「Low」と一致するもの

James Hoff - ele-king

 ニューヨークのアーティスト、ジェイムス・ホフ(1975年生まれ)の新譜『Shadows Lifted from Invisible Hands』がフランスの実験音楽レーベル〈Shelter Press〉からリリースされた。アルバムとしては2014年にドイツのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈PAN〉から発表された『Blaster』以来なので実に10年ぶりにということになる。
 もっとも2022年にEP『Inverted Birds And Other Sirens』を〈PAN〉よりデジタルリリースしているので、ホフのサウンドアーティストとしての音源発表は2年ぶりなのだが、そもそも2022年のEPリリースもそれなりに驚きだったのだ。だいいちこの時点で8年ぶりだ。 
 というのもホフは現代アートの画家としても活動をしているし、さらには60年代以降の知られざる現在美術を発掘する独立系出版社「Primary Information」(https://primaryinformation.org)の共同設立者でありディレクターでもあるのだ。つまり現代アート/美術方面での活動がメインと言ってもよいかもしれない(ちなみに『Shadows Lifted from Invisible Hands』のアートワークは米国の画家・彫刻家のジャック・ウィッテン(Jack Whitten)の1979年作品「Mother's Day 1979 For Mom, 1979」)。だからもうサウンド・アーティストとしての音源はリリースされないのではないかと勝手に思っていた。ゆえに2022年の『Inverted Birds And Other Sirens』は驚きだったし、今回の『Shadows Lifted from Invisible Hands』も同様である。次のリリースまで10年近い月日が必要だったのだろう。
 
 テン年代エクスペリメンタルミュージックのリスナーにとって、〈PAN〉からリリースされたジェイムズ・ホフの『How Wheeling Feels When The Ground Walks Away』(2011)と『Blaster』(2014)は忘れ難いアルバムだった。新しいノイズ・ミュージックを提示する10年代前半の〈PAN〉とのノイズとポップの領域を拡張するような作品をリリースし始める10年代後半以降の〈PAN〉との「はざま」にあるような作品/アルバムだったからである。ノイズとポップ、実験とポップの領域を拡張するような作風だったというべきか。
 特に『Blaster』はダンス・ミュージック的な躍動感と強烈な電子ノイズが同居する躍動的なアルバムであり、コンピューターウイルスに感染させたサウンドファイルを用いるなどコンセプチュアルなアルバムでもあったのだ。あえていえばマーク・フェル直系のグリッチ/テクノ・サウンドだった。

 だが本作『Shadows Lifted from Invisible Hands』はやや趣が異なる。理由は3点ある。まずリリースが〈PAN〉からではなく、フランスの〈Shelter Press〉ということ。そしてピアノやドローンを用いたクラシカルなサウンドということ。加えてマシニックかつ無機的な『Blaster』と比べるとエモーショナルなこと。この3点である。
 むろんノーコンセプトというわけではない。「ここ数年頭から離れないポップソング(ブロンディ、マドンナ、ルー・リード、デイヴィッド・ボウイ)の断片と、何十年も経験してきた耳鳴りの周波数から作られた」という。だが同時にこれは「自伝的」ともホフが語っている。つまり「このアルバムは主に、現代の音響状況の中で、個人的、感情的、そしてもちろん批判的な新しいものを作ることをめざした自己肖像です」というのだ。
 ここで興味深いのは、この明晰な「コンセプト」が、そのまま自伝的な意味合いを帯びている点である。それが結果として静謐でエモーショナルなクラシカル/アンビエントになったことが自分には興味深い。この作風は確かにストリート・エクスペリメンタルな作風の〈PAN〉というより、室内楽的な音響作品を主とする〈Shelter Press〉的だ。
 
 アルバムは30分ほどの収録時間で全4曲収録している。先に書いたようにピアノ、シンセサイザーによるアンビエント調の楽曲だが、どこか中心点な曖昧で、音がゆっくりと崩壊していくようなムードがある。そこに微かなエモーションが息づいているという不思議な音楽だ。マシンからエモーショナルへ? ともあれ確かに現代はエモ・アンビエント(クレア・ラウジー)の時代なのかもしれない。
 1曲目“Eulogy for a Dead Jerk”は低音のシンセサイザーによる短い持続音から始まり、やがてそれが弾け飛ぶような音と共に本格的に幕を開ける。その一撃から音楽性は一変し、点描的なピアノと弦学風のシンセサイザーによるアンサンブルになる。やがて高音の電子音も絡みつく。実に見事な電子音のアンサンブルだ。
 2曲目“Everything You Want Less Time”はクラシカルなピアノから始まり、透明なシンセサイザーのフレーズが折り重なる短い楽曲だ。3曲目“The Lowest Form of Getting High”は1曲目“Eulogy for a Dead Jerk”のような高音の電子音にクラシカルなフレーズがレイヤーされるトラックで、その旋律はやがて誰もが耳にしたことがあるだろうメロディへと変化していく。4曲目“Half-After Life”は以前のホフ的な強烈なノイズからは始まり、すぐさま弦の音とピアノの音が絡み合うサウンドへ変化する。それがやがて美麗なシンセサイザーと加工された声や電子ノイズが応答するようなサウンドスケープを形成する。何より霞んだピアノの響きが美しい。

 このアルバムに自伝的な要素があるとすれば、先にあげたポップソングの引用だろう。しかしそれらの楽曲の音は徹底的に加工され、原型は消失し、もはやほぼ判別ができない。だから重要なのは「記憶」が溶け合っていく、そして「消失」してしまう、その感覚の表現にこそあるように思える。記憶、生成、消失。その音楽/音響化を、例えばザ・ケアテイカーとは異なる手法で実現したアルバムが、本作『Shadows Lifted from Invisible Hands』ではないかと思う。20年代のアンビエンスがここにある。

Tribute to Ryuichi Sakamoto “Micro Ambient Music” - ele-king

 坂本龍一への敬意を表する国内外 41 名の音楽家による未発表の 39 作品を収録した コンピレーション、2023 年ドイツ音楽評論家賞 Electronic & Experimental部門を受賞した『Tribute to Ryuichi Sakamoto “Micro Ambient Music”』が、2024 年5月29日から配信されている。また、同時にアナログ盤もリリースされる。以下、リリース・スケジュールとその内容です。

Tribute to Ryuichi Sakamoto “Micro Ambient Music”

Vol. 1 2024 年 5月31日 (水)発売
01. Tetuzi Akiyama / Transparent Encephalon
02. Otomo Yoshihide / Moonless Night
03. Toshimaru Nakamura / nimb#75
04. Sachiko M / to the sunny man
05. David Toop / Hearing Cries From the Lake
06. Rie Nakajima and David Cunningham / Slow Out
07. Lawrence English / It Is Night, Outside

Vol. 2 2024年7月31日 (水)発売
01. SUGAI KEN / Swallow & Electronic Swallow (2023 Rainy Season)
02. Kazuya Matsumoto / ice
03. Shuta Hasunuma / FL
04. Takashi Kokubo / Rainforest soloist
05. Miki Yui / Hotaru
06. Tomoko Sauvage / Weld
07. Christophe Charles / microguitar

Vol. 3 2024年9月25日 (水)発売
01. Alva Noto / für ryuichi
02. Yui Onodera / Untitled #1
03. Marihiko Hara / extr/action
04. Ken Ikeda / Circulation
05. Hideki Umezawa / Sculpting in Time
06. AOKI takamasa / UKIYO
07. ASUNA / Elephant Eye
Tribute to Ryuichi Sakamoto "Micro Ambient Music"

Vol. 4 2024年11月27日(水)発売
01. Stephen Vitiello / Motionless Wings
02. Sawako / Tokyo Rain Forest 35°40ʼ 25” N 139°45ʼ 21” E
03. Tujiko Noriko / Iʼ ll Name It Tomorrow
04. ILLUHA / Gratitude
05. Christopher Willits / Study for Sakamoto (March 2023)
06. Tomotsugu Nakamura / backword to blue
07. Kane Ikin / Pulsari
08. Bill Seaman / Tears Namida

Vol. 5 2025年1月29日(水発売
01. Tomoyoshi Date / Placement Of The Drops
02. Federico Durand / Alguien escribió su nombre en el vidrio empañado
03. Marcus Fischer / Overlapse
04. Taylor Deupree / A Small Morning Garden
05. Chihei Hatakeyama / Mexican Restaurant
06. Stijn Hüwels / Shinsetsu
07. hakobune / hotarubune


Vol. 6 2025年3月26日 (水)発売
収録曲未定

interview with Tourist (William Phillips) - ele-king

 朝目が覚めたとき、妙なフィーリングにとらわれることがある。つい数秒前まで大冒険を繰り広げていたはずだった。アラームが鳴り響いた瞬間はまだ半分くらいそっちの世界にいる。どうやら刻限らしい。かならず戻ってくる。おまえらとの友情は永遠だ。この体験は生涯忘れない──そう固く決意しログアウトした瞬間、さっきまでなにをしていたのか、あっという間に記憶が薄れていく。見知った天井。絶対に忘れてはならないたいせつな出来事が起こったはずだけれど、電車に遅延はつきものだ。一刻も早く歯を磨かなければならない。ようこそリアル。ここがきみの居場所だ。

 その感覚がこのアルバムそのものなんだ──そうウィリアム・フィリップスは述べる。旅行者=ツーリストを名乗り、2010年代後半から4枚のアルバムを発表、2015年にはグラミー賞まで手にしているエレクトロニック・プロデューサーの5枚目のアルバムは『記憶の朝』と題されている。MJコールにフックアップされたという彼は、ハウス~UKガラージ、ブレイクビーツ~ジャングルといった、けして生やさしいとはいえない現実のなかで発明されてきたリズムを駆使し、やさしげな旋律と蠱惑的なヴォーカル・サンプル、きらきら輝く電子の断片をもってどこまでも夢幻的な空間を演出する。この桃源郷はタイコパンサ・デュ・プリンスらのエレクトロニカと通じるものだ。あるいはその淡くはかなげなポップネスに着目するなら、ナッシュヴィルのシンガー・ソングライター、コナー・ヤングブラッドあたりと並べて聴いてみるのも一興かもしれない(スタイルはまったく異なるけれど)。どこまでも広がる、ただただ美しい世界──わかってる。これは現実じゃない。だからこそ、いい。「ぼくにとって音楽というのはエスケープする場所なんだ」。フィリップスは音楽がもつ最高の効用のひとつ、エスケイピズムを称揚する。
 個人的なオススメは最後に配置された表題曲 “Memory Morning” だ。30周年を迎えたエイフェックス・ツインの名作『SAW2』(の数曲)を想起させるメロディに導かれ、ヒップホップのビートと、鳥のさえずりのごとくチョップされた音声が一日のはじまりを告げる──夢とうつつの転換、あのえもいわれぬ短い時間を表現しているのだろう、なんともさわやかなダウンテンポである。
 というわけで、このうるわしいアルバムを完成させた当人に、まだ日本ではあまり知られていない自身の背景について語ってもらった。

MJコールに大きな影響を受けたよ。初めてのチャンスをくれたのも彼でね。ぼくが17歳くらいのころに曲をリリースさせてくれたんだ。ぼくの絶対的師匠みたいなひとだね。

最初のシングルのリリースが2012年かと思いますが、音楽制作をはじめたのはいつ頃からですか?

Tourist(以下T):音楽制作? うわぁ……ぼくは1987年生まれ、つまりいま37歳ということになるんだけど、曲を作りはじめたのはたぶん10歳か11歳の頃じゃないかな。

通訳:早かったんですね。

T:そう、大昔だよ。3歳か4歳くらいの頃にピアノを弾くようになったんだ。レッスンを受けたわけじゃないけど、家にピアノがあったからね。なにせ3歳だし、押すと音が出るからすごく興味を持ったんだ。ワクワクしたよ。37歳のいまになっても、どこか押して音が出るとやっぱりワクワクする(笑)。
 ぼくにとって音楽というのはエンドレスで興味を惹かれるものなんだ。どんなタイプのものでもね。自分で書く曲のタイプも成長するにつれて変わっていった。10代のころ書いていたのと、20代のころ書いていたのと、30代になってから書いていた曲はちがうんだ。
 EP「Tourist」はそんななかで、これから長い間やっていくだろうと思ったタイプの音楽に、初めてコミットした作品だった。自分にとって初めてのちゃんとしたアーティスティックなペルソナだったんだ。それが……いまから12年前か。25歳だから、ひとによっては遅いとみる向きもあるかもしれないね。20代前半もけっこう曲を書いていたけど、あまり成功したわけじゃなかった。20代半ばくらいになってやっと手応えを感じてきたという感じだね。
 曲をコンピュータでつくりはじめたのはたぶん10歳くらいのころだと思う。

通訳:ツーリストを名乗りはじめたころに手応えを感じはじめたんですね。

T:そう、「Tourist」という名前だったらやりたいことがなんでもできると思ったんだ。あまり束縛感がなかったし、ダウンテンポでもハウス・ミュージックでも、UKガラージだっていい。この名前なら好きにやれると思ったんだ。そういう認識だけでもすごく助けになる。自由に音楽を感じて、自分に「好きにやっていいよ」と言えるからね。「Tourist」はぼくにとってそういうものなんだ。

通訳:ツーリストのように、どんなタイプの音楽を旅してもよいということですね。

T:(コップからなにか飲みながらにっこりうなずく)

音楽はぼくにとって現実逃避の手段だったんだ。自分の望む、大好きなカルチャーへの逃避。つまり90年代のロンドンだね。ジャングル、ドラムンベース、UKガラージ……ロンドンを思い出させてくれる音楽が大好きだったんだ。

幼いころはどういった音楽を聴いて育ってきたのでしょう? あなたにもっとも大きな影響を与えたアーティストはだれですか?

T:子どものころはドラムンベースやUKガラージをたくさん聴いていたんだ。LTJブケムが大好きだったね。それからロニ・サイズ、エイフェックス・ツイン、ケミカル・ブラザーズも大好きだった。少年時代はアヴァランチーズも大好きだった。ロイクソップも大好きだったし……メロディックで夢見心地な感じの音楽にインスピレイションを得ていたんだ。UKガラージではMJコールに大きな影響を受けたよ。人生にもほんとうにたいせつな影響をくれたひとなんだ。初めてのチャンスをくれたのも彼でね。ぼくが17歳くらいのころに曲をリリースさせてくれたんだ。

通訳:そうだったんですね!憧れの人があなたを「発見」してくれたんですね。

T:そうなんだよ。彼にはたくさんの恩がある。ぼくの絶対的師匠みたいなひとだね。彼には大いにリスペクトを感じているよ。ぼくの人生のなかでものすごく重要な人物なんだ。ケミカル・ブラザーズ、MJコール、LTJブケム……それから子どものころはジャズも大好きだったよ。あと80年代のシンセ・ポップ。トーキング・ヘッズ、ジョイ・ディヴィジョンニュー・オーダー。あの辺がぜんぶ大好きだった。20代のころにはフォーク・ミュージックを「ちゃんと」聴くようになった。10代のころはあまりクールに感じなかったんだけどさ(笑)。でも成長するにつれていろいろ学んで、耳を傾けるようになったんだ。……そんな感じで、ほんとうにたくさんの音楽を聴いてきたよ。

あなたはロンドン生まれのコーンウォール育ちだそうですが、コーンウォールの土地柄や風土は、あなたの音楽性に影響を与えていると思いますか?

T:ぼくは引っ越した当時の感覚をずっと憶えているんだ。ロンドンは魔法、ロンドンはカルチャー、ロンドンはあらゆるひとの場所だと思っていた。ところがぼくがまだ幼いころに両親が離婚して、コーンウォールに引っ越したんだ。まあ、よくある話だよ。
 コーンウォールのカルチャーはぜんぜんちがった。いい悪いじゃなくて「ちがった」。ぼくには馴染みがないものだった。思うに、コーンウォールで暮らしていたからこそ、ロンドンを思い出させる音楽をつくっていたんじゃないかな。ぼくのアイデンティティの大きな部分を占めていたからね。
 17歳くらいになって初めて、エイフェックス・ツインもコーンウォール出身だって知ったんだ。じっさいコーンウォールからはすばらしいアーティストがいろいろ出ているんだけど、ぼくにとって音楽をつくるのは、ある意味「コーンウォールにいない気分になる」ための手段だったのかもしれない(笑)。というのも、正直言ってコーンウォールに暮らしていたころはあまりいい思い出がないんだよね。だから音楽はぼくにとって現実逃避の手段だったんだ。自分の望む、大好きなカルチャーへの逃避。つまり90年代のロンドンだね。ジャングル、ドラムンベース、UKガラージ……ロンドンを思い出させてくれる音楽が大好きだったんだ。コーンウォール自体はすばらしいところで好きだけど、ロンドンは生まれたところだし、「どこ出身?」と訊かれたらロンドン出身と答えるよ(笑)。
 でもコーンウォールは海に近くていいところで、子ども時代はそこが好きだった。サーフィンもスケートボードもしたし、当時からの親友たちもいる。ただ、コーンウォールでぼくくらいの歳の子が音楽をつくるのはヘンというか珍しいことだった。

通訳:コーンウォールはあなたに逆説的な影響を与えた感じなのでしょうか。

T:そのとおり! 100%そうだね。自分がロンドンで恋しかったものを思い出させてくれたんだ。

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人間の声に手を入れた状態の音が大好きだし、それを逆回転させたときの響きも大好きなんだ。この世のものとは思えない崇高さが生まれるし、聴いたひと次第でそのひとだけのことばに聞こえてくる。そうすると言語の壁を超えるんだ。

ツーリストになる前もなってからもさまざまな作品を出してきましたが、これまでのアルバムないしシングルで、あなたにとっていちばんの転機となった作品はなんですか?

