「P」と一致するもの

抵抗とファンタジー、そして音楽──
渡辺信一郎のめくるめく世界へようこそ

最新TVアニメ『LAZARUS ラザロ』が放送中の渡辺信一郎、
自身の半生、および全監督作品について計6万字以上で語る

最新作『LAZARUS ラザロ』をはじめ、『カウボーイビバップ』『サムライチャンプルー』『坂道のアポロン』『スペース☆ダンディ』『残響のテロル』『キャロル&チューズデイ』ほか全作品再訪

featuring
細野晴臣 Haruomi Hosono
カマシ・ワシントン Kamasi Washington
ボノボ Bonobo
フライング・ロータス Flying Lotus
サンダーキャット Thundercat

影響を受けた100枚の音楽作品

菊判220×148mm/224頁
© 2024 The Cartoon Network, Inc. All Rights Reserved

目次

ナベシンさん、憧れの細野晴臣さんに会う

渡辺信一郎、ロング・インタヴュー
パート1 最新TVアニメ『LAZARUS ラザロ』への意気込み、幼少期からサンライズ時代、そして『マクロスプラス』へ
パート2 『カウボーイビバップ』から『アニマトリックス』、『サムライチャンプルー』、『ジーニアス・パーティ』、『坂道のアポロン』まで
パート3 『スペース☆ダンディ』と『残響のテロル』、『ブレードランナー』から『キャロル&チューズデイ』、最新プロジェクト「太素」まで

最新作『LAZARUS ラザロ』への誘い (宮昌太朗)
脚本家・佐藤大が語る、渡辺信一郎の個性

musician's interview
カマシ・ワシントン
ボノボ
フライング・ロータス
サンダーキャット

column
希望の残響が聞こえる──渡辺信一郎作品におけるテーマの魅力 (小林拓音)
誰もが怖いもの知らずだったあの時代 (渡辺健吾)
『サムライチャンプルー』はいかにして世界に広まったか──ロウファイ・ヒップホップのグランドファーザーとしての渡辺信一郎 (古川耕)
渡辺信一郎はビートルズである (藤田直哉)

渡辺信一郎が選ぶオールタイム・ベスト100アルバム

フィルモグラフィ (宮昌太朗)

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お詫びと訂正

このたびは弊社商品をご購入いただきまして誠にありがとうございます。
『別冊ele-king 渡辺信一郎のめくるめく世界』に誤りがありました。
謹んで訂正いたしますとともに、お客様および関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

●66頁 2行目

誤 写ったら
正 移ったら

Big Hands - ele-king

 イタリア系のアンドレア・オットマーニによる『驚異(Thauma)』と題されたデビュー・アルバム。これまでにリリースされたダンス系のシングル群とは少し趣きが変わり、アンビエント・ミュージックの文脈に多くが委ねられている。ダンス・ミュージックのプロデューサーにはありがちなことだけれど、ダンス系のシングルを連発しながらいざアルバムとなるとアンビエント・ミュージックにスライドするというのはエイフェックス・ツインやジョーイ・ベルトラムの90年代から最近のサラマンダに至るまで常態化したフォーマットといえ、ダンスフロアを意識しないで音楽制作をするということはそのようになりがちなのかなと。とはいえ、ビッグ・ハンズはここ8年にわたって様々なパーカッション・サウンドにこだわってきた存在だっただけに、その先に見たかったものとは異なる景色が開けたことは良くもあり悪くもありで、DJもまた素晴らしいだけに残念に感じる面もなくはない。『Thauma』を制作した動機としては嵐のなか地中海を横断し、その間に彼が2夜連続して見た夢を音で再現することにあったそうで、それがきっかけとなってアルバムをつくろうと思っただけマシなのかもしれないけれど(どんなにいい曲を連発してもダンス系のプロデューサーでアルバムをつくろうという人は滅多にいないし、エイフェックス・ツインがローリー・Dの音源をまとめたように10年後にコンピレーションがつくられればいい方なので)。

 8年前に「Redline Greenline」でデビューした際、オットマーニの関心はグライムやブレイクビートにあったらしい。当時のベーシック・リズムリアン・トレナーに倣ったか、骨組みだけのシンプルなビートを打ち込み、リズム以外の要素にはあまり興味を持っていなかったことがいまさらながらに確認できる。同じ年の暮れにはパーカッシヴ・サウンドを基調とした7曲入りのEP「Arcane Mosaics」をリリースし、ダブ・テクノを重要な要素として加えたことでその後の雛形が整っていく。2年後にはイギリスに移動し、ソレアブ(Soreab)ことダリオ・ピッチと共に〈Baroque Sunburst〉を設立、レーベル名と同じタイトルを冠した「Baroque Sunburst EP」をリリース。一気に洗練されたというのか、それまでよりもアトモスフェリック重視のサウンドになり、ドラミングは明らかにスピーカー・ミュージックの影響を受けている(つーか、マネ?)。一方のソレアブがつくるサウンドはもっとハードで、2人の接点は見出しづらいところがあるにも関わらず、〈Baroque Sunburst〉は「〈Honest Jon’s〉が運営するベース・ミュージックのレーベル」と評されることになっていく。

 コロナ禍に入った2021年には2枚の重要なEP、「Lakamha」と「Ossario」が続く。オリジナリティという意味でも充分な貫禄を見せた「Lakamha」はとくに素晴らしく、ゆっくりと踏みしめるように進むビートが印象的な “Calix's Head” はダブ・テクノとドラムン・ベースをミックスした傑作となり、早くもオットマーニの才能が最初のピークに達した感がある。ダブ・テクノとドラムン・ベースの融合は2017年にDV1が “Kalt” や “Feld” といった曲で少しやりかけていたけれど、ここまで見事なものではなかった。同じくダブ・テクノに新たなヴィジョンを切り開いた “1346” はペストが最初に流行り始めた年をタイトルにしたもので、8分を超える “Louis H. Theme” はどことなく鎮魂歌の響きも。神話上の洪水を表した「Lakamha」に対して、コロナ禍がもたらした結果ということなのか、納骨堂を意味する「Ossario」はいまとなっては『Thauma』への布石であり、パーカッションの響きが催眠的な効果を持つタイプに変化した最初となった。細かく刻まれるビートが躍動感よりも瞑想を促す精神的なアドヴァンテージを高め、日本で輸入盤を扱うショップやサイトが彼の作品を「Fourth World」という形容詞で紹介したがるのも納得がいく。「Ossario」をリリースした〈Blank Mind〉はまた、ベース・ミュージックをリードするレーベルであるにもかかわらず、やはりコロナ禍に合わせてということなのか、同じ年にアンビエント・ミュージックのコンピレーション『Comme de Loin』を企画して、オットマーニもマリョレイン・ファン・デル・ミーア(Marjolein van der Meer)との共作 “Kitty Jackson” を提供し、これが彼にとっては本格的なアンビエント作品になった。

 自ら設立した〈Baroque Sunburst〉を含め同じレーベルから1枚のシングルしかリリースしないオットマーニは珍しく〈Blank Mind〉からはもう1枚、「A square, a circle」(23)もリリースしている。ここでは「Ossario」でスピッた感覚を引きずりながらパーカッションの比重は変えずにベース・ミュージックよりもリスニング・テクノの領域に寄せた3曲が試行され、タイトル曲は「四角、円」というタイトルと呼応するように多角形を意味する “Polygon Window” そのままに聞こえる。この辺りの風の吹き回しがなんだったのかよくわからないけれど、ダブ・テクノが視界から消えてしまったのはちょっと驚いた。企画ものがいくつか続いた後に、今度はダブ・テクノずっぽりの「The Vulgarity Of Snow」(24)をリリース。ベーシック・チャンネルの基本に戻ったような導入から方向性は雑多なダブル・パックで、単なるお蔵出しなのかもしれないけれど、早くもなにがやりたいのかわからない時期に突入した印象を受けてしまう。「Lakamha」に漲っていたテンションが一向に回復しないため、この辺りで離れてしまったファンも多いのではないだろうか。少なくとも僕はそうだった。しかし、今年の始めにリリースした「Bacchanalia」ではそうした懸念をオットマーニは完全に払拭。ダブ・テクノの酩酊感とドラムン・ベースの緊張感を回復した「Bacchanalia」には「Lakamha」の次が見えたという感覚があり、曲調の幅広さにも未知のポテンシャルは感じられた。 “Bacchanalia III” で細かく刻まれる小さな金属音など繊細な音処理にも一段と磨きがかかり、次のシングルも期待できるぞ……と思ったところで、2ヶ月後にアルバムが届いた。上に書いたようにアルバムをつくるタイプではないと踏んでいたので、これはまさに不意打ち。しかも初めて「Jazz」というタグが付けられていたので、期待と不安が一気に高まり、クルスク州を奪い合うロシアとウクライナのようにどちらも全身全力で想像力を掻き立ててくれる。

 アルバムは冒頭にも書いたように予想外に「アンビエント・ミュージックの文脈に多くが委ねられて」いた。地中海で行ったフィールド・レコーディングを縦横に駆使し、ヴォイス・サンプルを重ねて幽玄なムードを醸し出す導入からそれまでのビッグ・ハンズではなく、だらだらと肩の力を抜いたサウンドが展開され、続いて “Calix's Head” を骨抜きにしたような “Fuoco Lento” では湿地帯を歩き回るようなリズムとパーカー&カーペルによる管楽器の組み合わせがなるほど「Fourth World」というキーワードに説得力を感じさせる。 “Fuoco Lento” にはエイブラハム・パーカーとアンドレア・オットマーニ、さらにパレスティナのビント・ムバレ(Bint Mbareh)と日本の高橋勇人で構成される「オットマーニ・パーカー」の演奏がフィーチャーされている。高橋勇人はいつのまにミュージシャンになってんの? という感じだけれど、口承伝説の収集家でもあるビント・ムバレは水の研究を通して様々なパフォーマンスを展開してきた現代アートのパーフォーマーとして知られ、ニコラス・ジャーと組んだ「ウォーター・イン・ユア・イアー」ではミシェル・レドルフィが長らくコンセプトとしてきた水中で音を聞くプロジェクトを推進。「ウォーター・イン・ユア・イアー」はナショナリズムや経済学といったあらゆるシステムの批判を目的とした複雑な活動趣旨を持ち、簡単に説明できるものではないのでいずれ高橋勇人による詳細なインタビューを待ちたいところ。また、「Fourth World」というタグは音楽の分野ではイーノ&ハッセルの功績に依拠した輝かしい形容詞として使用されるワードだけれど、一般社会では「サンフランシスコはもはやFourth Worldと化している」というようにあまり良い意味では使われないので、音楽以外の場面で使うときには注意した方がいいです。

 掛け値なしのアンビエントとなった “Cicadidae يَتَوقَّع” に続いてユースフ・アーメドのハンド・ドラムを起用した “Presagio - Hē thálassa hē kath'hēmâs” ではようやく往年のビッグ・ハンズへと回帰。「前兆」を意味する “Presagio” は「Lakamha」のヴァリエーションといえ、どうやら嵐の前の静けさを表現しているらしい。そこから突風が吹き荒れるのかと思いきや、曲調は再び穏やかなアンビエントに戻り、さらにパーカッションとサックスを強調した “Sticks and Stones” へ。「Jazz」というタグが付けられたのはこの曲のせいかなと思うけれど(ほかに思い当たらない)、バスター・ウッドラフ=ブライアントによるサックスはパワフルでピエール・モエルランズ・ゴングをなんとなく思い出す。続いてビント・ムバレが清涼なヴォーカルを聴かせる “A Juniper Tree Whose Roots Are Made of Fire - شجرة عرعار بشروشها نار و شرار ” は不安を煽りまくる曲調で、高橋勇人による催眠的なパーカッションがそうした雰囲気を倍増させ、「Fourth World」のダークサイドへずんずんと踏み込んでいく(ここがクライマックスでしょう)。木琴のような音を前面に出した “Tu Estómago (XVI)” もピエール・モエルランズ・ゴングみたいな小品で、パーカッションの叩き方がこれまでのどの曲とも異なる “In My Recurring Dream (Sekizinci Iblissin)” は夢から逃れられないという事態を客観的に描写したような不思議な静けさを表現。最後はユースフ・アーメドのドラムとバスター・ウッドラフ=ブライアントのサックスを戦わせた “Rinascita” (=再生)で、それこそいま夢から覚めました的なクロージング。「Lakamha」と「Ossario」で確立した音楽性を最大限に広げ、踊るという行為から身体性を解放した試みはそれなりの帰結に辿り着いたということになるのだろう。「Lakamha」と「Ossario」をさらにパワー・アップした内容のアルバムを聴きたかったという気持ちはまだ燻りつつも、これはこれでひとつの世界観を完結させていることは確か。

