ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Cornelius ──コーネリアスがアンビエント・アルバムをリリース、活動30周年記念ライヴも
  2. Ryuichi Sakamoto | Opus -
  3. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  4. Tomeka Reid Quartet Japan Tour ──シカゴとNYの前衛ジャズ・シーンで活動してきたトミーカ・リードが、メアリー・ハルヴォーソンらと来日
  5. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  6. レア盤落札・情報
  7. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  8. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  9. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  10. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  11. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  12. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  13. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  14. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  15. Columns ♯6:ファッション・リーダーとしてのパティ・スミスとマイルス・デイヴィス
  16. Cornelius - 夢中夢 -Dream In Dream-
  17. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  18. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  19. interview with Mount Kimbie ロック・バンドになったマウント・キンビーが踏み出す新たな一歩
  20. Jlin - Akoma | ジェイリン

Home >  Reviews >  Album Reviews > 山本精一- プレイグラウンド~アコースティック

山本精一

山本精一

プレイグラウンド~アコースティック

Pヴァイン

Amazon iTunes

野田 努   Jan 18,2011 UP
E王

 「僕は僕から離れていく(I could walk away from me)」......、ルー・リードの歌う"キャンディズ・セズ"を高校生の頃、自分の足りない英語力で一生懸命に訳したときに、この美しい歌の最後のフレーズが心に残った。それは......やはり男が男を止めて女になることを意味しているのだろうか、いや、それともアルチュール・ランボーが「酩酊船」で幻視したような、歴史に作られた「俺」から逃れるように、荒れ狂う大海原に放たれた「俺」と同じような感覚なのだろうか、それとも強力なドラッグ体験によるある種の離脱感覚なのだろうか、そもそもなぜ「僕」が「僕」から離れることをルー・リードはこの不思議な歌の最後の締めにもってきたのだろうか......、実際のところそこにどんな意味が込められていようとも、それは実に象徴的な言葉として鋭く機能して、どこまでも思いを巡らせるのだ。そして、「僕は僕から離れていく」というその感覚は、山本精一がカヴァーするに相応しいと僕は思う。彼の音楽からは、多くの人が執着する何かを思い切り突き放した果ての妙な静寂さを感じるのだけれど(それは悟りや諦念といった言葉に置き換えたくはない何かである)、新作では彼の"キャンディズ・セズ"が聴けるのだ。

 『プレイグラウンド~アコースティック』は、昨年の『プレイグラウンド』に収録された曲のうち8曲、そしてPhewといっしょに作ったマスターピース『幸福のすみか』からの2曲ほか"キャンディズ・セズ"のカヴァーなどを加えた、アコースティック・ギターによる弾き語りアルバムである。つまり、山本精一の"言葉"と"歌"が際だつ作品となっている。言うまでもなく山本精一は詩人と呼びうる言葉を持った音楽家のひとりなので、早くから彼の言葉を感受していたリスナーのみならず、七尾旅人や前野健太や豊田道倫らを通じてフォークに傾倒しているリスナーにとっても興味深い作品と言えるだろう。
 そう、山本精一の"言葉"......とはいえ、アルバムのはじまりは『幸福のすみか』の1曲目に収録されたPhewの作詞の"鼻"で、しかし実に平明な言葉で綴られたアナーキーな歌は、本作の内容の序章としては最高の効果を生んでいる。山本精一は、あの歌の言葉の素晴らしさをあらためて伝えたかったという思いもあったのかもしれないけれど、"鼻"で歌われる、幸せではないと自覚しながら悲しくもないと感じる見事に裏返った感覚は、そのまま『プレイグラウンド』における日常へと流れ込むようだ。

 「コトバの海であたりは水浸し」......代わり映えのない、かつて永山則夫が銃口を向けた日本の退屈な風景をスリーヴアートにした『プレイグラウンド』は、たいした深みを持たずに使い捨てられていく表面的には前向きな言葉たちへの鎮魂歌のように聴こえる。「こんなに多くの声と交わって/だれひとりの声も知らないで」......アコースティック・ヴァージョンの"PLAYGROUND"からは、痛みがさらにヒリヒリと伝わってくる。「手紙が来るのは いつごろだろう」、素晴らしい絶望が美しいメロディとともに広がる。私たちはどこに行けない、実は本当は、どこにも行けない、『プレイグラウンド』の曲はそう訴えている。
 そして彼は、うちに秘めた憤怒をそう簡単に見せたりはしない。「静かな場所が嫌いだ」とルー・ルードは歌っているが、山本精一は「思ったより世界は静かだ」と歌いはじめている。その曲"待ち合わせ"には、山本精一の歌の、簡単には割り切れない深さが滲み出ている。「であいはいつも孤独/きれいな人にであい/小さな闇に気づき/その闇はしだいに深い朝へ変わる」
 真面目に生きれば生きるほど小さな闇に気づいてしまう。山本精一はさらに"宝石の海"でこう歌う。「限られた部屋でいつも叫んでいる/こころさえも見せずに」......苦しみや絶望のない音楽など信用するに値しない、とまでは僕は言わないけれど、しかしそれを持っている確実に表現は飽きられることはない、大切に聴かれ続けるのだ、"キャンディズ・セズ"のように。

 『プレイグラウンド~アコースティック』は、山本精一の控えめな狂気が、古典的なポップ・ソングの様式を用いた親しみやすいメロディのなかで礼儀正しく踊っている。このアルバムを聴けば彼が魅力的なソングライターであることを誰もが認めるだろう。"待ち合わせ"や"PLAYGROUND"にしても、"宝石の海"にしても、このヴァージョンで聴いてあらてめて曲そのものの輝きを思い知る。そしてすべての曲はヴェルヴェット・アンダーグラウンドのサード・アルバムの通称クローゼット・ミックスのように、生々しく録音されている。ちなみにファンのあいだで名曲として知られる(そしていつもele-kingで写真を撮ってくれる小原泰弘君が酒に酔うと必ず歌い出す)"まさおの夢"(作詞はPhew)のアコースティック・ヴァージョンも収録されている。

野田 努