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こだま和文 from DUB STATION(w/DJ YABBY)

こだま和文 from DUB STATION(w/DJ YABBY)

@Live House & Theater〈新世界〉
日時:2010年10月1日(金)
野田 努  
photo: Maki Mizukoshi   Oct 07,2010 UP
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 僕と水越真紀は乃木坂の駅を出てから西麻布の路地裏をしばらく迷い、同じ区画を一周し、途方に暮れ、問い合わせ先の番号に電話をかけたその瞬間、目の前に〈新世界〉があった。よくある話である。入口には長谷川賢司がいた。この新しいライヴ・スペースには〈ギャラリー〉を主宰するベテランDJが関わっていると知って嬉しく思った。そのこけらおとしとして、二夜連続でこだま和文のワンマンライヴとくれば、日常的には関わりのない西麻布というエリアの初めて入る会場にも親近感が湧いてくるというものだ。

 〈新世界〉はざっと50人も入ればそれなりにいっぱいの、思ったよりもずいぶんと狭い会場だが、テーブルと席があることで落ち着いた雰囲気を醸し出し、より親密な空間を作っているように感じる。この手の会場は、昔よくロンドンで経験した。実験色の強いエレクトロニック系のアーティストのライヴをメインにやっていて、客は学生が多く、集中して聴くことができた。じっくりと音と向き合えるという意味では、最適な空間だとも言える。いままでの東京にありそうでなかったタイプのヴェニューで、今後の展開が楽しみである。

 そんな感じの良い空間の、最初のライヴが4年ぶりのこだま和文のワンマンだというのは、実に贅沢な話だ。先頃このアーティストは、著書『空をあおいで』を上梓している。生活を生きるということを、とても温かく描いているその本に僕はずいぶんと勇気づけられた。彼は、何億光年も彼方の惑星から覗いた地球という星における人の営みのピーマンやミシンについての話を、宇宙よりも大きく描くことができる。疑いの目を一瞬たりとも忘れずに、たったいま生きていることの実感を控えめに滑稽に、しかし力強く描く彼のエッセイは、彼の音楽と同質の悲しみと喜びを有している。

photo: Maki Mizukoshi

 〈新世界〉の通りを渋谷方向にずっと歩いていくと、ポスト・パンク時代にその名を馳せたレッドシューズがある。ミュート・ビートはその頃のレッドシューズに出演していた最高にスタイリッシュなバンドのひとつだった。僕の世代にとっては憧れである。われわれはあの時代、細身のスラックスを穿いて、ハットを被った。襟のついたシャツを着て、踊った。それから20年以上の月日が流れ、こだま和文は燕尾服を着て、頭には白いタオルを巻いた上からハットを被って、スタージに登場する。だぶだぶのスラックスのサイドには、彼自身がミシンで縫いつけたストライプが光っている。

 1曲目は"サタ"だった。アビシニアンズの、崇高的なまでに美しいコーラスで有名なこの曲をこだま和文は演奏する。続いて2パックの"ドント・ユー・トラスト・ミー"のカヴァー......。「お前は俺を信用しないのか?」、夭折したギャングスタ・ラッパーへの思いが込められたトランペットの音色は、狭い場内を埋め尽くしたオーディエンスの感情を宙づりにする。YABBYのコンソールから来る重たいベースとレゲエのリズムは身体にリズムを取らせるが、こだま和文の静かなメランコリーが心の置きどころを簡単には与えない。彼は途中のMCでいよいよハイボールを注文すると、こだま和文らしい言葉がゆっくりと出てくる。今年の猛暑のなか、幸せそうな人たちの顔を見るとそれに落ち込む自分がいるのであります......私の曲はダークで悲しいと言われますが、どうかみなさんが少しでも嬉しくなれればと思って演奏するのであります......場内からは少しずつ笑い声も聞こえるようになる。

 "ロシアより愛を込めて"のカヴァーに続いて、彼は、縁日の屋台で売っているような、子供が遊ぶプラスティック製の水笛を吹きながら曲を演奏する。水は溢れ、彼のステージ衣装を濡らす。曲が終わるとこだま和文は、それは1986年に起きたチェルノブイリの原子力発電所事故のときに書いた"キエフの空"という曲だと説明する。ああ、これが『空をあおいで』に書いてあるそれか、と思った方も少なくないはずだ。チェルノブイリからそう離れていないキエフの空に、いまでも鳥が鳴いていることを願って水笛を吹きました......とこだま和文は続ける。そして『スターズ』に収録された"アース"を演奏して、第一部が終了した。

photo: Maki Mizukoshi

 波の音に混じって、シド・ヴィシャスの歌う"マイ・ウェイ"が流れると第二部がはじまった。スカにアレンジされた"マイ・ウェイ"を演奏すると、そのままロックステディ調の曲が続く。それから"黒く塗れ"のカヴァー......それはいままで聴いたなかでもっとも本気で「黒く塗れ」という思いが込められているであろうカヴァーだったように思う。
 それから、こだま和文はマイクを手に取り、横田めぐみさんとナポリタンの話をする。横田めぐみさんについても、ナポリタンについても『空をあおいで』に収録されている。そして、自分が料理し、食するナポリタンの大切さについて説く。しかし......何よりも大切なのは、私のナポリタンなのであります......場内から笑い......ゆっくりと上昇する場内の温度とハイボールのお陰で、こだま和文はすっかり饒舌になっている。インターネットを通じて顔の見えない相手とコミュニケーションしていると思えるほど自分は浅はかではありません、コミュニケーションとはこういう場のことを言うのです......などといったような内容の話をユーモアを交えながら話し終えると、Kodama & Gotaの"ウェイ・トゥ・フリーダム"を演奏する。
 もうその頃には、〈新世界〉の会場はその親密な空間に相応しい雰囲気を作っていた。不自然なほどの礼儀正しい言葉遣いで話しながら、トランペットと交互に水笛を吹いているこだま和文は、滑稽で悲しいわれわれの日々のなかの、ほんのささやかな喜びを、ゆっくりと手で揉みほぐしながら抽出しているようだった。そしてコンサートも佳境を迎えた頃に再度2パックの"ドント・ユー・トラスト・ミー"のカヴァーを演奏すると、メドレーでザ・ビートルズの"サムシング"を吹くのである。その予期せぬ急な展開と秋の風のように優しい調べによって感情は強く揺さぶられ、何かとても大切な経験をしたような気持ちになった。小さな喜びの、大きな手応えというささやかな経験だ。

 アンコールは2回あった。1回目では、こだま和文はマイクを握って歌を歌った。2回目で"スティル・エコー"を演奏した。場内からは心のこもった拍手がいつまでも鳴り響いた。
 こうして小さな会場の、大きなコンサートは終わった。音楽を生で聴いて、心が満ち足りたのは久しぶりのことだ。僕はその場に居られたことを幸せに思い、こだま和文の音楽がこの世にあることに感謝した。

野田 努