 ダブ・テクノはパイオニアのモーリッツ・フォン・オズワルドが「まったく聞かない」と全否定していたことがあるようにエピゴーネンが多過ぎて、細かく追いかけるのがしんどいジャンルである。ポーター・リックス、モノレイク、ポール、シャトル358、ヤン・イエリネクと、2000年前後までは革新的な展開が次々と出てきたものの、オズワルド自身もジャズへと転身し、その後は大きく動くことはなく、2015年にイタリアのシェベルがグライムとダブ・テクノを、翌16年にジャマイカのイキノックスがダンスホールとダブ・テクノを融合させ、さらに17年にはイラン系のアリウォがアフロ・キューバン・ダブ・テクノを編み出した以降、目立った動きはなく、やはり様式性へと堕していくだけのジャンルに見えていた。それが今年に入ってシェレルのレビューでも触れたトルコ系のDJストロベリーがジュークとダブ・テクノを、河村祐介が紹介していたコンラッド・パックがニュー・ルーツ・ダブ・テクノを編み出し、さらにフランスのアワド(Aawadh)がハーフタイムとダブ・テクノを融合させ、またしても一時的に活況を呈している。ビッグ・ハンズの試行錯誤もこの流れとなにかしら共有している部分はあるだろうし、『Thauma』も「Fourth World」とダブ・テクノのミックスとしてカウントできる作品だといえる。

Khadija Al Hanafi - ele-king

 シカゴで生まれたフットワークがいまや世界各地でさまざまな展開をみせていることは、あらためて指摘する必要のないことかもしれない。このストリート発のダンス・ミュージックをオンライン上で知り、旺盛な実験精神でもってひとつ上の段階へと押し上げた功労者にジェイリンがいるが、水道や電気のごとくインターネットがインフラ化してしまった今日、見すごせない成果がベッドルームからもたらされることも珍しくない。数年前、颯爽とわれわれの前に姿をあらわしたノンディ_なんかはそのいい例だろう。シーンの外部からフットワークにアクセスするハディージャ・アル・ハナフィもまた、そうしたネット時代ならではのプロデューサーといえそうだ。
 およそ1年前、『Slime Patrol 2』なるカセットテープ音源で一部のリスナーから注目を集めたアル・ハナフィ。彼女のホームがチュニジアなのは注目しておくべきポイントで、かのフットワークはヨーロッパや日本のみならず、いつの間にかアフリカ大陸北部にまで根を広げていた、と。他方で彼女は2020年、最初のカセットテープ『Slime Patrol』の時点でテックライフのDJアールをフィーチャーしてもいて、けしてこの音楽が生まれた土地への敬意を忘れているというわけでもないようだ(ちなみに意外なつながりとしては、ピンク・シーフの最新作で彼女は1曲手がけてもいる)。
 ジャズやソウルからヴィデオ・ゲーム・ミュージックまで、おそらくはネットの大海原からかき集められたのだろう数々の素材を駆使するアル・ハナフィの持ち味は、なんといってもその聴き心地のよさにある。初のアルバム作品と呼べそうな尺をもつこの『!OK!』も例外ではない。甘いサンプルが疲れたからだをほぐしてくれる冒頭の表題曲。あるいは、爽やかな風が吹きこむ初夏のビーチを連想させる “Eat That Pussy”。BPMは高いはずなのに、この非常にリラックスしたムードはいったい、どうしたわけか──
 そんな彼女の音楽をひとことでいいあらわすのに、「フットワークのラウンジ化」なんて形容はベストではないのかもしれない。が、これまで同様かわいらしさを追求したアートワークの効果も小さくはなく、いってしまえばロウファイ・ヒップホップのごとく作業BGMとして消費されるポテンシャルを本作はそなえてもいるのだ。
 といっても一本調子ではない。ブリープ音を導入した “Bounce It On The Flo” のようにフロア・オリエンテッドなトラックもあるし、“Borders” が出現させるキュートなジャングルの世界も魅力的だ。キャッチーな声ネタが耳に残る “Always Treat U RiTE”、ラップをフィーチャーした “Let It Bump” など、随所で聴き手を飽きさせない工夫が凝らされた本作は、どこかちょっぴりなつかしい雰囲気をたずさえてもいて、そこに新世代によるレトロフューチャリズムを見出すことも可能だろう。
 激しさ、もしくはいかがわしさをもとめる向きには少々もの足りないサウンドかもしれない。が、逆にいえばここには、フットワークの新たな展開の可能性が秘められてもいる。というわけで、まあとりあえず、風呂上がりにでもお気に入りの椅子に腰かけながら、肩肘張らずに聴いてみてほしい。至福のひとときが味わえるはずだから。

interview with Mark Pritchard - ele-king

 リロードに “Peschi” という曲がある。カール・クレイグの影響下で生まれたとおぼしきそれは、直接90年代の音楽ムーヴメントを体験できなかった者にとって、遅れて生まれてしまったことの無念を永久に増幅させつづける、アンビエント風テクノの名曲のひとつだ。ゆえに後世のためにも、同曲が収められたリロード唯一のアルバム『A Collection of Short Stories』(1993)はぜひリイシューされてほしいところだけれど、マーク・プリチャード(とトム・ミドルトン)による豊かな創造性はその後、アンビエントとしてはグローバル・コミュニケイション『76:14』(1994)へと結実し、エレクトロとしてはジェダイ・ナイツの冒険をうながしてもいる。
 なんとか間に合った00年代以降の作品で個人的に気に入っているのは、うなる重低音とヒップホップ・ビートのなか絶妙に抑制された感傷がしぼり出される、ハーモニック313名義の『When Machines Exceed Human Intelligence』(2008)だ。もちろん、フューチャー・ジャズの動きに呼応したトラブルマン(2004)だったり、スティーヴ・スペイセックと組んでグライムやらフットワークやらを消化したアフリカ・ハイテック(2011)、あるいは再度フットワークやジャングルなどに挑んだ2013年の本名名義のシングル・シリーズなどなど、見すごすことのできない仕事はほかにもたくさんあるわけだけれど(ワイリーのプロデュースも忘るるなかれ)、そうしたディスコグラフィからはつねに時代の尖端に敏感なプロデューサーの姿が浮かび上がってくる。大局的に整理するなら、00年代後半から10年代前半にかけての彼はベース・ミュージックのよき理解者として位置づけられよう。
 そんなイメージを大胆に覆したのが前作、すなわち本名名義では初のアルバムとなった『Under the Sun』(2016)だ。極力ビートを排し、フォーキーなムードまで導入した美しくも不穏な同作は彼のキャリアにおけるひとつの転機といえるが、そこに招かれていたゲストのひとりこそトム・ヨークだった。かたやアンダーグラウンドのヴェテラン・エレクトロニック・プロデューサー、かたやアリーナ・ロック・バンドのフロントマン──。大きく立場の異なる両者による全面的なコラボレイションが、今回のアルバム『Tall Tales(ほら話)』である。

 エレクトロを崩したビートが耳をとらえて離さない “A Fake in a Faker’s World” にはじまる新作は、すでに2010年代につくられていたプリチャードによるいくつかのトラックをとっかかりに、ロックダウンのさなか何度もオンライン上でキャッチボールを重ねることで進められていったという。ベースの旋律と天へと召されそうな上モノとの対比が聴きどころの “Bugging Out Again” や、同様にベースラインが耳に残る “Back in the Game” などにはプリチャードの低音へのこだわりがよくあらわれている。チープな電子音やドラムマシンの素朴な反復が楽しめる “Gangsters” から “This Conversation is Missing Your Voice” へといたる流れも見過ごせない。アルバムはヴァラエティに富む一方で、幽玄なシンセ・ワークとヨークの声の存在感、そしてジョナサン・ザワダによる独特のヴィジュアルのおかげで不思議な統一感をまとってもいる。オルガンらしき音が聖性を演出する “The Men Who Dance in Stag’s Heads” ではだいぶ低いヴォーカルが披露されていて、ヨークのファンにとってもまた聴き逃すことのできない1枚といえるだろう。
 とまあそんな具合に、これまで発表してきたどのアルバムとも似ていない作品を完成させたマーク・プリチャード。彼にとって今回のプロジェクトはどのようなものだったのだろうか。

ぼくの普段の生活がロックダウンと似ていて、ここ12年はいつも地下室に閉じこもって自分の世界にいるからさ。だから引きこもるのに慣れていたという意味ではラッキーだった。

現在もお住まいはシドニーですか? 移住して何年目でしょう? もうシドニーが故郷のように感じられるくらいには時が経っていますか?

マーク・プリチャード(Mark Pritchard、以下MP):そうだね、こっちに来てもう20年になるよ。

今回のコラボ・アルバムは、あなたがトム・ヨークから乞われて、デモ・トラックを送ったところからスタートしたそうですね。つまり、もとのデモがつくられた時期は曲によってばらばらということでしょうか?

MP:大まかにここ10年くらいのいろんな時期につくったものだよ。いまtrack by trackをやっていてつくった時期を確認したんだけど、大多数が2016年から18年くらい、あとは19年のものもあって、2012年のものあるという感じだった。

いちばん古いものはいつごろのものでしたか?

MP:“Wandering Genie” と “A Fake in a Faker’s World” がたぶん2012年とか……どうだろう、2014年くらいだったかもしれないけど、とにかく、確認したときにこんなに前だったんだなって思ったよ。

あなたはこれまで幾人ものヴォーカリストやラッパーとコラボレイトしてきました。個人的にはスティーヴ・スペイセックとやったハーモニック313名義の曲 “Falling Away” がお気に入りです。トム・ヨークとは以前もいっしょに “Beautiful People” をつくっていますが、彼はこれまであなたがコラボしてきたほかの歌手やラッパーと、どう異なっていますか?

MP:全員ちがうからなあ。仕事の進め方にしても、雰囲気にしても、感じ方にしてもそれぞれ異なっていて、たとえばスティーヴ・スペイセックの場合、ちなみに彼はぼくと同じ年にオーストラリアに移ってきたんだよ。まったくの偶然だったんだけど。新たな場所で音楽の知り合いがいるっていうのは心強かったね。とにかく多くのすばらしいヴォーカリストと仕事をさせてもらっているっていうのはほんとうにラッキーだと思う。スティーヴのやり方は結構トムと似ているかもしれない。アプローチは違ったけど……スティーヴはスタジオでその場で歌詞を書いて歌ったんだ。一方今回のプロジェクトでのトムは、ぼくがトラックを送って彼がヴォーカルをやって送り返してきて、まあだから同じ場所にいるかいないかっていうちがいだけど。同じ部屋でやることの利点もあるし、でも自分の世界に入って求めるものをじっくり見つけたいひともいるから。ふたりの共通点はファルセットのシンガーである点。あとはふたりともすごく才能豊かで一緒に仕事がやりやすいところ。
 トムの場合は、まずいったん彼がつくってこちらに送ってきて、それから話し合う必要がある場合はZoomで話す感じだったね。当時はロックダウンの最中でしかもべつべつの国にいたから。なにかがうまくいっていないとか、なにが必要なのかとか。まあもしパンデミックがなかったら一緒にスタジオに入っていたかもしれないけど、でもトムは当時も複数のプロジェクトを抱えていたし、それにひとりで集中する時間も必要だからね。ひとによっては、気分がのらないとできないとか、心の準備が必要だとか。まあ千差万別だよ。邪魔されたり話しかけられたりせずに集中してやるほうがいいっていう場合もある。ある特定の状態に入って、ひとと話したり分析したりせず、まずはいったん形にするとかね。トムは間違いなくそのタイプだと思う。というかほとんどのひとがそうなんじゃないかな。ぼく自身もそうだし。一度つくって、そのあとで判断、精査するっていう。ちょっと寝かせたほうがよかったりもするしね。翌日になってあらためて聴いたほうがどれがうまくいってなくてどれがうまくいってるかより明らかになるから。トムは間違いなくそういうやり方を好むと思う。前に彼が言っていたけど、噴出するみたいに出てくるんだっていう、それがたくさん出てきて、そのあとに構成や秩序立てをするんだと。なかにはそのふたつの状態を素早く切り替えられるひともいる。ぼくもそういう創作モードから構成モードにすぐ切り替えられるひとに会ったことがあるけど、それが難しいってひともいるよね。

