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Lonnie Holley

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Lonnie Holley

Just Before Music

Dust To Digital

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福田教雄   Apr 26,2013 UP
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ロニー・ホーリーというアフリカ系アメリカ人の男がアラバマ州バーミングハムにいる。生まれたのは1950年2月10日のこと、だから、いまちょうど63歳になったところだろうか。27人兄弟の7番目として誕生し、幼いころからドライブイン・シアターのゴミ拾いや皿洗い、料理人などさまざまな職に就いてきたらしい。
 彼が子どものころ、このバーミングハムというところはアメリカでもっとも人種差別の激しい都市のひとつだったというから、彼が味わった辛苦や葛藤も並大抵のものではなかっただろう。60年代初頭の大きな公民権運動にバーミングハム運動として知られる一連の闘争があるが、それはこの町を舞台にしたものだった。企業へのボイコットや座りこみ、デモ行進などの直接行動から世間の注目を集め、それを引き金に差別撤廃へと世論を導いた運動である。

 ともかく、バーミングハムの中心部にアラバマ州最大の空港であるバーミングハム国際空港があって、その近くの丘にロニー・ホーリーは住んでいる。庭というよりも空き地といったほうがしっくりくるかもしれない。その敷地のなかのあちこちにどこからか拾ってきた廃棄物や廃材が積み上げられている。ジャンク・アートというやつだろう。コラージュだけではなく木材を削ってつくった仮面や人形のようなものもあって、こういうのを見るとプリミティブ・アートとかフォーク・アートという風に呼ばれてもおかしくなさそうだ。アウトサイダー・アート? まあ、そう思う人もるだろう。

 いくつか上がっているインターネット上の映像に目をこらすと、ところどころに彼の言葉が書かれた板が見える。「I AM ART」だとか「MY ART」だとか、カメラのレンズがそれらの言葉を印象的にとらえていく。耳を抜けていくのは早口な彼のしゃべり声。パソコンの小さな画面で確認してもどこか偏執狂的な空気が漂ってくるが、見方を変えれば単にみすぼらしく悲しげな風景でしかないのかもしれない。画面の上からアメリカ南部アラバマの太陽が容赦なく照りつけている。
 いまから20年前に彼のもとを訪れたことがあるフォーク・アート研究者は、彼のその特異なキャラクターにいささか面食らってしまったようだ。そのうさん臭さを、自分のブログでこう表現している。「気高いグリオ(語り部)のようでもあり、カーニバルの客引きのようでもあった」。

 とはいえ、彼の作品は自宅の中庭からはみ出し、バーミングハム美術館やスミソニアン博物館、アメリカ民族芸術美術館、ハイ美術館といった名だたる美術館で展示されてきたらしいから、地元ではちょっとした有名人なのだろう。実際に公開されたかどうかは判断がつかなかったが、90年代半ばには彼を追ったドキュメンタリー映画も制作されたらしい。
 こうした創作活動を彼は1979年にはじめている。その最初の作品は火事で死んだ彼の姉妹のふたりの子どものための墓碑だったという。プレス・リリースにあるように、以来彼は「即興的な創造行為の実践」に身を捧げ、続けて「日々の奮闘や辛苦からよりもむしろ猛烈な好奇心や生物学上の必要性から生み出されたそのアートと音楽は、ドローイング、ペインティング、彫刻、写真、パフォーマンス、そしてサウンドと」多岐に渡ることになるのである。

 はじまりはどこだろう? 『ジャスト・ビフォア・ミュージック』のはじまりは。それはわたしがどこかに座っているときにはじまったのだろうか。それともアフリカのどこかにいるわたしの祖先が、何かがドスンと落ちる音、誰かがチッチッチッと這いずる音、もしくはアイアイアイと叫ぶ音を耳にしたときすでにはじまっていたのだろうか。しかし、こうしたすべてが『ジャスト・ビフォア・ミュージック』となったのである。
/ロニー・ホーリー(『ジャスト・ビフォア・ミュージック』のライナー・ノーツより)

