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デンシノオト   Apr 30,2014 UP
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 勤労意欲を奪う音楽は、この世界でもっとも危険なものだ。何しろ「働きたくなくなる」のだから。「働きたくなくなる」。それは何かに反抗、また抵抗する以前の状態である。つまりは世界に対して無為。自己完結。世界そのものを積極的に必要としていない状態。つまりは午睡のように。

 だからといって世界と完全に断絶もしていない。午睡のまどろみで、半開きの瞳に染み込む光は、世界と個人との理想的な関係ではないか。なぜなら、お互いに無関係だからだ。こっちは寝ている。そっちは勝手に光っている。そして、その二つは単に存在している。それだけだ。しかしそれでも、寝ている私はその光を、とても心地よく感じている。なんという理想的な関係か。
 勤労意欲を奪う音楽とはいわばそのようなものだ。ただ鳴っている。ただ聴いている。ただ心地良い。完璧な休暇の午後の、完全な午睡のまどろみのような音。
 ティーブスの音楽は、まさにそんな音である。そこには彼が暮らすLAの光や空気が反映されている、と言うのは簡単だが、日本の東京の片隅で鉛色の疲労を背負いながら生きている自分には現実に存在する世界と思えないほどである。まさにファンタジー=理想郷。いや、だからこそ私は、このアーティストの音楽を愛するのだ。

 ティーブスはペインティング・アーティストでもある。このアルバムのリリースに合わせる形で東京での展覧会も開かれた。その色彩はサイケデリックであり、感覚をゆるやかに拡張する。彼の作り出すトラックは、まるで彼の色彩に溢れたペインティングのようだと評される。が、正直に言えば絵と音楽の関係性などは、私にはわからない。もしかすると彼のペインティングがあって、そのイメージを音の方に反射しているだけかもしれないし、ゆえに、それはモノゴトの理解の順序を都合よく取り違えただけの安易な比較かもしれないからだ。

 だが、ティーブスの音楽を聴いていると、そんなふうに何が正しいとか何が間違っているかなど、本当のところ、どうでもよくなってくる。陽光のような音のアトモスフィア。それは人をひたすらに穏やかにさせる。いや、無責任にさせるというべきか。もはや、すべてがどうでもいい。というか、どうでもいいことすらどうでもいい。そんな過激なまでの「穏やかさへのアディクト」が、ティーブスのトラックにはある。彼のサウンドを摂取していると、現実など取るに足りたないあれやこれやの蛇足でしかない。

 ティーブスの生い立ちなどは編集長の野田努氏による素晴らしいインタビュー記事「サイケデリック・ヒップホップ in U.S.A」を参考にして頂くとして、ここでは簡単に彼のディスコグラフィのみを振り返っておこう。
 ティーブスは、2010年に未だ多くの人に愛されるファースト・アルバム『アーダー』を、フライング・ロータスのレーベル 〈ブレイン・フィーダー〉からリリースした。2011年にはスケッチ的小品を纏めた『コレクション 01』を発表。そして2013年にはかねてから親交のあったプレフューズ73とサンズ・オブ・ザ・モーニングというユニットでミニ・アルバムを制作・発表した。このアルバムは、南国的な音の桃源郷を、00年代的なエレクトロニカ、あるいはグリッチ・ポップ的な手法で組み上げた傑作だ。そして本年。ついにリリースされた彼の2枚目のアルバムには、これまで以上の天国的/桃源郷的なサウンド・レイヤー/アトモスフィアが光のように横溢している。柔らかい肌理のような繊細なサウンドと、暖かい空気のようなビート、多層的に重ねられた音のレイヤーがもたらす陽光の感覚が、認識の遠近法を次第に崩していくのだ。60年代的なピースフルな音楽ソースが、00年代以降のエレクトロニカ的な快楽で鳴らされている、とでもいうべきか。そこにビート・ミュージックの現在を聴き取ることは困難ではない。

