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Album Reviews

Depeche Mode

Synth-pop

Depeche Mode

Spirit

Columbia/Mute/ソニーミュージック

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デンシノオト   May 12,2017 UP
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 アルヴァ・ノト(カールステン・ニコライ)とバイトーン(オラフ・ベンダー)のユニット、ダイアモンド・ヴァージョンが、〈ミュート〉から2013年にリリースした『EP 1-5』というEPをまとめたコンピレーション・アルバムに、デペッシュ・モードのマーティン・ゴアによる“ゲット・ユアーズ(マーティン・ゴア・ミックス)”が収録されていた。
 意外な人選に思えるかもしれないが、ダイアモンド・ヴァージョンはデペッシュ・モードのツアー・サポート公演に出演しているし、カールステンも〈ミュート〉からの影響を語ってもいる(余談だが先日〈ラスター・ノートン〉が、カールステン・ニコライによる〈ノートン〉と、オラフ・ベンダーが主宰する〈ラスター・メディア〉のふたつのレーベルに「分裂」したことが発表された。もともと〈ラスター・ミュージック〉のサブレーベルとして〈ノートン〉があり、それらが合併して〈ラスター・ノートン〉となったのだから20年目にしての原点回帰ともいえなくもないが、しかし重要な出来事だとは思う)。

 とはいえ、デペッシュ・モード自体は、2013年の『デルタ・マシン』以降、古巣〈ミュート〉を離れ、〈ソニー・ミュージック〉からの配給となった。これには昔からのファンも驚いたであろうが、不思議なもので『デルタ・マシン』は、それ以前の近作より「〈ミュート〉らしさ」や「デペッシュらしさ」を、「懐古」ではく「現在進行形のバンド」として、ごく自然にまとっている作品に思えた。ダークでエレクトロニックなロックとしてのデペッシュ・モードは、いままた時代(最先端)のモードと見事にリンクしている、そんな印象を強く持ったものだ。
 むろん、彼らの音楽性自体は、メンバーの自殺未遂、ドラッグ中毒、アルコール中毒など紆余曲折あれども、いつの時代でも「デペッシュ・モード」であり、流行の変化に左右されるものではない。が、2013年の『デルタ・マシン』は、たしかに総決算的なアルバムでありながら、どこか(アートワークも含めて)「今」のシーンの空気と呼応するようなインダストリアルなムードを漂わせていていたのだ。
 そもそも彼らのほうが「オリジン」なのだから、こんなことは当然だ、とも言える。だが重要な点は、それほどのバンドであっても、エレクトロニック・ミュージックのトレンドに柔軟に呼応・応答していることにある。それは世代やシーンやジャンルを越境させる力を持つことにもなる。冒頭にダイアモンド・ヴァージョンのリミックスをマーティン・ゴアが手掛け、ダイアモンド・ヴァージョンがデペッシュのツアー・サポート公演をおこなったと書いたが、これも異なるふたつのシーンが邂逅した記念すべき事態に思える。

 本年2017年にリリースされた新作『スピリット』も同様である。本作では、あのシミアン・モバイル・ディスコのジェイムス・フォードがプロデュースに当たっている。「なぜ、シミアン?」と問うまでもなく、ジェイムス・フォードは何よりデペッシュのファンというか、マニアなのだという。
 じっさい、ファンを公言するジェイムス・フォードならではのプロデュース・ワークは、サウンドの隅々まで「デペッシュらしさ」を横溢させている。その仕事ぶりはパーフェクトに近い。あまりに頻繁に取り上げられるので、その名を挙げるのを躊躇してしまうが、あの傑作『ヴァイオレーター』を意識しつつ、しかし音色やレイヤーの感覚などに現代的なサウンドのムードを巧みに導入しているように思えた。不思議なほどにレトロスペクティヴな感覚はないのである。「今」の作品として、それぞれの楽曲は躍動している。むろん、そこはデペッシュ・モードなので、ヘビーでダークなサウンドなのだが(個人的には本作は、『ヴァイオレーター』よりも『ウルトラ』に近い感覚を持ったものだ)。
 加えて本作には、“ザ・ワースト・クライム”や“スカム”などにみられるように、現代の混迷化する政治状況への怒りや諦念をストレートに表現するような政治的メッセージ色の強い歌詞をみることができる。また、“ホエアズ・ザ・レヴォリューション”のアントン・コービンによるMVでは、独裁や革命などに対する寓意と皮肉に満ちた映像表現となっており、彼らの一筋縄ではいかない皮肉を感じることもできる。レコーディング中に、あのアメリカ大統領選がおこなわれ、その結果が彼らの意識や表現に強く反映しているのだろうか。

 しかし、デペッシュ・モードの音楽は、まずもって大衆音楽である。政治思想を学ぶものではない。プロパガンダでもない。大衆音楽とは、大衆の感情=無意識を反映するものだし、彼らもまたポップ・スターとして、その大衆の無意識を掴み取ろうとしている。つまり、彼らの意識や感性は、政治権力の批判ではなく、私たち、無数の観客たちのほうに向かっているのだ。
 その「大衆性」は、彼ら特有の覚えやすいメロディ、中毒性のある練り込まれたトラックからも感じとることができる。1曲め“ゴーイング・バックワーズ”から通してアルバムを聴いてしまうと、また繰り返し聴きたくなってしまう。重厚なベースやマシンなビート、鋭い電子音やデイヴ・ガーンの声を耳が欲する、とでもいうべきか。とくにデペッシュらしさに満ちた最新型ダーク・エレクトロ・ポップな5曲め“ユー・ムーヴ”、重厚なダーク・ロック・バラードといえる8曲め“ポイズン・ハート”、ミニマルなエレクトロ・トラックである9曲め“ソー・マッチ・ラヴ”などのメロディやトラックメイクは筆舌に尽くしがたい。これぞ合唱ものの曲である。いや、正直に言えば全12曲、全部だ。
 私は、彼らの本質は、エレクロニックなサウンド「だけ」ではなく、その覚えやすいメロディにあると思う。その意味で、本作もまたデペッシュ・モードらしいアルバムなのだが、同時にその個性は時代のモードや無意識を反映し刷新されてもいる。総決算的な『デルタ・マシン』から高い中毒性を誇る「今」のポップ・アルバム『スピリット』へ。そう、このバンドは、30年以上の活動を経てもなお、現在進行形なのである。

デンシノオト