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Kyou Records, Vanity Records

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Vanity Tapes

Kyou Records, Vanity Records

松山晋也 Feb 03,2020 UP

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Old & New

 『Vanity Box』
幻の音源が一挙再発~動き続ける音の先端だけをとらえた記録

〈ヴァニティ・レコーズ〉ほど謎と伝説に満ちた日本のインディ・レーベルはないだろう。一昨年に亡くなった阿木譲氏が『ロック・マガジン』の刊行と並行して78〜81年に主宰した大阪のインディ・レーベル(おそらくJ-インディ界最古)であり、そこからは、フューがリード・ヴォーカルをとったアーント・サリー、エレクトロニック・ユニットのDADAやシンパシー・ナーヴァスなどの作品がリリースされていた……熱心なロック・マニアであっても、おそらくその程度が平均的な知識であり、カタログ中の数枚はきいたことがある……といったところではなかろうか。

 〈ヴァニティ〉からは4年弱の間に11枚のLP(うちひとつは2枚組オムニバス・アルバム)、3枚の7インチ・シングル盤、6本のカセット・テープがリリースされ、その他にもロック・マガジンの付録として世に出た12枚のソノシート(79〜82年)もあった。タイトル数としてはたいした数ではないが、なにしろ各タイトル(ソノシート以外)のプレス枚数が各300〜500枚であり、カセット作品に至っては数十本程度のコピー商品だったため、リアルタイムで全てを聴いていた者は極めて稀だったはずだ。
 もちろん私も例外ではない。最初に聴いたのはアーント・サリー『アーント・サリー』(79年)だったが、それは友人にコピーしてもらったカセットであり、現物を入手したのは84年、コジマ録音からの再発LPだった。80年代にはシンパシー・ナーヴァスやダダなどいくつかの中古盤やコピー・カセットを入手したが、全作品制覇はとても無理だった。6本のカセット作品に至っては、全く聴いたことがなかったし。つまり、名前だけは知っているけど全容は霧の中……そんなレーベルだったのだ。40年間も。

 しかし今、そうしたモヤモヤがやっと解消される時が来た。昨年10月の一挙再発によって。リリースされたのは『Vanity Box』、『Vanity Tapes』、『Musik』という三つの箱だ。内訳は以下のとおり。

■『Vanity Box』11CD  限定500セット
 (/)内はオリジナル盤の発売年と品番 
・DADA『浄 (Jyo)』(78年/vanity 0001)
・SAB『Crystallization』(78年/vanity 0002)
・Aunt Sally『Aunt Sally』(79年/vanity 0003)
・Tolerance『Anonym』(80年/vanity 0004)
・あがた森魚『乗物図鑑』 (80年/vanity 0005)
・R.N.A. Organism『R.N.A.O Meets P.O.P.O』(80年/vanity 0006)
・Sympathy Nervous『Sympathy Nervous』(80年/vanity 0007)
・BGM『Back Ground Music』(80年/vanity 0008)
・Normal Brain『Lady Maid』(81年/vanity 0009)
・Tolerance『Divin』(81年/vanity 0012)
・7インチ・シングル集
  Sympathy Nervous「Polaroid」(80年/VA-S1)
  Mad Tea Party「Hide And Seek」(80年/VA-S2)
  Perfect Mother「Youll No So Wit」(80年/VA-S3)
  の各3曲、計9曲を収録。

■『Musik』2CD  限定400セット
 81年に「vanity 0010-11」としてリリースされた2枚組オムニバス・アルバム『Music』をそのままCD化。13組のアーティストによる計19曲を収録。タイトルのスペル(『Musik』)とジャケット・デザインは変更。