T:ふむ。いい質問だね……。ターニング・ポイントか~。……セカンド・アルバム(『Everyday』、2019)をつくり終えたときだったかな、人生には時間があまりないことに気づいたんだ。ファースト(『U』、2016)のときは時間があり余るほどあったから、自分がつくりたいまさに理想の音をつくることができた。でもファーストをつくり終えていざセカンドをつくるとなると……(ため息をつく真似)さて、これからどうする? と思うんだよね。
 ぼくのファースト・アルバムはそんなにビッグにはならなかった。大した成果はもたらさなかったけど、名は知られるようになった。その後セカンドをつくることになって、「そうか、何枚だって、好きなだけアルバムをつくればいいんだな」と気づいたんだ。すごく自由になれた気がしたよ。ファーストにたいしては出るまで後生大事にしているけど、いったん出ると拍子抜けしてしまうものだからね。グラミー賞を獲るとか、すごい会場でプレイするとか、そういうのがないかぎり。でもそのファーストがあまり目立たなくて、ぼくのことを知っているひとたちだけに届いたことによって、今度は自分の実力を証明しないと、と思ったんだ。ファーストをつくり終わってセカンドの曲を書きはじめて、何度でも繰り返して自分の実力を証明しよう、と思った。それにはただアルバム1枚分書くだけじゃだめ。もっともっとたくさんの労力を要するものなんだ。ぼくの好きなミュージシャンは全員……そう、全員が、何枚もアルバムを出している。それで気づいたんだ。このアルバムでやれなかったことは、次のアルバムでやればいいじゃないかってね。そう気づいてほっとしたよ。ものすごく自由な気持ちになれた。ただ1枚分だけじゃない。10枚分書くんだ。20枚分だって書ける。

通訳:1枚で終わりじゃなくて、その後も続くと。

T:ある意味1枚でおしまいだと思ったけどね。幼かったと思うよ。いまは「いや、何枚もつくればいいじゃないか」と思えるようになったんだ。ミュージシャンとして成長していくなかで、ほんとうにいろんなことを学ぶからね。

通訳:ということは『U』と『Everyday』の間がターニング・ポイント期という感じなのでしょうか。

T:そうだね。『U』でやったことをたんに繰り返すわけにはいかないと気づいたんだ。ほかのことをやらないと。ときの流れに適応しつつも、自分に誠実なものをつくることがたいせつなんだ。そうすると自分のスタイルはなんなのかということを考える。自分のスタイルはなんなのか。それをキープしながら変化させて、興味深いものにするにはどうしたらいいのか。あれはぼくにとって大きなターニング・ポイントだったね。
 ぼくのアルバムのなかで『Everyday』が好きだって言ってくれるひとは多いんだ。家でヘッドフォンで聴くのに向いていて、内向的だからね。一方ファーストの『U』はものすごく外に向いたアルバムだった。あの辺りがターニング・ポイントだった気がするね。というのも、『Everyday』を出してすぐ後……わずか8ヶ月後にぼくは(サード・アルバムの)『Wild』(2019)を出したんだ。それほどインスピレイションを得たということだね。次々にアルバムをつくっていけばいい、という考えに強くインスパイアされたんだ。すごく自由な気分になれたから、『Everyday』を出した後すぐに気持ちを切り替えることができた。

先ほどグラミー賞の話がちらっと出ましたが、あなたはツーリスト名義のファーストを出す前にグラミー賞を獲っています。あなたが作曲に参加したサム・スミスの “Stay With Me”(2015)は現在20億もの再生数を誇り、当時グラミーも受賞しました。その成功はあなたになにをもたらしましたか?

T:ものすごく正直に言わせてもらうと、ぼくがやりたい音楽をやる力を与えてくれたと思うね。ある意味すごく安定したし……それってミュージシャンにとってはプライスレスなことなんだ。住宅ローンを払うために毎週末DJしに行く心配をあまりしなくていいというのはね。
 ものすごく正直に言わせてもらうと、あの成功はぼくに自由を与えてくれた。そしてその自由をぼくは自分自身のプロジェクトに投資した。レコード会社が「こっち方面に力を入れようと思う。あなたには○枚アルバムをつくってもらいます」と言わないような、リスクをとりたがらないような分野にね。メジャー・レーベルのどこかを指して言っているわけじゃないけど、自由を得たことによって、ツーリストとはほんとうはなんなのかということに本格的にフォーカスすることができるようになったんだ。それが “Stay With Me” のくれた恩恵だね。“Stay With Me” がなかったらツーリストはいなかったと思う。“Stay With Me” はいまじゃクラシック・ソング(往年の名曲)化しているよね。すばらしいことだと思う。サムにもいろんなすてきなことをもたらしてくれて、彼のことを思うとハッピーだよ。ほんとうにすばらしいことになった。
 ぼくは曲を書くのが大好きで、いまもいろんなひとに曲を書いているけど、“Stay With Me” を超えるのは難しいね(笑)。でも、ぼくに自由を与えてくれた曲なんだ。

冥丁はほんとうに大好きだよ。彼はほんとにすばらしい。日本にはすばらしいプロデューサーが何人もいるよね。フードマン(食品まつり)もそのひとりだ。

あなたの音楽の大きな特徴のひとつにヴォーカル・サンプルがあります。ヴォーカル・サンプルに惹かれるのはなぜですか?

T:それは……ぼくが基本的に人間の声が大好きだからなんだ。人間の声に手を入れた状態の音が大好きだし、それを逆回転させたときの響きも大好きなんだ。この世のものとは思えない崇高さが生まれるし、聴いたひと次第でそのひとだけのことばに聞こえてくる。そうすると言語の壁を超えるんだ。

通訳:たしかに!

T:興味深いよ。もしぼくがフランス語だけを使って曲をつくっていたら、フランス語圏のひとにしかアピールしなかったかもしれない。ぼくは人間の声をピアノとして扱って操作するのが好きなんだ。ぼくにとって人間の声というのは、それが合唱であろうと、歌であろうと、だれかが話している声であろうと、大好きなサウンドということには変わりない。というか、たいていのひとが好きなサウンドじゃないかな? そうじゃないかもしれないけど(笑)。でもそれがないとなにもできないからね。ともあれ、ぼくは人間の声が大好きなんだ。ただ大好きなだけで、それ以上におもしろい理由はないけどね。声に手を入れて、アレンジしたり、まったく独特のものにつくり変えたりすることによって、新しい意味を与えるのが好きなんだ。

美しい夢を見ているような、きれいな電子音もあなたの音楽の特徴です。現実のつらいことを忘れさせてくれるような、いい意味での逃避性があなたの音楽にはそなわっているように思います。先ほど少し触れていたかもしれませんが、それは、あなた自身が音楽に求めている効果や役割でしょうか?

T:そうだね。音楽というのはきわめて基本的な意味で、ぼくにとっては逃避性なんだ。いままでずっとそうだったし、いまもそうだね。
 音楽をつうじて他人のなかに自分自身を見るのが好きなひとは多いと思う。シンガー・ソングライターや作詞家が人気があるのはそれだよね。でもぼくにとって音楽というのはエスケープする場所なんだ。自分の行きたいところやほかのところに連れていってくれるものでもある。いろいろな場所を思い起こさせてくれるもの、ぼくを連れていってくれるもの。アイスクリームを食べるのに少し似ている気がするよ。

通訳:それはいい表現ですね(笑)。

T:「うまっ! 別世界に行った気分だ」みたいな感じ(笑)。ぼくにとってはドラッグだね。ぼくの脳や神経に影響を与えてくれるんだ。いい影響をね。だからなんだ。ひとになにかを感じさせてくれるところが大好きなんだ。それに……音楽はいくら食べても食べ過ぎにはならないからね(笑)!

通訳:たしかに! アイスは健康によくないときもありますが、音楽は健康にいいですからね。

T:そう、いちばんたいせつなことだよ。音楽は自分と他人をつないでくれるし、自分自身ともつないでくれるんだ。それがもっともたいせつなことだよね。だからAIでつくった音楽にはあまり興味がないんだ。人間がつくったものじゃないからおもしろ味がない。加工食品みたいなものだよ。もちろんマクドナルドを1日じゅう食べていることはできるけど、そこからなにか感じられるものはあるのか、だれかの表現だと感じられるのか。そこだよね。音楽は人間がつくった、いちばん効果的なコミュニケーションのかたちだと思う。

『Wild』のリミックスEP(2020)にはアンソニー・ネイプルズメアリー・ラティモアらと並んで、広島のプロデューサー、冥丁が参加しヒット曲 “Bunny” をリミックスしています。人選はあなたご自身によるものですか? 冥丁の音楽についてどんな印象をお持ちでしょう?

T:冥丁はほんとうに大好きだよ。彼はほんとにすばらしい。日本にはすばらしいプロデューサーが何人もいるよね。フードマン(食品まつり)もそのひとりだ。知ってる? ぼくのレーベルにいたぼくの友だちの曲をひとつリミックスしてくれたひとなんだ。
 冥丁の音楽はぼくにとって……ものすごくピースフルなんだ。あんな感じのものは経験したことがなかった。ひたすら美しいし、スケールもコードもよく考えて使われている感じがする。それでいてすごく人間味があるし、脆さと音楽性の高さが同時に存在しているんだ。彼があの曲のリミックスを手がけてくれたのはほんとうに光栄なことだった。とても気に入っているよ。

通訳:彼のことはリミックス以前から知っていたのでしょうか。

T:ああ、彼のアルバムですごく気に入ったのがあってね。名前が思い出せない! けど、おなじ年に出たんだよね。ちょっと待って、ぼくのSpotifyにあるか探してみるよ。それは……(PC画面を眺める)これだ! 『Komachi』だ。それがぼくの好きなアルバム。すばらしいアルバムだよ。ぼくの『Wild』とおなじころに出て、よく聴いていたんだ。それで彼にリミックスをお願いしたらイエスと言ってくれた。ほんとうに光栄なことだよ。

新作収録曲 “Valentine” はジェレミー・スペンサー・バンドの “Travellin’” からインスパイアされたそうですが、アルバム全体としてはいかがでしょう? 『Memory Morning』を制作するうえでもっとも大きく影響を受けた音楽はなんでしたか?

T:サイケデリックな音楽をたくさん聴いていたね。1960年代のサイケデリカ、それからシューゲイズもいろいろ聴いていたし、ポスト・パンク、それから初期のレイヴ・ミュージックもよく聴いていた。“Siren” にその影響が聴きとれるかもしれないね。トリップホップぽいのもいろいろ聴いたな。“Ithaca” や “Memory Morning” はそっち系の色が強い気がする。いまの音楽は聴いていなくて、大昔にインスピレイションを与えてくれた曲をたくさん聴いていたんだ。だからある意味、あまり今風のアルバムには聞こえない。ヒップには聞こえないだろうな(笑)。いまの音楽の多くはすごく速いけど、ぼくはそういうものからむしろ遠ざかっていくような感じだったんだ。ときには大勢を押し返すのもいいからね。

新作でもっとも苦労した曲、難産だった曲、あるいはもっとも思い入れが深いのはどの曲ですか?

T:トラックリストが思い出せないよ(笑)! ちょっと見てみるね。……(PC画面を眺める)そうだな、“Siren” はこれまで書いた曲のなかでもとくに気に入っている部類に入るね。いまこうしてトラックリストを見ているけど、とても誇りに思うよ。“Siren” と、あと “A Little Bit Further” はしっくりくるものをつくるのがちょっと大変だったな。あれは基本的に2曲をひとつにまとめたようなものだからね。フォーク・ソングみたいな感じではじまって……マーク・フライという男の “Song For Wilde” からだんだん変化していって、ほとんどケミカル・ブラザーズみたいな感じになる。拍動感の強い、ハウスっぽいものにするのが狙いだったからね。“A Little Bit Further” はAの状態からBの状態に持っていくのがとても大変だったんだ。
 あの曲以外はそんなにつくるのは大変じゃなかった気がするね。すごく流れている感じがしたんだ。ほかのアルバムはみんな書くのがすごく難しくて、ぼくも細かいところまでこだわりがあったけど、今回はすごく自由な気持ちで、思いついたものをすべて尊重してアルバムに入れることができた。

アルバムのタイトル『Memory Morning』にはどのようなニュアンスが込められているのでしょう? それは最終曲の曲名でもありますね。わたしたちは朝、夢から目覚めたとき、たいていの場合は夢の内容をすぐに忘れてしまいます。あの不思議な感覚と関係がありますか?

T:その感覚がこのアルバムそのものなんだ。まさにそれだよ! わかってくれて嬉しいね。あのふたつの単語(「memory」と「morning」)を並べてみるとどうにも合わないというか……寝ている間にどこかに連れていかれるんだけど、目覚めたときに「うわぁ、いまのはいったいなんだったんだ?」なんて感じる、あれこそがいちばん強いインスピレイションになった。ああいう感じ方をさせる音楽をつくりたいと思ったんだ。これだ! と思ったよ。だから最後の曲は “Memory Morning” なんだ。このフレーズを使うことによって、いちばんステキなかたちで人びとの方向感覚を失わせたかったからね。『Memory Morning』の核心はそういうところなんだ。

通訳:今日はこのインタヴューまで一日じゅうこれを聴いていたので、明日の朝起きてどんな感じか興味が出てきました(笑)。(訳註:やはり起きた途端に夢を忘れてしまいましたが……)

T:悪夢を見ることになるかもよ(笑)?

現在ツアー中かと思いますが、ライヴやDJをやっていて最高だと感じるのは、どのような瞬間ですか?

T:基本的には「自分の音楽を知ってくれている、自分の知らない人たちに会うこと」だと思うね。いまでも感動するよ。ぼくの知らないひとたち、ぼくが行ったことのない国に住んでいるひとたちがぼくの音楽を聴いてくれているということに、いまでも大きなインスピレイションをもらっている。ぼくは自分のことをユビキタスなアーティストだと思っていない。知るひとぞ知るという感じで、全員に知られているわけじゃない。でもそれってほんとうにすばらしいことだと思うんだ。余計な期待をされないということだからね。ファンがとても真摯でいてくれることも意味する。ファンはあまり知られていないという事実も好きな傾向があるしね。ぼくはこの状態から大きな恩恵をもらっていると思うし、ぼくのショウに来てくれるひとたちに心から感謝している。彼らは心からショウに来たくて来てくれているわけだからね。友だちに連れられて仕方なく来たとか、1曲だけちょっと好きな曲があるから来てくれたわけじゃない。彼らが来てくれるのは、ぼくのアルバムを気に入ってくれているからだと思うんだ。そう言えるアーティストはけして多くない。アルバム・アーティストだって自分で言えるのは、とてもラッキーなことだと思うよ。ツアーに行くたびにそう思う。オーディエンスの反応がセットの特定の箇所だけ大好きという感じじゃなくて、一定しているんだ。ずっと同じレヴェルを保っている。とてもありがたいことだと思う。

あなたが生きていくうえで、あるいはあなたの人生において、音楽はどのような意味を持っていますか?