 ビート・ミュージックのコンテクストを考えるとき、90年代の〈モ・ワックス〉などが牽引したアブストラクト・ヒップホップを源泉として、そこから世界各国に分岐していった、さまざまな流れを考え直してみるのは、あながち不必要なこととも思えない。たしかに、まだ若い(1987年生まれ)のティーブスにはマッドリブなどの〈ストーンズ・スロウ〉の存在が大きいはずだが、ビート・ミュージックがラップを抜きにしたままアートフォームとして成立した点については、90年代の〈モ・ワックス〉の影響力は大きい。それは世代を超えて(半ば無意識に?)受け継がれているはずだ。
 現在進行形のエレクトロニクス・ミュージック/ビート・ミュージック潮流を考え直してみても、〈モ・ワックス〉的なサウンドは、ダーク/アートな側面がイギリスの〈モダン・ラヴ〉などに、〈ストーンズ・スロウ〉以降のビート・ミュージックには、そのビート・サンプリング・スポーツ/ペインティング的な側面が受け継がれているように思える。フライング・ロータスの〈ブレイン・フィーダー〉も同様だ(ここにプレフューズ73によってもたらされたエレクトロニカの音響工作の導入を入れてもいい)。
 前者のサウンドソースは、80年代のインダストリアルやノイズと00年代以降の電子音響、後者の源流は60年代のソフトロック/サイケ、ソウル、ジャズなどであり、そこに00年代以降のエレクトロニカの技法を用いてトラックを組み上げている。
 そして、ティーブスのサウンドには、そんな60年代のソフトロック/サイケと、90年代以降のヒップホップ(ゆえにジャズ)と、00年代以降のエレクトロニカの技法が、まるで最初からそこにあった音楽フォームのように、とても自然に鳴らされているのだ。それはあまりにも自然なので、ビートですらもサウンドの万華鏡の中に溶け込んでいってしまいそうなほどである。
 そう、ティーブスのサウンドは、もう少しでドローン化してしまいそうなほどに、蕩けるような心地よさに満ちているのだ。彼がペインティングで描く、あの色彩が溢れる花のように、である(ゆえに彼の音楽は音楽の文脈すら溶かしてしまうのだ)。

 その蕩けるような音の快楽は、ビートレスの1曲め“ジ・エンドレス”においてすでに象徴されている。緩やかな波のようにつづく音の持続、そして最後に水の音……。これこそアルバムのOPトラック的な位置づけであると同時に、『エスターラ』全体を象徴する音楽性が圧縮されたトラックに思える。そしてアルバムは聴き手を桃源郷の世界へと連れ出していく。
 2曲め“ヴュー・ポイント”においては、特徴的な拍のビートに、ダビーに強調されたハイハットが鳴り、甘くサイケデリックなサウンド・スケープが耳をくすぐる。その視点をズラすような音の連鎖。そして3曲め“ホリデイ”。ジョンティの歌声とビートとサウンドが休日を祝福するようにやさしく囁くだろう。これぞまさに脱勤労意欲サウンドの極地だ。
 さらに4曲め“シュウス・ララバイ(Shoouss Lullaby)”ではカラカラと乾いた音が転がり、淡いキックの音が微かにかさなる。そこにミニマルなフレーズが次第にレイヤーされ音の風景がどんどん広がる。そして中盤からは、重くファットな、しかし乾いたビートが鳴り響くのだ。じつに見事な構成!

 と、このままだと全曲解説をしてしまいそうなのでこれ以上は控えるが、以降もポピュラス、プレフューズ73、ラーシュ・ホーントヴェットなどの個性的なゲストを招きながらも、そのサウンドは万華鏡のように展開していく。聴くべきポイントは、ビートだけではない。花開くように用いられる淡いピアノの音の素晴らしさや、 アルバム全体に優しいザワメキのように鳴り響く絶妙なノイズにも、ぜひ耳を傾けて聴いていただきたい。
 そう、ひと言でまとめれば、本作においてビートとサウンドは同等なのだ。ビートはリズム・キープであると同時にサウンドの色彩を彩るエレメントのようにコラージュされているし、サウンドは音響的効果や和声感覚を維持したままリズムを生み出している。その乾いた音やまろやかな音が、多層的にレイヤーされていくことで、聴き手に、永遠の夏の記憶、南国的なイマジネーション、眩く、暖かく、光に満ちた世界を想起させていくことになるのだ。

 そして、その音を聴く悦びは、いっそ現世の煩わしさなど捨て去っても構わないと思えるほどの「過激な怠惰さ」を醸し出す。かつてフライング・ロータスはティーブスの音楽を評して「アバターに出てくる島で過ごす休暇のようだ。」と語っていた。まさにそのとおりだ。彼の音楽を聴くこと。それは、存在しない真の理想郷への休暇=逃避である。私はその危険な誘惑から逃げることはできない。何度も何度もこのアルバムを再生し、鉛色の日本で天国の陽光を夢想し、ただ、ただ午睡=逃避をつづけるだろう。

デンシノオト