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E王

野田努   Jul 08,2014 UP

 ザ・スミスはポップ・バンドである。モリッシーはポップ・ソングライターで、ときにはアイドルだった。曲の主題はセックスから社会に虐げられている人たちのメロドラマ、洞察力のある風刺までといろいろだが、モリッシーはサッチャリズムに対して、過剰ともいえる敵意をむき出しにしたことで知られている。ルサンチマンをぶちまける暴君ではなかったが、80年代半ばの彼はイギリスを救える道はサッチャー暗殺とまで言ってのけている。保守党を狙ったIRAの爆弾事件についても「ターゲットは間違っていないが、サッチャーが生きていることは悲しい」とコメントして、いくらなんでもそれは言い過ぎだろうとヒンシュクを買ったこともある。

 新作のリリースを間近に控えているモリッシーだが、ふたつの意味において、格好のタイミングで彼の90年代初頭の旧作が2枚、リマスターで&未発表ライヴ映像もしくは未発表ライヴ音源付きでリイシューされた。1992年の『ユア・アーセナル』(ライヴDVD付き)、翌年1993年の『ヴォックスオール・アンド・アイ』(ライヴ音源付き)──2枚ともザ・スミスの栄光から切り離された、ソロ・アーティストとしてのモリッシーを確立した作品だ。前者は、彼の音楽的ルーツであるグラム・ロック愛が滲み出ていることで知られている。
 もちろん、モリッシーのスタンスが大きく変わっているわけではない。ソロ・アーティストとしてのモリッシーは、1988年の『ヴィヴァ・ヘイト(憎しみ万歳)』という、なんとも的確な題名のアルバムでデビューしている。ザ・スミスの『クイーン・イズ・デッド』のタイトル名の候補には、のちの『ヴィヴァ・ヘイト』の最後に収録された“マーガレット・オン・ア・ギロチン”があったというけれど、モリッシーが作品においてあからさまなサッチャー批判や政治的な復讐心を露わにするのはザ・スミス時代よりもソロに入ってからだろう。

 1992年といえば、ゾンビーやM.I.A.がレイヴ黄金時代と懐かしむ年ではあるが、政治の表舞台ではサッチャーが退陣を表明し、さすがに労働党が巻き返すのではないかと言われながら、投票率77%の選挙戦で保守党が勝った年だった。『ユア・アーセナル』に収録されている“ナショナル・フロント・ディスコ”は当時のイギリスの右傾化を描いていた曲だが、いまの日本で聴いても突き刺さるだろう。「“イギリスはイギリス人のもの”って、デイビー、風が吹いて、僕の夢をすべて吹き飛ばしてしまった」

 とにかく、20年以上昔のこの音楽は、少しも古びていない。期せずして蘇った、いや、彼の音楽が似合う世のなかになってしまったというか……、『ヴォックスオール・アンド・アイ』というタイトルの由来は、ブレイディみかこさんのレヴューを参照するとして、グレアム・グリーンの小説『ブライトン・ロック』の登場人物たちが歌われるアルバムのはじまり、名曲“ナウ・マイ・ハート・イズ・フル”のなかでモリッシーが歌う「控え目に表されるところの憂鬱」は、いま、あらたな解釈を求めているかのようだ──「やっかいごとが待ち受けている/家は立て直さなければならなくなり/愛する家の住人は間もなく精神分析医の前に横たわる」

 ある種のユーモアも含まれているのだろう。モリッシーの政治的表現は、たとえ感傷的であっても、曲調はメロディアスで、ポップで、グラマラスで、言葉はウィットに富んでいるので窮屈な気持ちになることはない。が、たとえば、“ホールド・オン・トゥ・ユア・フレンズ”──「信頼の絆が悪用されてしまった/何か大切なものが失われてしまうかもしれない/仕事なんかやめてしまえ/すぐになくなってしまう金なんか使ってしまえ/友だちをたよりにするんだ」、“ ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ”──「いちばん正気に思える日こそ狂っている/どうして自分の目でたしかめようとしないんだ」などなど、いまでも聴き捨てならないキラーなフレーズがいくつもある。ブリットポップ前夜のアルバムとは思えないほど浮かれた様子はなく、日本版サッチャーが政権を握り、「社会なんてない、あなた個人のことだけを考えればいい」が常識となっている国で聴いて違和感がないのも当然と言えるが、同時にこれは世のなかにどこまでも疲れた人間にも信じる気持ちを取り戻してくれる音楽でもある。

野田努