T:ぼくにとっての音楽の意味? ……音楽はぼくの人生全体に意味を与えてくれたね(笑)。笑顔も希望も。ときにはフラストレイションも(笑)。ときには音楽におじけづいてしまうこともあるし、特定の音楽が怖いこともあるし、大嫌いになることだってある。でも音楽がなによりも大好きなんだ。ぼくの人生にちゃんとした意味を与えてくれるからね。ぼくは自分の人生のすべての瞬間にサウンドトラックをつけることができる。その瞬間を思い出させてくれる音というのがあるんだ。そのことに感謝しているよ。人間に音楽があるということにね。

5月のジャズ - ele-king

 今年1月のコラムでテリ・リン・キャリントンのデビュー・アルバム『TLC And Friends』のリイシューについて紹介したのだが、そのテリ・リン・キャリントンが若手ミュージシャンを率いてソーシャル・サイエンスというグループを結成したことがある。2019年に『Waiting Game』という1枚のアルバムを残したのみだが、そのソーシャル・サイエンスに在籍したのはカッサ・オーヴァーオール、アーロン・パークス、マシュー・スティーヴンスといった錚々たる面々。そして、同じくグループのメンバーだったモーガン・ゲリンがリーダー・アルバム『Tales of the Facade』を発表した。


Morgan Guerin
Tales of the Facade

Candid / BSMF

 ニューオーリンズ郊外のミュージシャン一家に生まれたモーガン・ゲリンは、ニューヨークの名門ニュースクール・フォー・ジャズ・アンド・コンテンポラリー・ミュージックとボストンのバークリー音楽院に学び、サックスやフルートのほか、ピアノ、オルガン、各種キーボード、シンセサイザー、EWI(木管楽器のシンセ)、ベース、ドラムスとあらゆる楽器をマスターしたマルチ奏者。作曲家、プロデューサー、エンジニアでもあり、カッサ・オーヴァーオールに近いタイプのミュージシャンであるが、彼の『I Think I’m Good』(2020年)にも参加している。テリ・リン・キャリントンやカッサのほか、クリスチャン・スコット、タイショーン・ソレイユ、エスペランサ・スポルディング、ニコラス・ペイトンたちとも共演し、ソロ・アルバムは2016年から始まった『Saga』というシリーズ3部作をリリースしている。

 ウェイン・ショータージョン・コルトレーンアリス・コルトレーンといったジャズはもちろん、ステーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、ミニー・リパートン、ケンドリック・ラマーなどからも同様の影響を受けたというモーガンは、『Tales of the Facade』について「ジャズのアルバム」という限定的な見方をされたくないと述べる。自宅のスタジオで1年ほどの制作期間を費やして、さまざまな楽器を演奏しながら多重録音し、ほぼひとりで作り上げたトラックにソーシャル・サイエンスのメンバーだったデボ・レイや弟のチェイス・ゲリンはじめ、J・ホアードやメラニー・チャールズ、シスコ・スウォンクなどシンガーやラッパーをフィーチャー。ほかにヴェテランのジョージア・アン・マルドロウの参加も目を引く。『Tales of the Facade』はそうした音楽仲間やコミュニティと作り上げた産物で、“Pyramid” は管楽器や鍵盤などが織りなす重層的なハーモニーやグルーヴと、ワードレスなコーラスが豊かな想像力を掻き立てる。J・ホアードが歌う “We Are More” は、モーガンが標榜するジャズとソウルの境界線のない世界。ジョージア・アン・マルドロウの参加する “Infinity” も同様で、コズミックで深遠な音響世界が広がる。音楽界に根強く残る性差別について取り上げたという “Something In The Air” は、1970年代のアース・ウィンド&ファイアーやチャールズ・ステップニーなどが見せていたスピリチュアル・ジャズとゴスペル、ソウルが融合した世界を彷彿とさせ、メラニー・チャールズの歌もミニー・リパートンを彷彿とさせる。


Blue Lab Beats
Blue Eclipse
Blue Adventure / ユニバーサル

  2022年にサード・アルバムの『Motherland Journey』を発表し、キャリア初のライヴ・アルバム『Jazztronica』を引っ提げて初来日公演も行ったブルー・ラブ・ビーツ。その際にインタヴューもおこなったが、そこではいろいろなアーティストたちとのコラボについて話をしてくれた。2年ぶりの新作スタジオ・アルバム『Blue Eclipse』も、すべての曲が多彩なアーティストたちとのコラボ集となっている。これまでもたびたび共演してきたラッパーのコジェイ・ラディカルのほか、地元ロンドンのジャズ・シーンからココロコのリッチー・シーヴライト、サックス奏者のカミラ・ジョージ、トロンボーン奏者のポッピー・ウィリアムズ、『Days & Nights』や『The Spectrum』などのアルバムで知られるシンガー・ソングライターのデイリー、サム・スミスなどの仕事で知られるプロデューサー&マルチ・ミュージシャンのベン・ジョーンズ、そしてロサンゼルスからムーンチャイルドのメンバーであるアンバー・ナヴランなどが参加する。

 ブルー・ラブ・ビーツと言えばジャズとヒップホップやグライム、R&Bを結びつける作品が多く、そこにアフロやラテンなども取り入れてきたが、『Blue Eclipse』はこれまで以上にR&Bやソウル寄りの内容となっていて、エリカ・バドゥの系譜を引き継ぐネオ・ソウル調の “Rice & Peas” や “Brother” がそれにあたる。“Brother” はLAのムーンチャイルドにも共通するムードを持つ作品だが、そのアンバー・ナヴランが参加する “Sunset in LA” はデイムファンクを彷彿とさせる80年代スタイルのブギー・ファンク。“Never Doubt” はブロークンビーツ的なリズムによるフュージョンで、未来的なヴィジョンと疾走感に満ちたグルーヴに包まれる。“Blue Eclipse” も同様で、アルバム中でもっともジャズ度が高いインスト曲である。一方、同じインスト曲でも “Guava” はラテンやカリプソを取り入れた陽性のナンバーで、リッチー・シーヴライト、カミラ・ジョージ、ポッピー・ウィリアムズらによるホーン・アンサンブルが聴きどころ。こうした多彩な曲をやるのがブルー・ラブ・ビーツらしいところである。“Cherry Blossom” はフルートが奏でるメロウなムードとヒップホップ・ビートが融合した曲で、『Motherland Journey』でも共演したキーファーあたりに通じる。


Nubiyan Twist
Find Your Flame

Strut

 ブルー・ラブ・ビーツがもっとアフロ~ラテン寄りになったグループのヌビヤン・ツイスト。総勢10名ほどのグループで、DJやエレクトロニクスも交えてクラブ・ミュージックとの親和性も高い。音楽形態としてはジャズ、ソウル、ファンク、アフロ・ビートが柱となり、リズム・セクションにブラジル系ミュージシャンがいることなどから、サンバ、アフロ・キューバン、ラテン、クンビア、レゲエ、ダブなどワールド・ミュージックの要素が色濃い。そうした生演奏にブロークンビーツ、ヒップホップ、グライム、ダブステップ、ベース・ミュージックを通過したエレクトロニクス・サウンドが融合されている。アフロ・ビートやワールド・ミュージック系のリリースも多い〈ストラット〉と契約を結び、2019年に『Jungle Run』をリリースしているが、それから2021年の『Freedom Fables』を挟み、最新作の『Find Your Flame』をリリースした。

 『Jungle Run』ではエチオピアン・ジャズの巨匠であるムラトゥ・アスタトゥケ、『Freedom Fables』ではガーナのハイライフ・シンガーであるパット・トーマスと共演するなど、そうしたコラボが話題となってきたヌビヤン・ツイスト。今回のアルバムではフェラ・クティの息子であるシェウン・クティ、マリ共和国でサリフ・ケイタのバック・シンガーを務め、レ・アマゾネ・ドゥ・アフリークのメンバーであるママニ・ケイタと共演する。ほかに意外なところでナイル・ロジャースが参加しているのも興味深い。そのナイル・ロジャースの軽快なカッティング・ギターをフィーチャーした “Lights Out” は、1970~80年代のディスコやブギー・スタイルのナンバーで、そもそもダンス・ミュージックやクラブ・サウンドと繋がりの深いヌビヤン・ツイストらしさが全開となっている。シェウン・クティが参加する “Carry Me” は、シェウンのヴォーカルとアフリカ系のリード・シンガーのヌビヤ・ブランドンによるコール&レスポンス、シェウンのサックスや豪快なホーン・セクションが活躍するアフロ・ビート。一方、ママニ・ケイタをフィーチャーした “Slow Breath” は彼女の伸びやかな歌声が魅力の曲で、マリの民謡がモチーフとなる牧歌性の高い楽曲。アフリカ音楽といってもさまざまなタイプがあり、『Find Your Flame』にはそうした多様なアフリカ音楽やラテン音楽のエッセンスが詰まっている。


Jembaa Groove
Ye Ankasa / We Ourselves

Agogo / ウルトラ・ヴァイヴ

 ドイツで結成されたアフロ・グループのジェンバ・グルーヴ。メンバーの出身や国籍はドイツ、ポルトガル、イスラエル、ガーナ、ベナンで、特にグループの核となるヴォーカリストのエリック・オウスは、ガーナでエボ・テイラー、パット・トーマスなど大御所と共演してきたミュージシャンだ。エリック・オウスとベーシストのヤニック・ノルティングは、ガーナのハイライフや1970年代のソウル・ミュージックから影響を受けたという点で意気投合してグループを結成。ガーナのハイライフやアドワ、ギニア、マリ、コートジボワールなどで広まったワソルなど西アフリカの伝統音楽と、西欧の黒人音楽であるソウルを融合していくというのがジェンバ・グルーヴのコンセプトだ。2022年リリースのデビュー・アルバム『Susuma』は、同年にリリースされたココロコの “Could We Be More” と共にアフリカ音楽とジャズが結びついたピュアなサウンドとして高い評価を得た。それから2年ぶりのニュー・アルバム『Ye Ankasa / We Ourselves』がリリースされた。

 今回はゲストとして、ガーナのハイライフ・ミュージシャンであるジェドウ=ブレイ・アンボレイと、同じくガーナ出身のアフロ・ソウル/レゲエ/ダンスホールのMCである K.O.G が参加する。ジェドウ=ブレイ・アンボレイの低音ヴォイスとサックスがフィーチャーされた “Agya” は、深い哀愁と土着的なグルーヴを湛えたアフリカン・ブルース。K.O.G をフィーチャーした “Sweet My Ear” は、アフロとレゲエのいいとこ取りをしたユル~いグルーヴのナンバー。ナイヤビンギやルーツ・レゲエなど、アフリカ音楽を祖先とするジャマイカ音楽の要素が見られるのもジェンバ・グルーヴらしいところだ。そして、アフリカやジャマイカならではの素朴なメロディや歌がこのグループ最大の魅力である。

interview with tofubeats - ele-king


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NOBODY

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 次の一手がどんなものになるのか、2年前からほんとうに楽しみにしていた。というのも、前作『REFLECTION』があまりにも時代のムードと呼応していたから。いや、むしろ時代に抗っていたというべきかもしれない。「溺れそうになるほど 押し寄せる未来」なる表題曲の一節は、以前からあった「失われた未来」の感覚がパンデミックや戦争をめぐるあれこれで増幅されいまにも爆発しそうになっていたあの年、頭にこびりついて離れなかった歌詞のひとつだった。かならずしもいいものとはかぎらない。でもそれはいやおうなくやってくるのだ、と。

 潔い。新作EP「NOBODY」はハウスに焦点が絞られている。むろん、シカゴ・ハウスを愛する tofubeats はこれまでもその手の曲をアルバムに収録してきた。フロアライクなEPの先例としては「TBEP」(2020)もあった。今回の最大の特徴はそれが全篇にわたって展開されているところだろう。ここ数年のダンス・ミュージックの盛り上がり、一気にパーティやイヴェントが増えた2023年以降の流れとしっかりリンクしている点で、これもまた時代と向き合った作品といえる。
 ダンスのよろこびに満ちているはずの音楽にはしかし、「だれもいない」なんてさびしげなタイトルが冠せられている。ヴォーカル部分にAI歌声合成ソフトが使用されていることを踏まえるなら、これは tofubeats なりの「ポストヒューマン」作品なのかもしれない。そこも2022年の ChatGPT ショック以降という感じできわめて現代的なのだけれど、仮にざっくり、ヴォーカル入りのハウスにかんして、じっさいにシンガーをフィーチャーするのがUSで、サンプリングを駆使するのがUKだと整理するなら、tofubeats はそのいずれでもない道を模索しているともとらえられよう。
 近年はヒップホップ文脈での活動も盛んな彼。これは、かつて史上最年少で《WIRE》に出演し、いま「自分のことをハウスのDJやと思ってい」ると主張する tofubeats の、ある意味では原点を確認する作品であると同時に、ふだんそうした音楽を聴かないリスナーに向けて送られた最高の招待状でもある。(小林)

自分は、リスナーが思う tofubeats と俺がイメージしてる tofubeats とでかなり差があったりするタイプのアーティストやと思うんですけど、自分は自分のことをハウスのDJやと思っていて。

まずは前作『REFLECTION』のころのことから伺っておきたいんですが、ちょうど東京に引っ越されたときにパンデミックが直撃して。DJ活動を増やすために来たのに、仕事がなくなったという話だったかと思いますが、いまはDJはけっこうできていますか?

TB:コロナ禍のころよりは戻ってきたんですけど、そんなに頻繁にやっているわけではないですかね。以前のペースには戻っていないという感じです。コロナ禍前は年100本弱くらい、平均で80~90ぐらいはやっていて、デビュー時からずっとそのくらいだったんですけど、いまはライヴも合わせて年たぶん50~60ぐらいかなという印象です。大箱と言われるような、Spotify O-EAST(渋谷)とか The Garden Hall(恵比寿)みたいなところだったり、フェスの比率もちょっと増えた感じです。なので今年は久しぶりに仙台とか金沢とかの普通のクラブに行ってやる、みたいなのをちょっと意識して入れるようにはしていて。

DJ活動からのフィードバックは大きいですか?

TB:そうですね。あと単純にDJ好きなんで。ただやっぱり、お客さんはぼくが歌ってるのを見たいわけですよ。もし自分が客で初めて観るんやったらやっぱり絶対 “水星 feat.オノマトペ大臣” は聴きたいし(笑)。そういうバランスみたいなのは、昔からテーマとしてありますね。

2020年にダンスにフォーカスした「TBEP」というEPが、『RUN』のあとに出ました。

TB:神戸から東京に出てきて初めてちゃんと仕上げたのが「TBEP」で、「DJを頑張っていくぞ」っていうのをテーマとしてしっかりやって、クラブでかけられるようなものを出して。でもリリースのときにはたしか最初の緊急事態宣言には入っていて。

ほんとうにどんぴしゃだったんですね。

TB:そうなんですよ。それで、失われた幻として「TBEP」のときの気持ちみたいなのがずっと漂ってたまま『REFLECTION』をつくって、その後気分的にイベントのモードが戻ってきたところに、「TBEP」のときにやりたくてできなかったことをもう一回ちゃんとやろう、っていうのが、そもそもこの「NOBODY」のはじまりですね。

なるほど。レヴュー編集後記でも書いたんですけど、2022年は “REFLECTION” の「溺れそうになるほど 押し寄せる未来」っていう一節がずっと頭のなかに残っていて。日本はまだパンデミック中でしたし、ウクライナへの侵攻もはじまっていて、そういう時代に対する抵抗というか、ポジティヴな未来を求める感覚があったのでしょうか?

TB:そうですね。あと、『REFLECTION』のときぐらいから自分はめっちゃネアカなんじゃないかって思いはじめて。ずっと……『POSITIVE』とかもそうなんですけど、「明るくいよう」みたいな気持ち、けっこうあるぞみたいに思って、そういう部分を出そうっていう気持ちはありましたね。なんというか、「まあ、いつかは終わるっしょ」みたいなことはわりと思ったりするんです。『REFLECTION』をつくってるときは、そういう願いみたいなものも入れたかったというか、最後は開けて終わる感じにしたいなとは思ってましたね。いつもアルバムはループ構造になるのを意識してるんですけど、閉塞感があるときだからこそ、開けて終わるかたちにしたいというのはありました。

しかも、そういうポジティヴな曲のリズムに選ばれたのがジャングルだったっていうのが、すごくはまっていると感じました。

TB:普段だったらジャングルはライヴではやりづらすぎるというか、あまりやらないテンポ帯なのでできないんですけど、ライヴがない時期だからジャングルいけるやん、っていうのはありましたね。

『REFLECTION』では神戸の Neibiss をフィーチャーしていたり、『REFLECTION REMIXES』でも RYOKO2000 や Peterparker69 を起用していて、昔から tofubeats さんは若手をフックアップしてきたと思うんですけど、彼らのことはどういうふうに見ていますか?

TB:単純に若手を呼びたいっていう基本思想というか、前提条件みたいなものはずっとあります。自分が若手のときに仕事をもらって上達していったんで、単純に足掛かりしてもらえればっていう(笑)。あと、メジャーの仕事なので、「ワーナー・ミュージックに請求書を出す」とか、それだけでも若手には経験になるじゃないですか。だから、合いそうな曲があったら振っていますね。ほんとうに自分も昔いろいろしてもらって、頑張った記憶があるので。

『REFLECTION』から『REFLECTION REMIXES』の一連の流れのなかで、「おっ」と思った反響ってなにかありましたか?