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トム・ヨークはメロディやリリックを書いて歌うだけでなく、サウンドを足してきたりもしたそうですね。そのプロセスのなかで、予想外で驚いたことやおもしろかったことがあれば教えてください。

MP:“Happy Days” という曲で、彼がピッチを変えて語るようなヴォーカルをやっているんだけど、それが60年代くらいのBBCの女性アナウンサーを思わせる感じで、おそらくペダルかなにかを使ってピッチとフォルマントを変えているんだけど、ほかの箇所ではリズミカルに語っていたり、あれはすごいなと思った。ああいうことをするためには、そのキャラクターにしっかり入り込んで、さらにはもしかしたらぜんぜんダメかもしれないというのを覚悟しなきゃいけないと思うから。ゴミになるかもしれないことを厭わずやるっていう、それってある程度自信がないとできないと思うんだ。
 あとは “The Men Who Dance in Stag’s Heads” と “The White Cliffs” の半分くらいは低い声で歌っていて、それも予想外だった。彼はそういう感じの歌い方をあまりやっていなかったと思うから……もちろんこれまでいろんな音域で歌ってきたけどね。個人的に好きな歌い方だったから嬉しかったんだ。じっさい「こういう歌い方ってそんなにやってないよね」って本人にも伝えたら彼も「いや、前からもっとやりたいと思っていたけど100パーセントの自信がなくて、でも技を見つけたんだ」と言っていて。それがすごくシンプルなトリックで、昔のレコーディングでよく使われたテープのスピードを変えるってやつだったんだけど、ヴォーカルにもほかの楽器でも使われていたもので。それでピッチが上がったり下がったりするっていう。ほんの半音変えることもあれば、もっと大きく変えることもできる。昔のテクニックだけどデジタルでも同じことができるんだよ。いまのツールにはそういう機能も備わっているんだ。

これは『Under the Sun』のあとにつづく作品という位置づけで、ただし今回は全曲ヴォーカルありでひとりのシンガーと組んで、スタイルや楽曲自体は多様だけどひとつの作品としての一体感を出そうとして。

今回、モジュラー・シンセやヴィンテージなアナログ・シンセサイザーが多く使われているそうですね。そうなったのはなぜですか?

MP:トムは最近のモジュラーを使っていて、Eurorackとかそんな感じのやつをかなり揃えていると思うけど、とにかく自分の声やメロディや歌詞に合う音質を追い求めて、おそらく彼は直感的にやっていたと思うし、ときにはエフェクトなしの自然な歌声のほうがいい場合はそのまま歌っていて。そうやっていつもとはちがう声の使い方をするっていうのは楽しむ方法のひとつでもあると思う。当時はザ・スマイルの初のアルバムをつくり終えたばかりで、そっちでヴォーカルをひとしきりやったあとに、また新たに12曲やらなきゃいけなかったわけだから。つまりは、曲に合う音質を探すのと、これまでにない声の使い方をするっていう、そういうチャレンジだったんじゃないかな。あれだけ長く歌ってきて、多くの作品をつくってきて、いかにおもしろがりつづけられるかっていう。それはぼくのシンセサイザーでもおなじことで、自分のものを使ったり、自分が持ってない古いシンセがたくさんあるスタジオに行ってレコーディングしたり、それはやっぱり、これまでとはちがうものをつくろうっていうことで。すごく多機能なやつも持っているけど、たまにはちがうことをやったほうがいい。習慣や手癖でつくるのをやめるっていうね。

パンデミック中に制作がはじまったこのアルバムには、あの時期の閉塞感や不安などがサウンドにあらわれていると思いますか?

MP:自分について言うと、パンデミック前に音楽はぜんぶ書いてあったからあまり影響はなかったと思う。それにぼくの普段の生活がロックダウンと似ていて、ここ12年はいつも地下室に閉じこもって自分の世界にいるからさ。だから引きこもるのに慣れていたという意味ではラッキーだった。家に閉じこもって外出できないのがすごくつらいっていうひともたくさん知っていたからさ。もちろん先行きがわからない不安やウイルスの怖さは感じていたけど、そういう部分でのつらさは比較的なかったんだよ。むしろあの時期にこういう大きめのプロジェクトがあってすごくよかったなと。これがなかったとしても音楽をつくっていただろうけど、あの時期にこのプロジェクトがあったことで目的と焦点が与えられたから。
 歌詞については、トムなら時代に反応するだろうという推測もできるけど、でもいくつかは、それ以前に書かれていてもおかしくないようなものだよね。おそらく彼はつねにアイディアを書き溜めているから、そこから引っ張ってきたのかもしれないし、いずれにしろロックダウンのことだけではないと思うよ。この曲はこういうことだろうなっていうぼくなりの解釈はあって、まあそれが正しいかどうかはわからないけどね。

ヴィジュアル・アーティストのジョナサン・ザワダとあなたはこれまでもコラボレイトを重ねてきました。現在公開されている曲のMVやアートワークは奇妙で不思議な感覚をもたらしますが、この「TALL TALES」のコンセプトはどういう経緯で生まれてきたのでしょうか?

MP:ほんとうに才能があるひとには完全な裁量権をもたせることが最善策だとわかっていたから、そうしたまでなんだ。この業界でよくあるのが「あなたの作品が大好きです。どうぞ好きなようにやってください」って言われて、じっさいやりたいようにやると「前の作品みたいな感じがよかった……」となるやつ。残念ながらよくある話なんだ。でもぼくは実際に好きなようにやってもらってそれをひたすら支持した。最初からそうだったし、『Under the Sun』でもそうで、でもそれはべつに難しいことじゃなかった。彼が送ってくるものはいつも「おお、すばらしい」っていうものだったから。
 それにひとつ学んだことがあって、彼が送ってくる映像で、すごく好きなものと、ピンとこないものがあっても、かならずしもそれを伝える必要はなくて、なぜなら彼のほうがぼくよりもよくわかっているから。じっさい、好きだけどピンと来てなかったやつが、最終的にはほかのよりも好きになっていることがよくあるんだよ。だから最初の印象でそれほど好きじゃなくても伝えなくていい。ほんとうは変える必要がないのに、変えたほうがいいかもしれないと思わせてしまったり、彼の邪魔をしてしまうかもしれないからね。とにかく時を経て互いを信頼するようになったということだと思う。フィードバックを求められれば感想を言うし、まあたいていの場合「最高、すごく好き、それやって」と言うだけだけどね。

「あのアルバムが最高だったから、またああいうのをやってよ」みたいな。「いや、またつくる必要はないだろ」と思う自分もいて。でもだからと言ってもうつくらないとは限らないというか。

あなたが音楽をはじめてから35年くらいは経っているかと思いますが、過去がなつかしくなったり、おなじことをやってみたくなったりしたことは、ぶっちゃけたところ、ありますか?

MP:いや、ないなあ。というかひとそれぞれ「この時代のこれが好き」っていうのがあって、それをもっとやってほしいっていうのは言われるけどね。「あのアルバムが最高だったから、またああいうのをやってよ」みたいな。それにたいしては「いや、もうあのアルバムつくったから、またつくる必要はないだろ」と思う自分もいて。ほかにもやりたいことはたくさんあるしさ。でもだからと言ってもうつくらないとは限らないというか。ただしやる場合は、超力作か、前とは少しちがうアプローチで挑むかのどちらかだと思う。たとえばアンビエント・ミュージックもこれまでさんざんつくってきたから、新たな方法を見つけなくちゃいけない。ふだんからかなりつくっているし、アンビエント曲は意図せず生まれてきたりもするけどね。でも少なくともおなじではないものにしたいし、すでにつくったアルバムをふたたびつくりたいとは思わない。あるいは、つくったことがあるからと言って二度とつくりたくないとはならないけど、しばらくはつくりたくないとは思うよね。とはいえ意図せずできてしまうこともあるわけで……クラブ・トラックをつくろうとしたらアンビエントができちゃったとか、その逆もあるだろうしさ。

これまであなたはかなり多くの名義やグループで活動してきました。音楽スタイルの幅もアンビエントからフットワーク、ジャングルまでじつに多様です。今回の共作は、シャフトやリロード、グローバル・コミュニケイションやリンクなどを含めたあなたのキャリア全体のなかで、どういう位置づけの作品になると思いますか?

MP:まあダンス・ミュージックの要素はないよね。今作は『Under the Sun』よりもドラムの分量が増えて、ぼくにとってはある意味ニューウェイヴ的というか。じつは何曲かで生のドラムを使うことも検討して、でも必要性が感じられなくてやめたけどね。そうだな、これは『Under the Sun』のあとにつづく作品という位置づけで、ただし今回は全曲ヴォーカルありでひとりのシンガーと組んで、スタイルや楽曲自体は多様だけどひとつの作品としての一体感を出そうとして、そこはシンガーがひとりだったから割と出しやすかったと思う。それからジョナサンの映像が作品の別ヴァージョンとしてあって、そこでも全体の印象を与えていて。それから今作は、つくった曲をいじるよりも曲をつくることに比重があった気がするね。これまでもほかのひとの全曲ヴォーカル曲のアルバムはプロデュースしたことがあったけど、自分自身の作品ではやったことがなかったから、いい挑戦だったんじゃないかな。『Under the Sun』とおなじような時期に書いた曲がいくつかあるから、おなじものではないけど、そこからの変化というか。今作のスタイルをうまく言語化する方法が見つからないんだよね。まあクラブ・ミュージックと非クラブ・ミュージックに分けるなら非クラブ・ミュージック(笑)。ひどい説明だけど、それ以上にいい説明が思いつかないんだよ。そして最近はまたクラブ系のものをつくっているんだ。

[おまけ]シドニーのエレクトロニック・ミュージックのシーンのアーティストたちとも交流はあるのでしょうか? チェックしておくべきひとがいたら教えてください。

MP:[インタヴュー後に以下のリストを送ってくれた]
・Straight Arrows(最近オーウェンと彼のスタジオで新しい音楽をつくってる)
・Peter Lenaerts
・Kirkis
・Jack Ladder
Hiatus Kaiyote
・Axi
・Tim Gruchy

MARK PRITCHARD & THOM YORKE
"TALL TALES"

トム・ヨークとマーク・プリチャードによる
コラボレーション・アルバム『TALL TALES』を
ジョナサン・ザワダが手がけた映像とともに
高音質で楽しめる特別上映イベント

5月8日:プレミア上映
5月9日~15日:ロードショー上映

東京 ヒューマントラストシネマ渋谷
大阪 テアトル梅田

会場ではアルバムの先行発売および
スペシャル・グッズの販売も決定!

