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Aya

Bass MusicElectronicaGlitch

Aya

Im Hole

Hyperdub/ビート

野田努   Nov 04,2021 UP
E王

 むむむ、これはひょっとしたら新章のはじまりかもしれない。とはいえ、その萌芽は1980年代のレーガン政権下にまで遡る。ダナ・ハラウェイという学者は現実社会がリアルであると同時に政治的なフィクションでもあるように、「女性の経験」もまたファクトでもありフィクションでもあるという意味において政治的に意義深く、そして彼女はフェミニズムを論ずるうえで、機械(サイバネティクス)と生物(オーガニズム)のハイブリッドである“サイボーグ”というタームをメタファーに使った。それからおよそ35年後の今日、女性自らが描くマシナリーかつオーガニックなヴィジョンは、じっさいのところもう何も珍しくなくなっている。
 そこでマンチェスターのアヤ・シンクレア(※それまでLOFT名義で活動)による鮮烈なデビュー・アルバム『Im Hole』だが、まさにこれこそサイボーグのためのサイボーグによる音楽などとついつい喩えたくなってしまう代物なのだ。それに、なんといっても本作はエレクトロニック・・ミュージックの最前線だと言える。空間的に、そして緊張感をもってデザインされたリズムは変化し、テクスチュアは絶えず生成される。スリリングな展開の、じつに刺激的でユニークな作品なのだ。
 
 アヤは〈ハイパーダブ〉の申し子であるかのように、さまざまなリズムを吸引し変奏しているが、ハラウェイがサイボーグを「西洋的な起源の神話を欠いている」と、それを前向きに説明したように、ここではベース・ミュージック(おもにダブステップとグライム)、それからゴムを少々、あるいはヒップホップやテクノなどの雑食性がデジタルに、そして感覚的に解析され、統合されている。
 で、アヤのおそらくもっとも特異な点は、声(そして言葉)だ。個性があるとか美声とかそういう話ではない。むしろ非個性であり、父権社会における女の声という武器を放棄した声だ。詩人であり言葉の使い手としても秀でているという彼女は、自分を声を機械的に合成し、あたかも複数のジェンダーで語らせているかのようだ。たとえば“Once Wen't West”という曲では、女声は男声に変調されセックスさながらやがて同時に発語するその響き自体が聴きどころとなっている。何曲かのラップでも声の合成は試みられているが、ここにはクラフトワークのヴォコーダー(※もともとは軍の機密通信のためにあった)すら太古においやるほどの新鮮味があり、ドレクシアが非人間の声を創造したことと同じではないが似てはいる。人間らしいとカテゴライズされている生の声というもののいっさいを削除することによって逆説的に表象される生の声とでも言えばいいのか。
 周知のように、すでに我々の体内には子供の頃からさまざまな人工物が注入されている。ワクチンをはじめ、いろんな合法ドラッグ=化学薬品が投与されてきている。そういう意味ではすでに我々もメタファーとしてのサイボーグであって、しかも遺伝子組み換えキットが通販されているようなバイオイキャピタリズム時代の真っ只中を生きているのだから、自然と人工との境界線はますます曖昧になってきている。フィクションとしてのリアルはなにもヴェイパーウェイヴだけの話ではない(いや、あれはリアルの喪失ってヤツだからまた意味が違う。こちらはリアルの相対化ということ)。
 もっとも本人によれば『Im Hole』は「クィア・アートが繰り返し自己中心主義へと向かう傾向」への異議であり、「トランスジェンダー体験の文化的認識を妨げる自己実現と性的意識という扱いにくい組み合わせ」の両方に言及しているとのことで、てことは、声の合成は彼女におけるトランスジェンダー体験に依拠しているのだと思われる。
 ぼくの英語力では歌詞の詳細を紹介することができないけれど、わかる人にはそうとうなインパクトがあるそうで、そのイメージの錯乱と通底するニヒリズム、非エロティックなセックス描写などなど、いつか読めるときが来るといいなぁ。いまはサウンドを手がかりにこうして書くしかないとしても、アイデンティティ(人種や性別)を超えた親和力のひとつの描き方として、エレクトロニック・・ミュージックが応用されていることは理にかなっているし、そしてその他方で、『Im Hole』の先駆的な作品としてヴォコーダーを楽器として使ったローリー・アンダーソンの偉大なる『ビッグ・サイエンス』(1982年)が持ち出されるのもまったく納得する。政治的な洞察力をもって声の実験をポップに展開した“オー・スーパーマン”からいくつもの季節を経て、いまここに『Im Hole』があるというのは、これもまたじつに意義深い話だ。というか、アヤを聴いて、もう我慢しきれず、ついついレコード棚から『ビッグ・サイエンス』を引っ張り出してたったいま聴いているのだった。

野田努