■『Vanity Tapes』6CD  限定300セット
 81年にリリースされた6アーティストのカセットテープ作品計6本のCD化。当時は単品での発売(それぞれ数十本ずつ)と共に、『Limited Edition Vanity Records Box Set』としてセットでも販売された。
・Salaried Man Club『Gray Cross』(81年/VAT1)
・Kiilo Radical『Denki Noise Dance』(81年/VAT2)
・Den Sei Kwan『Pocket Planetaria』(81年/VAT3)
・Invivo『B.B.B.』(81年/VAT4)
・Wireless Sight『Endless Dark Dream』(81年/VAT5)
・Nishimura Alimoti『Shibou』(81年/VAT6)

 つまり今回、『ロック・マガジン』付録のソノシート音源以外の全〈ヴァニティ〉作品が計19枚のCDとして一挙に再発されたわけだ。全国の読者から送られてきたカセット音源(おそらくほとんどが宅録)である『Musik』と『Vanity Tapes』に対し、阿木譲がプロデュースしてちゃんとスタジオで録音された『Vanity Box』のLP音源の方がクオリティが高いのは当然だが、といって、すべてが秀作というわけでもなく……。
 まずは『Vanity Box』に収められた全作品を、オリジナル盤の発売順に聴いていこう。

DADA『浄 (Jyo)』

 〈ヴァニティ〉の栄えあるLP第1弾は、キーボード(シンセサイザー/ピアノ)とギターのデュオ・ユニット、ダダのデビュー作である。ダダは、キング・クリムゾンの影響を受けたプログレ・バンド、カリスマのギタリストだった泉陸奥彦と、同じくプログレ系バンド飢餓同盟で活動していた小西健司によって結成された。本作のジャケットでは、平安〜鎌倉時代に描かれた「餓鬼草紙」が流用され、「鬱雲鉢」や「六神通」といった収録曲もすべて「餓鬼草紙」から着想されている。「イーノに捧ぐ」なるクレジットどおり、サウンド全体の土台にはアンビエント・ミュージックがあり、そこに彼らのルーツであるプログレが絡む、といった感じ。あるいは、ファー・イースト・ファミリー・バンド×ポポル・ヴーとでも言うか。そのサウンド・マナーは、当時の阿木譲の志向そのものだったと思われる。
 『ロック・マガジン』15号の編集後記に、阿木のこんな記述がある。「この2年、ずっと僕の心の中で暖め続けていた自身のレーベルである〈ヴァニティ・レコード〉も、いよいよ外に向けて活動を開始する時が来たようだ。第一弾として6月25日発売のダダのレコーディングのため一日中スタジオに籠る。泉陸奥彦君のギターを前面に押し出し、それに小西健司君のエレクトロニクス機器とピアノで作り出した簡素で静謐な音世界は心が洗われる」。『ロック・マガジン』創刊が76年2月なので、つまり阿木は雑誌創刊時からレコード制作を計画し、その第一号としてダダを出そうと考えていたわけだ。
 ちなみに、79年の『ロック・マガジン』26号では、「Vanity Records は無名だが才能をもったアーティストにレコード製作という機会を活用し、このレーベルを足場により広範囲に活動できることを目的として発足された」という文言があり、続いて、レーベルの制作方針として以下の4項目を挙げつつ、カセットテープでの応募も呼びかけている。
①エレクトロニクス・ミュージック
②“家具としての音楽”シリーズ(現代音楽)
③歌謡曲業界への進出
④実験的な新しいヴィジョンを持つ音楽(パンク、ニューウェイヴ、フリー・ミュージック、現代音楽等)
 ダダのデビュー作は、この中の特に①②に該当していたと言える。実は私は、本作のリリース直後(78年10月)に彼らのライヴを観たことがある。その時点ではまだアルバムをは聴いてなかったが、プログレ・マニアの間では「〈ヴァニティ〉が送り出した関西の新しいシンセ・バンド」としてけっこう話題になっていた。ライヴの印象は“稚拙なタンジェリン・ドリーム”といった感じで、正直退屈したのだが、その後にLPを聴いた時は、かなり楽しめた。78年の時点では、アルバムのコンセプトをライヴで十分に表現できるまでにはなっていなかったということだろう。彼らはその後メジャーからもアルバムを出し、バンド解散後も個別に活動を続けてきたこと(小西はP-MODEL他で、泉はゲーム音楽作曲家として活躍)は言うまでもない。