アルバムは5月9日発売

レディオヘッド、ザ・スマイルのフロントマンであるトム・ヨークと、エレクトロニック・ミュージック界の先駆的プロデューサー、マーク・プリチャードが初のコラボレーション・アルバム『Tall Tales』(5月9日発売) をリリースするのにともない、5月8日より世界各地の映画館で特別上映イベントを開催する。トム・ヨークとマーク・プリチャードによるアルバムと、ジョナサン・ザワダの映像作品を映画館で高音質で体験できる特別な機会となる。
日本では、5月8日にアルバムのリリースに先駆けてプレミア上映を行い、5月9日から5月15日まで連日ロードショー上映が予定されている。
会場となる映画館は、東京がヒューマントラストシネマ渋谷、大阪がテアトル梅田となり、いずれも映画の魅力を最大限引き出すため専用に開発されたカスタムメイドのスピーカーシステムを導入したodessaシアターでの上映となる。
上映会場では、アルバム『Tall Tales』のCDやLPを日本最速で購入できるのに加え、今作のオリジナルデザインのTシャツ、スウェット、トランプ、ポスターがそれぞれ数量限定で販売される。

【Tシャツ / スウェット / トランプ】

Tall Tales Parade Logo T-shirt - Grey Heather (税込¥6,380)

Tall Tales Octopus Logo Sweatshirt - Navy (税込¥11,000)

Tall Tales Playing Cards (税込¥2,860)

Tall Tales Poster (Bird/Lighthouse/Skeleton) (各税込¥2,750)

作品名: TALL TALES
監督:ジョナサン・ザワダ 音楽:トム・ヨーク/マーク・プリチャード
2025年/アメリカ/64分/DCP/字幕なし

日時: プレミア上映:5月8日 (木) / ロードショー上映:5月9日(金)~5月15日(木)

入場料: 2000円均一
※各種割引・招待券・無料券使用不可
※チケット販売のスケジュール等は決まり次第、劇場HPにてお知らせいたします。

場所:
東京 - ヒューマントラストシネマ渋谷・odessaシアター1
〒150-0002東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocotiビル8F

大阪 - テアトル梅田・odessaシネマ1
〒531-6003 大阪府大阪市北区大淀中1-1-88 梅田スカイビルタワーイースト3F

上映イベント詳細: https://www.beatink.com/tall-tales/
問い合わせ先:BEATINK [info@beatink.com]

本作のヴィジュアル面を担当したジョナサン・ザワダは、二人にとって、3人目のメンバーとも言える存在だ。アナログとデジタル技術を融合させた独特のアートワークは、コーチェラ・フェスティバルやデュア・リパ、アヴァランチーズ、ロイクソップ、フルームらとのコラボレーションでも知られている。ザワダは本作の監督、アニメーション、編集を手掛け、圧倒的でハイパーリアルなヴィジュアル体験を生み出した。

この革新的な映像作品は、音楽の進化と並行して数年間かけて制作され、美しい自然とディストピア的な世界観の対比が際立つ作品となった。トム・ヨークの歌詞、マーク・プリチャードの先進的プロダクション、そしてザワダの映像美を通じて、『Tall Tales』は人類の尽きることのない「進歩」への渇望が、いったいどこへ辿り着くのかを問いかける。長い年月をかけて生み出されたこの作品は、まさに今、この時代にこそふさわしい預言的な映画体験となっている。

『Tall Tales』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=8mFe9znS9hI

上映会に来場した方にはジョナサン・ザワダが制作・デザインを手掛けた限定ZINEが配布される。このZINEでは、映画とアルバムに込められたコンセプトやインスピレーションを独自の視点で掘り下げている。今回のイベント発表に合わせて、そのZINEの一部が公開され、『考える人』の彫刻盗難事件 について考察した記事を読むことができる。
※入場者特典のZIENは数量限定、配布方法は決定次第劇場HPでお知らせいたします。

入場者特典:ZINE

近年はソロ作品やザ・スマイルの活動で注目され、昨年は全8公演SOLD OUTとなったジャパンツアーを含むソロ・ツアーも話題を集めたレディオヘッドのトム・ヨーク。重層的な構造でリッチなテクスチャーを持つ本作『Tall Tales』は、トム・ヨークにとって〈Warp〉からの初リリース作品となる。

マーク・プリチャードは、言わずと知れたエレクトロニックミュージックの重鎮であり、リロード (Reload) やリンク (Link)、そしてアンビエントテクノの傑作『76:14』を生んだトム・ミドルトンとのユニット、グローバル・コミュニケーションなどのプロジェクトで知られる。2011年にレディオヘッドの楽曲「Bloom」の2つのリミックスを発表した他、エイフェックス・ツインやデペッシュ・モード、PJ ハーヴェイ、スロウダイヴなどのリミックスも手掛け、多彩なスタイルと多様な名義で活動を展開してきた。

本作では、マーク・プリチャードがシンセサイザーのアーカイブから発掘した古い機材を駆使し、予測不能かつ実験的な音楽を完成させ、トム・ヨークはダークで内省的なストーリーテリングを織り交ぜながら、幽玄かつ壮大なボーカルパフォーマンスを披露している。

トム・ヨークとマーク・プリチャードによる初のコラボレーション・アルバム『Tall Tales』は、5月9日 (金) 世界同時リリース。国内盤CDは、日本限定の特殊パッケージ・高音質UHQCD仕様となり、ボーナストラックが追加収録され、解説書と歌詞対訳が封入される。その他、通常盤LP(ブラック・ヴァイナル)、スペシャル・エディションLP (ブラック・ヴァイナル/36Pブックレット付き/ハードカーバー仕様) 、スペシャル・エディションCD、デジタル/ストリーミングでリリースされる。スペシャル・エディションLPは、数量限定の日本語帯付き仕様 (歌詞対訳・解説書付)でも発売される。さらに、国内盤CDと日本語帯付き仕様盤スペシャル・エディションLPは、Tシャツ付きセットも発売決定。
国内盤CDと国内盤CD+Tシャツを対象にタワーレコードではコースター(デラックス・ジャケットVer)、Amazonではマグネット(デラックス・ジャケットVer)、それ以外のレコードショップではコースター(スタンダード・ジャケットVer)、ディスクユニオンでは全フォーマットを対象にマグネット(スタンダード・ジャケットVer)が先着特典となる。

Amazon 特典:
マグネット(絵柄:デラックス・ジャケットVer)

ディスクユニオン特典:マグネット(絵柄:スタンダード・ジャケットVer)

タワーレコード特典:
コースター(絵柄:デラックス・ジャケットVer)

その他法人特典:
コースター(絵柄:スタンダード・ジャケットVer)

label : Warp Records
artist : Mark Pritchard & Thom Yorke
Title:Tall Tales
release:2025.05.09
商品ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14797
配信リンク: http://warp.net/talltales
Tracklist:
01. A Fake in a Faker’s World
02. Ice Shelf
03. Bugging Out Again
04. Back in the Game
05. The White Cliffs
06. The Spirit
07. Gangsters
08. This Conversation is Missing Your Voice
09. Tall Tales
10. Happy Days
11. The Men Who Dance in Stag’s Heads
12. Wandering Genie
13. Ice shelf (Original Instrumental) *Bonus track

CD+Tシャツセット

LP+Tシャツセット

国内盤CD

輸入盤CD

限定盤LP

LP

interview with IR::Indigenous Resistance - ele-king

私たちにとってダブはスタイルではなく、アティチュードである。私たちは、音楽やその他の手段による抵抗や抗議、社会正義の主張が、植民地的・資本主義的・白人的な流れの中で制度化され、無力化され、活力を奪われた世界に住んでいる。ダブは、このような同化と融和のプロセスのB面なのだ。

 インディジェナス・レジスタンス(IR::Indigenous Resistance、以下「IR」)は、地球上の音楽シーンにおいて際立った存在感を放つダブ・アーティスト/アクティヴィスト集団だ。世界各地で反植民地主義と先住民の権利のために活動するIRのアクションは、音楽のみならず、絵画・書籍・映像・ストリートアートなど多岐にわたっている。おもな拠点のひとつはウガンダにあり、ジャングルの奥深くに創造的なアートスペース「Atuadub Shrine」がある。

 彼らは80年代のテクノ/ハウスや90年代のレイヴ・カルチャーの影で台頭してきた。IRとしての作品は2002年のザ・ファイアー・ディス・タイム『Krikati / Galdino / Remembering Galdino』(IR1)にはじまり、最新作の『Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T. 』(IR73)に至る。彼らの活動はきわめてアンダーグラウンドなもので、実態は依然として謎に包まれている。中心人物のひとりであるアマスタラは、人々がIRの全体像を把握しづらいのは彼らが意図的に行っていることだという。

アマスタラ:私たちはアクションのたびにチームを組み替え、世界同時多発的に、また、非中央集権的な組織作りを通じて、バビロンを混乱させることを目指している。たとえば、西パプア解放運動を支援するイベントでは、コロンビア、ブラジル、エチオピア、ウガンダ、インドネシアの共謀者や協力者と協力して同時開催を実現した。私たちが「African Anarchists」という曲の中で言及しているように、現在アフリカと呼ばれている地域には、古代において、中央集権的な王国ではなく、自治的な村々がゆるやかにつながった連合体によって統治されていた地域があった。私たちはこれを組織のモデルとして気に入っている。

「IRにとってダブとは?」とアマスタラに尋ねると、IRの音楽の本質であり、たんなるジャンルではなく抵抗のアティチュードである。そして「音の周波数を使った混乱でバビロンを震え上がらせること」だと答えてくれた。

アマスタラ:ジャマイカのダブ・レゲエは、デトロイト・テクノ、ハードコア・パンク、アフリカ音楽、そして南太平洋のソロモン諸島や北アメリカの先住民族の固有の音楽の伝統と同様に、私たちにとって大きなインスピレーションとなっています。私たちがこれらの影響を受けているのは、その根底にある深い原理があるから。つまり、私たちにとってダブはスタイルではなく、アティチュードなのです。エコーやリバーブ・エフェクトを使うことだけがダブではない。IRにとってダブとはたんなる音楽ジャンルや手法ではなく、本質。ダブとはあらゆるものの本質なんだよ。私たちは、音楽やその他の手段による抵抗や抗議、社会正義の主張が、植民地的・資本主義的・白人的な流れの中で制度化され、無力化され、活力を奪われた世界に住んでいる。ダブは、このような同化と融和のプロセスのB面なのだ。
 ダブは抑圧的なシステムに問題を引き起こしながらも、人類の向上に役立つようなやりかたでシステムに挑む。「バビロンを震え上がらせること」の重要性を、私たちはとくに強調したい。それは、音の周波数がどのように使われうるか、また使われるべきかという私たちの常識を完全に混乱させる。この混乱こそがダブをまったくもって美しくしているのであり、人生の美しさと奔放な複雑さを肯定しているのです。

 最新アルバム『Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T. 』に収録され、先行シングルとなった「Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality」は、日本人アーティスト、マサヤ・ファンタジスタとの共演。モンゴルでの偶然の出会いが、コラボレーションの契機になったという。ウランバートルのレコード店〈ドゥンゴル・レコーズ〉のオーナーを通じて知り合ったアマスタラとマサヤは、共通する音楽理念やモンゴル文化への理解を通じて友情を深めた。

アマスタラ:そう、本当に美しい出会いだった。それは私たちが「自然なダブの流れ(natural dub flow)」と呼ぶものです。2023年の夏、マサヤはドゥンゴル・レコーズの音楽スペース兼カフェの公式オープニングでプレイするために来ていた。マサヤはじつに静かで温かみのあるダブを醸し出していて、音楽の話になると、すぐに似たようなつながりがあることに気づいた。彼は私たちの音楽仲間であるデトロイト・テクノの反逆者アンダーグラウンド・レジスタンスとも関係が深かった。フェラ・クティのドラマー、トニー・アレンを日本に連れてきたときの責任者のひとりがマサヤだったと聞いて、さらにその絆は深まった。私がフェラ・クティ本人と個人的なつながりがあることを知って、彼は本当に驚き大喜びした。こうしてマサヤ・ファンタジスタはこのプロジェクトに参加することになりました。

Masaya Fantasista

「Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality」(夢はダブだが虐殺は現実だ)。重いテーマを扱ったこの曲で、先入観を覆すためにマサヤがもたらしたジャズの要素を取り入れたのだとアマスタラはいう。

アマスタラ:マサヤがこの曲に加えたジャズのエレガンスは、私たちが歌詞を書いた意図とも一致していた。ジェノサイド(大量虐殺)のようなトピックが音楽の焦点になると、人々はそれがパンクやノイズのような攻撃的な音楽ジャンルと結びついていると考えがちだ。私たちはパンクやノイズが大好きだけど、この先入観を覆したかった。トラックの最初の行が「彼らは優しく抱きしめ合った(They embraced tenderly)」なのはそのためだ。同時に、世界中で起こっているジェノサイドのさまざまな事例を、多くの人が予想するような形ではなく、ストーリーテリングの手法で語れるようにしたかった。
 マサヤのソウルフルなジャズのエレガンス、バッド・ブレインズのパンクの影響、バントゥー(Bantu)とダンシャ(Dhangsha)のノイズ、不協和音、ベース・ミュージックへの新しいアプローチ、エイドリアン・シャーウッド、マーク・スチュワート、ソイ・ソスのようなインダストリアル・ダブの影響、そして伝統的なアフリカのジャンベ・ドラムとモンゴルの馬頭琴。この曲の歌詞を書いているとき、私たちの魂に響いた曲のひとつがバニー・ウェイラーの「Bide Up」だった。ソウルフルなエレガンスと美しさに満ちた曲で、華麗なフルート、パーカッション、そして精神的な敬虔さと逆境に対する勝利に焦点を当てた歌詞に支えられたルーツ・レゲエ・トラックです。

