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M.I.A.

ElectroGlobalHip HopTrapreggaeton

M.I.A.

MATA

Island Record

Amazon

三田格 Oct 24,2022 UP
E王

 パーカッシヴなサウンドに誘われやすいので、今年でいえばハンド・イン・モーション『Dawn』やケレン303&トリスタン・アープ「Entangled Beings EP」はすぐにフェイヴァリットになった。ハッサン・アブ・アラム(Hassan Abou Alam)によるバコンゴ“Over Again”のパーカッシヴなリミックスも、まるでニッキー・ミナージュ“Beez In The Trap”を思わせる空間処理で、これもすぐにやみつきになった。こういった曲は偶然に出会うことがほとんどで、無名のプロデューサーであれば実際に聴いてみるまでそれとはわからない。聞き逃した曲もきっと膨大にあるに違いない。諦めずに試聴、試聴、試聴、である。そうやって地面に埋められた地雷を探すようにアンダーグラウンドの砂漠をほじくり返していると、いきなり頭上から固定翼大型無人攻撃機バイラクタルTB2(トルコ製)が飛んできた。M.I.A.の6作目『MATA』である。前作の抒情性過多がウソのようなパーカッション・ストーム。どうやら歌詞も大したことは言ってないらしく、全体にフィジカルに振り切れている印象。けたたましさだけならデビュー作や2作目より上だろう。オープニングから雄叫びのようなノイズ・ドローンでとにかく恐れいる。目隠しをされて謎めいた共同体の儀式に放り込まれたような気分。それこそ新人の作品みたいだし、かなりはっちゃた〈ニンジャ・チューン〉の新人、VTSSの方がヴェテランのように感じられる。これはきっと売れないだろう。先行シングルにおとなしい曲が選ばれているのは囮としか思えない。

 M.I.A.が頭角を現したのは同時多発テロを機に世界がテロと愛国に覆われた00年代で、彼女の表現はテロをサポートしているとメディアから糾弾され、デモまで起きるほど時代感情と交錯した時期だった。彼女がことさらに戦闘的な姿勢を崩さなかったのは、しかし、18年に公開されたドキュメンタリー映画『MATANGI / MAYA / M.I.A.』を観るとむしろ成人してから一時的に戻ったスリランカで「お前は戦闘地帯(War Zone)にはいなかった」と親戚たちに言われ、疎外感を覚えたからではないかと考えられる。徴兵検査で落第した三島由紀夫が誰よりも自衛隊の存在意義にこだわったように、戦闘地帯にいなかったからこそ、それが過剰にポーズを強める動機になったのではないだろうか。実際に戦場に立った者はむしろ忘れたいと思っていると聞くことが多いし、不在だったからこその“Bucky Done Gun”であり、“Bring The Noize”だったのだろう。M.I.A.とは「Missing in Acton(戦闘中行方不明)」の略語であり、まさに「お前は戦闘地帯にはいなかった」なのである。それをそのままステージ・ネームにしたのはそれがよほどのショックだったということを窺わせる。スリランカに残った親戚たちはけして彼女に冷たかったわけではなく、むしろ、祖母は好きなように生きなさいと彼女のすべてを肯定してくれる。イギリスに戻ってM.I.A.がMC-505を使い倒して音楽をつくり始めるのはそれからすぐのことで、そして、彼女はあっという間にブレイクし、気がつけば富裕層の仲間入りである。『MATANGI / MAYA / M.I.A.』ではそのことが周到に避けられていたけれど、10年代になって経済格差が強く指摘される時代にM.I.A.が葛藤を感じないわけがない。『MATANGI / MAYA / M.I.A.』は彼女が難民に対するシンパシーを全開にした“Borders”までしか描かれていなかった。

 政治性を増す歌詞とは対照的に“Borders”を筆頭にサウンド的には内省の極に達していた『AIM』(16)が最後のアルバムになると予告していたマーヤー・アルルピラガーサムはそのまま〈インタースコープ〉との契約も切れてしまったようで、その後は散発的に自らのサイトを通じてマーチャンダイズ用に“Load ‘Em”を発表したり、『Astroworld』のヒットで絶頂期にあったトラヴィス・スコットのニュー・シングル“Franchise”にフィーチャーされて、これが彼女にとって初の全米1位になったりするなか、『MATANGI / MAYA / M.I.A.』に合わせて“Reload”をアップし、続いて19年に新たなアルバムのレコーディングを開始したと発表、20年始めにはほぼ完成したと報告していた。再び戦闘的になった“OHMNI202091”は当初、そのリード・シングルとしてリリースされたかに見え、“CTRL”もその年の後半に続くものの、それからさらに1年後、ようやくアルバム・タイトルがフェイスブックの社名変更に合わせて『MATA』になったと告知され、さらにまた年を超えてこの5月に〈アイランド〉から先行シングル“The One”がリリースされた。そして、8月には“Popular”も続き、アルバムは翌月にリリースされるという正式な告知がなされたものの、「もしも『MATA』が9月中にリリースされなければ、自分で音源を流出させる」という声明が本人から飛び出し、もしかして〈アイランド〉とうまくいってないのかなという雰囲気が漂うも、9月には『MATA』から3枚目となるシングル"Beep" がリリースされ、10月に『MATA』はようやく陽の目をみることとなった。この間にネットにあげられた“So Japan”や“Make It Rain”、ミート・ビート・マニフェストーをループさせた“Babylon”などはすべて未収録となり、2年前にほぼ完成したと言っていたアルバムとはだいぶ内容が変わったのかなと推測するばかり。

