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I'll Be Your Mirror

I'll Be Your Mirror

@新木場STUDIO COAST

日時 2011年2月27日

野田 努   Mar 02,2011 UP

 ここで彼のイ二シャルを書いたらわかる人にはわかってしまうので、Xとしておこう。Xとは、昼の1時に渋谷のモヤイ像前で待ち合わせた。僕は待ち合わせの時間と締め切りはかなり守るほうなので、1時ちょい前に着いた。僕の隣ではお父さんが自分の子供にモヤイ像の説明をしている。「これね、イースター島というところにあるんだけど、これがいったい何の目的のために作られたのかまだわからいんだよ。ナスカの地上絵を知っている?」
 お父さんは宇宙人について喋りたくてうずうずしている。こっちはそれを全否定したくてうずうずしてくる......と、そのときXはやって来た。酒臭い息をはきかけながら、「いやー、すいません」と言うので「いや、ぜんぜん大丈夫だよ」と言うと、「ちょっと友だち紹介していいですか」と言うので、あ、いっしょに行くのかなと思ったら、Xが前日の夜からずっといっしょに呑んでいた友だちだった。「いやね、俺は5時ぐらいに抜け出したんですよ。いちど家に帰って着替えようと思ったから。そうしたらもう、電話がガンガンにかかってきて」
 暖かい日差しが照りつける日曜日の渋谷を歩きながら、Xは説明した。ということは、ふたりの友だちはいままで呑んでいたのか......。「おたがい内臓を大切にしよう」と僕は言った。
 「Xの内臓はすごいな。俺はもうそんなに呑めない。40過ぎたあたりから量が呑めなくなったんだ」と47歳の僕は43歳のXに言った。日曜日の渋谷駅にはいろいろな人がいる。酒臭い40代がいても不思議ではないだろう。しかしいまから「I'll Be Your Mirror」に行く酒臭い40代はおそらくXだけだろう。

 新木場に着くとXは駅構内のコンビニを見つけて、「煙草を買ってきますよ。ついでに酒を買って飲みながら行きませんか」と言った。そしてXは350のビールを2缶持って出てきて、1缶を僕に渡すと、今度は煙草のケースを空け1本を取り出して、近くにいた人に火を借りて火を付けて、煙を思い切り吸い込んで吐いた。僕は40前に煙草を止めて以来すっかり嫌煙家になってしまったが、さすがに「俺の前で吸うな」とは言えない。「Xはロックンローラーだなー」となかば皮肉を込めて言うと、Xは陽気に「イエー!」と奇声をあげるのだった。

 「I'll Be Your Mirror」はいまやオルタナ・ロックの、純粋な音楽主義的イヴェントとして世界的に有名な「All Tomorrow's Parties」の日本での最初の試みである。出演者は、ゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラー!、ボアダムス、灰野敬二、ボリス、メルト・バナナ、エンヴィ、ファック・ボタンズなどなど。チケットは即ソールドアウトになったという。GYBE!がそこまで人気があるとは思えないので、これはイヴェントそのものへの期待の表れだと解釈すべきだろう。それはXの真っ黒な肺と違って、健康的な態度だ。
 そして我々は、最初のボアダムスがはじまるまで、少なくともビールを二杯、ウォッカトニックを二杯飲んだ。Xは「100円多く払うから、ウォッカを多く入れてくれ」と、カウンターのお兄さんにしつこく懇願した。「もっとウォッカ入れようよ、パンクになろうぜ!」とわけのわからないことを罪のない従業員に話しかける40代がいま僕の目の前にいることは、充分にオルタナティヴだ。
 会場内はまだみんな入ったばかりということもあってか、やや緊張している様子だった。友だちの家に初めて遊びに来たばかりのように、気持ちがまだうまくイヴェントに入れ込めていない。もちろんXは別だが......。つまりボアダムスは、いつもならもっと踊り狂ってるオーディエンスがそこにいるものだが、どちらか言えば多くの人が「観ている」感じだった。続くボリスもそんな様子だったが......僕はボリスを初めて聴けたのが嬉しかった。驚いたのは灰野敬二のライヴだった。別のステージでやっていた灰野敬二のライヴは、入場規制がかかるほどの満員だった。入れないオーディエンスはあの轟音を会場の外で聴いていた。インディ・ロックとなかなか接点を持つ機会がなかったということかもしれないけれど、その光景は日本のアンダーグラウンド・シーンのゴッドファーザーへの関心の高さを示していたし、灰野さんのライヴ終了後のガッツポーズも実に格好良かったなぁ。
 というか、灰野敬二に続いたエンヴィも、そしてまたメルト・バナナのライヴも大盛況だった。メジャー・レーベルと契約しているバンドがひとつもいないなかで、チケットが売り切れて、そして千人ぐらいのインディ・ロック・キッズが灰野敬二のノイズを浴びて声を挙げている姿は、いつの間にか行方不明になってしまったXと比べるまでもなく未来を感じさせるものだ。僕の知り合いには、結局日本のバンドばかりを聴いてしまったという人もいて、ああ、その気持ちわかるなーと僕も思った。夜暗くなって、メルト・バナナの演奏がはじまる頃には、GYBE!が最後に控えていることなど忘れてしまっていた......。

 会場内では簡単なパンフレットが配られていた。ページをめくると、最初に「ルール」が記されている。「ATPはロクデナシゼロの方針で運営しています。ロクデナシにならないように注意してください。マジにロクデナシになるなってことです」とある。ロクデナシ(英語でアスホール)かぁ......ひとり強烈なのがいたなぁ......帰りの新木場の駅のホームでそれを読みながら、最初からルールを破ってしまったかもなぁと思ったのである。結局Xはファック・ボタンズのライヴ中に消えていって......そしてひとり泥酔のぬかるみのなかを彷徨っていたという話だ。ごめんX、いくら電話しても出ないから帰るよ、日本には本当に素晴らしい音楽がたくさんあるよな。お互い内臓を大切にしよう。

私はあなたの鏡になろう
あなたがちゃんと家に帰れるように灯りになろう
"I'll Be Your Mirror"

野田 努