TB:どうだったかな……“REFLECTION” がいい曲やなってみんなに言ってもらったのはめっちゃ嬉しかったですね。あれは自分でもいい曲できたなって思えていたので。さっきの小林さんの話もそうなんですけど、あの曲の歌詞とかコンセプトみたいなものを褒めていただけたのはめっちゃ嬉しかったです。あと、普段ああいうテイストはやってないですけど、サウンド的にもちゃんとできてたっぽくて、先日 Sinjin Hawke と Zora Jones のユニット(Flactal Fantasy)と一緒にやったときに、ゾラにあの曲めっちゃいいやんって言われたのは嬉しかったですね。

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代理店化された感じというか。〈BOILER ROOM〉のような沸点マックスみたいなイメージが、やる側にもお客さんの側でも内面化されちゃってる気がするので、それがこれからどういうふうになっていくのかな、と。


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そうした一連の流れを経て、今回いよいよハウスに振り切ったEPですね。以前の「TBEP」も近い位置づけのEPだと思いますが、あちらはハウス以外のスタイルも入っていました。今回は完全にすべてハウスです。その心をお伺いしたいです。

TB:自分は、リスナーが思う tofubeats と俺がイメージしてる tofubeats とでかなり差があったりするタイプのアーティストやと思うんですけど、自分は自分のことをハウスのDJやと思っていて。DJでかけるのも基本こういう4つ打ちのハウス・ミュージック的なものが多いんですよ。

むちゃくちゃ盛り上がるんだよね(笑)。

TB:はい(笑)。ただここ数年はヒップホップのイベントに出ることが多くて、あと客演でもラップをやって、それがバズったりして、どちらかというとそちらのイメージが大きくなっていたり。もちろんそれも全然ええことなんですけど……昔は〈マルチネ〉みたいな、打ち込みのひとたちと一緒にやることが多かったんですけど、気がついたらまわりがラッパーとかトラックメイカーが多くなっていて、出るイベントもヒップホップ・フェスの〈POP YOURS〉やったり〈CIRCUS×CIRCUS〉やったり。ありがたいことではあるんですけど、「こうなるはずやったっけ?」みたいに思うこともあります(笑)。なので、ここでこういうハウスをやっておかないと、ヒップホップっぽいことしかできなくなっちゃうかもな、っていうのは思っていました。「tofubeats の作品」として出しておけば、リスナーも聴き慣れないものとして受け止めなくて済むでしょうし。「TBEP」のときにやりたかった気持ちの亡霊みたいなものがあって、そっちの気持ちが戻ってきたんですよね。『REFRECTION』はああいう(パンデミックという)状況があってできたものなので、もともとやりたかったのは「TBEP」の延長線上にあるもので。ハウスが好きやし、よくDJでかけてるにもかかわらず、ぼくのアルバムやシングルにはあまり4つ打ちの曲がないんですよね。

うん、たしかにね。アシッド・ハウスがいちばん大きな影響だったというのは、もうデビュー当時から言っていたよね。

TB:ああいう「ダン、ダン、ダン、ダン!」みたいな、段ボール箱を一升瓶で叩いてるような感じの曲がいちばん好きなんですよ(笑)。こう、トグルスイッチをパンッってやってるのに、一個だけ声ネタが連打されてるみたいな(笑)。もちろんそれだけじゃダメだから、どうバランスをとるかっていうのはずっとテーマですね。いまはハウス・ミュージックをしっかりやろうっていうモードが戻ってきていて、かつ、みんなに聴いてもらえるものじゃないといけないっていうのもあり、いろんな要素を乗せていった感じですね。

少ないとはいえ、これまでもアルバムに数曲ハウスを入れてはいました。それらが聴かれている手応えみたいなものはありましたか?

TB:あまりないですけど、置いてる意味はあるなって思うときはたまにあります。たとえば『FANTASY CLUB』って “LONELY NIGHTS” 目的で聴かれてるアルバムなんですけど、表題曲はBPM110台くらいのハウスなんですよ。そういうのって、なんかじわじわ効いてる気もせんでもないというか。そういうふうにハウス・トラックを設置してあることが、未来の人間に影響するかもしれないので、そういう意味では効果はあるなとは思いますね。

たしかに、それは効果はあると思いますよ。“REFRECTION” のMVをYouTubeで見たとき、コメント欄におそらくは若い方で、まだジャングルの名前を知らない方だと思うんですけど「ビートがかっこいい」と書きこんでいるひとがいたような憶えがあります。そういう入り口になっているようなところはあるのかなと。

TB:まあいまも昔も、自分の役割ってホンマにそれでしかないと思うので。本当のクラブ・ミュージック……というと自分がパチモンみたいな言い方になってしまいますけど……まあパチモンみたいなもんなんですけど(笑)、でもそういう入り口とか仲間とか、やっぱ自分がそういうものに道を開いてきてもらったので、そういう存在でありたいなっていうのは昔からずっと思ってます。

今回、ハウスのEPをつくるにあたってとくに参照したもの、聴いていたものってなにかありますか?

TB:なんですかね、普通に流行ってるサリュート(salute)みたいなスピード・ガラージも聴いてましたし。“I CAN FEEL IT” とかはそこらへんとつなげられるようにつくっていて、シングル・ミックスはまさにそんな感じです。ほかはなんやろ……日本のハウス・ミュージック、たとえば寺田創一さんはけっこう意識していました。でも、自分が好きな120BPMぐらいまではテンポを落としすぎないっていうのも意識してて。ブレイクスっぽさというか、あとつるっとした感じ。最近のハウスってツルッとしてますよね。自分が好きな〈トラックス〉みたいな感じではなくて、もうちょっとリニアな……トランスっぽいとまでは言わないですけど、そういうのに接近してるイメージがあって。いつもだったら「ここで止めてダダダダダンッて入れたい」ところをちょっと我慢して「タッタタタタ」みたいな、少し跳ねたフィルにしたりとか。ドラム・マシンで「ズババババ」って行きたいところを、そういうつるんとした感じに留める、というのは今回全体的に意識していますね。

いまは「tofubeats フォロワー」みたいな世代も出てきてるでしょう、パソコン音楽クラブみたいな。そういう下の世代からの刺激みたいなものってありますか?

TB:パソコン音楽クラブはもう下の世代ってあんま思えへんくらい仕上がってるんで(笑)、普通に一緒にできるグループみたいな感じですね。ただやっぱり、みんな自分よりちょっと速い。ハウスというと自分はどうしても120ぐらいの〈トラックス〉とか〈DJインターナショナル〉っぽいものを思い浮かべてしまうけど、いまの若い子たちが思ってるハウスって全体的に速いといか、トランシーな感じですよね。130弱くらいのテンポだったり、あと裏打ちのハイハットがオープンじゃなくてクローズドになってるとか。「ドッチッドッチッ」って感じで、ぼくの好きなのは「ドッシャードッシャー」というか、シカゴ・ハウスみたいな大地を踏みしめている感じなので(笑)。いまはつるっとした感触で、UKガラージとも混ぜられるような感じがトレンドな気がしますね。

速いよね。でもいまって、若い世代でクラブ・シーンが盛り上がってるみたいじゃない。

TB:めっちゃ感じますね。ただ、自分が思ってるクラブとはもう違ってて。コロナ禍以降のクラブって、深夜にやってるライヴ・ハウスっぽいなーって思うことがけっこうあります。

そういう現場に呼ばれたりはしますか? ブレイクコアとかトランスみたいな、若いオーディエンスの。

TB:そこまでのは、DJではないですね。ただライヴでは行くことがあって、「めっちゃメロコアみたいなライヴやってんな」と思うことはあります。「オートチューン・メロコア」というか……〈BOILER ROOM〉以降というか、いまは自分もああいうショウケース化されたフロアでやることが増えました。DJとか見えても見えてなくてもいいみたいな、なにが流れていようが関係ない、そういういわゆるもともとのクラブの感じの現場ではなくて、ショウ・アップされてて、お客さんがみんなDJのことを見てて、「なにが来るんだ」みたいな感じで期待されているような雰囲気を感じることが増えたかなという気はしますね。ちょっと代理店化された感じというか。〈BOILER ROOM〉のような沸点マックスみたいなイメージが、やる側にもお客さんの側でも内面化されちゃってる気がするので、それがこれからどういうふうになっていくのかな、とは思ったりしますね。

以前日本語でやることにこだわってるって言ってたよね。日本のハウスってテイ・トウワさん、寺田創一さん、福富幸宏さん、サトシ・トミイエさん、〈Crue-L〉などこれまでにもすごくたくさんあるけど、好きなのってなんでしょうか?

TB:テイさんはめっちゃ好きですね。他方で、「J-CLUB」って言われていたような、TSUTAYAとかに置いてあったような「乙女ハウス」みたいなやつとかFPMとか、ああいうのも全然好きですし、一方で寺田さんみたいなのもめっちゃ好きですし……そういうのを合流させたいという気持ちはあります。あと、それとはべつに関西でCD-Rだけで出されてたような、自分が影響を受けた先輩たち、チェリボ(Cherryboy Function)さんとかデデ(DE DE MOUSE)さんとか。そのあたりから受けた影響も全部出したいなと思ってて。

ピチカート・ファイヴのリミックス盤とかもね。

TB:そうそう。メジャーのそういうところからインディのそういうところまで、影響を受けてるので。

たしかにそれは感じる。ポップスとクラブ・ミュージックのあいだで、ちょうどグラデーションみたいになっている感じというか。

TB:そうですそうです。どっちからも軽んじられているようなものが自分は好きなので。

tofubeatsのなかではヒップホップもハウスもおなじだよね、昔から。90年代にハウスやってたひとたちも同時にヒップホップもやってたりするしね。いまみたいにどっちかっていう感じではなくて。

TB:そこはまさにうーんと思ってることのひとつで。パル・ジョーイとかマジで好きで、ヒップホップやっていたひとがハウスに行く感じというか。テイさんのDJ見ててもBボーイっぽいなと思うんですよ、ハウスをかけていても。そういうのはひとつの美学としてあるんですけど、あんまり伝わらないよなと思ったりもする。ヒップホップのイベントに出て、こういうハウスのトラックをぽんと入れたときの反応で、予想してなかったものが来た感じがあるかどうかっていうのは、クラブかクラブじゃないか考えるポイントになる。

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いや、べつにAIはいいんですけど、ショックを受けてしまった自分自体がショックで。ふだん自分はそういうテクノロジーとか肯定派のツラしてたのに、ショック受けてるやん……って(笑)。


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今回ヴォーカルに「Synthesizer V」というAIの歌声合成ソフトを使用することになった経緯や理由を教えてください。

TB:M6の “I CAN FEEL IT” ってじつは、『REFRECTION』をつくってるときに7~8割ぐらいの完成度でできてたんですよ。でも『REFRECTION』には入れないだろうなと。歌詞も全部できて自分の仮歌が入ってたんですけど、これは自分じゃないわなって思って、女性ヴォーカルだろうとは思ったんですけど、それでもまだ「この青臭い歌詞を誰に歌わせるか?」というところで悩んで、また寝かせていた。そのタイミングで「Synthesizer V」が出て。ざっくり言うと、「すごいボーカロイド」みたいなものなんですけど、テクノロジー的にも興味があったんで、試しにこの曲で打ち込んだら、「これでよくねえか?」ってなって。

恐ろしいよね。言われなきゃわからなかった。

TB:いやそうですよね。しかもとくに細かいこともしなくて、ほとんどベタ打ちしただけなんです。それで、できそうな気がして、M2の “EVERYONE CAN BE A DJ” もつくったら、「これはもうこのソフトで一枚つくれるな」ってなっていった感じです。一見 “I CAN FEEL IT” の歌詞ってそのソフトを前提にしたような歌詞ですけど、順番的には逆だったんです。

なるほどね。これは、ミスター・フィンガーズに対する tofubeats からの回答だよ(笑)。

TB:じつは今回のEPには全体に通底してるフィーリングみたいなものがあって。去年スミスン・ハックのような、ブツ切りのカットアップ・ハウスみたいな曲を探しているときがあったんですけど、そのとき「めっちゃいいやん」って思った曲があって、調べたら生成AIでつくられた曲やったんですよ。もう、めっちゃショックで。いや、べつにAIはいいんですけど、ショックを受けてしまった自分自体がショックで。ふだん自分はそういうテクノロジーとか肯定派のツラしてたのに、ショック受けてるやん……って(笑)。人間がやってると思ってたら人間じゃなかったときのこの気持ち……たとえば最近やったらコールセンターもAIだったりするじゃないですか。人と喋ってると思ってたら「これ、AIや」みたいな。そういう感情ってこれまでなかったタイプのものだと思うんですよ。この曲を聴いて「こんな人かな?」みたいに想起した俺の感情ってなんなん……みたいな、そういう行き場のなさというか。
 人間ってつねにいろんなものを想定して話すわけじゃないですか、会話もそうで、でもそれが急にハシゴを外されることって、これまで生きてきてあんまりなかったと思うんですよね。そういう外され方がこれからめっちゃ増えてくんやなって思って、それが今回のEPのテーマになっています。“NOBODY” もまさしくそう。「待ってるよ」と言われて「誰が待ってるんだろう?」と思って調べたら「これ人ちゃうんかい」ってなるわけです。そういう行き場のなさみたいな感じが、人間側に勝手に生まれること、それこそが生成AIによって生まれる新しい一個のフィーリングかな、と思って、それが全体のテーマになってる。

そういう意味で言うと、2曲目の歌詞で「誰でもDJにはなれる」っていうのをAI が歌っているのが、なんというか、処理しづらい感情を生みますよね(笑)。

TB:人間どもよ! と(笑)。これもふと口をついて出てきた単語なんですけど、歌わせてみたらすごい批評性が出るなあ、と。

さらに「誰でもステップを踏み鳴らす」と。歌っているAI本人にはそれができないわけです。

TB:でもDJはAIにもできるじゃないですか。ぼく、AIのDJと一回戦ったことあるんで。YCAMのそういうイベントで。

戦う、というのはどうやって?

TB:AIDJとのバック・トゥ・バックですね。もう10年近く前にYCAMで Licaxxx とぼくが、コスモという会社がつくった「AIDJマシーン」みたいなのとB2Bするっていうめっちゃ面白いイヴェントがあって。そのときは「AIなんてまだまだやな」とか言ってたんですけど、いまはたぶん相当すごいと思います。

今回AIを使用したのはヴォーカルでしたが、今後はトラックとかにも使っていきたいですか?

TB:今回AIを使ってはいますけど、歌詞を書いたのは自分だし歌わせたのも自分だし、どうなるかわからないところはありますね。「音楽をつくる」っていうこと自体がめっちゃ簡素化していくと──自分もそもそも簡素化した後の世代ではあるんですけど──どこまでが楽しみになるのか。文字を書いて音楽を生成することに、音楽をつくる楽しみを味わえるのか味わえないのか興味があります。文字を書くことが音楽をつくることになって、そこに未来を見出した若者たちがプロンプトを書き合って、次世代の〈マルチネ〉みたいなものが生まれるのか、それとも逆にそういうものがなくなって、音楽というものがただただドライなものになるのか。「つくる」ということの概念がどうなるか、その予想のつかなさ。今回みたいにAIを使うのは、意外とそんなに使ってないという感じなんですよね。ほかのソフトも試しで使ったりはするんですけど、ただボンって生成するっていうのはあんまり……。自分は過程が好きでやってるんで、「ただボン!」をやるとそれを省略することになっちゃうんで、それ自体に楽しみみたいなものをまだあんまり見出せてないですね。

日常で Chat GPT に問いかけたりとかはよくあるんですか?

TB:ああ、それはもう全然ありますよ。文面考えてもらったりとか、英語添削してもらったりとか。あとぶっちゃけると、「こういう歌詞考えてんねんけど、候補を100個出してください」とか。そういう使い方は全然ふだんからしていますね。提案してもらうために使うという感じで。回答を出してもらうためには使っていなくて。選ばせるのをAIにやらせはじめると話は変わってくるかな。「肝になる部分を決めさせるかどうか」っていうのはポイントかもしれない。

芥川賞を獲った九段理江さんもAIを使っていて。すごい時代になってきたなあ、と。

TB:そうですよね、それは。マジでビビりますよ(笑)。「つくる」っていうのはどこまで人間の領分なのかっていうのはけっこう考えさせられますね。

今後つくり手の役割は監督みたいなものになっていく、というような。

TB:いやあ、それもきっとできるようになると思うんですよね。脳ってモノじゃないですか。モノである以上絶対再現できると思うんですよ、技術さえ発展すれば。

たとえば「tofubeats の脳のコピーです」みたいなAIが出てきたらどうしますか?

TB:いや、どうなんですかね(笑)。ただ、そうなったときってほかのひとも全員そうなので、流れに身を任せようかな、と。そのときの流行りに。

まあDJからしたら、お客様は警察みたいなもんですから(笑)。

今回、アートワークもすごく強烈です。

TB:ヤバいですよね(笑)。ビックリしました、これ。

これはどっちなんでしょう? 「警官だけど本当は俺たちも楽しんで踊りたいんだぜ」とも読みとれるし、フロアや踊ることそれ自体が警察に奪われてしまっているようにも見えます。

TB:まあDJからしたら、お客様は警察みたいなもんですから(笑)。

(笑)。どういうことですか?