SAB『Crystallization』

 私はYoutubeが登場するまでSABの音を一切聴いたことがなかったし、どういう人物なのかも知らなかった。いや、今でも「〈ヴァニティ〉初期に、レーベルの専属エンジニア的役割を担っていた若者」ということぐらいしか知らない。今回の『Vanity Box』リリースに際して、発売元の〈きょうレコーズ〉は各ミュージシャンに再発許可及び版権返却の連絡をとったが、結局 SABとトレランス(後述)だけは連絡がつかなかった(行方不明)という。昔も今も謎の人物だ。一部でシタールやフルートなどのゲストも参加しているが、基本的には、当時19才だったという SABがシンセサイザー、ピアノ、ギターなど様々な楽器を多重録音したワンマン・ワーク。水音など自然音を混ぜるなどニューエイジ感覚を先取りしたエレクトロニク・サウンドはオール・レーベルのコズミック・セッションや70年代後半のクラスターにも通じるし、全体のバロッキーな迷宮感と瞑想性はちょっとマジカル・パワー・マコを思い出させたりもする。SABは本作発表後、インドの神秘思想家バグワン・シュリ・ラジニーシに傾倒し、間もなく音楽の世界から消えたというが、本作の世界は現在のヤソスやアリエル・カルマ、ララージなどとも確実につながっている。

アーント・サリー『アーント・サリー』

 本作に関しては、ここで改めて言及する必要もないと思う。シンガーのフューやギタリストの Bikke 等を擁した神話的バンドによる唯一のスタジオ録音アルバム。これこそは〈ヴァニティ〉の象徴であり、唯一、広く聴き継がれてきた〈ヴァニティ〉作品だろう。サラヴァ・レーベルにおけるブリジット・フォンテーヌ『ラジオのように』みたいなものか。本作を初めて聴いた時の衝撃は今も忘れがたい。当時19才だったフューはアンチ・ロック、アンチ・ヒッピーを身上としていたとかつて私に語ったが、確かに長髪ナマステ野郎もゲバ棒全共闘も一瞬に火炎放射器で焼き尽くしてしまうような凍りつくニヒリズムに満ちている。ジョン・ライドンがジュリエット・グレコに憑依したようなフュー(彼女は神戸のカトリック系超名門女子校出身)の歌声がカトリック的原罪意識と反カトリック的逸脱熱の間で揺れ動く様はなんともエロティックだ。
 以下の発言は、20年ほど前におこなったフューへのインタヴューからの抜粋。「突然ロック・マガジンのオフィスに行って、阿木さんにカセットを聴かせた。何の根拠もなく、なぜか〈ヴァニティ〉から絶対にアルバムを出せると思ってたんですよ。録音は一日でやりました。阿木さんは自分が元々歌手だったせいもあるんだろうけど、スタジオに入ってきて、お手本を示す感じで歌い出してね。勘弁してほしかったですよ、ほんと」。阿木譲の歌う怨念と自己愛いっぱいの“醒めた火事場で”も聴いてみたいけど。

トレランス『Anonym』

 ジャケ裏に書かれた文言「dedicated to the quiet men from a tiny girl」を元にナース・ウィズ・ウーンドが80年の2ndアルバムに『To The Quiet Men From A Tiny Girl』なるタイトルを付け、更に、かの《Nurse With Wound List》でも本作がリストアップされていた。といった事情もあって、海外のマニアの間では昔から人気が高い。日本では昔も今も知名度は低いけど、〈ヴァニティ〉から2枚のフル・アルバムを出した唯一のバンドだった。つまり、阿木譲は高く評価していたということだろう。トレランスは関西ではなく東京で活動していた丹下順子のソロ・プロジェクトで、2枚とも吉川マサミがギター他でサポートしている。シンセサイザー他によるノイジーな電子音とピアノ、語り風ヴォイスなどを駆使してモノトーンのキャンヴァス上に描かれた抽象画といった感じ。その手法と冷ややかなエロティシズムは、まさにナース・ウィズ・ウーンドやSPKなど当時の海外のノイズ・コラージュ・ワーク勢とも地続きだ。

