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"ミュージック・コンクレート"ならぬ"R&Bコンクレート"......というのがアクトレスが自身の狂った音楽に付けた呼称である。それは「風変わりな子供のためのネヴァー・エンディング・ストーリーである」、とこの29歳の青年は説明している。
復活した〈R & S〉におけるジェイムス・ブレイクやパリア(Pariah)によるポスト・R&B(ブリアルの"アーチェンジェル"の発展型)、ないしはT++の野心的なミニマリズム 、ないしはサブトラクト(Sbtrkt)やデトロイトのカイル・ホール......といった新世代プロデューサーの台頭は、エレクトロニック・ミュージックに新しい風を送り込んでいる。はっきり言って、いま耳を面白くさせてくれる音は、テクノとダブステップのあいだに広がるなんとも意味不明な、どうにも怪しげな一群のなかに数多くある。アクトレスもそんな新感覚派のひとりだ。
アクトレス(女優)という名の人物の本名はダレン・J・カニンガム、女性ではない、なかなかハンサムな黒人男性で〈Werk Discs〉なるレーベルを運営している。ブリクストンを拠点とするこのレーベルは、ゾンビーによるレトロ・レイヴのアルバムを出しかと思えば、アクトレスによるロービット・ハウスないしは奇才スターキーのシングルをリリースするいっぽうで、マシュー・ハーバートやダブリー、あるいはデトロイトのアンソニー・シェイカーらとのイヴェントを企てる。ロンドンの現代美術の拠点〈ICA〉でイヴェントを組むほどだから、ちょっとしたディレッタントなのかもしれない。とにかく〈Werk Discs〉は、ロンドン・アンダーグラウンドにおいてもっともエクスペリメンタルなレーベルのひとつである。
また、彼の記事を読めば、まざまなジャンル用語やアーティスト名(ダブステップ、ディスコ、レゲエ、エレクトロ・ブギ、R&B、ニュー・ジャック・スウィング......そしてプリンスにアンダーグラウンド・レジスタンス)が飛び交っている。が、しかしアクトレスの音楽はそれらのどれでもない。
ジェイムス・ブレイクやパリアのソウル・ミュージックが、伝統的なそのフィーリングを活かしつつ、しかし、その音楽は5次元に展開されたマーヴィン・ゲイのような捻れ方をしているように、アクトレスのベース・ミュージックは......、喩えが悪くて申し訳ないが、さながらサイケデリック・ドラッグのやり過ぎで聴覚が狂った状態において聴こえる音像である。変化することを狂わんばかりに望み、すべてのスタイルを受け入れ、それでいてユニークで新しい何かを創造しようとする熱意に導かれたエレクトロニック・ミュージックだ。
『スプラジシュ』はアクトレスにとって2枚目のアルバムで、インストラ・メンタルの〈ノン・プラス〉からの素晴らしいシングル「マシン&ヴォイス」に続くリリースとなる。「マシン&ヴォイス」にはマシナリーなファンクがあったが、『スプラジシュ』はどちらかといえば悪い酔いしたアンビエントであり、ネヴァー・エンディング・ストーリーというよりは、不安に満ちた迷路である。ざらついたブレイクビーツ、叩き割られたSF映画のサントラ、狂ったシンセサイザー、不協和音、不気味なノイズ、アシッディな音響......それでもこの音楽はクラブ・ミュージックを故郷としている。昨年シングル・カットされた"ハブル"はダンスフロアに強力な幻覚作用をもたらすだろう。"オールウェイズ・ヒューマン"や"セニョリータ"もサイケデリックなソウル・ハウスで、"レッツ・フライ"は喩えるならオウテカが手掛けたミニマル・テクノだ。やがて"ケトル・マン"の薄気味悪い夢の世界を彷徨い、結局アルバムは最後までリスナーを安心させたりはしない。しかしこれはスリルと意味不明な展開による逃避主義の成果なのだ。
それにしてもつくづく思うのは、カネもないのにレコード店に行くべきではない、という当たり前のことだ。店を出るときには財布の中身がなくなっている......。
野田 努