TB:厳しく見られてるなあ……という。毎回なんですが、山根慶丈さんのアートワークにかんしては口は出さず、出てきたものを選ぶだけっていう決まりにしています。お願いするときもいつも2、3行だけ、たとえば「ヴィヴィッドな感じにしてください」とか、そのくらいの指示しかしないんですよ。そうしたらラフが2、3パターン来るので、そこから選ぶだけなんです。内容についても聞かないっていうルールもあって、毎回なんでこういうアートワークになったかは知らないんです。

描く前に音楽は聴いてるんでしょ?

TB:はい。聴いてもらって。

じゃあ聴いて、彼女のなかでああいうふうに。

TB:でも「なるほどな」って感じはやっぱりあって。山根さんがここ1、2年で出してる作品って、こういうおなじ顔のひとがいっぱいいるシルク作品なんです。去年2枚似たような、構図の作品を出していて、片方を買ったんですが、それと似た構図でしたので、もしかしたらなにかを汲みとってくれているのかもとは思います。その作品は資本主義を強烈に風刺した作品だったので、まあたぶんなんらかの山根さんの怒りみたいなものは入ってるのではないかと勝手に想像してはいます(笑)。

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ぼくがはじめたころってCD-R全盛期やったやないですか。配られる流通未満の音源とか、委託販売の全盛期。関西ゼロ世代みたいなもの。ああいうものにすごく影響を受けたんですけど、ほぼ歴史から抹消されているというか……そういうことは最近自分の問題意識としてありますね。

〈WIRE10〉のフードコートのようなところでDJしていたときに、もう仲間がいたよね。〈マルチネ〉周辺とつながっていて。tomadくんもあのころは若かったけど、みんなもうベテランのようになっている。

TB:いや、マジもうおっさんですよほんと。ちょうどこの前も若手の作品にダメ出ししてて、「えらい厳しなったな~」って言うてましたもんね(笑)。

あのときは〈マルチネ〉のような新しい文化というか、新しいプラットフォームがあって、DIYでやっている子たちがいて。いま tofubeats がこういうふうに頑張ってやってるわけですけど、自分たちがやってきたことの成果ってどう思ってますか?

TB:〈マルチネ〉はそろそろ20周年なんですよ。

そんなに!

TB:2005年からだと思うので、来年20周年。自分が合流したのも2007年とかなので、それはそうなりますよね。10代の子とかで聴いてくれたって言ってくれる子はいるので、一定の成果は挙げたなと思いますし、今後も作品は残っていくので、これからもっと先に音楽をはじめる子にもなにかは残せていると思うんですが、当時はもっとインパクトがあったと思うねんけどな……とかは考えますね。サブスクに載せられない音源も多かったので、歴史から消えてるものもあって。ぼくがはじめたころってCD-R全盛期やったやないですか。配られる流通未満の音源とか、委託販売の全盛期。関西ゼロ世代みたいなもの。ああいうものにすごく影響を受けたんですけど、ほぼ歴史から抹消されているというか……そういうことは最近自分の問題意識としてありますね。もしいま自分が音楽を辞めたら、たとえばイルリメさんの初期とか関西の電子音楽の流れみたいなものは消えてしまうのではないか、とはちょっと考えたりします。

なるほどね。いまイルリメの名前が出たけど、やっぱり自分は関西のオルタナ・シーンから出てきたという意識がある?

TB:自覚はありますね。ずっとその周辺でやってきてますし。その流れと、〈マルチネ〉のような東京のひとたちと、どちらともやってきたっていうのがありますけど、関西のそういうひとたちがもうちょっと日の目を見たらいいのにな……っていうのは、ずっと昔から思っていますね。

めっちゃ時代が変わった感じがします。“水星” はもう、「親が聴いてました」みたいな感じになっていて。「お父さんが好きで」とか。


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Amazon Tower HMV 配信

今回、取材前に「tofubeats に会うよ」って知り合いの若い女の子に言ったら、「え、本当ですか!」みたいな感じですごい羨ましがられたのね(笑)。これも昔から tofubeats がよく言うことだけどさ、自分の立場をけっこう考えるじゃない? 入口になるような、とか役目みたいなものを。ほんとうに20代の女の子が「tofubeats さんに会えるんだ、いいなー」と思うことをやれてるわけだから、そこはしっかりできてるんだなと思う。

TB:いやでもね、本当にマジでそれは思うんですよね。自分もやってもらってたっていうのが大きい。CE$ さんとかがいたから自分がこうなってるわけで、さっきのリミックスの話もそうなんですけど。あと、それをやらないと結局自分が損するんですよ。自分の居場所がなくなる。たとえばクラブってひとりでは絶対成り立たないですよね。一晩やろうと思ったら5人くらい必要で、そういう組がほかにもいっぱいないと、クラブってなくなるわけじゃないですか。だから、やりたいひとを増やしていかないと、自分のいる場所がいずれなくなってしまうっていうのはいつも考えます。風営法のときも思いましたし。

そういう自分の役目以外のところ、役割から降りたところでつくりたいっていう欲望はないんですか?

TB:ああ、まあそうですね。難しいですけど……ぼくはメジャーにいるので、そうなったら半分ぐらいはそれが意義な気もしていて。あと、役目があるから頑張るみたいなところもあるというか。役目というか、大義名分ですよね。これは自分のエゴみたいな話でもあるんで、みんなもそうしてほしいっていうことではないんですけど、それがあったほうが頑張る理由にはなる。自分のために頑張るのはたかがしれていて。頑張るコツとして大義名分を利用しているのは否めないです。みんなのために頑張ってるんだよって言いながら、結局は自分に利益を向けていくっていう悪代官みたいなスタイルでやっていく感じ……(笑)。

すごいね、偉い(笑)。Tofubeats が面白いのが、上の世代から「90年代はよかった」って話ばかりされて、「自分の世代には何もないのか?」っていう反骨心でやってきてるところ。

TB:そうですね。神戸もやっぱり地震があったところなんで、だいたい10個上くらいの先輩からは「昔はよかったのになあ」みたいなことを言われて育ってきたんで。

それって「溺れそうになるほど 押し寄せる未来」とつながりますよね。

TB:そうですね。そういう感じでやってるのかもしれないですね。

リスナーの世代が入れ替わってる感触みたいなのってありますか?

TB:それはけっこうあります。「“水星” 聴いてました」ってひとと「“LONELY NIGHTS” 聴いてました」ってひととではすごく世代の差を感じるというか……「“LONELY NIGHTS” 聴いてました」って言われると、めっちゃ時代が変わった感じがします。“水星” はもう、「親が聴いてました」みたいな感じになっていて。「お父さんが好きで」とか。

ちなみに、最近読んだ本で面白いものはありましたか?

TB:いまちょうど、若林恵さんから薦められた『指紋論』(橋本一径著、青土社、2010年)という本を読んでるんですけど、めっちゃおもろいですね、指紋認証の歴史みたいな本です。指紋を認証するみたいな考え方は昔の心霊主義から来てる、みたいな話で。おすすめされてその日に買って。まだ読んでいる途中なんですけど。

アンダーグラウンドでいま注目している面白い動きはある?

TB:あんまり最近は「これだ」っていうのは正直なくて。もうそういうのにぐいぐい行く歳でもないなと。トレンドとかより、もうちょっとおじさんの動きをしようみたいな(笑)。若手にすり寄る歳でもないので、知らないものは知らないと言えるようになっていきたいなと、30代に入ってから思いますね。

まだ若いでしょ(笑)。

TB:いや、でも、若い子からするとぼくくらいの年齢のひとがすり寄ってくるのがいちばん感じ悪いと思うので(笑)。ぼくはもう「何やってるかようわからんわ」ってぐらいの感じで行けるようにしようと意識してますね。ただ、全体的に、自分の好きなタイプのハウス・ミュージックがそれほど来てない時代かなって気はしてます。なので今回のような作品を置いておこうと。

まあ、いま思うと今回のような作品がなかったのは逆に不思議な感じはするよね。

TB:いやそうなんです。「TBEP」はもっとちゃんとハウスにできたのにちょっと変化球っぽいふうにしちゃったっていう反省があって。もっとスタンダードで、全曲もっとテイストが揃ったものをつくりたいっていうのは当時から思ってたんです。それがやっとできたっていう感じですね。

tofubeats、フロアライクなHOUSEミュージックを全曲AI歌声合成ソフトで制作したEP「NOBODY」のアナログ盤を7月にリリース!

tofubeatsが4月にデジタルリリースした新作 EPのアナログ盤を7月17日に発売する。

「NOBODY」は全曲のボーカルをAI 歌声合成ソフトで制作した意欲作となっており、コロナ禍を経てフロアライクなHOUSE MUSIC をコンセプトに制作された作品。

ワーナーミュージックストアでは、ここでしか手に入らない限定トートバッグ付きのセットが数量限定で販売されるので是非チェックしてほしい。

【リリース情報】
EP「NOBODY」
・アナログ盤 7月17日発売
WPJL-10214 税込¥4,180
ご予約受付中:https://tofubeats.lnk.to/NOBODY_Vinyl

■収録内容
1.I CAN FEEL IT (Single Mix)
2.EVERYONE CAN BE A DJ
3.Why Don’t You Come With Me?
4.YOU-N-ME
5.Remained Wall
6.I CAN FEEL IT
7.NOBODY

WARNER MUSIC STORE限定トートバック付きセット

価格:税込¥6,680
https://store.wmg.jp/collections/tofubeats/products/3724

・デジタル配信中
https://tofubeats.lnk.to/NOBODY

【関連リンク】
tofubeatsオフィシャルサイト:https://www.tofubeats.com/

interview with I.JORDAN - ele-king

クラブ・ミュージックは労働者階級から生まれたものだから、そういう街にいたことが自分に影響を与えているんだと思う。

 ハウスかと思えばテクノへ、テクノかと思えばトランスへ、トランスかと思えばハーフ・テンポのビートへ、あるいはジャングル~ハードコア、ガラージ、フットワーク、ポップスへ。紙一重でグルーヴを保持しつつもDJセットのなかで絶えずジャンルを横断するようなプレイングはクラブ・ミュージックのスタンダード・スタイルとすら言い切れる。特定のジャンルやスタイルへと身を捧ぐ美学も依然としてクラブ・カルチャーに欠かせない重要な要素のひとつだけれど、私たちの普段のリスニング態度というのはもっと気ままに、さまざまなサウンドやビートをコラージュするようなものであることは間違いないし、その自由さをクラブに持ち込むということはごく自然な動きでもあるだろう。

 そして、多くの若い人びとがクラブ・ミュージックを横断的に聴く、ということを強く意識したのはコロナ禍の、あのクラブの扉に鍵がかかってしまった時期のことではないだろうか? ホーム・リスニングを強いられた時代を経て、私たちは配信プログラムやウェブ上のDJミックス、動画コンテンツ、あるいはストリーミング・サーヴィスに星の数ほど広がるプレイリストの数々を絶えず渡り歩いてきた。その蓄積はけっして無意味なものではなかったし、むしろダンス・ミュージック受容の可能性を拡張したのではないか、とも考えられる。そんな感覚を(時代の要請とは無関係に)持ち合わせているアーティストたちに、いま光が当たりはじめている気配がする。

 今回インタヴューをおこなった〈Ninja Tune〉所属のアイ・ジョーダンもそのひとりだろう。北イングランドの郊外、労働者の街ドンカスターで生まれ育ち、現在はロンドンを拠点とするノンバイナリーのアーティストだ。階級差別と静かに闘いつつ、物心がつくころから変わらないピュアな音楽愛をもとに多彩なジャンルを横断するプレイヤーで、約10年にわたるアンダーグラウンドでのDJ活動を経て、2019年以降〈Local Action〉からシングルをリリース、2020年にはヒット曲 “For You” を送り出している。のちにコラボするフレッド・アゲイン同様、パンデミック時代が生んだプロデューサーと言えるだろう。その後〈Ninja Tune〉と契約、21年の “Watch Out!” であらためてその存在感を見せつけたアイ・ジョーダンの、ファースト・アルバムがついに完成した。現在流行のトランシーな感覚を維持しつつも、さまざまなスタイルに挑むこの新星にUKダンス・ミュージックの現在地を訊く。

音楽業界には労働者階級の人はあまりいないから、成功するために自分の訛りをなるべく消すように努めてきたけど、歳を重ねたいまは自分がどこから来たのかってことにプライドを持てるようになったし、出自への感謝も湧いてきたんだ。

いまはロンドンが拠点なんですよね。育ったドンカスターという街はどんなところですか?

IJ:ドンカスターが日本でよく知られてないのは、そんなに素敵なところじゃないからかな(笑)。基本的には労働者階級の街で、わたしが好きな音楽のシーンはなかった。だから16歳のときにドンカスターを出たんだけど、あそこは自分にインスピレーションを与えてくれる場所でもあったんだ。クラブ・ミュージックは労働者階級から生まれたものだから、そういう街にいたことが自分に影響を与えているんだと思う。ドンカスターはベースラインが生まれたシェフィールドとそう遠くないしね。ドンカスター・ウェアハウスっていうヴェニューがあるんだけど、そこは90年代初頭のUKレイヴやハードコア・テクノのパーティにとって重要な場所だった。

労働者階級であるということは、音楽をやるうえでもご自身にとって大きいですか?

IJ:そうだね。イギリスっていうのはすごく階級意識の高い国で、たとえば自分にはヨークシャーや北イングランドあたりの訛りがあるんだけど、そうした要素から、その人の階級をすぐに判断されてしまうような風土があって。わたしは、そういったものと闘ってきたところもあるかな。音楽業界には労働者階級の人はあまりいないから、成功するために自分の訛りをなるべく消すように努めてきたけど、歳を重ねたいまは自分がどこから来たのかってことにプライドを持てるようになったし、出自への感謝も湧いてきたんだ。ただ、自分は労働者階級のダンス・ミュージックをつくっているし、そうしたものに影響を受けてはいるんだけど、やっぱり音楽をつくるにはお金も練習するための時間も必要で、でも労働者階級だとそうした余裕は持てない。実際、自分の家族のなかでドンカスターを出たのはわたしだけだしね。もちろん、音楽の道に進んでいったのも。

最初に音楽を聴くようになったのはいつごろで、どういうものに惹かれていましたか?

IJ:人生をとおしてずっと音楽に影響を受けつづけてるよ。最初にギターを手にしたのが3歳ぐらいのころで、母がジョージ・マイケルやプリンス、フィル・コリンズ、シンプリー・レッドとか、そういう音楽を聴いていたから影響を受けたかな。10歳のころには本格的にギターを練習するようになって、そのときはロックに夢中だった。16歳ごろから徐々にダンス・ミュージックに興味を持つようになって、トランスやミニストリー・オブ・サウンド、イビザ的なサウンドを聴くようになったんだ。そのあともっとハードな音を求めてペンデュラムやハッピー・ハードコア、ドラムンベースなんかを聴くようになった20歳ごろからDJをはじめて、テクノ、ハウス、ドラムンベース、ガラージ、そういったものをプレイするようになっていった。

ノスタルジアというか、郷愁のようなものをトランスに感じとっている人が多いんじゃないかな。

あなたの音楽の特徴のひとつに、トランシーな感覚があります。いまトランスが流行しているのはなぜだと思いますか?

IJ:UKだけじゃなく、いまヨーロッパ全体でトランス・ミュージックが流行っていると思う。とくに90年代から00年代初頭のサウンド、ユーロ・ダンスのようなトランスがね。わたしもその時期の音楽には影響を受けていて、デビューEPの「DNT STP MY LV」にもトランスを入れてる。トランスの浮遊感や多幸感に触れる体験が好きだから、自分もつくってるんだ。そして、いまはトランスと同時にテクノ・エディットしたものがブームになっていて、たとえば自分もつくった曲を違うヴァージョンでテクノ・エディットにしたりしてる。全体的にノスタルジアというか、郷愁のようなものをトランスに感じとっている人が多いんじゃないかな。

現在トランスを受容している層はおそらくリアルタイム世代ではないですよね。

IJ:当時流行ってたトランスは聴いてたよ。7歳ぐらいのころに(笑)。労働者階級の住む街、とくに北イングランドだと、子どものころからダンス・ミュージックに触れる機会がすごく多いんだ。昔は中古のトランスのコンピレーション・アルバムなんかが簡単に、安く手に入りやすかったし、海賊盤もたくさん売ってたから。

UKではいまやはりレイヴも勢いがあるのでしょうか。

IJ:レイヴやクラブはすごく流行っていると思う。というか、それらはイギリスの一部だから、流行りつづけていると言ったほうがいいかな。とくにコロナ以降はこういったものをみんなすごくありがたがっていると思うし。

スクウォット式のレイヴもいまだ根強い?