あがた森魚『乗物図鑑』

 〈ヴァニティ〉のLP群中で最大の異色作ではあるが、前述したレーベル方針の③「歌謡曲業界への進出」を念頭に置きつつ①「エレクトロニクス・ミュージック」、④「実験的な新しいヴィジョンを持つ音楽」も取り込んでいるという点で、〈ヴァニティ〉ならではの作品だとも言える。“赤色エレジー”等のレトロ・フォークで知られたあがたと阿木は以前からの知り合いだったようで、制作に際し阿木は「コンセプトはテクノ・ポップで、泣きの曲はなし」と注文をつけたという(音楽史的には一応、この「テクノ・ポップ」なる新タームは阿木が考案したということになっている)。録音は、シンセサイザーやギターなど様々な演奏とアレンジを手掛けた前述のSABと、後述するノーマル・ブレインの藤本由紀夫が中心になっておこなわれ、向井千恵、INU の北田昌宏、コンチネンタル・キッズのしのやん(篠田純)、ウルトラ・ビデのTaiqui などがサポート。また、ジョイ・ディヴィジョン風の名曲“サブマリン”ではコーラスでフューが参加し、“エアプレイン”ではあがたが敬愛する稲垣足穂の肉声(ラジオでの対談音源)をコラージュ使用している。多士済々のサポート陣による音作りは、〈ヴァニティ〉のカタログ中、いやあがたの全作品中でも際立って多彩かつ実験的であり、また、翌81年から始動するあがた版テクノ・ポップ・ユニット、ヴァージンVSヘの助走となったという点でも非常に重要な作品だ。しかし、当時まだフォノグラムとのアーティスト契約が切れてない時期だったため、発売後間もなく回収され市場から姿を消したのだった。


R.N.A. Organism『R.N.A.O Meets P.O.P.O』

 80年代J-ニューウェイヴ・シーンで異彩を放った佐藤薫のEP-4の前身プロジェクト。ロンドンからの海外郵便を偽装して〈ヴァニティ〉に送られてきたカセット音源を元に制作されたという。シンセやリズム・マシーン等によるビートフルなエレクトロニク・サウンドとコラージュ・ワークはキャバレー・ヴォルテールに対する大阪からの返答といった感じか。メンバー(3人)クレジットの匿名性やジャケット・デザインのミニマリズム等々、高度にデザインされた総合的戦略性も佐藤薫ならでは。

Sympathy Nervous『Sympathy Nervous』

 90年代以降、ベルギー〈KKレコーズ〉傘下の〈Nova Zembla〉や米〈Minimal Wave〉等から多くのテクノ系作品を発表し、晩年にはテルミン制作工房も運営していた新沼好文(2014年逝去)によるソロ・プロジェクト。このデビュー・アルバムも2018年に〈Minimal Wave〉からLP再発されている。「U.C.G.」と名づけられた自作のコンピュータ・システムとコルグのシンセサイザーを駆使した手作り感満載のエレクトロニク・サウンドに、サポートの千崎達也がノイジーなエレキ・ギターを加えるというスタイル。諧謔性と珍味溢れるノイズ・インダストリアル指向の分裂症的テクノ・ポップは、後のマックス・ツンドラやスクエアプッシャーなどにもつながっているように見える。