 アルバムのハイライトとなる「A Fiery Kumina Groove For Thomas Sankara & Fela Kuti」(トーマス・サンカラとフェラ・クティのための燃えるようなクミナ・グルーヴ)には、ダブ空間に鳴り響くテクノ・ビートとともに、アフリカ起源の音楽のエレメントが色濃く込められている。

アマスタラ:アフリカ音楽の要素は、私たちの音楽に大きな役割を果たしている。ウガンダの伝統的なフルートや、ジャンベやケテ・ドラムなどの打楽器だけでなく、過去にはエチオピア西部のヌエル族やアヌアク族の伝統音楽で使われている撥弦楽器の親指ピアノも使ったことがある。これらの楽器は、エチオピア西部の土地収奪をテーマにしたIRの楽曲で演奏されています。また、強制的に奴隷にされたアフリカ人が海を越えて持ち込んだアフリカ音楽の伝統を活用していることも重要だ。ジャマイカのクミナやナイヤビンギの太鼓の伝統、そしてアフロ・コロンビアの重要な伝統である太平洋岸のマリンバ。クミナはコンゴから強制的に奴隷にされたアフリカ人がジャマイカに持ち込んだ精神的な儀式です。私は個人的にクミナの儀式を目撃したことがあり、そこには強烈な催眠術のようなドラミングがあり、参加者は踊りながらトランス状態に入っていきます。この儀式を目の当たりにするのはすばらしくうっとりする体験で、私はいつもこれを音楽のトラックに取り入れたいと考えていました。私たちの経験では、伝統のスピリットを真に感じれば、それは難なくダブに流れ込む。作為的なダブとは対照的な「自然なダブの流れ(natural dub flow)」なのです。

モンゴルのアンダーグラウンドにもアクセスするIR

2023年の夏、マサヤはドゥンゴル・レコーズの音楽スペース兼カフェの公式オープニングでプレイするために来ていた。マサヤはじつに静かで温かみのあるダブを醸し出していて、音楽の話になると、すぐに似たようなつながりがあることに気づいた。彼は私たちの音楽仲間であるデトロイト・テクノの反逆者アンダーグラウンド・レジスタンスとも関係が深かった。

 IRのスローガンのひとつ「ダブ・リアリティ」。
 「ダブ」と「現実」。一見すると相反するふたつの要素だが、彼らの言葉を借りるなら、IRはB面(ダブ)から見えるヴィジョンを通じて地球上の現実と人類の歴史を掘り下げ、同時に音楽としてのダブを拡張している。

 IRが行っていることは「全地球をダブにする」ことだと私には思える。
 アフリカを拠点に世界中の先住民との交流を続けるIRのダブは、ヘヴィなベースとエコー・チェンバーを武器に、はかりしれないパワーと知識とスピリットが注ぎ込まれた音楽なのだ。

 最後に、つい先日完成したIRによる短編映画を紹介しよう。
 アフリカの映画監督ジョシュア・アリベットとIRの3度目の共同制作であり、ジャマイカ出身のアマスタラがモンゴルを「もうひとつの故郷」とする体験を描いた『Mongolian Dub Journey』に触発されている。映画の舞台はウガンダだが、モンゴル文化がアフリカの背景に溶け込む様子が印象深い。
 ここでもIRは先住民族への暴力や抵抗運動への連帯を訴え、社会正義の可能性を問いかけている。

Under The Moon, We Return To Water : An Indigenous Resistance Dub Suite

■アルバム 情報

Indigenous Resistance
IR 73 Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T.

https://dubreality.bandcamp.com/album/ir-73-mongolia-african-ancestral-travel-m-a-a-t

Indigenous Resistance
IR 71 Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality + E book A Mongolian Dub Sublime

https://dubreality.bandcamp.com/album/ir-71-dreams-are-dub-but-genocide-is-a-reality-e-book-a-mongolian-dub-sublime

Hoyo Moriya - ele-king

 東京を拠点に活動するシンガーソングライター・森谷抱擁が、 world’s end girlfriend主催のレーベル〈Virgin Babylon Records〉より最新シングル“密儀”を発表。

 本日5月2日、Bandcamp Friday(パンデミック以降定期開催されている、手数料受け取りを免除することで売上のほぼ全額がアーティストやレーベル側に行き渡るキャンペーン)の開催にあわせてBandcampにて先行リリース。各種ストリーミング・サーヴィス上では5月17日より配信開始されるとのこと。

 ピアノ、ストリングス、ドラム、そして唄。最小限の構成で展開される、幽玄な雰囲気に満ちた楽曲です。

Artist : 森谷抱擁
Title : 密儀
Label : Virgin Babylon Records
Release Date : 2025.5.2 (Bandcamp) / 2025.5.17 (Streaming)
Format : Digital
Stream / Buy : https://virginbabylonrecords.bandcamp.com/track/--142

──全編4分57秒。聴き手を灯りなき礼拝へと導く、儀式的ポストクラシカル。
本作では、彼が探究する『幻視日本』がいっそう鮮明に表現されている。
ささやく霊のような歌声、端正な古語調の詞。
ほの暗く幽玄な「密儀」の世界が立ち現れる。
(Virgin Babylon Records)


歌詞(英訳)
作詞・作曲:森谷抱擁

密儀 The Rite

目を閉じれども
Eyes closed,

目を開けども
Eyes open,

昏き夜にも
Even in the dark of night,

確かなもの
Something certain remains.


重たき扉
A heavy door

こじ開ける時
Prised open,

愛しあなたを
To seek you, my love,

求め翔ぶよ
I fly toward you.


雨夜の中を
In the rainy night,

光はしる
Light shines through,

愛の密儀
The mystery of love,

今はじまる
Beginning now.


実る果実
The ripened fruit,

ふたり齧る
Bitten by both,

ふたり齧る
Bitten by both.


幼生の時
In the time of the larvae,

繭の日月
Through cocooned days,

越えてぼくらは
We emerge,

翅を得たの
Wings gained.


耳元なぞる
The voice of obsidian

黒曜のこゑ
Tracing the edge of my ear,

潤んだ星に
Hands reaching

手を触れるよ
Toward the wet star.


雨夜の中を
In the rainy night,

光はしる
Light shines through,

愛の密儀
The mystery of love,

今はじまる
Beginning now.


夜の蜜が
The nectar of the night,

いま弾ける
Now bursts forth,

いま弾ける
Now bursts forth.

interview with Nate Chinen - ele-king

[※前編からつづく]

あの本で打ち出したかった所信表明というか、そのひとつは、「ジャズはいまもばっちり健在である」と皆に示したかった、ということで。

あなたの本を読んで、アメリカのジャズの過去数ディケイドの動向がとてもヴィヴィッドに把握できました。あなたは全米各地に飛び、ミュージシャンに直接取材し、いくつものショウを観て、さまざまな文脈や繫がりを提供している。もちろんあの本を読んですべてが理解できるなどとは思っていませんが、レコード評だけではわからない、幅広いコネクションが見えたと思っています。

ネイト・チネン(Nate Chinen、以下NC):そう言ってもらえると嬉しいです。間違いなく、それは意図でしたね。というのも、音楽の背後にはじつに多くの素晴らしいストーリーが潜んでいるわけで。

たとえばヴィジェイ・アイヤーを取り上げた章は、彼のような出自の人にしか語れないアメリカのジャズのストーリーがあり、多くを学ばせてもらいました。

NC:なるほど。ですから、この本の全体図を計画するに当たって私に大事だった点は……章ごとに入れ替わる構成なんですよね。基本的に、ある章ではミュージシャンの肖像を描き、次の章ではアイデア/概念について探る、といった具合に。ですが確実にやりたかったのは、アーティストの略歴を取り上げる際も、それぞれのプロフィールの背後にアイデアが存在する、ということでした。そんなわけで、ブラッド・メルドーについて書いた章も、ジャズの伝統を相手にしながらも、ちゃんと「その人だ」とわかるパーソナルなヴィジョンを作り出す際の葛藤についての話になっていますし、ヴィジェイ・アイヤーの章は、とある文化的遺産と、クラシック音楽やジャズの体制とのシンセーシスについての話になったわけです。で、そのアプローチの仕方は本の焦点を定めるという意味でとても役に立ちましたし、それだけではなく――ですから、私が心底好きで、プロフィールを書きたいアーティストは他にもたくさんいますよ! けれども彼らを取り上げなかったのは、彼らの背後にあるアイデアはすでに他の場で論じられているので、敢えてここでは述べなかった、という。

どんな植物も、ちゃんと根が張っていないとすぐ枯れてしまうのは、周知の通りですよね(苦笑)? ですから歴史を学ぶのはとても大切です。私のやりたかったことのひとつがそれ、読み手に文脈をもたらすことでしたね。

アーティストのプロフィールと言えば、エスペランサ・スポルディングやメアリー・ハルヴァーソンといった女性ミュージシャンにそれぞれ1章が設けられていることも本書の特徴です。これまでのジャズ史では女性ミュージシャンが不当に軽視される、またはヴォーカリストなどに役割が限定されるといった現実はあったと思います。いま、歴史の中であらためて注目すべき女性ミュージシャン、もしくはこのトピックに関連してあなたが重要視している動向などはありますか?

NC:イエス。言うことがじつに多い質問ですね! まずひとつめの質問、あらためて注目すべき/もっと称賛されるべき女性は、歴史上に数多くいます。たとえばちょうどいま、リッキー・リカーディの書いたルイ・アームストロングの初期を綴った素晴らしい本を読んでいるところなんですが、あの時期について知れば知るほど、リル・ハーディン(※アームストロングの2番目の妻。ピアニスト/作曲家/シンガー/バンド・リーダー)がどれほど重要な存在だったかがわかります。なので、彼女はそんなひとりです。それから、『Playing Changes』原書版の出版直前に、ジェリ・アレンが世を去りました。あのとき、痛烈な悲しみと共に悟りましたね、自分はおそらく彼女のことを、ウィントン・マルサリス時代についての文脈でもっと大きく取り上げるべきだった、と。彼女は本に登場しますが、彼女に1章割いてもおかしくなかった。ですから、彼女は……その貢献の深さは、ミュージシャンや聴き手にはつねに明白だった、そういうミュージシャンのひとりだったわけですが、批評家としてつい、「ああっ、自分は何でこうしなかったんだろう?」と感じずにいられない。この本で展開される対話の中心にもっと近いところに彼女を据えれば良かった、本当にそう思います。間違いなく、彼女はそれにふさわしい人でした。それから……存命中にカーラ・ブレイに関する記事を書く素晴らしい機会にも恵まれましたし、まだ、じつにたくさんの女性がいます。かつ、私はジョージ・ウィーンとコラボしたので、穐吉(秋吉)敏子がどれだけ早い時期にニューポート・ジャズ・フェスティヴァルに出演したかも知っています。初めてニューポートに出たとき、彼女はまだ若いピアニストだったんですよ! もちろん、いまやジャズ・マスターですし、重要なバンド・リーダー/作曲家として非常に長い間活躍されてきた方です。もちろん、彼女は日本で称えられているでしょうし、ここアメリカでも名は知られているとはいえ、今後もっと称えられる必要のある存在だと思います。で、この本がアメリカで初版された2018年以来、私が強く感じるのは……ということは、そんなに昔の話ではないわけですよね? でも、その7年ほどの間ですら、我々は本当に素晴らしい、音楽界の女性による仕事をもっともっと目にしてきた。もちろん、彼女たちはいつだって存在していました。ですが、いまはもうちょっとその受容度が高くなっているんじゃないか、と。ですから、中にはバンドを結成して、「あれ、このバンド、何で男だらけなんだ?」と思う人だっているかもしれません(苦笑)。

(笑)