IJ:いまでもフリー・パーティやスクウォット・レイヴはけっこうあるよ。とくに夏場は野外でおこなわれるものが多くて、たとえばロンドンのハックニー・マーシーズって公園だと、昼も夜もそういったパーティをやってるかな。

あなたが躍進していったのはコロナ禍のタイミングでしたが、トランスやレイヴといったカルチャーが盛り上がるようになったのは、やはりパンデミックの影響だと思いますか?

IJ:そうだと思う。パンデミックがあったことで音楽の聴き方や音楽への向き合い方が人びとの間で大きく変わっていったと思うけど、パンデミックが終わって友だちと一緒にクラブで音楽を聴けるようになったことを祝うムードはすごく大きくなったと思う。同時に、ダンス・ミュージックというものが違った方向でも聴かれるようになったと思ってる。クラブが閉鎖されているからこそ、その枠を飛び越えるようなダンス・ミュージックの新たな可能性をロックダウンが示してくれたんじゃないかな。

ちょうどパンデミックの起こった2020年に、あなたの代表曲ともいえる “For You” がリリースされました。2023年の現時点から振り返ってみたとき、どういう印象を抱きますか?

IJ:3年経って、この曲のことを考えることはよくあるけど、いまクラブではプレイしてないかな。今回の東京や上海は初めてプレイする場所だったから今回はかけたけどね(註:取材は昨年12月、来日公演のタイミングでおこなわれた)。3年間で自分は大きく成長できたと思うし、そのなかでこの曲はたくさんプレイしてきたから。いまは “For You” のことを誇りに思っているよ。

当時流行ってたトランスは聴いてたよ。7歳ぐらいのころに(笑)。労働者階級の住む街、とくに北イングランドだと、子どものころからダンス・ミュージックに触れる機会がすごく多いんだ。

〈Local Action〉のあと、〈Ninja Tune〉と契約に至った経緯を教えてください。

IJ:“For You” をリリースしたあとオファーをもらって、2枚のEPと1枚のアルバムを出すという内容の契約を結んだんだ。〈Ninja Tune〉はすごくいいレーベルで、できれば条件を達成したあとも契約を更新していきたいなと思ってるよ。

移籍した2021年にEP「Watch Out!」をリリースしていますが、それまで以上にハードコアなブレイクビーツが披露されている印象を受けました。

IJ:いや、そういうわけではなくて、わたしはハードコアなサウンドをずっとつくりつづけているつもりなんだ。「Watch Out!」には2曲ぐらいハードコアが入っているけど、ディスコ・エディットのハウス・トラックがあったりするし。ハードコア・テクノは自分の一部だから、その時期はとくに熱中してつくってたかな。いまは少し変わってきてて、テクノやトランスを中心につくるようになった。アーティストとして、いろんなプロダクションにアプローチしていきたい気持ちが強くて、たとえばアルバムはテクノやトランスもあるし、ガラージや実験的な要素も含まれている。なるべく多くのジャンルを横断的につくっていきたいと思ってる。

ふだんの制作において、なにかコンセプトを考えたうえでつくることはありますか?

IJ:EPや曲単体にかんしては内省的で自分自身を見つめ直すようなものが多いんだけど、明確なコンセプトはないかな。ただ、やっぱりアルバムを制作するとなると客観的な視点やコンセプトが必要になってくるから、ある程度ぼんやりとは考えている。

現在制作中のアルバムはどのような内容になっているのか、教えてください。

IJ:このアルバムは、自分の人生のなかでいちばん重要なプロジェクトで、誇りに思える大切な作品になった。わたしの尊敬するアーティストや友人たちともたくさんコラボレーションしていて、UKのクラブ・ミュージックをベースにエクスペリメンタルやハウス、トランス、ドンク、ガラージのような多彩な方向性を持つ音楽が混ざりあった内容で。それぞれ違ったセッティングや環境でも楽しんで聴いてもらえるアルバムだと思うよ。

interview with Anatole Muster - ele-king

 ジャズの世界でも最近はZ世代の活躍が目立ってきており、ドミ&JDベックのデビュー・アルバム『Not Tight』(2022年)はグラミー賞にもノミネートされた。若干22歳のアナトール・マイスターもそうしたZ世代のひとりだ。スイス出身で現在はロンドンを拠点に活動する彼は、ジャズの世界では珍しいアコーディオン奏者で、またプロデューサーとして自身でトラックや作品制作もおこなう。彼が影響を受けたハービー・ハンコック、ジョージ・デューク、パット・メセニー・グループ、リターン・トゥ・フォーエヴァーなど1970年代から1980年代にかけてのエレクトリック・ジャズやフュージョンのマナー、そして現在暮らすロンドンのジャズ・シーンやトム・ミッシュedblなどから発せられる新しいUKサウンド、さらにUS西海岸のルイス・コールサンダーキャットキーファーなどのクロスオーヴァーなジャズが融合し、それを幼少期から親しんできたアコーディオンを交えて表現しているのがアナトール・マイスターのサウンドである。

 2020年にファーストEP「Outlook」でデビューし、エモーショナルなメロディやエレガントなタッチのプレイで高い評価を受けたアナトール・マイスターは、テニソン、キーファー、ルイス・コールといったアーティストたちとのコラボレーションも実現させ、スイスやブラジルでおこなわれたモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにも出演し、ロサンゼルスやロンドンでも公演を成功させるなど、現在注目のアーティストへとステップを上がっていった。そして、2024年4月に待望のファースト・アルバム『Wonderful Now』をリリース。ルイス・コールをはじめ、サンフランシスコのビートメイカー/ピアニストのテレマクス、SNSで爆発的な人気を誇る女性シンガーのジュリアナ・チャヘイド、南アフリカで絶大な支持を集めるポップ・バンドのビーテンバーグのM・フィールドといった多彩なゲストをフィーチャーし、エレクトリック・ジャズやフュージョンをベースに、ダンサブルなビートやハイパーなポップ・サウンドを取り入れた2024年の最新型ジャズ・アルバムとなっている。

僕がずっと演奏してきた楽器と、聴いてきた音楽が自然と結びついたプロダクションをやって、気づいたらジャズのアコーディオン・プレイヤーになっていたよ。

あなたのプロフィールから伺います。スイス生まれとのことですが、音楽とはどのように出会い、どんな音楽を聴いて育っていったのですか? 子どもの頃はバルカン民謡やアイルランド民謡、ジプシー音楽などを聴いていたと伺っているのですが、スイス特有の音楽も聴いていたのでしょうか?

アナトール・マスター(以下AM):ヨーロッパ各地の伝統的な民謡をたくさん聴いて育ったよ。他にもクラシックもよく聴いていた。僕の親はクラシックのミュージシャンであり、民謡も大好きだったんだ。他にはタンゴやボサノヴァとかかな。スイスの伝統民謡はあまり聴かなかったかも。理由はわからないけど、僕の周りにはあんまりスイスの民謡を聴いたり、演奏したりする人はいなかったんだよね。

ティーンエイジャーの頃に父親のレコード・コレクションを通じてジャズと出会い、ハービー・ハンコック、ジョージ・デューク、スパイロ・ジャイロ、カシオペアなどおもに1980年代のフュージョン系のサウンドを聴いていたそうですね。ほかにもアラン・ホールズワース、パット・メセニー、ライル・メイズなどが好きだったそうですが、こうしたジャズ/フュージョンのどのようなところに惹かれ、影響を受けるようになったのですか?

AM:父親の古いレコード・コレクションを見つける前は、YouTubeとかでフューチャー・ベースやチルホップのようなエレクトロニック・ミュージックにハマっていて、そこからの流れで同じくYouTubeでよりジャジーなアーティストであるリド、テニソン、メダシン、ロボタキ、トム・ミッシュ、ケイトラナダ、パーティ・パピルスとかを聴くようになったんだ。そこから偶然僕の父親のレコード・コレクションを見つけて、ハービー・ハンコックやジョージ・デュークのようなエレクトロニック・ジャズやフュージョンを自然と聴くようになったんだよね。似たような音楽をすでに聴いていたからスッと入ってきたよ。このときにはすでにエレクトロニックなビートメイクをしていたんだけど、ハービーとか1970年代、1980年代の音楽をより多く聴くようになって、それらから影響を受けてハーモニーやグルーヴを意識するようになった。だからいままで聴いたいろいろな音楽をミックスして自分の音楽にしているつもりだよ。

いま話に上がったテニソンはじめ、サム・ジェライトリー、ノウワーなど現在のエレクトリックなサウンドにも興味を持つようになったそうですが、たとえばハービー・ハンコックなどもそうしたサウンドの元祖と言えるところもあるので、ジャズとそうしたエレクトロニック・ミュージックはあなたの中で自然に結びついていったのでしょうか?

AM:とても自然に結びついたね。むしろ、僕はエレクトロニック・ミュージックの要素が入ってないジャズをあまり聴かないかも。

あなたが演奏するアコーディオンやバンドネオンは、アストル・ピアソラはじめアルゼンチン・タンゴの世界で有名で、またジプシー音楽やシャンソンなどでもよく用いられる楽器です。一方、ジャズの分野ではあまり使われない楽器で、アメリカ出身だがヨーロッパで人気を博したアート・ヴァンダムや、フランスのリシャール・ガリアーノなどが有名ではあるものの、プレイヤーは多くはありません。最近はポルトガルのジョアン・バラータスなど若い演奏家も出てきているようですが、あなたはなぜこの楽器を選んだのですか? おじさんの影響で8歳の頃から演奏していると聞きますが。

AM:僕が小さい頃にアコーディオンという楽器を選んだのは、僕のおじの音楽が大好きだったからだね。彼はアコーディオンの演奏家で、プロデューサーであり作曲家なんだ。10代のはじめまでアコーディオンの演奏を続けて、そこからエレクトロニック系統の音楽にハマっていって、最終的にジャズにたどり着いたんだ。僕がずっと演奏してきた楽器と、聴いてきた音楽が自然と結びついたプロダクションをやって、気づいたらジャズのアコーディオン・プレイヤーになっていたよ。

アコーディオンをプレイするのが好きであると同時に、ジャズ/フュージョンとエレクトロニック・ジャズが本当に好きっていう感情があり、それらが混ざりあっただけなんだ。他のことはできる気がしないし、これをやるしかなかったって感じかな。

アコーディオン奏者として影響を受けたアーティスト、好きな作品などを教えてください。

AM:パーソナルに普段聴いている音楽で、アコーディオンが入ってる曲を探すのは結構大変なんだけど、ミシェル・ピポキーニャとメストリーニョの “Baião Chuvoso”、アドリアン・フェローとヴィンセント・ペイラーニの “Marie-Ael”、エディット・ピアフの “L’Accordéoniste”、ペタル・ラルチェフの “Krivo Horo”、アストル・ピアソラの “La Casita de Mis Vjejos” とかがお気に入り。アコーディオニストでいうと、ペタル・ラルチェフ、ヴィンセント・ペイラーニ、メストリーニョが大好きで、彼らはアコーディオンという楽器の可能性を大きく広げてくれたアーティストたちなんだ!

バーゼルの音楽学校でアコーディオン演奏を習うと同時に、作曲や音楽理論も学び、アコーディオンの即興演奏など技術も身につけていきます。そして、現在はロンドンのロイヤル・アカデミー音楽院でジャズを勉強中とのことですが、進学のためにロンドンへ移住したのですか? また、ロンドンに来てから音楽に対する取り組みや環境で変わったことはありますか?

AM:ロンドンに引っ越した一番の理由は活発的な音楽シーンがあるからだね。スイスに住んでいるときもロンドンのシーンで何が起きていたのかをチェックしていたよ。ここに引っ越してこれてハッピーだし、成果もたくさんあったね。たくさんの素晴らしい友人を作れたし、とても大事なコネクションも得ることができた。ロンドンのシーンと上手くやっていると思うよ。

2020年に初めてのEP「Outlook」を発表し、モントルー・ジャズ・フェスに出演したり、テニソン、キーファー、ルイス・コールなどさまざまなアーティストと共演するなど、プロのミュージシャンとして活動するようになったのもロンドンに来てからですか?

AM:「Outlook」でテニソンやキーファーとコラボしたときは、両方ともロックダウンしていた時期で、とにかくその時期は僕にとってクリエイティヴなことに熱中できる時期だった。多くのミュージシャンが僕と同じように家から出られずにいたから、普段以上にコラボレーションするには最適な時期だったと思う。だからこのアドヴァンテージを活かすことに決めて、多くのプロダクションをはじめたよ。 ルイス・コールと初めて会ったのは僕がロンドンに引っ越してきてからの話で、それから多くのヤバイことが起きていった。リオで開催された モントルー・ジャズ・フェスティヴァルに呼ばれたのもそのうちのひとつだね。

ロンドンにはジャズのシーンがあり、世界的にも注目を集めているわけですが、あなた自身はそこと交流を持っていますか?

AM:そうだね! 僕もロンドンのジャズ・シーンの一員として役に立てるように頑張っているよ。幸運なことに世界的に活躍しているミュージシャンと一緒にプレイできている。多くのジャム・セッションをおこなうことで、たくさんのミュージシャンと繋がりを持てるし、音楽的なアイデアの交換もできているよ。

どちらかと言えばクラシカルなイメージの強いアコーディオンという楽器を、ジャズの中でも新しい試みをおこなうフュージョンやエレクトリックなサウンドと結びつけるアイデアはどのように生まれてのですか? アコーディオンの伝統的な奏者とは明らかに異なることをやっているのですが。

AM:アイデアを思いついたというよりは、アコーディオンをプレイするのが好きであると同時に、ジャズ/フュージョンとエレクトロニック・ジャズが本当に好きっていう感情があり、それらが混ざりあっただけなんだ。他のことはできる気がしないし、これをやるしかなかったって感じかな。ラッキーだったのは、僕はプレイヤーとしてだけではなく、プロダクションにも関わっていたので、自分の好きなことをひとつのアイデアとしてまとめあげることができたって感じかな。

クラブ・ミュージックの世界では、2000年代にフランスからゴタン・プロジェクトが登場し、タンゴや古いジャズ、ラテン音楽やアコーディオン・サウンドとエレクトロニクスを融合したユニークなサウンドで注目を集めました。彼らはアストル・ピアソラやガトー・バルビエリなどもカヴァーしていたのですが、聴いたことはありますか?

AM:このユニットは聴いたことなかったから、いま聴いてみたけど、めちゃくちゃ良いね! 似たような音楽を聴いたことがなかったよ! レコメンドありがとう!

普段の音楽制作はどのようにおこなっていますか? アコーディオン演奏はもちろんですが、あなた自身でビートメイクをしているのでしょうか?

AM:そうだね、僕は作曲、アレンジ、演奏、プロダクション、ミキシングまで全部ひと通り自分でやっているよ。コラボレーションのパートとマスタリングだけ他の人にお願いしている感じかな。僕のアルバムはラップトップで作ったんだ。マイクでヴォーカルを録音したり、MIDIのキーボードを使ったりはする。アコーディオンに関しては僕の持ってるアコーディオン・マイクを使っているね。ラップトップだけでなんでもできちゃう世の中に感謝しちゃうよ!

ラップトップだけでなんでもできちゃう世の中に感謝しちゃうよ!

ファースト・アルバム『Wonderful Now』について伺います。あなたにとって初めての声明とも言えるこのアルバムですが、どのようなアイデアやコンセプトがあり、どのようにして生まれたのですか?

AM:『Wonderful Now』は僕の音楽のアイデンティティを探す旅を閉じ込めたものだね。幼い頃からエレクトロニック・ミュージックが好きで、それと同時にジャズ/フュージョンに強い繋がりを感じはじめた。ロンドンでジャズの勉強をはじめたとき、ジャズ/フュージョンがトレンド的なモノだとは全く感じていなかったので、孤独を感じていたし、ときには自分の音楽をどういう方向性で作りたいのか迷走してしまった時期もあって、そのときは音楽の楽しみ方すら忘れてしまっていたよ。だから自分のルーツに一度戻ってみて、昔よく聴いていたフューチャー・ベースやディープ・ハウスのような音楽を制作して、そうしたときに感じた興奮を取り戻したんだ。それでいつの間にかプレッシャーは消えて、また音楽を作ることが楽しめるようになった。それでいままで作ってきた音楽の中にゆっくりとジャズが僕の音楽性として染み渡っていき、新しい道を開いてくれたんだ。それが、新しさのある音楽に生まれ変わって『Wonderful Now』という誇らしい作品を作ることができたよ。さっきも言ったけど、ほとんど僕のラップトップの中で制作された作品だね。もちろん素晴らしいミュージシャンとのコラボレーションも混じっているけど。

ルイス・コールのほかは新進のミュージシャンが多く参加していて、サンフランシスコや南アフリカなど、世界各地に人脈が広がっています。SNSで話題になっているような人もいて、そうしたネットを通じて広がった人脈かなと思うのですが、どのようにしてゲスト・ミュージシャンを集めたのですか? また、身近なロンドンや出身地のスイスではなく、少し離れた場所の人たちとネットを介して繋がっているのがいまっぽいなという印象です。彼らとはデータのやりとりなどオン・ラインで音楽を制作したのですか?

