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Blood Orange

R&BSynth-pop

Blood Orange

Cupid Deluxe

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木津毅   Jun 09,2014 UP

 アーケイド・ファイアの“ウィ・イグジスト”のヴィデオに『アメイジング・スパイダーマン』のアンドリュー・ガーフィールドが女装して出演したことが話題になったが、フロリダのパンク・バンド、アゲインスト・ミー! のローラ・ジェーン・グレイスが「どうしてスター俳優を使って、本物の“トランス”の俳優を起用しないんだ」と批判したそうだ(彼女は自身がトランスジェンダーであることをカミングアウトしている)。わからなくもない。僕もヴィデオを観て、国際的大スターであるガーフィールドがアーケイド・ファイアのステージで自分を解放する姿に少しあざとさを感じもしたからだ。が、それでも僕がアーケイド・ファイアをどちらかと言えばかばいたいのは、あくまで彼らのメッセージが「わたしたちは存在する」だからだ。性の多様性を訴えることは、「本物」の当事者、少数派だけに許されることではないし、非当事者が入ってくることでこそ動くこともある。

 チル・アンド・ビーという暫定的なサブジャンルはいつしかインディR&Bと言われるようになり、そしてそれは昨年終りごろにブラッド・オレンジ『キューピッド・デラックス』が高く評価されることでピークを迎えることとなった。昨年暮れからの愛聴盤だというひとも多いだろう。そしてインディR&Bとは、男たちが自身のなかの女性性、あるいは性の多様性を発見する試みであった。と、断言したくなってしまうぐらい、このアルバムには青年シンガーによる悩ましいまでのフェミニンさ、あるいはポップに開かれたクィアネスがある。
 テスト・アイシクルズ、ライトスピード・チャンピオンズとコロコロと音楽性を変えてきたことが必ず言及されるハインズだが、僕にはブラッド・オレンジの音楽性においてもっとも自身を解き放っているように聞こえる。その生い立ちにおいて孤独を覚えることの多かったであろう黒人青年は、つねにゲイ・カルチャーが身近にあり、そして雑多なマイノリティたちの集まりのなかに自分の居場所を見出してきたという。NYに拠点を移し、まさに雑多な人間たちの力を借りて作り上げたどこか拙さの残る彼のR&Bはしかし、その歌のエモーショナルさ、狂おしさにおいて美しい官能性を帯びている。ため息交じりに女性ヴォーカルと交わる“チャマキー”における滑らかな肌触りのアンニュイさ、“イット・イズ・ホワット・イット・イズ”、“チョーズン”においてゆったり訪れるエクスタシー……。85年生まれの彼の幼少期の記憶にかすかに残っているのかもしれない、80年代~90年代初頭のR&Bにファンク/ソウル感覚もまぶされ、ここにはノスタルジックなムードも煌めいている。
 もっともダンサブルなファンク・トラック“アンクル・エース”ではホームレスのLGBTの日々が歌われているそうだが、ここで思うのは、それはハインズ自身ではないかということだ。家がないということ、普通にはなれないということ、疎外感とナイーヴさと、その孤独においてダンスするということ。ある意味ではアイデンティティが定まっているゲイよりも複雑な頼りなさがここにはあって、それがブラッド・オレンジの音楽の原動力となって聴き手の心の柔らかい部分に入ってくる。ここには「ウィ・イグジスト」と強く叫ぶような主張はなく、その代わりに、誰にも知られないようにこっそりと自分自身の官能を許すことの快感がある。セクシャリティとは数種類に分けられるものではなく、それぞれのなかでグラデーションを描きながら複雑に息づくものである。当事者/非当事者と線引きは、本当はできないはずなのだ。
 ラストのバラッド“タイム・ウィル・テル”のゆったりとしたビート、ピアノとコーラスの優しい響き、そしてハインズの変わらずイノセントな歌はアルバムの終幕をどこまでも感動的なものにする。「僕のベッドルームにおいで」、それは社会の規律に縛られない性を謳歌することを誘っているようだ。「僕のベッドルームにおいで/もう言葉はいらないだろう/僕たちは毎日年を取っていく/僕たちは誰かを愛さなきゃならないよ」。

木津毅