NC:たぶん、我々はそこを考え直すべきでしょうね。でも、私が貢献している〈WRTI〉(※フィラデルフィアの非営利ラジオ局)で、つい最近リニー・ロスネスを迎えてポッドキャストをやったばかりなんですが、本当に素晴らしいグレイトなバンド、アルテミスについてリニーに話を聞きました。あれは興味深かったですね。彼女たちは『ダウンビート』誌読者投票で最優秀ジャズ・アンサンブル賞を2 年連続獲得し、〈ブルーノート〉からの3枚目を出したばかりです。ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルやヴィレッジ・ヴァンガードに出演し、ツアーも回り……という具合で、とても成功しているわけです。ところがリニーと話した際に、彼女は「いまだにプロモーターからの抵抗に出くわす」と述べていた。それって、完全に後ろ向きな姿勢ですよね? つまりプロモーターの感覚は、「我々のフェスにはもう女性パフォーマーが他に出演するから、アルテミスは要らないか……」みたいな(苦笑)。とにかくそういった、まだ調整しなくちゃいけない感覚が存在するわけです。変化は散発的に訪れるもので、我々が求めるよりもそのスピードはときにずっとスローですが、過去数年で確実にいくらかのシフトチェンジが起きたと思っていますし、その動きは大いに歓迎されています。

アリス・コルトレーン、彼女は現在では、20年ほど前とはまったく違う意味を備える存在なわけです。

本書は21世紀のジャズが中心になっています。一方で、現在のジャズをジャーナリスティックに紹介するだけでなく、つねに過去との関係が、つまり歴史への眼差しが織り込まれている点が特徴にもなっています。加えて、その「歴史」が博物館的ないわゆる「ケン・バーンズ・ジャズ史観」ではなく、現在のジャズを起点に置くことで見えてくる系譜がある、という点がさらに特徴的だと感じました。その上でお聞きしたいのですが、音楽はただ楽しければいいという意見がある一方、あなたにとって「歴史」を学ぶことにはどんな必要性や重要性があると考えていますか?

NC:ジャズの歴史と我々との関係は、つねに複雑です。というのも、過去の中で生きることだけを望むリスナーだっているくらいですしね(笑)。で、私の本もある程度までは――自分にとってのあの本で打ち出したかった所信表明というか、そのひとつは、「ジャズはいまもばっちり健在である」と皆に示したかった、ということで。というのも、「ああ、もう新しいことは何も起きていないよね。ジャズは○△のディケイドから勢いが衰えて……」という声をさんざん耳にしてきたからです。人によってはそれは60年代以来ですし、あるいは70年代と言う人もいますが。けれども、歴史を学ぶことの重要性は何か? というあなたの質問に答えれば、ジャズというのは先人のやってきたことの上に積み重なってきた音楽です。文脈、および連続性(continuum)ですね。で、ジャズの連続性とはアフリカ文化からやって来たものである、その点を思い起こす必要があると思います。先祖を称え、代々の家系を忘れないというこの概念は、ジャズを作り出したものの中核にあるわけですし。そして、ジャズが成熟し進化するのに伴い、その芸術形態をルーツ・起源から引き離そうとする勢力も存在してきました。指導者(メンター)の教えや直接伝授のスタイルからの乖離とも言えますね、というのもいまや、教則本やハウツーのヴィデオ映像はいくらでもありますし、制度化されたジャズ教育も学校/院でおこなわれていますから。ゆえに、根が深くてややこしく絡み合ったルーツ・システムにはタッチせずに、かなり高度な技能の数々を習得することも可能です。ところが、私の経験から言わせてもらえば――これは本当に信じていますが――私が取材させてもらったミュージシャン、「この人のやっていることは本当に、自分の心をつかんで離さない」と感じる人々の音楽を聴くと、彼らは皆、過去について、そうした昔のコミュニケーションの様式・スタイルについてじっくり考えてきた人ばかりです。たとえ自らの作品を通じてそれをやっていないとしても、彼らはその様式を実体験したことがある。ですから私にとってそれはとても、とても重要ですし、どういうわけか、若いミュージシャンが「自分にそんなもの必要ない」と考えながらシーンに登場するとしたら、それはジャズのためにならないだろう、そう思います。というのも、そういったルーツ・システムに関わらずにいると、その人自身のルーツも、本当に浅いものになってしまいます。どんな植物も、ちゃんと根が張っていないとすぐ枯れてしまうのは、周知の通りですよね(苦笑)? ですから歴史を学ぶのはとても大切ですし、私のように音楽について執筆する人間にとっては、間違いなく重要です。そうした理解が必要ですから。また、聴き手にとっても――別に「必要」ではありませんが、その音楽の出どころ・来歴をもっと知れば、どれだけリスニング体験が豊かになることか。私のやりたかったことのひとつがそれ、読み手に文脈をもたらすことでしたね。それによって、もうちょっとだけ理解が深まる、という。

『Playing Changes』の原著刊行から7年が経過しました。この間、ジャズの世界にはさまざまな新しい動きが起こりました。それについて聞かせてください。まず、UKのジャズ・シーンの興隆について、どう捉えていますか?

NC:ああ、すごいですよね。ですから、本の中で少なくともその動向のヒントを示せて、本当に良かったなと(苦笑)。あの本が出版された時点では、ヌバイア・ガルシアは観たことがありました。彼女はアルバム『Nubya's 5ive』を出したばかりでしたが、いやほんと、以降も本当に素晴らしい仕事を続けています。でも、他にもじつに多くの連中がいる。だから、いまロンドンで起こっていることはとても豊かなストーリーですし、そこには独自の複雑な文化的次元が備わっている。ですから、あのシーンに焦点を当てた本を誰かが書いてくれることを切に願っています。というわけで、本の出版以降のUKジャズの動向を見守るのはとてもクールでしたし、特に、英国生まれのブリティッシュ・ミュージシャンとして、アフロ・カリビアンなディアスポラの伝統から影響を引っ張ってきている面々に興味があります。シャバカもそうですし、ヌバイアもそうです。というのも、ここアメリカ合衆国では、アフリカン・アメリカンの経験を考えるのはごく当たり前ですが、それ以外にも色々な経験があるわけです。たとえばシャバカの場合はバルバドスですし、ヌバイアはガイアナとトリニダード・トバゴと、本当に豊かです。ロンドンはじつにコスモポリタンな都市だと思いますし、即興音楽がロンドンで集合した、その様は――しかもダブ・ミュージックやエレクトロニック/クラブ・ミュージックの歴史からも影響を受けているわけで、仮に私があの本をもう何年か後に書いていたとしたら、UKジャズは間違いなく、もっと大きな部分を占めていただろうと思います。それに近いのが、〈インターナショナル・アンセム〉およびマカヤ・マクレイヴンジェフ・パーカー周辺ですね。本の中でも少し触れたとはいえ、あのシーンも本の出版以降伸び続けてきてきたので。で、今日だと、いわゆる「スピリチュアル・ジャズ」にまつわる会話が非常に盛んで、それもたどっていくのが興味深いルートです。それまでジャズを聴いたことのなかったたくさんの人々が、いかにしてファラオ・サンダースアリス・コルトレーンという筋道経由でジャズに触れることになったか、その点を考えるのはとてもおもしろい。というのもその因子は、70年代に起きたある種アフロセントリックな、スピリチュアル志向の、民族自決的なものだったわけです。つまり当時の、大半が白人だったジャズ批評家の関心事の中心ではなかった。そう思うと、興味深いコレクティヴ的な動きが続いていますし、そこは私も魅了される点です。ですからアリス・コルトレーン、彼女は現在では、20年ほど前とはまったく違う意味を備える存在なわけです。

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「ムーヴメント」と呼んでいいのかわかりませんが、昨年、自分が思いついたタームに「ソフト・ラディカルズ」というのがあります。たとえばカルロス・ニーニョやアンドレ3000の音楽のことで、アリス・コルトレーンと強く繫がっています。

昨年はナラ・シネフロのアルバム『Endlessness』も話題になりました。

NC:じつに美しいアルバムです。大好きですし、スペシャルな作品だと思います。かつ、とても興味深いドキュメントにもなっていますね。というのも――「これは『ジャズ』・アルバムなのか? たぶんそうではないのでは?」と思わされたので。あれはジャズを理解し、ジャズを大事にしている、そんな人にしか作れない作品だ、というフィーリングはあります。ですが、あの作品は属していると思うんですよね、この……まあ、この傾向を「ムーヴメント」と呼んでいいのかわかりませんが、昨年、自分が思いついたタームに「ソフト・ラディカルズ」というのがあります。たとえばカルロス・ニーニョアンドレ3000の音楽のことで、アリス・コルトレーンと強く繫がっています。非常に瞑想的で、エレクトロニクスの要素も取り入れているとはいえ、派手さやスピード感を求めてではなく、非常に抑制された用い方でやっている。というわけで、ナラ・シネフロの作品はとても良かったです。

アメリカではイマニュエル・ウィルキンスやドミ&JD・ベックなど、新しい世代が台頭してきました。アメリカの動きで、新世代の台頭という点で、ここ7年の間で特に注目してきたものはなんでしょうか?

NC:ドミ&JD・ベックの名前が挙がりましたが、〈NPRミュージック〉向けに書いた文章の中で、彼らを「ヴァイラル・ジャズ」の例として分析したことがあるんですよ(笑)。もちろんそれはややふざけたタームですが、インターネットの活発なメタボリズム上で活動している音楽、という概念でしょうかね(笑)? ですから、ドミ&JD・ベックもそうですし、サンダーキャットもその部類に入ると思います。つまりこの、非常に……ハイパーに熟練していて、反応も極めて敏速な、刻々と変容していく類いの音楽というか。すごく興味をそそられます。しかもそれは、若い世代に対して独特なアピールを放っている。ですので、それがひとつの流れとしてあります。そして、イマニュエル・ウィルキンス。彼は私にとって、久々に出会った、最もエキサイティングなアーティストのひとりです。イマニュエルとジョエル・ロス、そして彼らの周辺の一群のミュージシャンは、私がこよなく愛するものの実に多くを体現してくれていると思います。先ほども話に出ましたが、伝統や先達の世代と本当に深く関与し、しかしそれと同時にじつに今日的な視野をちゃんと備えている、そんな成長中の若いミュージシャンに出会うと……しかも彼らは、スウィング・ジャズの伝統とフリーな即興ジャズ〜前衛との間でかつて起きた分断、いわば内部/外部の隔たりにもこだわりがない。イマニュエルはそのすべてを愛し享受していますし、コンセプチュアルに物事を考えている。思うに彼は、私の大好きなミュージシャンのひとり、アンブローズ・アキンムシーレの中に見出したのと同じアイデア、その延長線上にいるのではないかと。つまりこの……これは芸術的な音楽だが、と同時にアクセスしやすい音楽でもある、という感覚ですね。でも、やはりアートなんです。とんでもなく野心的だし、さまざまな関連を生んでいて、コンセプチュアルでもある、と。ですから彼らは、私にとってとてもスリリングなことをやっている連中です。同じことはもちろん、セシル・マクロリン・サルヴァントについても言えます。ですからいま挙げたアーティストたちは、絶対に中途半端では終わらせない、というか。彼らのやることはつねに、色々な思いを喚起しますし……テクニックという面でも興奮させられる。純粋に、音楽的なコンテンツとしてワクワクしますね。ですが、それと同時に、いくつものアイデアを喚起してくれる。そこは、とても興奮させられます。

フリー・ジャズは永遠に、これまでも/これからも今日性があると思います。

アイデアが豊富といえば、ジャズ・ドラムからラップ、プロダクションまで自ら手がけるカッサ・オーヴァーオールの活躍にも目を見張るものがあります。

NC:彼はとにかく――抜群ですね。彼も、一連のミュージシャンの素晴らしい例のひとつだと思います。つまり、つねに新しいことをやっているものの、伝統はきちんと学んでいる、という。彼はジェリ・アレンのバンドで長く叩いてきましたし、音楽院でも学びました。ですから彼は正統的なジャズ・ミュージシャンですが、インディペンデントなヒップホップ・プロデューサーの頭脳を備えているし、優れたラッパーでもある。アイデアに満ちあふれた人ですし、しかも楽しい「ショウ」のやり方を心得てもいる。そこは、大事だと思います。

コロナ禍とBLM運動の高まりもこの7年の間に起きた大きなトピックでした。1960年代には公民権運動と連動してフリー・ジャズが盛んになりましたが、現在、たとえばイレヴァーシブル・エンタングルメンツのように、BLM運動の高まりと連動するようにフリー・ジャズにあらためて注目するミュージシャンも出てきました。この点について、つまりフリー・ジャズのアクチュアリティについてどのように考えていますか? 必ずしも、「聴きやすい」音楽ではありませんよね?