 さて、そんなロニー・ホーリーのいささか遅いデビュー・アルバムがこの『ジャスト・ビフォア・ミュージック』である。録音は2010年と2011年に行われ、これが初めてスタジオで録音された彼の音源となるらしい。レーベルのウェブサイトのトップ・ページに登場する写真にはヤマハのポータトーン(安価な電子キーボード)を前に誇らしげに陣取るロニー・ホーリーの姿があって、背後にはたくさんのパーカッションが散らかっている。きっとスタジオ録音とはいっても肩の凝らないカジュアルなものだったに違いない。
 本作のプロデューサーはレーベル・オーナーのスティーブン・ランス・レッドベターとマット・アーネット。後者はロニー・ホーリーもその所属アーティストのひとりとして関係するソウルズ・グロウン・ディープという芸術振興団体のスタッフとのこと。
 また、ブックレットのサンクス・クレジットに名前が挙がるだけで実際にその演奏が採用されているのかどうかは不明だが、この録音セッションにはコール・アレキサンダー(ブラック・リップス)とブラッドフォード・コックス(ディアハンター)のふたりも参加したようだ。ユーチューブでもロニー・ホーリーのコンサートに彼らふたりがゲットー・クロスなるユニット名義で共演している映像が数本上がっているので、(残念ながらどこか蛇足な印象は否めないものの)興味がある向きは見てみるといいだろう。

 にしても、この得体の知れなさである。どの時代ともいえない質感。うわごとのようにときにうなり、深く揺れるビブラートが尾を引く歌声。ほとんどがチープなサウンドのキーボードの弾き語りを土台にしているにも関わらず、通常のコード・チェンジやコード進行は皆無。そして、強く伝わるのは彼が歌うこと、そのひとつひとつの言葉を即興で歌うことに夢中になっているらしいということ。しかし、それにしても、だ。どこか浮き世離れしたような瞑想的な雰囲気が『ジャスト・ビフォア・ミュージック』を覆っているのはどうしてだろう。しかし、この得体の知れなさはとても魅力的である。
 それが妥当かどうかは別として「リル・Bの『レイン・イン・イングランド』を、もし胸が張り裂けるようなブルーズの歌声を持った61歳のインプロヴァイザーが歌っていたら......」なんて評も見かけたし、ちょっと調べただけでも、その参照アーティストにボビー・ウォマック、テッド・ホーキンス、ウィリス・アール・ビール、ジュニア・キンブローからサン・ラー、ムーンドッグなどが挙がっていたが、しかし、どうしようもなく浮かび上がるのは彼の圧倒的な存在感である。そのため、またぞろ「アウトサイダー」なる言葉を使う人も多いようだが、しかし、ジャケットに写る彼の見た目こそその資格十分でも、どうも簡単にそうとは言い切れない何かがある。

 それは、ここで引用したライナー・ノーツにある彼自身の言葉や、同じくブックレットに何点か掲載されている彼のアート作品の図版に添えられたキャプションから感じられる「気の確かさ」からかもしれないし、もしくは"ジ・エンド・オブ・ザ・フィルム・イーラ(フィルム時代の終焉)"のような収録曲から感じられる時代観のせいかもしれない。
 さらに、この秀逸な『ジャスト・ビフォア・ミュージック』というタイトルである。音楽が音楽の体をとるその直前にある音楽。さらに意訳して「音楽の有史以前」とするのはやり過ぎかもしれないが、彼が先述の曲でとり上げた「デジタル・イメージ」や「コンピュータ・チップ」「ギガバイトとメガバイト」「HDTV」といった言葉の時代に、「音楽直前の音楽」を夢想するロニー・ホーリーという構図には好奇心をかき立てられずにはいられない。しかも、それが〈ダスト・トゥ・デジタル〉という過去の音源発掘に定評あるレーベルからリリースされたのである。

 最後に、その〈ダスト・トゥ・デジタル〉のことにも触れておこう。彼らのウェブサイトによれば、その使命は「重要な稀少音源と、アーティストとその作品への理解を促す歴史的図版や詳細なテキストを組み合わせた高品質な文化遺産の制作」にあるらしい。1999年に先に触れたスティーヴン・ランス・レッドベターによって設立され、現在では妻のエイプリルと二人三脚で運営されているジョージア州アトランタのレコード・レーベルである。
 その徹底した美意識は2003年に完成したレーベル最初の作品からして顕著だった。いや、むしろ異様だったと言ってもいいだろう。『グッバイ、バビロン』と名づけられたそれはA4サイズ大の杉の特製木箱に、20世紀前半の古いゴスペル曲と教会の説教を満載した6枚のコンピレーションCDと200ページのブックレット、さらには本物の綿花までもが箱に収めてリリースされていたのだ。