AM:ほとんどのミュージシャンとはネット上で出会ったね! レオ・マイケル・バードは学校の友だちなんだけど、他のミュージシャンに関しては僕がInstagramやSpotifyで見つけた人なんだ。いまではほとんどの人と直接会って、仲良くなったよ。例えば、M・フィールドはここ2年間に最もSpotifyで聴いたアーティストのひとりで、彼にインスタのDMで僕がどれだけ彼の音楽が好きなのかを伝えて、「僕の曲で歌ってくれないかな?」とダメ元で連絡してみたら、返事が帰ってきてね! 彼もいまはロンドンに住んでるから、一緒に曲を作ったり、フリスビーをして遊んだり、ホット・チョコレート作って飲んだり、一緒にライヴで演奏するようになったね。遠くに住んでいるアーティストはだいたい自分のパートをデータで送ってきて、それを僕がミックスして形にしているよ。

ルイス・コールのノウワーとも共通するのですが、アルバム全体の印象としては非常にポップなサウンドになっていると思います。シンガーをフィーチャーしているのもノウアーと同様のアプローチですし、実際に今回のアルバムにも参加するルイス・コールからの影響が大きいのでしょうか? 彼と共演するサンダーキャットなども影響を与えているのかなとも思いますが。

AM:もちろん! ルイス・コールとノウワーからはいつも凄くインスパイアされてるよ。僕が音楽制作をスタートした頃から彼らの音楽が好きで、どうやったらあのようなサウンドを作れるか知りたかったくらいだ。サンダーキャットもずっとファンだね!

かつてのリターン・トゥ・フォーエヴァーのように、ジャズという音楽をロックやポップ・ミュージックとうまく融合し、新しい時代を切り開いていくようなアルバムになっていると思いますし、それはあなたが影響を受けたというハービー・ハンコックやジョージ・デュークなどにも共通するものです。あなた自身はあなたの音楽についてどこを目指していますか?

AM:僕の音楽的なゴールは、自分が駆け出しの頃に憧れていたようないまいちばん熱いシーンの中心にある音楽を作ることだね。

interview with Keiji Haino - ele-king

 灰野敬二さん(以下、敬称略)の伝記本執筆のためにおこなってきたインタヴューの中から、編集前の素の対話を公開するシリーズの3回目。今回は、灰野の初の電子音楽作品『天乃川』についての回想。『天乃川』は宇川直宏が主宰するインディ・レーベル〈Mom'n'DaD〉から93年にリリースされたソロ・アルバムだが、実際に録音されたのは73年だった。流行とは無関係のあの特異な作品がどのようにして作られたのか、そして制作から20年の時を経て世に出るまでの経緯について、語ってもらった。

宇川くんの〈Mom'n'DaD〉から出た『天乃川』は73年のライヴ音源ですよね。


『天乃川』

灰野敬二(以下、灰野):ロスト・アラーフがまだぎりぎり続いていた頃、京都でやったソロ・ライヴの記録だね。機材を全部一人で持って行って大変だった。昔は両方の手でそれぞれ20キロずつの荷物を現場まで持っていってたからね。ある時なんか、右の肩にサックスをかけ、背中にチェロを背負い、旧式の重いテープ・エコーなどエフェクター類とギターを手に持って移動したこともあった。

京都でやった経緯は?

灰野:確か、ダムハウス(本シリーズ第1回で紹介)で知り合った後、何度か連絡を取り合っていた人からのお誘いだったと思う。当時はジャズやブルースにどっぷりだっけど、エレクトロニクスに対する興味も強まっており、どうせだったらそれでやってみようと思ったんだ。

音を聴いただけではわからないんですが、どういう機材を使ったんですか?

灰野:実は、メインの楽器は生のアップライトピアノなの。ものすごく速い演奏をしているし、しかもディレイをかなり深くかけているから、ちょっと聴いただけではわからないと思うけど、よーく聴くと、ちゃんとピアノの音が聴こえるはずだよ。で、そのピアノの音を電子的に変調させている。ピアノの中に仕込んだ1本のマイクでは、ファズ、ファズワウ、エコー・チェンバーをかけて音をループ状にして出し、もう1本のマイクではエレクトリック・ハーモニック社のシーケンサー・アナライザーを使ってピッチを変化させた。あと、電子オルガンの基盤部分を発信機として使っているし、ヴォイスとコブラの笛(プーンギ)とリズム・マシーンの音も重ねている。
 コブラの笛からはダブル・リード付きの管が2本出ているんだけど、その1本のリードは自分でリードを削って音色を変えていた。リズム・マシーンは、昔のすごくシンプルというかチープなやつね。それのシンバルのボタンをガムテープで固定して、ずっと高速でオンにしたままでテープ・エコーをかけている。
 エレクトリック・ハーモニック社のシーケンサー・アナライザーは当時、ロスト・アラーフにちょっとだけ在籍していたベイシストに教えてもらったもので、画期的な機材だった。今中古で買うと、かなりするんじゃないかな。コントロールするのが難しいから、使っている人は当時もほとんどいなかったけど、ゴングの初期のアルバムなどでは使われてるよ。


『天乃川』

かなり手のこんだパフォーマンスだったんですね。

灰野:うん、自宅でかなり時間をかけて準備して、ライヴに臨んだからね。だんだん思い出してきた……マイクは少なくとも3本あったはず。歌っている時、なぜか足も使っていた。身体全部でやった記憶がある。もしかしたら、リズム・マシーンのガムテープがはがれないように、ずっと足で押さえつけていたのかもしれない。だから、すごくカッコ悪い体勢で演奏していたと思う。あの頃、エレクトロニクスにもっと本格的に取り組んでいたらミキサーを買ってたと思うけど、まだそこまでは行ってなかったし、なにしろ高価で、個人で宅録に使えるような手頃なものはまだなかった。だから今でも残念なんだけど、エコーのかかっていない楽器もあったんだ。もしミキサーを使って、エフェクターを全部かませていたら、音色も統一できただろうに。でも反対に、音色がばらついていたから、妙に生々しい音になったんだとも思うけどね。

非常に独創的なサウンドですよね。これが73年のソロ・ライヴの音だとは思えない。今聴いても、刺激的です。

灰野:オーレン・アンバーチも、「一体どうやってあのサウンドは作ったんだ。うちで出したい」と言って、2016年にはLPで再発してくれた。

その時のお客はどれくらいいたんですか?

灰野:10人もいなかったと思う。その企画した友達が集客してくれたから、きっと大半が彼の知り合いだったんじゃないかな。


『天乃川』で使用した電子オルガンの基盤部分

そもそもなぜ、エレクトロニクスへの興味が強まったんでしょう。何かきっかけがあったんですか? 

灰野:それはよく憶えていないんだけど…たぶん楽器屋のセールで安い機材を買ったことだったんじゃないかな。リズム・ボックスとか。

レコードは? タンジェリン・ドリームなどジャーマン・ロックとか。

灰野:その可能性もあるね。3作目の『Zeit』(72年)とか4作目『Atem』(73年) あたりは聴いていたし。あるいはシュトックハウゼンなどの現代音楽系の電子音楽とか。当時からロックだろうが現代音楽だろうが、自分の知らないものは区別なく関心を持って聴いていたからね。キーボードを入手したのは、テリー・ライリーがきっかけだった気もするな。BYG盤のGerm, Terry Riley, Pierre Mariétan『Keyboard Study 2 / Initiative 1 (+ Systèmes)』(70年) ね。当時、テリー・ライリーのアルバムで日本で手軽に入手できるのはあれしかなかった。もっとも、あのアルバムからは特に影響は受けなかったし、あまり興味もなかったけどね。

未発表音源をまとめた4枚組ボックス『魂の純愛』(95年)にも、70年代の宅録エレクトロニクス作品が収録されてましたよね。

灰野:そう、あの音源の方が『天乃川』よりも半年ぐらい前なんだ。だから、あれが俺の電子音楽の原点だね。『魂の純愛』に入っているエレクトロニクス作品を作った時は、入力レヴェルが大きすぎた上に、エフェクター類をむちゃくちゃぶち込んじゃったのでテープ・レコーダーが壊れたんだった。当時はレッド・ゾーンなんて知ったこっちゃなかったし。自宅で多重録音をやり始めたのは、そのちょっと前だったから、72年頃かな。『魂の純愛』には、クラリネットとヴァイオリンの多重録音曲も入っているし。あの頃は、発信機やテレコでどういうことができるのか、いろいろ実験していた。


『魂の純愛』

そのテープ・レコーダーというのは、カセット?

灰野:いや、もちろん家庭用のオープン・リール・レコーダーだよ。録音した音をスピーカーから流しながら、演奏を重ねていく。途中でテープ走行がおかしくなったりテープがよじれたりすると止めて、ピンチローラーを洗浄したりと、かなり大変な作業だった。だから逆に、今のエレクトロニクス機材は嫌いなんだよ。苦労しないで、簡単に音を作れるから。とは言っても、テープの切り貼りまではやらなかったけどね。あの頃もし、ロック・バンドはやーめた、となってたら本格的にエレクトロニクス音楽やっていたかもしれないね。

カセット・テープのマルチ・トラック・レコーダーを手軽に買えるようになったのは70年代末期でしたよね。

灰野:そうだね。その頃、俺も買って1年ぐらい使ってたけど、レヴェル調整とかがすごくストレスなので、すぐに使うのを止めた。ああいう作業は、俺にとってはロックじゃないし、何よりも、あの安易さが嫌だった。

『天乃川』のソロ・ライヴも、オープン・リール・レコーダーで録音したんですか?

灰野:いや、カセットだよ。70年代の半ばに一度、そのカセットを間章さんに預けたことがあった。彼がヨーロッパに行くので、何かチャンスがあるかもしれないと思って。で、彼がロンドンのヴァージン・レコード本社に行った時、たまたまクラウス・シュルツェに会ったので、そのカセットを彼に聴かせたら、ものすごく関心を持ったそうだ。彼曰く「青ざめていた」と(笑)。でも間さんはなにしろ話を盛る人だったし、ヨーロッパ滞在中にそのカセットを紛失しちゃったんだ。だから、俺の怒りをなだめるためにそんなお世辞を言ったのかもしれない。

当時は間章さんとかなり親密なつきあいだったんですよね。

灰野:そうだね。73~74年は俺はヨガに熱心で、人と会うことはほとんどなかった。それこそ、よく会っていたのは間さんぐらいだった。彼との会話は面白かったからね。月に1~2回は会っていたんじゃないかな。いつも渋谷の名曲喫茶「らんぶる」で。そういう時に、これを誰かに聴いてほしいと言って『天乃川』のカセットを渡したんだったと思う。

では、結局93年に〈Mom'n'DaD〉から『天乃川』を出す時は、音源はどこから調達したんですか?

灰野:紆余曲折あってね……間さんが無くしたと思っていたカセットは、ちょっと後に、カバンの底にあったと言って返してくれたんだけど、その後、今度は俺がフランスで盗まれたんだ。92年5月末から7月頭にかけてヨーロッパでライヴ・ツアーをやり、フランスではクリストフ・シャルルが仕切ってくれた。ヨーロッパでも関係者に聴かせたいと思って、俺はそのカセットを持って行ってたんだけど、それが入った荷物をニースで盗まれたの。8個あった荷物を全部。警察にも届けたけど、窃盗集団の仕業なので、もう出てこないと言われた。現金とパスポートだけは身につけていたから帰国できたんだけど。
 だから、その時点でマスター音源のカセットは永遠に消えたわけ。でも、その10年ほど前に、ピナコテカで1stソロ・アルバム『わたしだけ?』を作る時、ピナコテカの佐藤隆史くんが『天乃川』のカセット音源をオープン・リールにダビングしてくれたんだよ。ピナコテカから出すアルバムの候補として、最初に俺が『天乃川』を提案していたから。そのテープを佐藤くんがちゃんと保管してくれていたから、〈Mom'n'DaD〉で出せたの。

〈Mom'n'DaD〉の宇川くんには、灰野さんからアプロウチしたんですか?

灰野:いや、〈Mom'n'DaD〉からハナタラシ(92年) やマジカル・パワー・マコ(93年) が出た少し後、突然彼が「ファンです」と会いに来た。そして「灰野さん、何か出しましょうよ」と。始めは、ロスト・アラーフの〈幻野祭〉での完全版を出そうと思ったんだけど、当時俺の手元にあった〈幻野祭〉のライヴ音源は状態がイマイチで、迫力に欠けた。で、この音源のことを思い出して彼に聴かせたら「これです!」と一発で気に入った。

『天乃川』というタイトルは宇川くんがつけたんですか?

灰野:あれは作った当時から俺がつけていたものだよ。真っ暗な中にキラキラしたものが流れている感じがするから。面白いことに天の川って宇宙の川で、宇川も宇宙の川なんだよね。偶然だけど。そういう意味でも〈Mom'n'DaD〉にふさわしい。

間さんに渡し、ピナコテカの佐藤さんにも提案し、宇川くんにも聴かせたということは、灰野さん自身、この音源には20年間ずっと強い愛着があったわけですよね?

灰野:もちろん。自信作だったし、思い入れも強かった。俺は元々、レコードを作ることは好きじゃなかった。音楽は一瞬で消えるものだと言いながらもレコードを作るってのは矛盾していると思っていたから。でも、あれ(『天乃川』)だったらいいんじゃないかという気持ちが最初からあった。あと、『天乃川』があったからこそ最初の『わたしだけ?』も納得いくまで時間をかけて完成させられたのかもしれない。実際、『わたしだけ?』はジャケット写真の件で写真家の佐藤ジンさんと揉めにもめて、リリースも1年近く延び、もうやめようかなという状況にもなったしね。そういう時にも、『天乃川』が心の支えになっていたんだよ。

そういう自信作だったにもかかわらず、エレクトロニクスでの作業は、その後長いこと途絶えましたね。

灰野:ある意味、『天乃川』はフィニッシュだったんだよ。自分の中でのエレクトロニク・ミュージックとしては。近年、俺はエア・シンセを使っているけど、あれは形態の違うデジタル・サウンドだしね。センサーを使って音を出すなんて70年代当時は考えもしなかった。テルミンもオンド・マルトノも、ものすごく高価だったし。当時もしそういう楽器が手軽に入手できていたら、真っ先にやっていたかもしれないね。
 あと、『天乃川』の後エレクトロニクスを使わなくなった背景には、ヤニス・クセナキスの存在があるの。70年代に彼の電子音楽作品をいろいろ聴いて、電子音楽はもうこれでいいんじゃない? という思いが強まった。特に『ペルセポリス』は圧巻だよね。ついでに言うと、72年にEL&Pの初来日公演を観てがっかりしたこともちょっと関係あるかな。その時、キース・エマーソンはすごく高価で巨大なシンセサイザーを使っていたんだけど、そのシンセから出てくるのはピョ~ンピョ~ンみたいな、俺にとってはつまらない音ばかりで、あきれちゃったんだよね。


『わたしだけ?』
米Black Editions からの2017年再発LP

interview with Sofia Kourtesis - ele-king

 パンデミックを乗り越えて Outlier(アウトライアー)がようやく日本にやってくる。2020年4月に日本での初開催が予定されていたものの入国制限により中止となってしまったため、今回が本邦初である。ボノボ自身は、2022年フジロック、2023年東京大阪 2 days で来日しているが、通常の予測範囲からずれた測定値を示す「外れ値」をタイトルにいただくパーティでの登場に期待せずにはいられない。日本初の Outlier に登場するのはボノボに加えて、初来日となるケリー・リー・オーウェンス、そして今回インタヴューをする機会を得られたソフィア・コルテシス。
 各メディアから絶賛されたアルバム『Madres』が素晴らしい作品であったことに異論はないだろうが、かくいう筆者も紙版『ele-king』2023年間ベスト企画のハウス編でセレクトした。DJコーツェやアクセル・ボーマンといったプロデューサーたちがおこなってきたメランコリックでサイケデリックなハウスやテクノを受け取りながら、独自のエッセンスで捉え直したハウス・アルバムだと思う(インタヴュー中でも触れられているが、DJコーツェが彼女のヒーローだそう)。
 自身のルーツである南米ペルーの民族音楽や大衆音楽からの影響、政治的なスタンスを音楽に持ち込む姿勢、そして、彼女の家族に起きたとても困難な状況とそこからの回復といった様々な要素が『Madres』のなかに収められていることも重要なポイントだ。
 父との死別と母の罹患、絶望的な大病と奇跡のような名医との出会い、手術の成功という喜び。『Madres』がダンス・ミュージックの機能性を高いレヴェルで保ちながら、刹那的エモーショナルとは異なる、複雑で豊かな感情が音色やメロディから伝わってくるのはそういった幾層ものレイヤーが彼女自身に備わっているからかもしれない。
 このインタヴューでは、ボノボやケリー・リー・オーウェンス、Outlier をどのように捉えているか、また DJやパーティについての考え方、そしてアルバムの成功とそれに伴った環境の変化などについて質問をおこなった。

ボノボは私のヒーロー! Outlier では彼のキュレーターのスキルがすごくユニークで、ラインナップには私が大好きなアーティスト勢がいつも揃っている。

アルバム『Madres』が成功を収めたことでDJスケジュールが忙しくなったりなど、環境の変化はありますか?

