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John Frusciante

John Frusciante

PBX Funicular Intaglio Zone

AWDR/LR2

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橋元優歩   Sep 14,2012 UP
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 ギタリストとしての彼と同等かそれ以上に、ジョン・フルシアンテは彼という存在自体に心酔するファンを多く引き寄せるようにみえる。カリスマ・ギタリストとはそういうものかもしれないが、彼の場合は生き方のロールモデルとしても強固に支持され、それも女性より男性を惹きつけてやまないといったところがある。

 何がそうさせるのか。その理由のひとつは一種のストイシズムだと言えるかもしれない。みずからの理想とする音のために、人気も名声もほしいままのスーパー・バンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズを脱退し、音楽以外のことにはほとんど金も時間も使わない。そこには非常に情熱的な思いもあふれている。

 それから、筋骨隆々としたバンドにあって、どこかはかなく、危うい精神性を感じさせる部分も魅力的だった。彼のヘロイン中毒は、自堕落のためではなく、過度のプレッシャーやデリケートな性質ゆえのものとしてファンには記憶されているだろう。2004年前後にたてつづけに7枚ものソロ・リリースを重ねたことも、彼の情熱に加え、そうした危うさをわずかに感じさせる。

 さらにはエモーションゆたかな演奏スタイルやソングライティング、そこにぎりぎり表れるナルシスティックな雰囲気が、彼をある種の人びとにとっての神に押し上げる。ストイシズムはあるときナルシシズムを生むし、逆もまたしかりだ。長髪のフルシアンテの姿にときおり磔刑の像が重なるのは筆者ばかりではあるまい。(このナルシシズムについては「女性が沢尻エリカに心酔するのと同じ?」と指摘した友人がいたが、そうかもしれない)

 であればこそ、フルシアンテの音楽を評するのはじつにむずかしい。それは音楽というよりも彼自身であるからだ。今作『PBXファニキュラー・インタグリオ・ゾーン』最大の争点は、彼が大胆にエレクトロニクスを導入し、プログラミングを行い、これに先立つEPにはRZAらMCを迎え、ドラムンベースまでがきこえてくる、本人いわく「プログレッシヴ・シンセ・ポップ」を制作しようとしたことである。しかしわれわれはその「プログレッシヴ・シンセ・ポップ」を微分していったところで、あまり実りのある批評を引き出せるとは思えない。もっと言えば、ここに鳴っている音には音楽史的な新しさや未知のヴィジョンが示されているわけではないし、その意味での重要性もさほど感じない。しかしほかならぬフルシアンテ史として、フルシアンテの作品として非常におもしろく、感動的なものであることもまた間違いない。作品をはかるものさしはひとつではない。彼の取り組みやその真剣さには、真似のできない、敬意を抱かずにはいられないものがある。前作『ザ・エンピリアン』の時期に、すでに彼はアシッド・ハウスやエレクトロニック・ミュージックにしか興味がないという旨の発言をしていたようだし、ブレイクコアの雄、あのヴェネチアン・スネアーズやクリス・マクドナルドとも新たなプロジェクトを立ち上げるなど、本作への伏線となるような一貫した流れが彼のなかでは組み上げられていたのだ。

 では彼がシンセやビート・コラージュに期待したものはなにか。おそらくそれは彼のなかのロックを対象化する作用である。EPにMCを起用したのも同様だ。自身に深くしみついた音楽性を外側から眺めることで、自身をも見つめ直したい。そして自分にまだ残されている未知の可能性を探りたい。そうした生真面目な理由からではないかと思う。「手と楽器の密接な関係性は、ミュージシャンが作り出す音楽の基礎となっているが、ポップ/ロックを演奏する上で、自分の頭が手によってコントロールされている傾向が強いことに気づいて、それを修正したいと強く願っていた」(http://www.ele-king.net/columns/002355/index-2.php)つまり手クセや、ロックというフォーム自体が強いてくる制限性をうち破りたいということだ。そして「マシンの知能と人間の知能が刺激し合って、その相互作用によって生まれる音楽に僕は強い関心を抱くようになった」身体がおぼえている慣習に、純粋な思念やアイディアがからめとられてしまうことを克服したいということだろう。そこに人工知能を噛ませることがはたして解決になるのかどうかはともかく、ここでも非常に彼らしい、まじめな問いが問われていると感じる。彼はおそらく、あの過大なエモーションをギターと歌とによって放出させることを抑えたいのである。

 さてアナログシンセをサウンドの核として楽曲構成すること自体が、当代随一ともいえるギタリストのフルシアンテにとってはエポック・メイキングな取り組みであるわけだが、そのもくろみがもっとも成功しているのは"イントロ/サバム"である。ふだんは雄弁すぎる彼のギターがシンセの影として動き、アブストラクトなビートによってその情緒を解体されている。冒頭のゴーストリーなコーラスもよいし、ピアノのサンプルもうまく配されている。"バイク"などは、ドラムンベースからジュークにまで突き抜けそうな奇怪な高速トラックでおもしろい。全体が非常にせわしなく落ちつかないビート感覚に支配されていることも本作の大きな特徴だ。"サム(Sam)"も同様の趣がある。

 しかし、気がつけばすぐに彼は歌ってしまう。声でも歌うし、弦でも歌う。そして今回導入した「マシンの知能」を自分で食ってしまう。終曲"サム(Sum)"は冒頭から朗々とヴォーカルが入る。彼が自身とマシンとをポジティヴに拮抗させているのは先に挙げた数曲のみだ。こうしたことは、ジョン・フルシアンテというアーティストの業をふかく抉りだしていてしみじみとさせる。この強烈なエモーションは、やはりどのような策によってもねじ曲げ、封じることはできないのだろう。彼は、まさにこのようであることにおいて、このようにしか生きられないことにおいて、いっそう愛され、尊ばれていく存在ではないだろうか。そしてそこにまったく嘘や手抜きがなく、厳しい自己鍛錬ばかりがあることを筆者も疑わない。

橋元優歩