 前述したようにシングル以外はパーカッション・ストームの連続で、『AIM』に収められていた“A.M.P.”のドラム・ヴァージョン(これがいいんですよ)が17年にはサウンドクラウドで公開され(後にはフルでヴィデオもつくられ)ていて、これが早くから『MATA』の方向性を決定づける起点となったのだろうと思われる。また、♪自分はかなり有名~と少し茶化したようにラップする“Popular”は『MATANGI / MAYA / M.I.A.』ですでにオフシュートが使われており、時間軸が行ったり来たりする作品なので正確なところは不明だけれど、セカンド・アルバム『Kala』がヒットした直後の場面で使われていて、ということは08年から遅くとも18年にはつくられていたことになり、新曲ばかりで構成されたアルバムではないことも推察できる。同ドキュメンタリーではディプロと恋人関係になる前に、自分で曲をつくり始めた時期のデモを何曲か聞かせるシーンがあり、それらがすべてパーカッシヴな曲なので、これを聞いて初心を思い出した可能性もあるのかなあと。いずれにしろ“F.I.A.S.O.M.”2部作で乱暴に幕を開け、続く“100% Sustainable”には南インドの合唱曲らしきコーラスに手拍子とラップをのせ、リック・ルービンやスキルレックスほかが参加した“Beep”はエスニックでタイトなUKガラージで、メッセージはやりたいことをやっちゃえ的なわりと単純な内容。タミール映画の古典からヴォーカルをサンプリングしてハイパーポップみたいに加工したらしき “Energy Freq”も楽器はパーカッションとフィールド録音のみと前半はまったく手を緩めない。

 続いて先行シングル“The One”は抒情的なトラップで、♪運命は変えられる、やってみればわかる~と、ことさらに挑発的な歌詞は最終的に自分自身に向けられたものらしい。全体に『MATA』はわざと自己中心的な発想で歌詞は書いたらしく、その辺りのアティチュードも初期に回帰した感がある。ブラジルのファヴェーラ・ファンク(バイレ・ファンキ)からトロップキラーズ(Tropkillaz)をフィーチャーした"Zoo Girl”も“Bucky Done Gun”をダウンテンポに落とした感じで、ファレル・ウィリアムスを招いた“Time Traveller”はパーカッションが丸いというのか、響きが柔らかくなっているところが、さすがネプチューンズ。“Popular”は再びディプロと組んだ抑えめのダンスホールで、マス・イメージをテーマに自分が自分を背後から操っているヴィデオは視覚的になかなか面白くつくられている(規模は違うけれど、ビヨンセ“I’m That Girl”と主題は同じ)。“F.I.A.S.O.M.”と同じくタイトなドラミングで知られるメルボルンのスウィック(Swick)をフィーチャーした"Puththi”も抑制の効いたダンスホールで、これはほとんどがタミール語(?)。ヤー・ヤー・ヤーズ"Maps”をサンプリングした”K.T.P. (Keep the Peace)”はタイトル通り穏やかな曲調で、♪ストリートでは1日中平和でいよう~と唐突に“We Are The World”みたいな方向性が示される。再び謎のインド音楽がサンプリングされたらしき "Mata Life”で最後にひと暴れして、最後はあいみょんに対抗してセンチメンタルな“Marigold”で締められる。♪世界は危険な状態、マリーゴールドがそれを覆い隠す。都市は瓦礫と化し、みんなは奇跡を待っている~。

 スリランカに心を残していた彼女が成功すればするほど内省的になっていったのは自然な流れだったのだろう。金持ちになっても難民を助けるために船を直す技術を学びたいなどと言い出すM.I.A.は、音楽的な成功ぐらいで心までアメリカの富裕層にはなりきれなかった。貧困から富裕層に這い上がることができたメリトクラシーには2種類あって、サッチャーや竹中平蔵のように自分の出身階級に対して自分にできたことができない連中だとことさらに蔑む傾向と、スヌープ・ドッグやハワード・シュルツのように自分の出身階級に少しでも還元しようとするタイプに分かれるという。ジャケット・デザインにも表れているように『MATA』をつくるにあたって自分がどうしようもなくタミール人であることを意識したというM.I.A.は明らかに後者に属するのだろう。00年代同様、トランプの国会突入やプーチンの戦争だけでなく、コロナ禍で観光収入の途絶えたスリランカでは経済危機が深刻化し、デモ隊が首相官邸に突入してラジャパクサ大統領が国外に脱出するなど再び大規模な混乱状態に陥っている。M.I.A.の表現は戻るべくして戦闘状態に戻ったということなのかもしれない。

三田格