ソフィア・コルテシス(Sofia Kourtesis、以下SK):ええ。ライヴ本数が増えて、世界中を旅するようになり、ライヴ会場が以前より大きくなった。いちばん嬉しいのは、アーティスト活動と並行してやっていた仕事を辞めたこと! いまはラッキーなことに、私の音楽パートナーでもあるボーイフレンドと音楽制作に専念することができて嬉しい。家族との時間を持てるようにもなって、本当に良かった。

辞めた仕事はクラブ・ブッキングの仕事ですか?

SK:うん。ドイツにあるクラブでブッキング担当をしていた。自分が好きなバンドをブッキングできて楽しかったけど、深い時間までの仕事だから、かなりハードな仕事でね。だから、デビュー後は徐々にそのブッキング仕事は減らしていって。

これまであなたがパフォーマンスをおこなった国や都市、パーティやフェスなど印象に残っているものがあれば教えて下さい。

SK:グラストンベリー・フェスティヴァルでのライヴ・セットは、いつも最高ね。私はギリシャ人とペルー人のハーフなんだけど、グラストンベリーに出演した初のペルー人だった! バルセロナで開催されたプリマヴェーラ(Primavera)では皆がシンガロングしてくれて、ホント楽しかった! それから、ベルリンのクラブ、ベルクハイン(Berghain)でのパーティは、これまでプレイしたなかでベスト・ショウのひとつだった。

ボノボのDJや彼がキュレートする Outlier、ケリー・リー・オーウェンスなど出演者についてどのようなイメージを持っていますか?

SK:ボノボは私のヒーロー! 初めて会ったのはオーストラリアで開催されたフェスだったかな。音楽スタイルが似ていることもあり、それ以降何度か同じステージでプレイすることが増えた。人間的にも素晴らしいし、彼のライヴ・セットに参加することもあって。逆に、ボノボが私のステージに参加することもある。
 Outlier では彼のキュレーターのスキルがすごくユニークで、ラインナップには私が大好きなアーティスト勢がいつも揃っている。前回の Outlier では、DJコーツェが参加していて、彼も私にとってはヒーロー的存在! ケリー・リー・オーウェンスも大好きなDJだから、間違いなく楽しい夜になるはず!

インターネット上で確認できるあなたのプレイを聴きました。新しくなるにつれて、スタイルが変化していっていると感じました。また、ミックスのなかでフックが毎回仕込まれているのも印象的です。野暮な質問なのですが、今回の Outlier ではどのようなパフォーマンスをおこなうか考えがあったりしますか?

SK:日本は勤勉な人が多くて、街のペースが速いから……ベース音を効かせた、テンポの速い、エネルギッシュなセットになる予定。それから、私の新曲を披露するから楽しみにしててね!

辞めてしまったとはいえ、ブッカーの経験も豊かだと思いますが、自身でイベントやパーティをはじめることに興味はありますか? また、共演してみたいアーティストがいれば教えて下さい。

SK:ぜひやってみたいけど、いまのところ企画する予定はナシ。というのも、今夏に新作を発表予定で、現在は自分の作品制作の方に専念しているから。でも、今年の年末にロンドンのフォノックス(Phonox)で初のレジデンシーが決定していて。共演してみたいのは、エルッカ(Elkka)。彼女のDJスタイルは私と似ているから、またぜひバック・トゥ・バックで組んでみたい。

ベース音を効かせた、テンポの速い、エネルギッシュなセットになる予定。それから、私の新曲を披露するから楽しみにしててね!

アルバム『Madres』について質問をさせてください。タイトル曲である “Madres” をはじめ、全体にポジティヴさや優しさのようなものを感じました。本作をつくることで、セルフケアをおこなう意図もあったのでしょうか?

SK:そうね。いつもメンタル面には気を使っている。『Madres』の曲作りで自分の気持ちを表現する上でときどき迷うことがあったから、精神的に不安になったときはセラピストの所に通っていた。自分のメンタル・ヘルス面に気を配ることはとても大切。

あなたの曲はどれもメロディが印象的ですが、ビートについても興味深く感じました。楽曲を作る際のドラムやベースラインに対する考え方があれば教えていただけますか?

SK:それは、曲の雰囲気による。たとえば、メロウな曲のときはあえてベルリン・テクノやハウス寄りにしないこともある。 曲の雰囲気によって、はじまりから終わりまでの楽曲展開を決めていくから。

アルバム制作時にカリブーフォー・テットに相談したそうですが、彼らはどのようなアドヴァイスをしたのでしょうか?

SK:いいバラードを50%、エネルギッシュなクラブ・バンガーを50%制作することを教えてくれた。私もそのとおりだと思うし、重要な点ね。

そのアドヴァイスは、カリブーとフォー・テットふたりとも?

SK:うん。ふたりともとても協力的で、アーティストが自分の能力を信じるようにモチヴェーションを上げてくれる。前進できるように、いつも励ましてくれるよ。

ホモフォビアに対しての抗議活動のフィールド・レコーディング、マヌ・チャオをフィーチャーした “Estación Esperanza” など、アクティヴィストとしてのあなたも作品で表現されています。戦争や紛争など、現在の世界における困難な問題について、あなたの意見はどのようなものでしょうか?

SK:活動を通して学んだ最も重要なことのひとつは、独りよがりの人が多いこと。だから、教育が非常に重要ね。特に、私たちより前の世代は、心を開いて、自分とは異なる考え方を学ぶべきだと思う。恐怖心や宗教は、ときとして最悪の敵のようになり得るから。きちんと学び、恐れを捨てて、よりオープンで、他者を理解する優しさを持つべきだと思う。いま、紛争の酷い状況を見ても、考え方が昔に逆戻りしていて、恐ろしい。正しいことを見つけ、すべてを止めようとするために、もっとオープンに話し合い、各自が学んでいく「変化」が必要ね。いま起きていることは、一歩前進するどころか後退していて……、クレイジーだと思う。

最後の質問です。今後のリリース作品や予定など教えていただけますか?

SK:2週間後に(今夏リリースの)新作が完成予定。タイトルはまだ決まっていないけど、ほぼ完成した。コミュニティへの恩返しのようなもので、音楽を中心に私たちを結びつける愛が題材。懸命に戦っている若い世代……各自が置かれたコミュニティで勇敢に立ち向かうヒーローたちに贈るアルバム。いいアルバムになると自負しているよ。

音楽的にはバラードが50%、クラブ・バンガーが50%という割合ですか? その他、今後の予定は?

SK:うん、そのとおり。今後の予定としては、日本での Outlier 出演後にグラストンベリー、プリマヴェーラやロスキレ(Roskilde)などのフェスが予定されている。

今日は、ありがとうございました。新作を聴くこと、あなたのプレイで踊ることを楽しみにしています。

SK:こちらこそ、どうもありがとう! 初来日は2009年か2010年あたりだったと思うけど、それ以降2013年までは毎年日本へ行ってて。大好きな国だから、久しぶりに日本の皆に会えるのが待ちきれない!

BONOBO主催のクラブイベント
『OUTLIER (アウトライアー)』
いよいよ来週に迫る

●気になるタイムテーブルを発表!
●当日券情報発表!
●会場限定グッズのデザイン公開!
本日よりオンライン受注受付もスタート!

アーティスト/プロデューサーとしてグラミー賞に7度ノミネートされるなど、絶大なる人気を獲得しているボノボが主宰する世界的クラブイベント、OUTLIER(アウトライアー)。主宰BONOBO(ボノボ)に加え、海外からはいずれも初来日となるKELLY LEE OWENS(ケリー・リー・オーウェンス)、SOFIA KOURTESIS(ソフィア・コルテシス)が参戦。さらに真鍋大度、食品まつり a.k.a foodman、TRAKS BOYS、SEIHO、KATIMI AI、FRANKIE $など、エキサイティングなラインナップが集結。さらにはグラフィックデザイナー/アートディレクター、YOSHIROTTENが本公演の為に特別な映像作品を制作し参加することも決定している。

会場はO-EAST~DUO~東間屋とエリアを拡張し、豪華ラインナップを配し複数ステージ同時進行で開催される他、ナチュラルワインをメインに取り扱うNEWVALLEYが厳選したナチュラルワインとおつまみを、季節の野菜を使ったフードケータリングで人気のTORATOMICANが提供するヘルシーで美味しいバインミーサンドなどを、東間屋では気の利いたお酒も味わえる。またNEWVALLEYは朝方に人気の自家焙煎コーヒーとモーニングメニューも提供する。音楽、アート、フード&ドリンクまで、とにかく朝まで楽しめるオールナイト・パーティーとなる。

イベント開催がいよいよ来週に迫り、気になるタイムテーブルとフロアマップ、会場限定Tシャツ、当日券情報を発表! Tシャツは日本限定のデザインとなり2色展開となる。本日よりBEATINKオフィシャルサイトにて、オンライン受注受付もスタート(締切は5月26日)。


https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14085


https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14086

BONOBO PRESENTS
OUTLIER

FEATURING:
BONOBO (DJ SET)
KELLY LEE OWENS (DJ SET)
SOFIA KOURTESIS (DJ SET)
DAITO MANABE
食品まつり a.k.a FOODMAN
FRANKIE $
KATIMI AI
SEIHO
TRAKS BOYS
YOSHIROTTEN (Video Art)

VJs (at DUO):
Kazufumi Shibuya, Sogen Handa,
Yuma Matsuoka, Yuta Okuyama, 91u5

FOOD&DRINK:
NEWVALLEY (Natural wine & Food)
TORATOMICAN (Food)

公演日:2024年5月18日(土)
会場:O-EAST + DUO + AZUMAYA
OPEN/START:21:00 (オールナイト公演)
前売:¥7,200(税込)
当日券:¥8,000 (21:00より販売)
※整理番号無し
※入場時に別途1ドリンク代 ¥700
※20歳未満入場不可。入場時にIDチェック有り。必ず写真付き身分証をご持参ください。

INFO: BEATINK [ www.beatink.com] / info@beatink.com
主催・企画制作:BEATINK / SHIBUYA TELEVISION

[TICKETS]
●イープラス [ https://eplus.jp/outlier/]
●ローソンチケット[ https://l-tike.com/outlier/]
●BEATINK [ https://beatink.zaiko.io/e/outliertokyo/]

店頭販売:
●HMV record shop 渋谷
●Lighthouse Records
●ディスクユニオン渋谷クラブミュージックショップ
●ディスクユニオン下北沢クラブミュージックショップ
●ディスクユニオン新宿ソウル・ダンスミュージックショップ

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OUTLIERキャンペーン
OUTLIERの日本初上陸を記念して、4月26日より出演者の人気タイトルを対象にしたキャンペーンの開催中! 期間中にキャンペーン開催店舗にて対象商品を購入すると先着特典として『OUTLIER』ステッカーをプレゼント! ロンドンの大型会場Drumshedsにて開催された『OUTLIER』ロンドン公演にて販売されたOUTLIER Tシャツが発売が購入できる。


【Tシャツ取扱い店舗】
タワーレコード渋谷店 / HMV record shop渋谷店 / ディスクユニオン渋谷クラブミュージックショップ
上記店補ではOUTLIERトートやポスターなどが当たる店頭抽選も実施中!

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キャンペーン詳細はこちら↓
BEATINK.COM / BONOBO PRESENTS OUTLIER TOKYO
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great area - ele-king

 類は友を呼び、謎が謎を引き寄せる。いくつかのヒントが表にあって、それが時に重なり時に離れて間にあるものを浮かび上がらせる。アウトプットに絡まる気配、そんな謎のフレーバーが音楽を面白くするのだ。我々はそれを求め、追いかけ常に未知なる何かに心を奪われている。そんなことをずっと繰り返している。
 かつてそんな存在の象徴であって今なおミステリアスな香りをふりまいている女性、ディーン・ブラント・アンド・インガ・コープランドのインガ・コープランド、現在ロリーナという名義で活動している彼女のレーベル〈Relaxin Records〉に所属するグレート・エリアもまさしくそんな存在だ。ディーン・ブラント周辺の音楽がリリースされる度に、もしやこれはディーン・ブラントの別名義なのではと疑ってかかってしまうように、最初にグレート・エリアの音楽を聞いた時にロリーナが始めた新しいプロジェクトなのではという考えが頭によぎった。打ち込まれた小さく広がる空間にメランコリックなシンセサイザーの音が鳴り、それを背にして生のベースが弾かれる。所在なくつぶやかれるヴォーカルはロリーナの鼻にかかったクセのある声とは少し違っていたが、そこに漂う空気は同じように素晴らしく、ひんやりとした生々しさが心をつかんで離さなかった。2022年の年末にリリースされたEP「Follow Your Nature」にどの程度ロリーナが関わっているのかはわからないが、彼女のレーベルからリリースされたそれは新たな謎と始まりを感じさせるものだった。

 その後グレート・エリアは23年にコンピレーションに収められた“Find Out Who Is Winning And Why” をリリースする。虚無感とやるせなさを表現したようなこの曲もまた素晴らしく次の展開が今か今かと待たれた。
 そうしてついに今年24年にデビューアルバム RR7『Light Decline』がリリースされたのだ(最初のアナウンスから1ヶ月も経たないうちのリリース、このスピード感もいかにもな感じだ)。アートワークはグレート・エリア、ミックスはローリナ・リラキシンというEPと同じ体制で作られたこのアルバムを聞いて感じるのはやはりその余白の素晴らしさだ。サンプリングで作られた土台と、弾かれるベースの間に広がる時間と空間、その重なりの中に生まれた隙間に打ちひしがれたちいさな虚無とかすかな希望が宿る。それは情報過多の現代から距離をとるようなものにも感じられるが、しかし同時に俗っぽさも併せ持っている。手の届かない高みにあるものではなく、手のひらからこぼれ落ちるような日常の、心の中の空白地帯、その小さな隙間をグレート・エリアは浮かび上がらせるのだ。
 タイトル・トラック “light decline"で始まるこのアルバムはサンプルに彩られミニマムにまとめられている。全ての曲は3分に満たず、2分台の曲が6つとそこに加わるには10秒ほど足らない曲が一つ、計7曲16分のアルバムはだが決して物足りなさを感じさせことはない。ここにはせき立てられるよなビートもなければ頭を殴りつけられるような刺激もない。存在するのは空気の色を映すようなサンプリングにシンセ、ゆるやかに進むベース、ドラムマシン、そして虚無と希望の間で揺れるロウソクのような彼女の声だ。淡々とそれでいてメロディアスで、その組み合わせが心を静かに揺らしていく。気にかけて手を伸ばした瞬間に消えていくような、暗い色をまとった鮮やかな魔法、儚さや美しさ、同じトーンで進んでいく曲たちはまるでどこか遠い場所で撮られた短編映画のシーンのように機能する。虚無感に包まれたブロードキャストのような “fun”、インガ・コープランドの気配を色濃く感じる ”the laws of physics” が重なり合うように繋がって一つのイメージが描き出されていく。シンセとベースで不安に揺れる”hazards”が頭の中に引きずり続けるような気配を残し、発掘された90年代のバンドのラフなデモ・テープのような”if you stop moving you don't exist, if you fall behind you're dead” がそこにまた違ったタッチを加えていく。そんな風にして狭い部屋に響くこの小さな音楽はしんみりと深い余韻を残すのだ。

 余談になるがこのアルバムのリリースがアナウンスされた時期にグレート・エリアはバー・イタリアのサポートで北米ツアーを一緒に回っていた。ディーン・ブラントの気配をまとったミステリアスなバー・イタリアとインガ・コープランドの雰囲気を感じさせる謎の存在グレート・エリアの組み合わせはいま、考えうる最高の組み合わせではないだろうか。それが実現されたツアーにおいてグレート・エリアはロンドンのヴィジュアル・アーティスト、ジョージー・ネッテルのプロジェクトではないかとまことしやかにささやかれ、僕らはそうして2010年の〈Upset The Rhythm〉、プラグというユニットに辿り着くのだ。そうやって謎が謎を呼び、少しずつ解き明かされ過去と未来が繋がっていく(もしかしたら文脈というのはこのようにでき上がっていくものなのかもしれない)。

 虚無と希望が同時に存在するグレート・エリアの音楽は結局、その余白に何を見出すかなのだろう。受け取り、考えることを委ねられた感覚こそがポップ・ミュージックとその周辺の文化の素晴らしさだと自分は思う(そうやって受け継がれ、数年経って答えが出る)。とにもかくにももの悲しく心を揺らす、グレート・エリアは最高だ。

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