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ST.Vincent

ST.Vincent

Strange Mercy

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橋元優歩   Oct 07,2011 UP
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 何年か前、アマゾンでミランダ・ジュライを探していたときに「この商品を買った人はこんな商品も買っています」欄にセント・ヴィンセントをみつけてあっと驚いた。と同時に深く納得もしたものである。当時調べたかぎりでもとくに接触のなさそうなこのふたりを、筆者はつよく結びつけて考えていたのだ。セント・ヴィンセントことアニー・クラークは、筆者にはミランダの短篇の登場人物か、そのモデルとなった人物のように思われて仕方なかった。とくにふたりの女性の同性愛的な関係を描く作品では、受け身で気弱な主人公の視線を通じて描かれる孤独で豪傑な恋人を、アニーと重ねて読んだ。だからアマゾンで偶然ふたりの名前が重なったとき、同じように感じている人が他にもいるのだと思って驚いたのだ。
 だが、そのようなほとんど妄想ともいえる感覚を共有しなくとも、このふたりの名前はどこかで交差しただろう。いわゆる現代アートの新鋭として知られ、小説や映画、〈K〉から朗読パフォーマンスをリリースしていたりとマルチな活動を行うミランダと、過去にはポリフォニック・スプリーに参加し、様々な楽器の素養やどことなくアート・シーンと親和する雰囲気を持ち、佇まいからしてもただのミュージシャンという枠に収まりきらないギタリスト、アニー。革新的な表現を生み出している点、サブ・カルチャーというよりはハイ・カルチャーの側からポップ・シーンを更新するように見える点、そして男性を標的とすることなくマッチョイズムへの強い批評を感じさせる点。キャラクターは対照的だが、ふたりの共通点は非常に多いのだ。ここにジュリアナ・バーウィックも加えると、いままでに見たこともないような、自由で刺激的な活動をする、本当に新しい女性アーティスト像が見えてくる思いがする。

 『ストレンジ・マーシー』は、アニー・クラークのソロ・プロジェクト、セント・ヴィンセントの3作目となる作品だ。『ピッチフォーク』のインタヴューではアルバム制作を子育てになぞらえていておもしろかった。要約すれば、ひとりめ(=1枚め)は何もかもはじめてで無我夢中の全力投球、しかし3人めともなれば「ハイハイ、お前は7日連続でこのハードロック・カフェのスプラッターTシャツを着て、髪もボサボサでいたいのね? そうしたらいいわ。好きにしなさい」。随意というわけにはいかないが、どのように取り組み、向かい合えばよいのかがわかっている、ということだろう。気負いのない、しかしエネルギーに満ちた作品である。
 ふだんはコンピュータで作り込むことが多いが、このアルバムに関しては「アンプラグド」......ギターと歌のアルバムだとも述べている。実際にはアンプラグドとは程遠く、音数も音色も豊富な作品だが、1曲1曲がソングとしての充実を持っていることはたしかだ。その意味ではファイストなどの女性シンガーと比較し、上質なポップ・アルバムとして聴くこともできるだろう。しかしその上で「ソング」の枠を大きく逸脱し上昇しつづけるようなエモーションの奔流がある。ギターは歪み、バーストし、かと思えばコミカルに動き、時折アコギに持ちかえられる。『アクター』のカラーを決定づけたオーケストラルなアレンジも『クロエ・イン・ジ・アフタヌーン』など冒頭から顔をのぞかせ、そこに華やかさを添えている。どの曲をとってもじつに表情ゆたかなギター・ワークである。しかしたとえばマーニー・スターンのようにテクニック志向なプレイとは大きく異なる。気品や教養をそなえ、そこにはブルースのハートも宿っている。スペーシーなプロデュースがなされているが、表題曲"ストレンジ・マーシー"や"イヤー・オブ・ザ・タイガー"などの数曲を聴けば、そのことがよくわかるだろう。
 "サ―ジェン"では頭のラインに大胆に性的な表現があり、「身体と精神の齟齬について示された作品ではないか」などと質問されていたが、本人はたっぷりとした余裕をみせながら笑ってかわしていた。読みにくく剛毅で、深い思索性を感じさせるこの強烈なキャラクターが彼女のもっとも大きな魅力かもしれない。彼女のレコード・レヴューが難しいのは、ジャンル化しにくい音楽性と、その音楽性の高さを超えて彼女自身の個性に言及しなければならないからだ。とくに日本のレコード・ショップのレヴューなどでは、ありきたりのバイオグラフィ以外はオミットされている感があるし、それもむべなるかなと筆者ですら感じる。この曲も細やかな小技をきかせたギターづかいが印象的で、ローラー・コースターのようにテンションが上り下がりするが、自身の中の躁/鬱というレベルをはるか上から睥睨し、手放しにしているような雰囲気がある。"クルーエル"のミュージック・ヴィデオでは、アニー扮する囚われの主婦が、まったく才能のない家事業務で失敗を繰り返し、最後に家族に生き埋めにされるという寸劇が展開されていたが、土が顔を覆う直前でも不遜なまでに落ち着きはらって態度を変えない様子には、おそらくこれが実際に起こったとしても彼女が同じように事に臨むだろうということを窺わせるものがある。自分の才能の大きさや特異な個性、まわりの人間からの疎外感のようなものから目をそらさず、むしろそれを見つめながらアニーは長い時間を生きてきたのだろう。どうしたって目を惹いてしまう

 独特な顔立ちや物言い、耳というか意識に強くこびりつく声、腕ではなく精神性がかき鳴らしているようなギター、クラシカルな雰囲気やたたずまい。アニー・クラークの存在そのものをみっちりと感じとることができるアルバムである。それはいつだってそうなのだが、荒ぶる彼女の魂を音楽というフォーマットに落としこむことに少し馴染んできたような、歌もの集としてのまとまりを感じさせる余裕の1枚となった。

橋元優歩