NC:フリー・ジャズは永遠に、これまでも/これからも今日性があると思います。あの音楽に備わったまじりけなしの確信、そこに惹き付けられる聴き手の一軍は、きっとつねにいるでしょう。いやだから、ノイズ・ロックやハードコア・パンク、実験的なエレクトロニック・ミュージックが大好きな人たちはいますし、そういった面々はマシュー・シップやサン・ラー・アーケストラなども好きですし。ああいう、極端な……そうですね、ああいう音楽をやる確信、そして規制に対する抵抗とでもいうか(苦笑)。それは、一種のオルタナティヴです。ですが、あなたは質問の中で、プロテストの次元にも触れています。これはリベレーション・ミュージックということですし、あの発想は……前衛だけに留まりませんが、しかし、前衛音楽においてとりわけパワフルな表現を発見した、という。そうなった理由は部分的に、実験音楽家たちの世界の見方もある意味関わっていると思います。今日、こうして取材を受けている当日(2025年3月21日)に、ワダダ・レオ・スミスとヴィジェイ・アイヤーの新作アルバムが出たところです。『Defiant Life』(〈ECM〉)という作品で、昨日、ふたりに話を聞くことができました。で、それは単にひとつの音楽作品にそういうタイトルを付ける、というだけの話ではないんですよね。そこには本当にディープで力強い、革命的思想および抵抗への打ち込みぶりがある。それと共に、この音楽には愛に対するコミットメントもある。つまり、愛はそれそのものが一種のレジスタンスになり得る、というアイデアです。昨今の風潮においては、とりわけそうです。ですからプロテスト、あるいは解放を求める闘争について考えるとき、即興奏者はしばしば、方向性を示してくれると思います。彼らは寛大で思いやりのある、ポジティヴな社会的関与の仕方とはどんなものになり得るか、そのモデルを音楽で示してくれるからです。それは、とてもパワフルだと思います。

新しい世代には、サックス奏者のゾー・アンバのような人物もいますね。彼女を語る際、しばしばアルバート・アイラーが引き合いに出されてきました。

NC:ゾー・アンバはフリー・ジャズのサクソフォン奏法の伝統にアクセスしていますが、すさまじくワイルドで、まったく手に負えません(笑)。で……彼女は、あのサウンドと共に出現した、という。とても若い、発展中のアーティストですが、あっという間に前衛という難題を課せられた。にもかかわらず、彼女は自分の居場所を自ら切り開きました。ですから彼女は、その音を聴いた途端に注視せざるを得なくなる、そういう人の一例だと思います。そして私にとって最もエキサイティングな点と言えば、彼女はまだキャリア曲線の端緒にいるところです。ですから彼女は、何でも吸収するスポンジのように、つねに発展・成長していることは傍目にもわかる。しかし現時点ですでに、本当に新たな、こちらの関心を引き寄せずにいられない即興奏者でもある。近いうちにぜひ、彼女をまた観たいですね。

ゾー・アンバは、その音を聴いた途端に注視せざるを得なくなる、そういう人の一例だと思います。

先ほど「昨今の風潮」とおっしゃいましたが、偶然とはいえ『Playing Changes』の原著はトランプ政権第1期が始まったあたりまでを描いていますが、日本翻訳版はバイデン政権を経て再びトランプが政権を握った頃に出版されることになりました。

NC:私の落ち度じゃないですよ(笑)!

(笑)はい。で、2016年のトランプの大統領就任は、ジャズの世界にも少なからぬ影響をもたらしました。故ジェイミー・ブランチの “Prayer For Amerikkka” のような明示的な曲から、あからさまではないものの陰鬱な雰囲気を放つ曲まで、さまざまなリアクションがあったと思います。いま、トランプが2期目に入り、これまでになく分断と排除が進むことが予想されます。実際、ついこの間、ワシントンDCのBLMのペイントが消されるという信じ難い出来事が現実になりました。

NC:ええ。

ジャズの世界にも、9年前よりさらに過酷な影響がもたらされることが予想されますが、この時代に、アメリカのジャズにはどんな未来が待ち構えていると思いますか? ジャズのコミュニティにいる者たち、ジャズを愛する人々が留意すべきこと、音楽を聴く際に考えるべきことなどについて、チネンさんが考えていらっしゃることについてお聞きしたいです。

NC:私の思いは、ふたつの異なる軌道を進んでいます。第一に、それは私自身、そして私の家族もよく考えてきたことです。これは我々にとって、まず何よりもお互いを大切にし合う時期だと思います。ニュースや物事の展開に、つい打ちのめされてしまいがちですよね。とりわけいまのように、じつに憂慮すべき事態が、しかもとんでもないスピードで起きている場合は。ですから第一に、お互いをしっかりいたわり合うことだと思います。そして音楽は、その面で我々を助けてくれる。音楽の中には、じつにたくさんの滋養分が含まれていますから。そしてコミュニティという意味でも、我々はお互いを支え合える。ですからその質問に対する最初の答えはそれですね。とりわけ、我々が大事にしている価値観が危機にさらされ、権威側によって積極的に解体されている、そんなふうに感じる時期において、お互いをいたわるのはなおのこと重要です。そしてもうひとつ、私に浮かぶ考えといえば、いま、この時期がどれだけダークであっても――(それまでになく真顔で)本当に、とても陰鬱です――我々にはこの音楽を作り出したミュージシャンたちという具体例があるわけです。それは耐久力の、抵抗の、そして美しい何かを生み出してみせた苦闘の具体例です。再びルイ・アームストロングを例に出しますが、彼の子ども時代の境遇を知れば知るほど……まず何より、あの環境・状況から彼が抜け出してみせたこと自体が奇跡です。そして、彼のその後の生き様や身の処し方を考えると、あれだけの輝き、精神面での寛大さ、そして喜びをもって振る舞えたのは、輪をかけて奇跡的です。一体どうして、彼にはあんなことができたんだ? と驚嘆します(笑)。ですから本当に、彼は我々にとっての最も偉大なアメリカ人だったと思います(笑)。いや、心底、そう思うんです。というのも、彼がどんな人生を送ってきたかを知れば知るほど、とにかくもう信じられない、嘘でしょう?……という思いに陥りますから。けれども、彼の世代のミュージシャンのじつに多くが――1920年代を生きた人々、そしてそれに続いた世代である30年代、40年代、50年代、60年代にかけて、本当に多くの苦闘がありましたし、対象を絞った抑圧が非常に多かったわけで――生き残れなかった人間もたくさんいた。ですが、音楽は生き残った、それはわかるはずです。ですから彼らアーティストは、どうやったら絶対に諦めずにいられるか、その例を示してくれたと言えます。私はそこからインスピレーションを引いています。本当に、いまは怖い時代だなと思います――ここ、この国(アメリカ)は戦々恐々な雰囲気だ、そう言いましょう。それでも、希望を失うわけにはいきませんから(笑)! その意味で、音楽はとても助けになります。

Brian Eno, Robert Del Naja, and more - ele-king

 イギリス・ロンドンの音楽フェスティヴァル〈Field Day〉は今年も開催される。が、しかし、2024年にその運営企業であるスーパーストラクチャ・エンターテインメント(Superstruct Entertainment)は世界最大級の投資会社のひとつであるKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ社)へ買収された。〈Boiler Room〉へのキャンセルと同じく、この買収に端を発する抗議の声が各所で上がっているようだ。

 というのも、スーパーストラクチャ社の親会社であるKKRは、FIDF(Friends of the Israel Defense Forces、イスラエル国防軍友の会)への寄付、軍事関連企業の所有など、さまざまな問題を抱えているからだ。つまりは音楽フェスで生まれる利益が、結果的にはアパルトヘイトとジェノサイドを支援することにつながっている、という構図になる。

 そこで、〈Field Day〉へKKRと可能な限り公的に距離を置くことを求める公開書簡が提示され、50名以上のアーティストが署名している。現時点ではブライアン・イーノやロバート・デル・ナジャ(マッシヴ・アタック)をはじめ、ベン・UFO、アイ・ジョーダン、ミスター・スクラフ、TSVI、オム・ユニットといった音楽家たちが賛同を示したようだ。

 公開書簡では、この買収がけっして〈Field Day〉の選択ではないことに理解を示しつつも、

「可能な限りKKRから公的に距離を置くこと」
「倫理的なプログラミングおよび提携方針を採用すること」
「BDS(ボイコット、投資撤退、制裁)のガイドラインを尊重し、遵守すること」
「上記すべてに関してアーティストや従業員と対話すること」

などが求められている。 公開書簡の原文については、こちらの署名フォームを参照いただきたい。

DJ Koze - ele-king

 DJコッツェと言えば、2000年代後半、私が『remix』誌の編集をやっていた頃、来日、もしくは電話取材でヨーロッパのテクノやハウスのアーティストに「いまそのプレイがおもしろいDJは?」と訊いたときに、かなりの確立で彼の名前がでることが多かった記憶がある。当時の卓越したDJプレイは〈コンパクト〉からのミックスCD『All People Is My Friends』(2004年)として記憶されている。ダウンテンポからテクノ、ハウスへと展開、それぞれの曲はたぶん他の人がかけたら意外とバラバラになりそうなものなのだが、ひとつのストーリーを秀逸に作り出していて、どこかコラージュ感のあるミックスCDでもある。同時代、例えば同じく〈コンパクト〉のミヒャエル・マイヤーのミックスCDなどにしても、当時と言えばDJプレイにしてもよりミニマルなスタイルが主流だったことを考えれば、それなりに衝撃を与えたことも腑に落ちる内容でもある。そのコラージュ・センスはドイツ産のミニマルなディープ・ハウスを土台にしながら、珍妙な音が交叉する前述の『Kosi Comes Around』や別名義のアドルフ・ノイズでリリースした、実験的なアンビエント作『Wo Die Rammelwolle』(2005年)にも存分に生かされている(ここでの彼のユーモアは、ちょっとKLF『Chill Out』を彷彿とさせる)。

 そのDJプレイ、そしてアーティストとしてのコラージュ・センス、双方が垣間見れる、ある意味で彼のいいとこ取りとなるのがDJミックス『DJ-Kicks』(2015年)で、その出自でもあるヒップホップ色の強い作品で、サイケデリックなダウンテンポを中心にハウスやテクノへとつながれていく。その曲のほとんどは本人によってエディットが施されており、それらが「素材」と言うよりも「楽曲」として存在感をしっかりと宿しながら1枚のミックスCDとして彼の世界観でまとめられていた。ここでの世界観を構成する音の混ざり合いは、ミックスというよりも、さまざまな要素を塗り込めるように構築されていて、コラージュという感覚の方が相当しいと思う。しかもそこから浮き立つフィーリングは、おとぎ話の世界に迷い込んだJ・ディラがキノコにあてられて徘徊しているかのような、どこかユルユルととぼけてユーモラスな、メルヘンな感覚とでも言いたくなるサイケデリアがあり、それが彼のサウンドを強烈に独自のものにしている。

 こうした彼のユーモラスなコラージュ感はまさしく、次作の『Knock Knock』(2018年)へと結実する。2009年に自身の〈パンパ〉を設立以降は、シングル単位では他のアーティストも含めてダンサブルで良質なディープ・ハウス・サウンドをリリースしつつ、自身の作品に関してはこうしたコラージュ~ダウンテンポへとさらに歩みをすすめている。まだハウスだった『Amygdala』(2013)から『DJ Kicks』を挟んでの前作『Knock Knock』(2018年)では、カットアップを効果的に援用した、ダウンテンポがアルバムの大部分を占めることになる。そしてその後、この作品で意気投合したロイシン・マーフィーとのコラボ、プロデュース作となった『Hit Parade』(2023年)がリリースされることになる。コロナ禍を挟んで制作され、彼のユーモア溢れる実験が詰まったサイケデリックなカットアップ・ダウンテンポのサウンドを、彼女の歌声によってポップ・ソングとして昇華させた、オリジナリティ溢れる作品となった。が、しかし、リリース直前、マーフィーのFacebook上でのトランスフォビアな発言が徒となり、作品自体の評価は失速……。