BGM『Back Ground Music』

 電子音楽家/プロデューサー/DJとして現在も第一線で活躍している白石隆之が初めて世に問うた作品。シンセサイザー/ギター/ヴォーカル担当の白石(当時17才の高校生)を中心とする4人組(白石以外はベイス、キーボード、ドラム)。無機質な電子ノイズをやたらとふりまく荒削りでファンキーなガレージ・ロック・サウンドは、彼らがア・サーテン・レイシオやP.I.L、あるいはキャバレー・ヴォルテールといった当時のポスト・パンク〜インダストリアル・シーンから強く影響されていたことを物語っている。演奏力はないし完成度も高くないが、日本におけるロック受容史の記録としては貴重な1枚だと思う。今回の『Vanity Box』リリースと同時期に〈Mule Musiq〉からも単品でLP再発されたが、それまでオリジナル盤は数万円で取り引きされるほどの人気盤だったようだ。

Normal Brain『Lady Maid』

 サウンド・アートのパフォーマーとして現在も世界的に活躍している藤本由紀夫のソロ・プロジェクトによる唯一のアルバム。タイトルのネタはもちろんマルセル・デュシャンの「レディメイド」。デュシャンやジョン・ケイジへの傾倒/研究を通し、オブジェとしての音/音響にこだわり続けてきた藤本の視点と姿勢は、既にこの作品でも明確に示されている。クラフトワークをパクった感じのオープニング・ナンバーからコンラート・シュニッツラー流「ディスクリート・ミュージック」風のラスト曲(B面全体を占める)まで様々なタイプのエレクトロニク・サウンドが聴けるが、いずれもドライ&ストレインジな感覚が横溢しており、デイヴィッド・カニンガム(フライング・リザーズ)の日本の兄弟といった趣。なお本作も、『Vanity Box』に先駆けてスイスのレーベル〈We Release Whatever The Fuck We Want Records〉から単品再発されている。

Tolerance『Divin』

 トレランスは前述どおり、〈ヴァニティ〉から2枚のLPを発表した唯一のユニットであり、これはその2作目にして〈ヴァニティ〉の掉尾を飾ったアルバムでもある。今回もまたほとんどメロディのない抽象的エレクトロニク・サウンドだが、溢れ出るイメージに沿って暗闇でやみくもにデッサンしていたような1作目に対し、音作りのアイデアがかなり絞られており、その分聴きやすい。多くの曲でドラム・マシーンを多用してリズミックなアプロウチをとり、テクノ・ポップの時代性を実感させる(けっしてポップじゃない)が、一方でテープの逆回転とパンニングによるファウスト〜スロッビング・グリッスルのような凶悪チューンもあったり。この孤絶し荒涼とした風景ゆえか、阿木譲は〈ヴァニティ〉のカタログ中で本作を最も気に入っていたという。

『7インチ・シングル集』

 同じ80年にアルバムも出したシンパシー・ナーヴァスの他、マッド・ティー・パーティ、パーフェクト・マザーの計3バンドによるシングル盤3枚(計9曲)を収録。マッド・ティー・パーティとパーフェクト・マザーは、当時メルツバウの初期音源など実験的カセット作品をたくさんリリースしていた東京のインディ・レーベル/総合アート集団《イーレム》の関係グループだ。シンパシー・ナーヴァスはアルバム同様、自作コンピューター制御されたエレクトロニク・サウンドだが、アルバムに先駆けてリリースされたこのシングル盤の音作りは、よりプリミティヴ。吉祥寺マイナーなどにも出ていたというガールズ・トリオのマッド・ティー・パーティは、ちょっとフリクションを想起させるA面の表題曲以下、全体的にダブ処理された音響実験が面白い。パーフェクト・マザーは《イーレム》の中心人物だった上田雅寛によるソロ・プロジェクトで、計4人で制作されたこのシングル盤には、後にTACOにも参加する“新人類”野々村文宏もテープ・エフェクトで参加している。リズム・ボックスとシーケンサーによる不気味な律動、ノイジーな楽器音と言葉/声のコラージュ、初期ゲーム音楽風のチープな電子音など様々なアイデアがランダムに詰め込まれた若さいっぱいの強欲宅録集。

