッパを旅してみたいという気持ちが何度でも鮮やかに蘇る。
 『ガリポリ』は彼にとっての5枚めのアルバムで、注目されるトピックはふたつ。ひとつが初期2作の作曲に使ったファルフィッサのオルガンを再び使ったこと。もうひとつが、コンドンがニューヨークを離れ、ベルリンに居を移したことだ。レコーディングはイタリアでおこなわれたという。前者については、サウンド・アプローチを大きく変えた前作『ノー・ノー・ノー』(2015)から引き返しぐっと初期のムードに近づいた要因だと言えるだろう。もちろんコンドンは初期2作からアルバムを重ねるごとに音楽性の幅──取り入れるサウンドの地域性やリズムのボキャブラリーを増やしてきたので、この『ガリポリ』は12年前と比べて遥かに成熟したものであることは間違いない。が、どこかで初期のような衒いのない伸びやかさが感じられ、そのことがアルバムに再びフレッシュな風をもたらしている。
 そして後者について。ニューヨークを離れた理由として、コンドンはいわゆる「大統領」の問題やストレスフルな都市のムードに嫌気が差したからだと語っている。この2年ほどのアメリカの政治と社会の混乱はミュージシャンたちに様々な反応を促したが、ベイルートは文字通り逃げた。アメリカではない場所へ。そのことが結果として、ベイルートらしさ──自分が「住まなければならない」場所から音楽の想像力で羽ばたくこと──を充溢させることとなった。ふくよかな管楽器のアンサンブル、音色を変えていく多様なリズムによる舞踏感覚、鷹揚なメロディといくらかのペーソス。ポップなヴァラエティをアピールする前半もいいが、ベイルートの音楽性の奥行きを感じさせるのはB面に当たる曲群だ。リヴァーブのこもったビート・ボックスと控えめなコーラス、柔らかなトランペットが次第に華やかなオーケストラを導いてくる“Family Curse”。南米のリズム感覚とメロディが注がれた“Light in the Atoll”はベイルートとしては新鮮だし、あるいはぐっと抽象的なエモーションへと舵を切る“We Never Lived Here”の曖昧な悲しみは、増していく音の重なりとともにゆっくりと去っていく。

 その“We Never Lived Here”でコンドンは「僕たちはここに住んでいなかった」と歌うが、それは新たな土地へと降り立った心境とも取れるし、かつて住んでいた場所が自分の心を捕まえていなかったことの比喩とも取れる。それは、いま日本に「住まなければならない」僕たちにも共感できる引き裂かれた感情ではないだろうか。シンプルに、ここにいたくないという気持ち。この社会が自分たちの心を殺していくというような恐怖。“Family Curse(家族の呪い)”はコンドンの家系に多い精神疾患に対する恐怖心についてだそうだが、それはつまり、生まれ落ちた場所や状況に縛られるしかない閉塞感を指しているとも言える。
 だが、僕たちは本当はそれに縛られなくてもいい。ベイルートの音楽が、『ガリポリ』がそのことを僕たちに語りかけてくる。彼が主宰するアンサンブルはミスタッチやミストーン、すなわち人間による偶発的なエラーも許容しながらその瞬間瞬間を受け入れ、架空の旅を続ける。その「ワールド」の咀嚼が正確なものではないがゆえにこそ、想像はどこまでも広がっていく。翻って現在の国家は人間の移動を制限しようと必死だが、しかし本質的には何者もけっしてそれを押し留めることなどできない。かつてブルックリン・シーンの「非アメリカ」を体現していたザック・コンドンはアメリカを実際に脱出し、そして彼の音楽を聴く僕たちは移動し続ける音楽の自由を知っている。

木津毅

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