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坂本慎太郎

LatinPopRockSoul

坂本慎太郎

物語のように

Zelone

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松村正人   Jun 30,2022 UP
E王

 本稿は2022年5月9日月曜日のインタヴューおよび同年5月19日アップの記事のあとがきとして構想したものである。思いのほか時間がかかった事情についてはお察しいただくほかないが、その間聴きこむうちに『物語のように』の印象もまたかわりつつある。
『物語のように』は坂本慎太郎4作目のアルバムで、前作『できれば愛を』からはじつに6年ぶり。ただしあいだには3枚のシングルをはさむ。ことに2019年8月の「小舟/未来の人へ」から間を置き、2020年11~12月にリリースした「好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ」と「ツバメの季節に/歴史をいじらないで」の2枚4曲(のちにEP化)は『物語のように』の露払い役を担うとともに、シングルの機動性を活かした率直な自己表出にはこの時期の坂本の思考を記録するドキュメンタルな趣きもあった。このことについては取材時にも指摘があったが、私どもの質問に坂本はコロナ禍によるライヴと制作環境の変化を要因にあげ、アルバム(本作のことです)の尻尾もみえていなかったからその時期のムードや考えを比較的反映しているかもしれないと述べている。とはいえ悲観や絶望が全面をぬりこめるわけではない。また同時に問題意識と音楽がぬきさしがたく結びついているわけでもない。坂本慎太郎らしい絶妙な屈折と脱力――とは誤解を招く言い方だが――があり、ほんのりとしたグルーヴがある。一連の楽曲でもっとも直截な「歴史をいじらないで」でひとつとっても、そこで描くのは歴史修正主義者たちの思想や行為よりも戯画化した姿である。それによりそのものたちの抑圧的な表情の裏にあるぬめぬめとした姿態があらわになるが、あたかも世界の表層を捲りあげる、そのような認識のあり方をさして「物語のようだ」ということは可能だろうか。坂本慎太郎はつねにすでにそのような資質を私たちの前にむきだしにしていたが、そのことに気づくには『物語のように』ということばの到来をまたなければならなかった――。
 この事後性ないし遡行作用はアルバム冒頭の“それは違法でした”に精確にあらわれている。本作でもとりわけ政治的なこの曲は音楽、映画、絵画、会話から恋愛にいたるまであらゆることが違法な世界を、おそらくは法や制度の恣意的な運用を是とする昨今の風潮を土台に誇張するが、主題はそのディストピックな世界観より「でした」という過去完了形にある。違法状態は過去のある時点でなりたち、現実に伏在しつつ(暴)力として顕在化することでその射程は過去におよぶ。歴史と不可分ではないこの機制は坂本のこの時期の問題意識の在処をあらすとともにシングルとアルバムをむすびつける。他方「違法」の文言で主題化する「法」とはいうまでもなく特定の国家や地域における社会規範であり、違反には罰則がともなう。現実世界では違法かいなかの判断には司法機関があたるが、坂本がこの曲でイメージする法は個々の法律というよりも人々を浸食しつづける権力の作用、フーコーが指摘する権力の編成としての法を思わせる。法は欲望を抑圧するともに新たな欲望を産出すると述べるフーコーにしたがえば、適法的なものこそ倒錯的でなければならない。坂本慎太郎の音楽に「あとの祭り」感がただようのはいまにはじまったことではないが、その淵源は上にみた法=権力の分節機能への透徹したまなざしにある。
『物語のように』でそれはきわまっている。とはいえ奇怪に入り組んだ無情の世界をみさだめるのは、それこそパンドラの箱をもって紛争の緩衝地帯でフラフラと踊るのにも似た離れ業なのかもしれない。坂本慎太郎の歌詞ではしばしば幻や幽霊やロボットやイヌやキジや鬼が象徴的な役割を担うが、『物語のように』にはそのような機能をもつ記号はひかえめで、作中の光景もどことなく日常にちかい。ファンタジーと私小説における虚構性の差異とでもいえばいいだろうか、あるいはリアルとフィクションが転倒した世界を反映したのか。物語を掲題しながらことばは煽情的なドラマを迂回し、良質の短篇集を読み終えたときにも似た余韻をのこす。もっとも本作はサブスク全盛期における野心的な音楽アルバムであり、“それは違法でした”にはじまり“恋の行方”で幕を引く全10曲40分のあまりの時間には山もあれば谷もある。演奏の布陣は過去3作をひきつぐが、サウンドはアンサンブルの輪郭をくっきりと描くより全体的に内向させるような捉え方をしている。隙間は多いが距離感はちかい、そのような質感の音でエレキ・サウンドやアメリカン・ポップス、ラテン歌謡のムーディなエッセンスをまぶした曲調がつきぬけた明るさのなか展開していく。むろんそこには星降るようなキラメキだけでなく、星をみあげるような慨嘆も存在する。前半の楽曲については取材時にもふれたのであわせてご参照いただきたいが、5曲目の“悲しい用事”でおりかえす後半にも、メロトロン風のフルートのリフも印象的な“スター”、本作ではやや異色でアーバンな“愛のふとさ”、坂本の弾くベースがジャグっぽい“ある日のこと”など、聴きどころはいくつもある。記号のせめぎあいを調停し、郷愁を避けるでもなく、さりとてそこに埋もれるでもない、坂本慎太郎の曲づくりはいよいよ円熟味を増しつつあるが、その妙手は作詞面にも敷衍すべきであろう。発言によれば、歌詞は曲のあとにおとずれることが多いようだが、本作ではその事後性が坂本慎太郎という音楽家の起源をいままで以上に鮮明に照らし出している。7曲目の“浮き草”の登場人物のように「一人で違うとこ見てる」にちがいない坂本慎太郎の独創的な観点と朗々とした響きがおりなすポップスに、私はやはり寓話(Fable)にも通じる普遍的な多層性をおぼえるのでである。

松村正人