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ウィリアム・バシンスキーの新作『Lamentations』がリリースされた。本作『Lamentations』はアンビエント作家として充実したキャリアを誇る彼にとっての集大成的なアルバムであり、ここ数年のバシンスキーの音楽的変化が結実した作品でもある。「彼の音楽を聴いたことがない」というリスナーの方にも躊躇なく最初におすすめできるアルバムともいえる。
バシンスキーについてはもはや説明する必要はないだろう。現在LAを拠点に活動を展開するバシンスキーは、この20年ほどのあいだ壊れたテープ・ループや掠れた音色のサウンドによるアンビエントをコンスタントにリリースし続けてきたアンビエント音楽家である。なかでも2001年の9月11日、「あの日」、倒壊し黒煙を上げるワールドトレードセンターの映像に自身のアンビエント・サウンドを重ねた映像作品と、その音源作品である『Disintegration Loop 1.1』(2004)は、バシンスキーのことを語るときよく取り上げられるので、ひとまずは「代表作」といえよう。
しかし自分は、ここ数年の彼のサウンドの変化を重要と考えている。具体的にはデイヴィッド・ボウイへのレクイエムでもあった2017年リリースの『A Shadow In Time』、ローレンス・イングリッシュとの共作である2018年リリースの『Selva Oscura』、インスタレーション作品の音源でもある2019年リリースの『On Time Out Of Time』以降(どれも〈Temporary Residence Limited〉からのリリース)、そのサウンドはロマンティックな音楽性が表面化し、さらに幽玄な音響空間に変化していたのだ。それらのサウンドはどこか「死」や「喪失」の時間をも表現しているように感じられた。『A Shadow In Time』がボウイへの追悼であることは象徴的だ。
この「変化」は10年代後半以降の不穏な世界/社会情勢を(無意識に?)反映したものかもしれないし、もっと単純に彼自身が自身の死をより具体的なものとして意識する年齢にさしかかったからともいえるかもしれない。いずれにせよ彼の音楽は、どこか物語的になり演劇的になった。じじつ本作『Lamentations』には、マリーナ・アブラモヴィッチによるロバート・ウィルソン(!)の舞台作品のための音楽(“O, My Daughter, O, My Sorrow”)もふくまれているのだ。
くわえてアルバム全体が12曲にわかれていること、曲名がかつてのように記号的なものではなく、“Paradise Lost”、“Silent Spring”、“Fin” などの言葉になっていたことも「物語性」を感じさせてくれた要因かもしれない。いずれにせよ本作には近作にあった「死」「喪失」のイメージがより具体的なサウンドとして感じられるようになったのである。
おそらくはコロナ禍の状況が、そういったアルバム・コンセプトや音楽性に強く作用したことは容易に想像できる(“Silent Spring”などその象徴か)。どの曲も不安定なループと音響の持続をレイヤーし、聴いている者の立っている地盤を揺るがせるような不穏な音楽を展開している。
楽曲的にはシェーンベルクの “清められた夜(Transfigured Night)” を思わせる曲名の “Transfiguration” からも連想できるように、どこか現代音楽的にも感じた。ロマンティックな響きに無調の香水を落としたような響きは不穏にして美麗である。
クラシカルな要素はオペラ的な歌唱のサンプルを用いた “All These Too, I, I Love” などからも聴きとることができる。“O, My Daughter, O, My Sorrow” にはバルカンの古い歌がもちいられているようだ。そのような「声」のサンプルを人間=もしくは死者の声のように捉えると、『Lamentations』というアルバムは、その名のとおり死への「哀歌」のような作品ということになってくるのではないか。
私はこの「哀歌」の感覚こそが2020年(以降)の世界のムードをあらわしているように感じられた。「9.11以降の世界の崩壊」を「黄昏」のようなアンビエントで表現したバシンスキーは、「2020年以降(コロナ以降)の世界の崩壊=不穏=死」をロマンティックかつ不穏な音楽・音響で「哀歌」として表現したのだ。つまり『Lamentations』は、バシンシキーのキャリアにおいてもきわめて重要なアルバムであり、同時に2020年のアンビエント・ミュージックを代表する一作であるのだ。
デンシノオト