 それから2年、前作からは8年ぶりに届けられたDJコッツェの新作『Music Can Hear Us』は、やはりロイシン・マーフィー作品のプロデュースに手応えがあったと見え、ほぼ歌モノと言っていいアルバムになった。前半にはダウンテンポ、そして終盤に真骨頂とも言えるダンス・トラックを携えており彼の集大成といった趣もある。タブラがエキゾチックな空気感を浮き立たせるインスト曲からはじまり、次いでアフリカはサハラ砂漠周辺のいわゆるデザート・ブルースの要素を強く感じさせる “Pure Love” は、先行カットされデーモン・アルバーンをフィーチャーし話題となった。アルバム全体は、こうしたさまざまなローカリティの音がコラージュされているが、しかしながらそれが決してワールド・ミュージック的な現地の音とのハイブリッドといった感覚のサウンドになることはない。あくまでも漂う要素といった感覚で、それは蜃気楼の向こう側というか、夢のなかで見たここではないどこかと言った感触を醸し出す。このあたりのバランス感覚が彼のコラージュ・センスの肝要な部分で、メルヘン・チックな世界観も相まって、夢で見た存在しない地に強い懐かしみを憶えるような、そんな郷愁が本アルバムを貫き、アルバム全体を魅力的なものにしている。

 デーモン・アルバーン以外のシンガーは比較的、彼の周辺、〈パンパ〉やドイツ/オーストリアのアーティストが多く起用されている。コズミックな電子音が後ろを飛び回るフォーク “Der Fall”、コッツェ流のデンボウ・トラックと言えそうな “Die Gonddel” では、〈パンパ〉からアルバムをリリースするシンガー/プロデューサーのソフィア・ケネディがドイツ語で歌い、また同じく〈パンパ〉リリース組からはアダが参加し “Unbelievable” では歌声も披露している。アルバム前半のハイライトと言えそうな、ウォーミーでメロウなダウンテンポ “Wie schön du bist” では、普段はフォーキーな音楽性の、ザ・デュッセルドルフ・デュスター・ボーイズが参加。この曲は、初期のカニエ・ウェストやJ・ディラを彷彿とさせる早回しのヴォーカル・サンプル・ループが印象的だが、このサンプル・ネタはドイツのSSW、ホルガー・ビーゲが1978年に発表したアルバム『Wenn der Abend kommt』に収録の “Bleib Doch” からの一節だそうだ。またこうしたドイツ語の歌詞の他にも、〈ニンジャ・チューン〉のソフィア・クルテシスが歌う “Tu Dime Cuando” や、ソープ&スキンことアンヤ・フランツィスカ・プラシュクが歌う “A Dónde Vas?” “Vamos A La Playa” といった楽曲は、スペイン語の歌詞となっている。単にソウルのネタを持ってくるのではないこうしたネタ選びや、音としての多言語の歌詞は前述のアフリカやアジアだけでなく、その中心のない本作の無国籍感を補完、世界観を作り出す秀逸な要因となっている。
 アルバム終盤に収録されている先行シングルとしてリリースされた “Brushcutter” は、マーレー・ウォーターズのルーディーな歌声が響き渡り、比較的DJコッツェにしては珍しいレイヴィーなブレイクビーツ・ハウス。同じくシングル・カットされている “Buschtaxi” は、その痙攣するブレイク(往年の長めのやつ)がピーク・タイムへと一気にフロアを引き込むテクノ・トラック。ギターのカッティングが心地よいアフロ・ハウス “Aruna” という、ラスト前の3曲は本作のダンスフロアへの対応も適切であることを証明している。
 しかし、驚いたのはラスト・トラック “Umaoi” である。この楽曲にはアイヌの伝統歌「ウポポ」を継承する、北海道は旭川拠点の女性ヴォーカル・グループ、マレウレウが参加している。ガムランを彷彿とさせる鉄琴が印象的なイントロに続いて、その優しげな歌声にベースラインが入ってくると、メロウなダウンテンポへと収束する。その歌声は音が停まるとともに夢から覚めてしまったような、そんな温かな余韻をこのアルバムにもたらせている。
 郷愁とユーモアに彩られた独自の世界観を作り出す、サイケデリックで縦横無尽なコラージュ・センス。DJコッツェは、彼の強烈なサウンドの個性を発する実験的サウンドを同居させながら、ポップ・ソングとして楽曲を成立させる、唯一無二のスタイルをここで完成させたと言っていだろう。そういえばこのコラージュ・センス、無国籍感、たまに見せるすっとぼけているのだか確信犯なのだが一瞬わからなくなる感じは、どこかホルガー・シューカイを思い出す。ぜひ本作が気にいったらシューカイがテープ・コラージュで作り出した1979年のファースト・ソロ『Movies』を聴いてみることもオススメしたい。

Emma-Jean Thackray - ele-king

 ロンドンのマルチ・アーティスト、エマ・ジーン・サックレイがグランジ、ポップ、ソウル、Pファンク、ジャズなど多岐にわたる影響を反映したという19曲入のアルバム『WEIRDO』を、ジャイルス・ピーターソンのレーベル〈Brownswood Recordings〉よりリリース。全楽曲の作詞・作曲・演奏・編曲をサックレイが務めた。

カッサ・オーヴァーオールを客演に迎えた先行シングル“It’s Okay (feat. Kassa Overall) ”なども話題を集めた本作は、パートナーの死という痛ましい出来事を経て生み出されたそうだ。トラックリストに目を向けると、“Save Me”や“Wanna Die”といった悲痛なタイトルから“Tofu”や“Thank You For The Day”のような明るい印象のものまでが並列化されている印象を受ける。まるで、人生における喜怒哀楽、日常と非日常を等価値なものとして受け止めるように。

 その音楽性はもちろんのこと、大いなる悲しみを超えて復帰する人間の力強さを感じられる作品としても聴けるような仕上がりになっているのかもしれない。

Artist : Emma-Jean Thackray
Title : WEIRDO
Label : Brownswood Recordings
Release Date : 2025.4.25
Format : LP / CD / Digital
Stream / Buy : https://emmajeanthackray.lnk.to/weirdo

Tracklist
1. Something Wrong With Your Mind
2. Weirdo
3. Stay
4. Let Me Sleep
5. Please Leave Me Alone
6. Save Me
7. Maybe Nowhere
8. What Is The Point
9. Black Hole ft. Reggie Watts
10. In Your Mind
11. Tofu
12. Fried Rice
13. Where’d You Go
14. Wanna Die
15. Staring At The Wall
16. I Don’t Recognise My Hands
17. It’s Okay ft. Kassa Overall
18. Remedy
19. Thank You For The Day


 ヴィジョナリーなマルチ・インストゥルメンタリスト/プロデューサー/ボーカリストであるエマ・ジーン・サックレイが、本日、自身史上最も大胆かつジャンルにとらわれない作品『Weirdo』を、Brownswood Recordings / Parlophoneよりリリースした。本作はUK音楽界における最重要アーティストのひとりであるサックレイによる、極めて個人的かつ勝利のステートメントであり、作曲、演奏、プロデュース、録音、ミックスのすべてを彼女自身が南ロンドンの自宅で手がけている。

 本作は、グランジ、ポップ、ソウル、Pファンク、ジャズなど、幅広い影響を取り入れつつ、“変わり者”であることの孤独を探求し、称賛する作品である。『Weirdo』は生き抜く力と個性を讃える勝利の賛歌であり、サックレイの卓越した音楽性と恐れを知らない自己表現の証として位置付けられる。

「このレコードを作ることが、私の命を救ってくれました。自分を完全に見失った状態から、再び自分自身へ戻る方法が必要だったんです。そして私は、音楽こそが自分のすべてであり、それ以外は何も重要じゃない。これまでにも完全に一人でレコードを作ったことはありますが、今回は特別でした。全エネルギーを自分自身に注ぐ必要があったからです。これは“生存のためのレコード”であり、痛みに満ちているけれど、おバカさもある。率直な歌詞と、楽しいグルーヴが同居していて、巨大な実存的問いの隣に、夕食を作ることについての日記のような内容もある。悲しみのダークコメディのようなもの。これは私の人生で最悪の1年を映し出した窓のようであり、絶望の深淵を旅した記録ですが、その先には光もあります」—エマ・ジーン・サックレイ

 本作は、Kassa Overallをフィーチャーした「It's Okay" feat. Kassa Overall」を含む一連の注目シングルによって先行して紹介された。「It’s Okay」は夢見心地で浮遊感に満ちた楽曲で、サックレイの音楽的多様性を如実に示している。「Wanna Die」は、激しいエネルギーと感情的な脆さが交錯した楽曲で、ユーモアあふれるビデオも話題となった。リズム的には遊び心あるビートを基盤にしつつ、生と死を巡る深い省察が織り込まれている。Reggie Wattsを迎えた「Black Hole」は、2023年末に発表され、Pファンクの美味なる一片として、ジャズ、ポップ、ソウルを独自のスタイルで融合させている。最終シングル「Maybe Nowhere」は、ブームバップ調のドラムと反響するボーカルの中で、喪失感のリアルさを描き出す大胆な一曲であり、ラストにはノイズの壁のようなサウンドへと展開する。

 アルバム全体には、強烈なインパクトと即効性を備えた名曲が多数収録されており、そのすべてがサックレイによって作詞・作曲・演奏・編曲されている。『Save Me』のキャッチーさには、初聴で歌わずにはいられない魅力がある。『Thank You For The Day』は、人生の瓦礫の中から生まれた、両手を掲げて歌いたくなるようなアンセムである。サックレイの個性は、短い楽曲群にも強く現れており、特に『Fried Rice』のような作品は、スキットというより日記の断片に近いと彼女自身が述べている。

 『Weirdo』は当初、神経多様性やメンタルヘルスについての瞑想として構想されたが、2023年1月に長年のパートナーを自然死で失うという予期せぬ出来事によって、その方向性が大きく変化した。結果的に本作は、極めて個人的でありながら普遍的な作品へと昇華された。緻密な作曲、剥き出しの感情、そして揺るぎない誠実さに満ちた『Weirdo』は、単なるアルバムではなく、レジリエンスの傑作であり、個性の祝福であり、英国音楽界の最前線に立つアーティストによる大胆な飛躍である。ジャンルと感情の境界を曖昧にしながら、Meshell Ndegeocello、Kate Bush、Nirvanaといったアーティストを彷彿とさせる――しかもダンスフロアで。

 エマ・ジーン・サックレイは、いまや現代音楽における最重要人物のひとりとして語られる存在だが、その道のりは決して常道ではなかった。ウェスト・ヨークシャーで生まれ育ち、Royal Welsh College of Music and DramaおよびTrinity Laban Conservatoireでクラシック音楽を学んだ彼女は、初期キャリアからジャンルの枠を打ち破る音楽性で注目を集めてきた。彼女は低所得の労働者階級家庭で育った。英国国家統計局によれば、俳優、音楽家、作家の92%以上が中〜高所得家庭出身であることを踏まえると、これは極めて稀なケースである。自主制作EP『Walrus』(2016年)やJazz FMアワードを受賞した『Yellow』(2021年)などを経て、サックレイはGlastonburyやロンドン交響楽団との共演など、名立たる会場やフェスティバルでの演奏を通じて、その革新的地位を確立してきた。

 『Weirdo』は、Yussef DayesやKokorokoらを擁する名門Brownswood Recordingsからの新たなスタートとなる。ロンドンの多様な音楽コミュニティに根ざす同レーベルは、ジャンルを越境するアーティストたちの拠点として機能しており、サックレイのような存在にとっては理想的な“ホーム”である。

 またサックレイは、今年、UKおよびヨーロッパでのヘッドライン・ツアーを発表しており、11月にはロンドンKOKOでの公演も予定されている。彼女は先日、Kamasi Washingtonのツアーサポートを終えたばかりで、4月〜5月にはインストアや単独公演も実施予定であり、その後は夏フェス出演も控えている。

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