 『Musik』(限定400セット)と『Vanity Tapes』(限定300セット)は前述どおり、〈ヴァニティ〉に全国から送られてきたカセット音源からの選集。
 2枚組CDセット『Musik』(オリジナルは2LP『Music』)に収録されたのは、Pessimist、Un Able Mirror、Mr、Adode/Cathode、Kiiro Radical、Tokyo、Daily Expression、Plazma Music、Nose、New York、Arbeit、Isolation、Necter Low の13組による計19曲。
 『Vanity Tapes』は、カセットでリリースされた6作品のCD6枚組セットで、収録アーティストと作品名は前述どおり。

 『Musik』と『Vanity Tapes』を全部聴いて、個人的に耳を惹かれたのは、電子ノイズの新たな可能性を探ったKiiro Radical、BCレモンズ(後にCDも出すサイケ・ポップ・女子バンド)の前身であるPlazma Musicによる和製スーサイド・ポップ、ピアノとメトロノームとラジオ・ノイズだけを用いた Wireless Sight によるノイズ・アンビエント・ワークス、ギターのドローン・ノイズとドイツ語の語りをコラージュしたArbeit(これだけは日本人ではなくドイツ人画家アヒム・デュホウ。彼は、ラ・デュッセルドルフのロゴ・デザインや『シンパシー・ナーヴァス』のジャケット写真も手掛けていた)といったところだろうか。また、Tokyo は数年後にハイ・ライズ等で有名になるギタリスト成田宗弘のバンド、New York「1976」は阿木譲本人によるニューヨークでのフィールド録音である。当然ながら玉石混交だが、機材の低価格化によって誰でも手軽に宅録できるようになったDIY時代ならではの奔放さと音楽的アイデアの多様性は間違いなく堪能できる貴重な記録だ。音質の悪さ(今回の再発に際し、すべてデジタル・リマスタリングされているが、元が元だし)も、ここでは逆にあの時代の空気感とリアリティを呼び起こしてくれる。


 以上、今回リリースされた三つのCDセットを駆け足で紹介してみた。それぞれが限定発売であり、しかもスイスのレーベル〈We Release Whatever The Fuck We Want Records〉が大量に予約購入したこともあり、実は10月のリリース時点で既にほとんど売り切れ状態だったという。つまり、ここで紹介しても、なかなか入手困難であることは最初から了解ずみだったのだが、本文中でも随時触れたとおり、今回各アーティストに版権が戻されたため、個別に他レーベルから単品発売されている(もしくはこれから発売される)作品も少なくないし、ネットでもある程度は聴けるので、ご了承いただきたい。
 ちなみに、〈ヴァニティ〉では当時、ヒカシューやノイズ(工藤冬里+大村礼子)、ウルトラ・ビデなどのリリース計画もあったようだ。

 最後に阿木譲の言葉を紹介しておきたい。篠原章氏の著書『日本ロック雑誌クロニクル』(初出は『クイック・ジャパン』Vol.34、34)から。『ロック・マガジン』での活動に関する発言だが、〈ヴァニティ〉に関してもそのまま当てはまると思うので。

「関心のあるのは先のことだけですね。留まるのがイヤなんですね。商売のことを考えるとどこかで留まったほうがいいんだけど、僕はやはり音楽の先端というかエッジに一番興味があって。もうそればっかり」
 「メジャーになってくると、もう僕別のところにいるんです。僕の役割は先端のもの、運動中のわけのわからない、まだ意味も判明していないものを、形にしていくことなんですね。音楽に普遍的なものなんかないっていう考えだから。──(略)──先端のことは、だいたい最初は僕がやったんじゃないかと自負していますが、評論家として確立したかっていうと、ちょっと疑問ですけどね」

松山晋也