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木津毅   Mar 28,2014 UP
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 多くの文系女子に「あれはかつてのわたしだ」と言わせてみせた『ゴーストワールド』(テリー・ツワイゴフ、01 )のイーニド少女、あれから10年以上経つけれども、彼女はバスに乗ってどこに行ったのだろう? 退屈なアメリカの田舎町で、その聡明さと傲慢さゆえに自意識と孤独をくすぶらせていた彼女は、自分を開放することができたのだろうか。僕はあの映画を観たとき、あの痛ましさにうろたえながらも、しかし彼女の未来は明るいのだろうと根拠もなく予感したのだった。それは、孤独に育った少女はその個性を発揮することがかならず叶うのだと、僕が信じたかったからなのだろう。彼女はアンダーグラウンドのアーティストになっただろうか、もしかすると作家に、デザイナーに……? あるいは、セイント・ヴィンセントに。

 アニー・クラークがセイント・ヴィンセントを名乗った時点で、それまでの自分の内面の問題を異化し、そのことによってその彼女自身を解放しようと決断したのではないか。彼女がこの新作について説明するインタヴュー内でプロデューサーのジョン・コングルトンとの繋がりを語る際、故郷のテキサスの田舎町について触れていて、僕はふっとイーニド少女の退屈そうな顔を思い出したのだ。「こんな田舎を発って、ビッグになるって言い放ったわ」、そうして彼女は、アートとポップのバランスを取りながら、他の誰でもない存在感を発揮し続けている。
 だからセルフ・タイトルとなるこの4作めが、もっとも躍動感に満ち、複雑で、しかしある種の烈しさを伴っていることに胸がすく想いがする。これまでのアルバムにおいてもセルフ・ポートレイトの趣が強かったが、ここで自分の「設定」としての「セイント・ヴィンセント」を改めて掲げることは、その表現のあり様に自負があるからだろう。1曲め、“ラトルスネイク”のエレキの音を聴けば、アニー・クラークの内なるものに電圧がかけられて、高らかにセイント・ヴィンセントへと変換される瞬間の興奮を覚える。続く“バース・イン・リヴァース”……「さかさまに生まれる」というタイトルが象徴的だが、彼女自身手に負えなかったのであろう自らの異物感がしかし、ここではアップテンポに炸裂する。
 アルバム全体のテーマは現代社会だというクラークだが、ブラスがそこここにファンクの跡を残すそのダンス・フィールとともに、ロウなコミュニケーションへの欲求が幾度も綴られる。「あなたの心を独占したいのに」、「イエスよりもあなたの愛が欲しい」、「口にした言葉よりも飲み込んだ言葉を後悔する」、「愛をよこして、あなたの愛すべて、あなたの愛を」……。デヴィッド・バーンとの共作からの連続性を強く感じさせるファンク・ポップ“デジタル・ウィットネス”の「デジタルの目撃者たち」というタイトルも示唆的で、身体性が疎外される現代のコミュニケーションのあり方に明らかに彼女は苛立っている。そして流麗なコーラスと荒々しいギター、つっかかるようなリズム感覚を縦横にはしゃがせながら、獰猛に愛を欲望する。

 アニー・クラークの、いや、セイント・ヴィンセントのエキセントリックな内側が、きれいに外側にひっくり返ったアルバムだ。奇怪でごつごつしたサウンドを聴く者に丸ごと受け止めることがここでは要求され、だからわたしたちは身体にそれを直接響かせる。かつての鬱屈したイーニド少女たち、彼女たちも何も悩むことはなかったのだと、このフリーキーなポップ・ミュージックを聴いていると楽しくなってくる。どこかメロウで安らかなクローザー、“セヴァード・クロスド・フィンガーズ”で「歯車から吐き出されるはらわた」というフレーズにぎょっとするが、しかしそれでいいのだ。「断ち切られた幸運の祈りを、あの瓦礫のなかから探し出して」。そして女たちははらわたの感触をたしかに覚えながら、自らの欲求を止めないことで彼女自身を解き放っていく。

木津毅