 当時、どこかでその作品のことを知った僕は早速レーベルにオーダーしたわけだが、その後届いた実物を見て呆れてしまった覚えがある。「なんてパッケージなんだ、これは!」。いまから思えば、デラックス・エディションでのリイシューというその後のトレンドを予想するようでもあったが、しかし、いまでもこれほど手の込んだ仕様はそうそう見あたらない点でまさにエポック・メイキングなリリースだったと言えよう。
 名もない新興レーベルだったにも関わらず、翌2004年に『グッバイ、バビロン』はグラミー賞のベスト・ヒストリカル・アルバム賞とボックス・セット/リミテッド・エディション部門ベスト・パッケージ賞のふたつにノミネートされ、その後もアメリカ南部の宗教合唱曲のひとつであるセイクレッド・ハープの初期の姿をとらえたコンピレーションや、ロマックス親子の功績を思い起こさせるフォーク音楽採集家、ローゼンバウム夫妻のフィールド録音集、最近も初CD化曲を多数収めたジョン・フェイヒィのボックス・セットやアフリカ産SP盤のコンピレーションなどなど、ひとつひとつの丁寧なつくりに驚きと工夫、歴史、夢や奇想を詰めこんだ希有なレーベルとして音楽ファンから大きな信頼を集めている。
 また、彼ら以外にも〈ヌメロ・グループ〉(シカゴ)、〈トンプキンス・スクエア〉(サンフランシスコ)、〈ライト・イン・ジ・アティック〉(シアトル)、〈サブライム・フリークエンシーズ〉(シアトル)、〈ミシシッピ・レコーズ〉(ポートランド)、〈ヤーラ・ヤーラ〉(シカゴ)、〈オーサム・テープス・フロム・アフリカ〉(ニューヨーク)といったユニークな若きアメリカの発掘レーベルが2000年代に入って活発なリリースを続けているが、その得意とする時代や地域、音楽性、もちろんその姿勢や方法はそれぞれ違うとしても、しかし、どこか共通する「音楽のとらえ方」「音楽の聴き方」の提示に成功しているように思う。

 それはロニー・ホーリー自身も認めているようで、再度彼のペンによるライナー・ノーツを引用すると「〈ダスト・トゥ・デジタル〉のコンセプトには何かがある。ほとんど聖書的であるが、それは声である。デジタル・サウンドで人々を人間がかつて通ってきた場所へ連れ戻し、そしてその物語を思い起こさせるのだ。私にとって〈ダスト・トゥ・デジタル〉におけるもっとも大切なことは、これらが物語であり、聴かれるよう意図され、音楽をどうとらえるかについて我々はその考え方を変える必要がある、ということである」と書いている。
 あらためて考えると「塵芥、デジタルへ」というレーベル名も示唆的だし、そのダストに土や地面、死体や遺骨の意味もあることを考えると......。

 とまれ、これまで過去の音源復刻とそのコンパイリング/パッケージングに努めてきた〈ダスト・トゥ・デジタル〉にあって、このロニー・ホーリーが唯一の「現役」アーティストだということを考え合わせると、本作『ジャスト・ビフォア・ミュージック』は、これまでその美意識や懐古趣味、幻想性で隠されてきた同レーベルの、実は胸の奥にたぎっていた生きた闘争心の声明でもあるのではないかと、そんな勘ぐりをして僕は嬉しくなっていたりする。彼らは何も趣味のよい特殊仕様専門レーベルなんかじゃない。むしろ、ハリー・スミスの『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』に込められていたような得体の知れなさや魔法、呪い、神秘主義、反骨精神といったような、ある種危険な思想を受け継いでいるのではないか、と。

 そして、その声明の文面は、たとえばいくつかユーチューブに上がっているロニー・ホーリーの空き地に山と積まれた廃品に紛れた看板上で発見することができる。彼は予言者よろしく既にこんな言葉をそこに書き殴っていたのである。「ART IS LIFE, DON'T KILL IT」。「アートは生命、殺すな」と。
 つまり、ロニー・ホーリーは精霊自身ではなく、いわば精霊たちの守護神である。そして彼は今日も廃品置き場の脇で何ごとか、呪文のようなそれを口走っているのだろう。アラバマの太陽が彼を照りつけ、周りを精霊が飛び回っている。

福田教雄